最後の二人
そこは過疎の村でした。
おじいとおばあが二人で住んでいました。昔は村人も多く、にぎやかな
村でした。皆、子沢山で、子供らの声であふれていましたが、
あまりに山奥でした。
村人は便利な町に出て行きました。
おじいとおばあにも七人の子がいましたが、皆、町に出て行きました。
年老いた二人を気にかけて、時々訪ねて様子を見に来ていました。
町に出て、一緒に暮らすよういつも話をするのですが、二人は村から出るのを
嫌がり、
『 ここでいい 』
言うことは聞きません。
この村はマタギの村だと伝えられていました。山から山へ、峰から峰へ
猟をしながら生活する人達でした。定住しないで、山々を移動しながら
暮らしていたのです。
でも年取ってくると、その移動に、ついていけなくなってきます。そこで、
ケガをした者、病気になった者、年老いた者達のために、村を作り、
世話をする若い者を数人おいて、暮らしていました。
山々の移動は無理でも、畑仕事位はできたので、皆働いて、自給自足の生活を
していました。
マタギの人の生活は、常に大自然と一体でした。マタギの人達は自然の神秘を
知り尽くしていました。
人間がいかに小さく、弱いかと言うことも身にしみて知っていたのです。
いつも自然には敬意を払い、無礼を働くことはありませんでした。
村を作るときも、村の中心に神社を作り、大事に守ってきました。
祭りも賑やかに行いました。
村は質素でしたが、平和でした。
住む人間も増え、村が村らしくなり、畑や田んぼも増えてきました。
永い年月、そんな生活が続いていました。
あまりに山奥のため、外の人はその村を知りませんでした。
でも、いつ頃からか、外の生活が少しずつ入ってきたのです。
世話をしていた若い者は、外の世界にあこがれを持つようになり、町に出て行くように
なりました。
誰も止めることは出来ませんでした。
おじいとおばあは、いつも通りの生活をしていました。
ある日、見慣れない若者がやってきました。
『 道に迷って困っている。 一晩泊めてくれないか。 』
と、頼みました。見ると、人なつこい顔とやさしい目をした男だったので、
おじいとおばあは泊めてやることにしました。
汚れていたので、風呂を沸かして、入れてやりました。おじいの古着を出して
着せました。よごれものは、おばあがきれいに洗ってやりました。
朝になりました。洗濯ものが乾かないので、もう一日世話になることにしました。
男は、
『 何か手伝わせてくれ。 』と言いました。
『 じゃあ、薪でも割ってくれないか。薪はいくらあってもいいのでな。 』
男は薪を割ることにしましたが、慣れないへっぴり腰で薪をうまく割れません。
おじいはあきれ顔で
『 では畑を手伝ってくれ 』
と言い、畑に連れていきました。
耕して、野菜の種をまくと言うのです。くわを持って、耕すのですが、
それも、何をしているのかと思うほど、出来ないのです。
おじいは笑いながら、
『 もういい、もういい。わしが一人でやるから。 』
と男に手伝ってもらうことをあきらめました。
男はもう一晩泊まることになりました。
おじいとおばあは、若者のためにごちそうを作ることにしました。
ニワトリをつぶしました。
お正月のようなごちそうでした。
食事の時、おじいとおばあは、タンスの中から一番大事にしている晴着を
着ていました。
男はびっくりして、どうしたの?と訊ねました。
おじいは、
『 わしらもそう長くはないだろう。この晴着は何かの時にと
用意していたのだが、着る時もないようだから、おばあと相談して、
客のお前さんの居る時に、着て見てもらおうと、思ったのじゃよ。
どうじゃね。 』
とても良く似合って、年も十は若く見えると、男は喜んでくれました。
その夜は三人で飲めや歌えの賑やかな夜でした。
朝になりました。おじいとおばあは幸せな顔をして晴着を着て、そのまま
冷たくなっていました。若者がそばにいました。
『 永い間、私の世話をしてくれてありがとう。
私にできるお礼は二人一緒に旅立たせてあげることぐらいだ。
一人では淋しかろう。 』
そう言い残し、男はスーッと消えていきました。