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なんにもない少女の何気ない日常

「あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"」


朝のホールムームが終わり1時間目の授業が始まる僅かな休み時間、私、白川ヒトミは机に塞ぎ混み到底女子中学生が出さないようなうめき声を上げていた。

そんな光景を目の前であきれ顔で見ているのが友達の芝崎良子がため息をつき言った。


「いい加減落ち込むのやめなよ。別にヒトミのせいで遅刻したわけじゃないんだから。」


「そうだよ私のせいじゃないんだよ。いつも通り登校してたら急に化け物が襲ってきてさ、間一髪のところで銀色のヒーローが助けてくれたおかけで私は今日も学校にいるんだよ!だけど…あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!」


「無遅刻無欠席の記録は終わりを告げたと…。」



日常的に化け物や怪獣が現れるここでは普通に通勤や通学できることが珍しい。

だから巻き込まれて遅刻をしてもちゃんと事情を話せばなんもお咎めはなし、それどころか被害者として慰められるところまでが恒例行事なの。

そして今日その行事に私は参加した。みんなが「大丈夫?怪我はない?」と優しく声をかけてくれた。少し恥ずかしかったけどそれ以上に私は悔しかったのである。

勉強も運動も昔からそこそこで、これといった特技もなかった私の唯一の自慢。それが小学生から一度も遅刻も休んだこともない無遅刻無欠席記録。

みんなが病気やヒーローと怪人との戦いに巻き込まれて学校を遅刻や休む中、私は学校に通い続けた。

なのに…なのに今日その自慢が無くなった…。


「まだ一回だけじゃん!落ち込むのは早いって!」


「分かってないな~、その一回が致命傷なんだよ…。」


「まあまあ気になさるなって!そんじゃそろそろ授業始まるから席戻るね。いい加減落ち込むのやめなよ。」


そう言い残し良子は最前列の自分の席に戻っていく。


勉強も運動もできる良子には私の気持ちなんて分からないんだよ。

良子と違って私にはなんにもないしなにもできない。

できてたことも今日でできなくなった。

なんか心にポッカリ穴が空いたみたいだよ。


そんなどこか寂しい余韻に浸っていたいけど授業の合図を伝えるチャイムが学校中に響き渡り教室の扉が開き先生が入ってくる。

けどその瞬間クラスのみんながざわついた。

一時間目の授業は数学、担任の中村先生の担当なのに私の目の前にいるのはさっきも見たメガネをかけたスーツ姿の中年親父なんかじゃなくて、なんかのアニメのコスプレみたいな西洋騎士みたいな黒い服に纏った若い男の人だった。


「皆さんおはようございます、そしてはじめまして。」


男の人は軽い口調で言った。


「あ…あの…すいません。」


このざわつく空気の中クラスの優等生で委員長でもある山田さんが恐る恐る手をあげると男の人は「何ですか」と淡々と答える。


「一時間目は中村先生の授業をはずなんですけど…。」


「中村先生は諸事情でこられなくなりました。なので私が変わりにこの時間を受け持ちます。」


その回答に再びクラス中がざわついた。担任の先生が受け持つクラスの誰にもなにも告げずいきなり帰るのは果たして社会人としていいものなのか?というのをただの中学生の私が言うのもあれだけど、そのただの中学生でもこの答えが嘘八百なのは分かる、分かりやすすぎる。


「そんなわけないだろ!」


「嘘いうな!」


「そもそもお前だれなんだよ!」


ざわつきは次第に罵声と怒号に変わりみんな初めて会う人に疑心の目を向き始める。だけど男の人はそれに注意どころか表情ひとつ変えず正面を向いている。


「先生、何か言ってくださいよ。」


田村君がそう発した瞬間男の人はクラス名簿をパタンと閉じる。何故かその音がとても大きく、重く、鈍く聞こえた。みんな私と同じことを感じたのかざわつきがまるで最初からなかったみたいに沈静化し男の人は一言も喋らずクラス全員を黙れることに成功した。


「分かりました。では科学の授業を始めましょう。」


「だからあんたはだ…れ…。」


田村君の胸元に白く細い糸が貫いた。誰ひとりその瞬間を見ることができなかった。けれどその糸は田中君から正面向かって45度にいたクラスメイトも巻き込み男の人の右手中指に繋がっていた。


「もう飽きたんですよ、この展開も。」


男の人はため息をしながら糸を田中君から抜いていき指に戻し支えが無くなった田中君と巻きこれたクラスメイト達は小さな穴から沢山の血を流し床に倒れていく。

この一連の出来事を目の当たりにした無事だったクラスメイト達も平穏を保てるはずがない。

皆が悲鳴や叫び声をあげ席に立ち上がり逃げるように後ろの扉へと駆けていく。


「ダメ!みんな落ち着いて!」


この状況で平穏を保っていたのか、それとも平穏を保っていなかったからこそでた言葉なのかわからないけど男の人の目の前にいた、正面にいたから助かった良子がそう叫び落ち着かせようとするけど誰も耳に届かない。


「いい判断です、でももう遅いんですよ。私が手を出しましたから。」


男の人の両手の指から一斉に糸が噴射される。糸は素早く正確に、無駄のない動きをしながら一人、また一人とクラスメイトに穴を開けていく。

次第に悲鳴や叫びは無くなっていきドカドカと倒れていく鈍い音だけが響き渡る。

最後に残ったのは血生臭い嫌な臭いだけ。


「さて残った…いいえ残されたのはクラスの皆さんを止めようとしたあなたと、後ろに座っているあなただけです。」


良子は男の指をさした方向に振り向くとそこにはぶるぶると震えている私がいた。


「良子!!」


「ごめん、足が震えて生き残っちゃった…。」


「ううん…いいよ…。良かった…。」


「良くないんですよ…それが…。」


一瞬のことだった、良子の体を白い糸が貫いたのは。

良子は私をみて安堵したした表情のまま口からたらりと血を流しクラスメイトと同じように床に倒れていく。


「良子!!」


自分の命の危機になっても動かなかった足が親友の命が消えた瞬間嘘のように動く。

私は良子の元に向かい彼女を擦るが血のほんのりの暖かさと体が冷たくなっていく感触が残るだけで元気いっぱいだった彼女はなにも喋ってくれない。


「良子!良子!!!」


「無駄ですよ、そんなこと今触れてる貴方が一番わかるでしょうに…。」


男の人は呆れるように呟く。

私はそんな男の人ににらみつけながら言った。


「なんで良子を…ううん…クラスのみんなにこんなことしたの!」


「それはですね…邪魔だったんですよ。貴方のために。」


「私のために…?」


「これはもう必要ありませんね。」


男の人は教卓にあったクラス名簿を払うように床に落としそれをぐいぐいを踏みつける。


「私はとある組織に所属してましてね、そこのボスがたまたま貴女方を見つけましてね。」


「貴女方って…私と…良子のこと…?」


「察しがいいようでなによりです。だから貴女方だけを生かしてあげましたのに。」


男の人は自ら手にかけた良子をどこか切なそうにじっと見つめた。


「彼女は他の生徒と同じく最後の最後で私から目を背けた。先生の言うことはしっかり正面を向いて聞かなければなりませんのにそれを彼女は怠った。だから叱ってあげただけです。」


「だけって…そんなことで良子やクラスのみんなを!!」


私は涙を流し男の人をにらみつける。みんなをこんな酷いことをしたアイツに復讐をしたい。

だけどなにもない、なにもできない私にはこうすることしかできない。それにこんな反抗的な目をしたことできっと男の人は私もみんなの所に行かされる。

今となってはそれもどこかいいように思えてきた。だって私一人だけ生き残ったことでこの先にあるのは忘れられない生き地獄、だったらいっそのこと…。



「それじゃあそろそろ行きましょうか。」


ほらやっぱり…。


「ねえ、最期に聞かせて?」


「最期?まあいいでしょう。」


「ボスは私達をどうしたかったの?」


その質問に男の人は無感情に見えていた表情を初めて緩め少しだけの笑顔を見せる。


「ボスが私に伝えた指令は「貴女方」だけを処分すること。」


「私達だけを…?でも…じゃあ…あなたのやってることは?」


「逆です、全くの真逆。私は「貴女方」以外を処分しました。私とボスは何もかも逆なんですよ。考えも見た目も感情も。」


だんだんと感情を露にしていく彼に私は恐怖とは違う不気味な何かを感じる。彼の体から見えないどす黒いオーラ的なものがそこにあるようにも思えた。


「ボスは出る杭は打つという考えをしてますが私は違います、出る杭は一度抜いてから別の場所に打ち直す。それが私の考えです。」



「何を…言ってるの…?」



「貴方は分からなくていいんですよ。」


「えっ…。」


男の人の左手人差し指から出た白い糸が私の頭を貫く。

この瞬間、ヒーローが平和を守っている世界から私、白川ヒトミという人間の存在は消えた。

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