夕日に消える
久しぶりの本格活動だった。
倉井瑞人はオカルト研究部に所属している男子高校生だ。
彼が通う公立高校は校則がゆるく、人数さえ足りていればいくらでも部活動を設立することができるため県内随一の部活の多さを誇っていた。
100はあるであろう部活の内部事情を一つ一つ確認していくのは至難の業で、結局殆どの部活が学校側に知られぬまま自由に活動している状態である。
オカルト研究部は実質瑞人一人で活動している。
というのも、元々この部活には瑞人も含めて六人の部員がいたのだが、一人は気を病み部活に来なくなり、一人は階段から落ちて病院送りになり、一人はいじめによる自殺未遂をおこし……となんやかんやで五人もの幽霊部員が生成されたのだ。
瑞人が入部する直前にそのような状態になったので、瑞人自身からするとオカルト研究部は自分の城、思う存分オカルトに集中できる場所だったのだがいかんせん一人である。遠くのホラースポットに調査に行くなど気力と体力を消費する活動は最初の数度で止まってしまっていた。
瑞人は童謡とオカルトの関係について調べている。ある程度のところまでは本などで調べていたがどうしても現地へ行かねば分からない箇所があり、最近動いてなくてオタク心が疼きに疼きまくっていたこともあって一人でホラースポットへ調査に出向く事になったのである。
夕日に照らされる崖を見た瑞人は、手に「世界の童謡大全」を取り出し開いた。
この辞典には世界中の童謡がおさめられている。なんとなしに入った怪しげな古本屋でこの本を見つけた時は文字通り狂喜乱舞したものだ。
この崖が舞台とされる童謡のページをめくろうと紙の端に手をかけた時、視界の隅に金色の筋が見えたような気がした。
はて、今日は流星群でも来るんだったか?と夕焼けで赤い空に目を向けると、確かに金色の光が尾を引いてこちらにやってくる。
こちらにやってくるのだ。
瑞人は慌てた。隕石墜落の瞬間なんて生まれて初めて立ち会うし、それがこちらにやってくるなんていくら小さくとも死んでしまうのではないか、と。
しかしそれもすぐさま収まった。簡単だ。
こちらにやってくるのは隕石ではなく、金色に輝く光の矢だったからだ。
矢というには異常に太く、長かった。
それは徐々に瑞人に近づき、光を増していく。
矢であると気づいた瞬間唖然としてしまい動けなかった瑞人は、目の前にそれが来てやっと我に返り逃げようとする。
しかし時既に遅しである。
金色の光の矢は17年間平和な日本で育ち、矢など弓道でしか見たことの無かったオカルト好きの少年の腹を、まるでそれが最初から決まっていたとでも言うように、運命だったのだとでも言うように、呆気なく貫き地面に縫い止めた。
熱い。
それが最初に思った言葉だった。
熱い。まるで熱した鉄の棒を腹に刺し入れているようだ。ああそうだった、ほんとに刺さってるんだった。
いやに冷静な思考がジョークを浮かべるものの、溢れでるのは笑いではなく血で。
痛い。あり得ないぐらい痛い。このまま死ぬのかな。何故。
刺さったままの矢は更に光を増し、網膜を焼いていく。
痛い。暗い、怖い。何故。何故。
痛みと恐怖に染まった脳は疑問ばかりを打ちだしていく。
何故。何故。何故。何故。何故。
助けて。
その時、背筋にゾワッとした嫌な感覚が走ったような気がした。
それと同時に、生き残っていた聴覚が耳障りな声を届ける。
「…助けてやるよ。倉井瑞人。その疑問、答えてやるよ。」
ひどく不気味な、重なってズレたような、それでいて無邪気な、そんな声に瑞人は縋ってしまった。お願い、助けて。教えて。
もはや思考も動きを止め始め、霞がかる意識の中でひたすら声の主に祈っていた。
お願い、助けて。この理不尽な痛みから。
お願い、教えて。何故自分がこんな目にあうのか。
その日、ある童謡の舞台で、紅い紅い夕日と共に少年の命の灯火は消えた。
その場に、何も書かれていない本を遺して。