もう人気者とは付き合っていられません

本編

第五話

　僕の隣の席に、静かに貴久先輩が腰を下ろした。

　並んで座ることは沢山あったけど、こんなに居心地が悪いのは初めてだ。

　貴久先輩、いつもの笑顔に戻ったけど……なんか怖い。

「ねえ、どうして湊が零と一緒にご飯を食べているの？」

　そう言って貴久先輩は、向かい側に座っている会長を見ている。

　会長は真顔で視線を合わせているが、黙ったままだ。

　静かに火花が散っているような……二人は仲良くないのかな？

　僕と会長が一緒にご飯を食べている理由は生徒会補佐の話をしてくれているからで、やましいことは何もないのだが言葉がでない。

　何も言えずにオロオロしていると貴久先輩が視線を僕に移した。

「零、連絡しているんだよ？　どうして電話にも出てくれないんだ？」

　そう問いかけてくる声は寂しそうで、さっきまでと雰囲気が変わっていた。

　連絡、してくれているんだ？

　連絡があっても分からないように設定しているから知らなかった。

「零……」

　貴久先輩に手を握られる。

　ギュッと握られた手から、貴久先輩の戸惑いが伝わってくるようだった。

　先輩からすれば、懐いていた奴が急に離れていってわけが分からないのだろう。

『何もしていないのに、どうして？』って思うよね。

　僕だけを見てくれないのも、他を優先するのも、先輩には『当たり前』のことだから――。

　握られた手を解きながら伝える。

「連絡はしないでください。僕はもう、貴久先輩には関わらないので……」

　言葉にするのはつらいけれど、はっきりと伝えておかなければいけない。

「…………」

　言い終わると、貴久先輩は目を見開いて固まっていた。

　僕が解いた手も、そのままの位置で固まっている。

　とても吃驚しているようだ。

　でも、あれだけべったりと張りついていたのが離れたんだから、予想はつかなかったのかな？

「湊が零に何か言った……？」

「え？」

　貴久先輩が動き出し、何か言ったと思ったらまた雰囲気が変わっていた。

　こ、怖い……さっきより怖い！

　邪悪な笑顔というか……身体から黒いオーラが放たれているというか……！

「湊、どういうつもりだ？」

「何がだ？」

「零を利用するつもりだな？　オレから零を奪って嫌がらせのつもり？」

　貴久先輩が聞いたことのない低い声で会長を問い詰めている。

　……嫌がらせ？

「そんなわけないだろ」

「そんなに生徒会が大事か？」

「違うと言っている」

　生徒会が何か関係しているの？

　二人がどういう知り合いなのかも知らないし、何の話かも分からない。

　ただ、少し二人の会話から気になったのは、会長は何か思惑があって僕を生徒会補佐にしようとしている……？

「木野宮には生徒会の補佐を頼んでいたんだ」

「零に……補佐を？ 　断る」

「本人は了承してくれている」

「零？」

　貴久先輩が「本当か？」と問いかける目をしている。

　僕は黙って頷いた。

「駄目だよ。補佐なんかしちゃ」

　貴久先輩の強い視線を向けられる。

　どうして？　何か理由があるなら聞きたい。

　生徒会補佐をやりたいけど、僕を評価して誘ってくれたんじゃないのなら迷ってしまう。

　戸惑いながら会長を見た。

「俺が木野宮を誘ったのは、大幅に成績を上げた努力と、日頃の生活態度や人柄を見て相応しいと判断したからだ。何も裏などない。信じて欲しい」

　会長は不安な僕を安心させるような力強い目で言ってくれた。

　言い終わった今も、ずっと真っ直ぐに僕を見てくれている。

　……うん、大丈夫だと思う。

「僕はやりたいです。やります。……貴久先輩には関係ないですから」

　まだ会ったばかりだけど、会長は人を貶めるようなことはしないと思う。

　僕を誘ったことに何か裏があったとしても、僕がつらい思いをするようなことはない……気がする。

「……零」

「え？　痛っ」

　座っていた貴久先輩が立ち上がったかと思うと、強引に腕を掴まれ引っ張られた。

「おい！」

　会長も焦った様子で椅子から立ち上がったが、その時には僕はもう引き摺られるように席から離れていて……。

　貴久先輩は僕を連れてどこかに行くつもりなのか、腕を引いたまま食堂を出て行く。

「先輩、離して！」

　なんだか先輩が怖い。

　ついて行きたくないが、引っ張られるままに歩くしかない。

　手を解こうとしても強く握られていて解けない。

「クリス先輩！　どこに行くの？」

　食堂を出たところで早川が待ち受けるように立っていた。

　先輩に話し掛けながらも僕のことを睨んでいる。

　睨まれてもこうなっているのは僕のせいじゃないし、僕だって嫌なんだ。

　ほら、お得意のべったり甘える技で先輩を連れて行ってくれ！

「零と話をするから」

「ボクも……」

「千鳥は来ちゃ駄目」

「え……」

　僕と早川は驚いた。

　先輩は基本なんでも「いいよ」と受け入れてくれる。

　駄目、なんて拒否することが殆どなかったのに……。

「なんで！　そいつ、クリス先輩から離れて生徒会長に乗り換えたんだよ！　先輩だってさっき仲良くご飯食べてるの見た……」

「違う！」

　早川がまた馬鹿なこと言ってるな、と思っていたら貴久先輩が足を止め、大きな声を出した。

　またまた僕と早川は吃驚してしまった。

　先輩がこんな大きな声を出すなんて！

　驚いているうちに先輩は再び歩き出し、僕も引っ張られる。

　早川は動き出せずに僕を見ていた。いや、止めて？

　こういう時にも粘着して頑張るのがお前だろ！

　っていうか、どこ行くの……！？