王都は現代人には厳しい 衛生的な意味で
マシロを旅の一行に加えてから2日、ついに王都まであと少しの距離に近づきマイナはご機嫌で私の手を引いている。私は苦笑しながら手を引かれるままに少し急ぎ足に歩きつつも意識はこの胸に居座るワンコに呆れていた。
このマシロ結局その後、私の胸元から出ることなく1日を終た。ハウスの中ではマイナと一緒に遊んで一緒にご飯を食べるまではいいんだけど、お風呂では常に私に抱っこをせがむ、まあこれは水に不慣れだからとかで納得するんだが就寝時に私とマイナの頭元に寝かしたのが、なぜか起きると私のパジャマに潜り込んで胸に挟まれ、おっぱい枕を満喫。
朝食を終え移動を始めたら私の胸元に入っておっぱいシート。マイナが抱いてもイヤイヤしておさまらず、試しにマイナが胸元に入れても駄目。無論その日もハウスでの行動も同じ。今日もおっぱいシート満喫中、と。
楽しそうなマイナとフードの中で死んだ目をした私はついに王都、その外周都市に入街待ちする多くの人の列の最後尾に到着した。しかし遠目には分からなかったけど、なんていうかボロっちい入り口、ボロっちい外壁。建物も酷い有様に見える。
ここから見える感じ中心部はわりとしっかりした建物が見えるし、王都そのものは門も外壁も高く立派で壁から覗く建物もきらびやかなのに、外がこれじゃあなぁ……
しばらく列に並んでいたけど一向に進まないし、そもそもこの大勢の人の中で髪と瞳を晒すとか嫌な予感しかしないので、さっきから行ったり来たりしている警備の騎士さんに声をかける。
「あの~ちょといいですか?」
「む? なにか問題でも?」
「これを……」
フードを目深く被っている私を訝しげに見る騎士さんにポケットから出した、盗賊を引き渡したときに向こうの騎士に書いてもらった手紙を渡す。
「手紙? このサインは……ふむ、なるほど……ん? は?」
手紙を渡された騎士さんは読み進めるうちになにやら声を出しながら私と手紙を交互に見る。
「あ~……その、失礼ですがここでは少々問題がありますのであちらの詰め所にご同行頂いても?」
ふむ、急にしゃべり方が変わった辺り、女神だのなんだのと書いてあった可能性があるか。
「いいですよ。マイナ、ちょっとあっちでお話があるみたいだから行きましょう」
「う、うん……」
急に詰め所に移動と言われマイナは不安そうな目で見つめてくる。
「心配しなくても大丈夫だから」
マイナの頭を撫でると安心したみたいで私の手を握り一緒に移動する。
「手紙にこの町から誘拐された子供とありましたが、その子がこの町から誘拐された? ……確か少し前に森で行方不明になった平民の子供が出たと探索依頼が出ていましたが、まさか誘拐とは……」
移動する道すがらそんな話をしつつ詰め所に入る。
「……では失礼ですが、その、お顔を拝見しても?」
「いいわよ、……はい」
私がフードを外すと同時に騎士さんは目を見開き硬直する。そしてもはやお馴染みと化したお祈りのポーズを「あ、お祈りは不要よ。別に畏まったしゃべり方も必要ないんだけど」
「そ、そういうわけには! ……いや、そうですか……では祈りは控えさせて頂きますが、話し方はご勘弁ください」
「で、私の顔を確認できたわけだけど他になにかある? ないなら早くこの子を送ってあげたいんから列に戻りたいんだけど?」
「と、とんでもない! 列になどお並びにならずとも結構です! ここで一応の入街審査を受けて頂きそのままお入り頂いて結構です! あくまで一応の検査ですので!」
女神かなんかと勘違いしてる私の怒りを買うのを恐れてか恐縮しきりの騎士さんだけど、そんなことで怒らないよ、まったく……
「それでは入街目的は誘拐された子供を届ける、でよろしいですか? その子を届けた後、本日中から数日以内に街を出られるなら短期入街ということで「ソラおねえちゃんどこかにいっちゃうの!いっちゃやだよ!いっじゃやだぁあああ!!」
騎士さんに被ってマイナが悲鳴気味に叫んで泣き出す。あ~……送ったら1、2日ほど街を見て回ってどこか他所を見に行くか、しばらく居着くか考えるつもりだったけどこれは他所行けないね。
「大丈夫だよ、ずっとかは分からないけどしばらくはこの街に滞在するつもりだし気に入ったらずっとここに住むよ? あ、もし住んだり長期滞在する場合はなにか許可とか必要ですか? それとごめんなさいね、話してる最中だったのに」
「いいえ、私などに謝罪など必要ありませんよ。長期滞在や住居をお構えになられる場合ですが、身分証はお持ちでしょうか? お持ちでない場合は国民は全て身分証を持つ必要がありますのでこの場合、そうですねギルド、それも冒険者ギルドに登録されるのが一番早いと思います。ギルド証があれば他の街や国境、他国でも身分証になりますし入街税等も優遇がありますから」
苦笑い気味に騎士さんが説明してくれる。身分差がある世界で平民の子供に話の途中を割り込まれて嫌な顔ひとつしないとは良い人だ。
「なるほど、じゃあギルドに登録すれば身分証にもなって長期滞在も可能なのね」
これは急ぎ登録する必要があるね。
……それにしても入街税か、まったく考えてなかったよ……どうしよ……
「あの~それと私、お金まったく持ってないんですけど……街に色々買い取ってくれる場所あります? できれば入街税はなにか売ってそれから払いたいんですけど……」
「え? お金をお持ちでないのですか……あ、盗賊を捕らえた報奨金が騎士団から払われますので、そこから差し引きすれば大丈夫ですね。その処理でよろしければ終わり次第お入りいただけます。いや、それにしても末代までの自慢の種が出来ましたよ」
「そうなんですか……よかったぁ~。ああ、それと騒がれたり変な人に付き纏われたりしても厄介だから私のことを言いふらしたりしないでね。く れ ぐ れ も よろしく」
「は、はい!! 了解しました!!」
脅したみたいな感じになったけど他に騎士がいっぱい見世物を見るみたいに来ても嫌だし貴族やらなんやらが接触してくるのも面倒なので強く言っておく。
それにしてもホントに安心したわ。どのくらいの金額が出るか知らないけど、とりあえず一時のお金の心配はなくて済む。でも街で生活するにはお金が必要なんだなぁ。世俗から離れた生活が長かったからすっかり忘れてたよ……
騎士さんはすぐに処理すると言うと席を離れて、しばらくするとお金が入ってるっぽい皮袋を持って来た。
「こちらが報奨金になります。入街税なのですが、その子も身分証を持っていない様ですので2人分で銀貨2枚になりますが宜しいですか?」
銀貨2枚の価値が分からないけど良いも悪いも払わないと入れないので頷いておく。
「では入街税を引いた金貨29枚と大銀貨9枚に銀貨8枚がこちらになります、お納めください」
恭しく差し出された皮袋を受け取り、ポケットには入りなさそうなのでアイテムボックスにしまう。別に驚いた感じもないのでアイテムボックスやそれに近いものは珍しくないんだろう。見た感じ真面目そうだし女神と思い込んでる私のお金をちょろまかしたりはしないだろうから、目の前で数えるような、はしたないマネはしない。
「では確認も終わりましたので、どうぞこちらから街にお入りください。王都カールクランツの外周都市リーヴェンテにようこそ!」
「ありがとう、じゃあ失礼しますね」
詰め所から街中に入れる扉に案内され、再びフードを目深く被ると手を繋いだマイナと一緒についに街へと足を踏み入れる。
……意気揚々と街に入った第一印象は……汚い! 臭い! そして汚い! そして臭い!
今までが綺麗な生活をしていた為か住んでいたはずのマイナまで微妙に顔が引きつってるし。道はゴミだらけ、道行く人はお世辞にも清潔的とは言えない服を纏い、間違いなくお風呂入ってない。
遠目にも酷かった家、というか小屋は近くで見ると建物もベニヤ板かなんかで適当に建てたような有様で唯一の救いは窓から汚物を捨てるかつてのヨーロッパ的な行為がないところだけ。私もマイナも多分一番鼻の効くマシロも揃って顔をしかめつつ
「マイナのお家はどっちか分かる? 案内してくれるかな?」
「うん、こっちだよ……」
家に帰れるというのにマイナのテンションが下がっていますよ。
少し歩くと一般の入場口が見え、そこを横切り外壁沿いに歩き続ける。この外壁、ところどころ板で補修したり崩れた場所を石を積んで誤魔化したりと酷いものだ。こんなので戦争とか大型の魔物が来たら一発でアウトじゃないの? 王都はしっかりしてるみたいだけど外側がこれではどうするんだろ? そんなことを考えながら歩き続けて中心部から離れるにつれ、ただでさえ王都との落差の激しい町並みがどんどん廃れていく、その内についに帰る家が見えたらしい。
「あそこ! あそこがわたしのおうち!」
「気持ちは分かるけど走っちゃ駄目だよ、すぐなんだから落ち着いて、ね?」
家が見えてやっと帰ってこれた実感が湧いたのか、走り出そうとしたマイナを引き止めて少しだけ歩みを速めてマイナの家へと向かい、そして家の前へと着いた。
【コンコンッ】
ノックをすると中から『……ハ~イ』少したって、幾分元気のなさそうな声が聞こえドアが開く。
「はい……どちr「おねえちゃん!!」ッ……マイナ?! ホントにマイナなの?!」
ドアが開きマイナによく似た私と年の近い女の子が顔を出した瞬間、マイナが抱きついて、そして一瞬固まった彼女も相手がマイナだと気付くとお互いに抱き合って泣き出した。そしてその声を聞き家の中からマイナそっくりの子が出てくると、この子も2人に抱きついて泣き出して、すごいカオスと化した場で私ただ一人、置いてけぼり。
落ち着くまでそっとしておこう……
「マイナ、今までどこに行ってたの? それにその服は? あとすごく良い匂いがして綺麗になってるわね……ちょっと、いえ、かなり太った?」
やっとこさ落ちついたマイナのお姉さんは急にマイナが帰ったことや格好等の違うこと等、一気に質問を始めた。……お姉さん、太ったんじゃなく普通の体重に戻しただけです、というかいい加減ここにいる私に気付いてくださいな。
「ソラおねえちゃんにたすけてもらったんだよ! このおようふくもきれいなのも、ぜんぶソラおねえちゃんにもらったんだよ! ね?」
マイナがそう言いながら私のほうを向くとやっと私の存在に気付いてくれた。が、フードを目深く被って見た事もない格好をした私に一瞬、訝しげな目を向けたけどマイナの言葉もあり少し警戒気味だけど話しかけてきた。
「あの……マイナがお世話になったという話ですが、その、失礼ですがいったい今まで何があったんでしょうか?」
「マイナちゃんのお姉さんのマリエルさんですね? はじめまして私はソラ・ミカグラといいます。実は……」
姉のマリエルさんと妹のアリナちゃんの名前は出会った日の夜に聞いていたので手短に自己紹介すると、マイナに確認しながら森で人攫いに捕まったことから順に話し始める。『目を離したせいでマイナが攫われてしまった』、とか魔物に襲われて魔の森から魔の山に登ったとか、ショックを受けたり反省したりをしてたけど割愛。
話が終わる頃には最初の怪しい人間を見る目はすっかりなくなって目をウルウルさせながら聞き入ってた。少しやせ気味、いや痩せ過ぎだけど美人の潤んだ目は同姓でも魅力を感じるよ、マイナの将来も明るいね。
「妹の恩人を疑うような目で見て申し訳ありませんでした。そして、妹を助けて頂きここまで送って頂きまして本当にありがとうございます。まさか家名持ちの方のお世話になってるなんて……」
家名持ち……ああ、苗字のことね。なにか意味ありげだけど会話の流れに重要じゃないのでスルーする。
「いえ、私もいい加減人里に降りようと思っていましたし、マイナちゃんは言う事もよく聞いてくれて我侭もなくて妹ができたみたいで楽しくさせて頂きました。どうか気にしないでください」
「その、それで言いにくいことなんですがお世話になったお礼をするにも「ああ、気にしないで。さっきも言ったとおり私も妹のように思っている子なのでお礼とかそういうのはホント不要です。ホントに」
出会った頃のマイナの状態や今の姉妹2人の様子、家を見ても正直、生活自体が成り立ってない可能性がある。そんな彼女たちから礼を取るほど非道じゃないし、道中マイナがいて楽しかったのもホントだ。マイナからこの国の情報を聞けたのも大きかった。少し不安そうなマイナの頭を撫でながら礼は不要だし、この先も要求しないと念を押しておく。
「なんと言っていいか……マイナを救って頂いてここまで送って頂き本当に、本当にありがとうございました」
再度、深々と3人揃って頭を下げられる。
「いいのよ、それより冒険者ギルドと宿の場所を教えてもらえる? ああ、道だけ教えてくれたら案内は不要だから。やっと帰って来れたんだから今日は家族でゆっくり過ごしてちょうだい」
「よろしいのですか? 御礼にもなりませんが案内程度ならいくらでも……」
「いいからいいから」
「では……まずは宿ですが町の入り口の大通りはそのまま王都の入場門まで繋がってるのですが、その大通りに面した場所にかなりの数の宿があります。
他にも奥まった場所や端のもあるにはありますが正直、女性が1人で泊まるには危険ですので多少高くても中心の通りの宿をおすすめします。
冒険者ギルドは同じく大通りの、王都入場門手前にかなり多き建物で建っています。いかにも冒険者という格好の人が常に出入りしてますので、すぐ分かると思います」
「そうなんだ、ありがとう。じゃあこれから向か……あ!」
「どうされました?」
「忘れてたわ。はい、これマイナの着ていた服や下着一式だから」
危うく忘れて移動するとこだったけど、思い出したのでアイテムボックスに入れていた分の替えの服2着と下着等4着を取り出しマリエルさんに渡す。なお出会ったときにマイナが着ていた服は洗濯したら溶けるように繊維がバラバラになりました……恐ろしい……
「こ、こんな高価な服を貰うわけにはいきません! マイナ! 今着ている服も脱いで!」
「いいのいいの、そもそも私が持ってても子供服なんて使い道ないじゃない? マイナとアリナちゃんでシェア……共同で着てもいいし、なんなら売っぱらってお金にでも換えて生活費に使ってちょうだい」
「そんな! ただでさえお世話になったのにそこまで甘えるわ「ホントいいから! じゃ、ありがと! マイナ! また会いに来るから! またね!」
マリエルさんに被せて一気に押し付けると、さっさと走り去りながらマイナに声をかける。
「ソラおねえちゃん! ぜったいだよ! ぜったいきてね!」
「分かったよ~! またね~~!」
逃げるように走り続けて街の大通りまで来た時に服の話で急いで去ることを優先しすぎて、パンや栄養バーとかの食料を渡すのを忘れたことを思い出した。
本来ならそこまでする義理も必要もないんだろうけど、マイナの家族だからつい色々したくなる。私にとって、もう妹分というか妹だからね。その家族も私には特別だから。明日にでももって行こうと思いながら大通りの宿を探す。
で、肝心の宿だけど駄目だ……文化も文明も違うから多少の衛生状態の違いは仕方ないと思ってたけれど、これは我慢のリミットを軽くブレイクしてる。中心近くの比較的まともな宿ですら干したシーツは汚れだらけ、しかもどの宿で確認してもお風呂が無く、せいぜい水を買って体を拭くだけ。
実際、何箇所か見た宿の近くの井戸で、宿泊客がそれぞれ管理している人にお金を払い井戸水を汲み、その横で体を拭いたりしているのを見て私には無理と判断した。
だって街の中で見る人の中ではわりと身なりのまともな人で、それだよ? じゃあ大半の人はどんなんだよ……そういえばマイナに出会った日の夜、たま~に体を拭くくらいって言ってたよ……
絶望を感じながらトボトボ歩いて王都の門の近くまで来ると、いかにも冒険者って身なりの連中が忙しく出入りしている大きな建物が目に入った。正直な話、こんな場所に住んだり滞在するのは少しつらいんだけどマイナと約束しちゃったからね。気を取り直して冒険者ギルドの門をくぐった。
建物に入った瞬間、中にいた人の目が一斉にこちらを見る。目深くフードを被った私を訝しげに見る人、すぐ興味をなくし視線を外す人、こちらの実力を測ろうとしてるのか私の動きを見る人、そして私の胸を凝視するかなりの視線。胸をチラ見してる連中も結構多いけど、君たち、女性はその手の視線に敏感だからバレバレだよ? まあ、この手の視線は地球時代から慣れたものなので特に気にせず受付に向かう。
「冒険者ギルド本部へようこそ。ご用件をお伺い致します」
受付に向かうと多分20歳前後の綺麗なお姉さんが丁寧に対応してくれた。怪しい見た目の私にもこの対応、慣れてるのか教育がいいのかお姉さん自体がしっかりしてるのか分からないけど、すごく印象が良い。
「冒険者登録に来ました。登録をお願いします」
「承りました。身分証はございますか? 身分証がない場合はこちらの用紙にご記入願います。文字をお書きになれない場合、代入致しますのでお申し付けください」
「身分証はないので用紙を……文字は書けるので大丈夫です」
「ではこちらを。お座りになりご記入ください」
ざっと見た感じ、かなりの数がいる冒険者の中に女性の姿は見えない。たまたまなのか、やはり絶対数が少ないのかは知らないけど見渡す限り男集団で中にはいかにも荒くれです、って見た目のもいる。そしてこの街で騎士たちやここの冒険者たちをみて、集落で最初に出会った騎士に感じた違和感が本格的に疑問に思えてくる。
そんなことを考えつつも用紙に情報を書き込んでいく。名前に年齢は当然として、出身地の記入がないのは助かったよ。魔の山とか書けないしね。
他には狩りや討伐の依頼を受けれるランクを希望する場合は、主な使用武器や戦闘職種を書かなければいけない。武器は素手でっと、職種は……武闘家?
「……っと、書けました。これでお願い【ガシッ!】「痛ってぇえ!!」
「あんた……なに人の胸を触ろうとしてんのよ……」
「は、離しやがれ! って痛てぇえええええ!!」
私が用紙に記入して受付のお姉さんが少し離れた隙にこっそりと私の後ろに近づき、いきなり胸を鷲掴みにしようとした馬鹿がいたけど、私にはバレバレだったので後ろから触りに来た手の手首を取って軽く捻りながら握力を込めると、馬鹿が叫ぶように悲鳴をあげる。
「てめえ! なにしやがる!」
「クソッ! そいつの手を離しやがれ!」
この馬鹿のお仲間か何人かの男が殺気立って詰め寄ってくる。
「関係のないあんたらは黙ってなさい。私はこいつに聞いてんのよ。さあ、答えなさい……なに人の胸を触ろうとしたのよ……」
「ヒィイイッ! 痛てぇ! 痛て、そ、そんなデカイ胸をぶら下げてんのが悪いんだろ! 痛っ! 新人ならベテランの俺たちにサービスのひとつもしやが痛てぇえええ!」
ミシ……ミシ……ミシッ!【ゴキッ!】
「ッギャアァァァアーーー!!」
「な?! テ、テメエ折りやがったのか!」
「このアマッ! なに考えてやがる!」
「チッ! やっちまえ!」
「ま、待ちなさい! この人が先に彼女に危害を加えようとしたんですよ! それに彼女はまだ冒険者登録が済んでいません! 冒険者同士の揉め事や正式な手続きをとった決闘ならともかく、一般人に危害を加えるのは禁止されています! 最悪、ギルド追放や奴隷落ちだってあり得るんですよ!」
事の成り行きに一瞬フリーズしていたお姉さんが馬鹿連中を止めようとするけど
「うるせえ! こんな舐めた真似されて黙ってられるか! 両手両足ぶった斬ってやる!」
「へっ! そりゃあいいや! 残った体は俺らが楽しんでやるよ!」
……はい、処刑決定。この様子じゃ今までもこんなことを繰り返してたんだろう。そのツケ、清算してもらうよ。
手首が砕け泣き叫びながら悶絶する馬鹿を蹴飛ばし、立ち上がったその時
「いい加減にしろ、そこの彼の行動が招いた結果じゃないか。それを逆恨みとは……そもそも君たち自殺願望でもあるのかい? 自分たちが仕掛けようとしてる相手がどんなのかも理解できないようでは冒険者として先がないよ?」
最初ギルドに入った時に私の実力を測るように見ていた男性が、呆れたように間に入ってきた。この世界に来て騎士や冒険者を見ていくつか感じた疑問のひとつに戦いを生業のする者にしては重心や体幹が崩れ、歩き方や姿勢もホントにこれで戦闘従事者か疑問に感じる連中ばかりだった。
特に騎士などは所謂、軍隊に属するはずなのに警備や巡回担当が規律や訓練で制御された動きをせず、それぞれがバラバラに動く等、無茶苦茶だった。
でも、いま間に入った男性、彼はあきらかに修めてる人間……っぽい動きをしていた。ぽいってのは、なんか基本のある動きと基本のない動きが混在してるみたいな、見よう見まねとか修行を途中で止めたみたいな半端な動きなんだよ。
それでも私がヤバイ奴ってのを理解できるだけ他とは一線を画してる、彼の動きもそうだけど、他の有象無象とは内に隠した力の桁が違う。
「剛剣のサリオかよ、Aランクだからって他人の揉め事に入ってくんじゃねえよ!」
おお! なんか二つ名とか通称とか中二っぽい名前がきたよ! いくつになっても平然とそんな名前を使えるなんて、さすが異世界……でも地球でも普通に戦国時代とか大戦でもそんな感じだったね。
「いやいや、君たち人の話を聞いてるのかい? まだ一般人の彼女に危害を加えると犯罪になるんだよ? そして君たちなんかじゃ手も足も出ないからね? 潰される前に止めた僕に感謝して欲しいくらいだよ」
「ハア? こんなちっせぇ女なんぞに負けるってか? 笑かすんじゃねえよ、Aクラスっても目は節穴かよ!」
剛剣さんと馬鹿連中が言い合ってるとお姉さんが畳み掛けるように
「あなたたち! とにかくギルドでは一般人に対する無法は認めません! 今回の件はギルドマスターにも報告しますし、彼女が審査に通った場合、冒険者としても今後も接触禁止措置するよう上申しますから、覚悟してください!」
「そんなもん知るかっ!……って審査? そいつFランク希望者か? そうか、じゃあ俺たちが審査の相手してやろうじゃねえか。審査は現役冒険者相手に模擬戦だからな。まあ、試合とはいえ武器を使うから、たまたま不幸が起こるかもしれねえけどな!」
「おお! そいつはいいな、やろうじゃねえか!」
「な?! 勝手なことを言わないでください! そもそも『俺たち』なんてどういうことですか! 女性相手に大の男3人がかりなんて……そんな勝手認められません!」
ん? 審査なんてあるの? まあ、戦う力があるか確かめないと無謀な死人が出ちゃうか。
「大体、この期に及んで「いいわよ」……え?」
「いいわよ、そいつら全員潰せばいいんでしょ? 3人でいいの? 怖いならもっとお仲間呼んだら?」
「ぐっ……こいつ、ぶっ殺してやる……」
「ちょ、ちょっと! 勝手に話を決めないでください! ギルドマスターを呼んできますからそのままにしてください! いいですね?! くれぐれも勝手に始めないように!」
お姉さんが急いで出て行くとしばらくして、おお、熊だ! 人間の見た目をした熊がきた!
「ハア……お前らついに言い逃れ出来ねえ問題起しやがったか……しかも新人相手に複数でってか?……クソがっ! ここまでギルドの恥さらしてただで済むと思うなよ!」
「チッ……もう知ったこっちゃねえよ! とにかくこいつと戦らせやがれ! こうなりゃヤケクソだよ!」
あ~、ついに武器まで抜いて騒ぎ出しちゃったよ、いままで静観してた周りもこれには反応して何人か臨戦態勢に入ったし、当事者の私置き去りじゃん。今日こんなのばっか。
「ギルマス、ちょっといいかい?」
「ん? サリオか。こいつらノシてくれんのか?」
どんどん騒ぎが大きくなる中、剛剣さんとギルドマスターがなんかヒソヒソ始め、その内にギルドマスターが驚いたようにこっちを見てくる。
「……マジか?……なら、それが一番収まりいいか。ただし、やっぱり間違いでした。じゃすまねえからな?」
「大丈夫だよ、あんなゴミ共じゃ手も足も出ないよ」
「そうか……わかった! 審査試合を認めてやる! 形式は1対1の3連戦だ! さすがに3人同時ってほど恥知らずじゃねえよな?」
「ぐっ……馬鹿にすんなよ! 1対1でやろうじゃねえか!」
……常識的に考えて新人の若い女性相手にいい年した男が3人がかりの時点で十分、恥で馬鹿にされるって気付かないんだろうか? ああ、だからこそ馬鹿なんだ。しかも一瞬言葉に詰まったあたり多対1のつもりだったのかも。救いようがないね。
試合は訓練場で行うってことでギルドマスターと『新人の女の子にこんな無茶をさせるなんて何を考えてるんですか!!』と何とか止めようとするお姉さん、3馬鹿と私に、なぜか剛剣さんも一緒に移動を開始すると他の冒険者も見物するためかゾロゾロとついて来る。
「すまないね、止めるつもりが逆にややっこしくしてしまったみたいで」
移動中に剛剣さんが謝ってきたけど、あのままでは乱闘になっただろう。それでは他の冒険者にも迷惑だし、止められなかったお姉さんの責任問題になった可能性だってあったことを思うと感謝しかない。
「いえ、あのままじゃ周りにまで迷惑をかけていたので助かりました。どのみち連中は潰されないと理解できないでしょうから、私闘じゃなく正式な試合になってホッとしてます……合法的にぶっ潰せるからね……」
最後のつぶやきに剛剣さんが少しヒクついてたけど気にしない。
そんなうちに、私が冒険者になるための審査試合、という名の馬鹿の公開処刑場に到着した。
ところで話にも上らなかった影の薄いマシロはと言うと、私に最初の馬鹿が手を捻られてるあたりから唸り声をあげて連中を威嚇してたんだけど子犬の唸り声じゃ『クルルルルル!』と『キュルルルルル!』の間みたいな声になって、緊張したシリアスな場面なのに私とお姉さん、そして何人かの可愛いもの好きや子犬好きの厳つい冒険者を和ますというシリアス・ブレイクをかましてくれた。
胸元からちょこんと顔と前足だけ出して、収まった子犬の可愛らしい威嚇に私を含む一部の人間はシリアス顔をヒクつかせ笑いを抑えるのに必死で、ぶちギレて怒鳴り散らす3人組には集中できませんでした、と。