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第三十三話

「怖がらせて悪かったから、そろそろ出てきてくれ」


 会長の話を聞いてから僕は布団に篭もり続けている。

 その間に会長はシャワーを浴びたようだ。

 バスルームから出てきてもまだ引き篭もっている僕を見て呆れている。


「怖がってないし」

「何だって? 布団で声が聞こえ辛い……」

「怖がってません!!」


 ……なんて強がっているが、正直に言うと結構怖い。

 さっきの話を、自分に置き換えると怖くなったのだ。

 

 怖い話のBさんは、Aさんが帰った後にすぐ鍵をちゃんと閉めていたら殺されなかったと思う。

 そう思うと同時に、自分の部屋のノブをガチャガチャされているときのことが蘇ってきて――。

 あの時に鍵が開いていたら……僕もBさんのように……!

 さっきの電話も、ガチャガチャ犯だったかもしれない。


「いいから出てこい。お前がいないと退屈だ」


 布団の中でも、会長の溜息が聞こえた。

 僕だって会長と楽しく話をしたかったけど、怖がらせたのは会長です!


「幽霊だろうか殺人鬼だろうが、俺がぶっ飛ばしてやるから」


 僕が篭もっている布団をポンポンとあやすように叩いてくれている。

 小さな子供を寝かす母親みたいだ。

 また子供扱いされて憤ったが、ポンポンされて落ち着いてきたので本当に子供だったのかもしれない。

 布団から頭を出して、近くに座っている会長を見上げた。


「……実体がない幽霊はどうやってぶっ飛ばすんですか?」


 ムスッとしながら聞くと会長が笑った。


「塩でもふりかけてぶん殴ればなんとかなるだろ」

「雑! なめくじじゃないんだから……」


 そんなことで幽霊をやっつけることができるとは思えない。

 いや、会長ならできるかも?

 ……どっちにしろ、僕が怖いのは幽霊じゃないからいいか。

 暑くなって来たし、布団を出てベッドの上に正座をした。


「やっと布団から脱皮したな」

「僕はハダカハオコゼではありません」

「ハダカ? 脱ぐのか?」

「脱ぎません! ハダカハオコゼは脱皮する魚です!」

「そうか」


 まったく興味がない「そうか」だったな。

 今日は黙々と朝まで海洋生物について語ってやろうか。

 

「あの、僕の引っ越し先は鍵をかけ忘れても大丈夫ですか?」


 今は幽霊も殺人鬼もぶっ飛ばしてくれる会長がいるけど、引越が終わったら会長がずっといるわけではない。

 会長がいない間、僕はどうすればいいのだろう。


「二重のオートロックになっているから、前よりは遙かに安全だが……百パーセント安全というわけではない」

「そうですよね」


 鍵の閉め忘れをしなければいいだけの話だし、今まで忘れたこともないのだが……心配だ。


「悪い。本当に怖がらせちまったみたいだな」


 正座したまま俯いていると、下がった頭に会長の大きな手がポンと乗った。


「心配すんな。俺や彩斗が気をつけているし……近くに貴久もいるだろ」

「!」


 貴久先輩の名前を出すなんてちょっと意外だ。

 会長もいてくれたら、もっとよかったんだけどな……。


「Bさんはどんな殺され方してたんですかね」

「さあな。寝ているように見えたくらいだから、腹部の刺殺、とか?」

「刺殺!」

「まあ、お前を狙っている奴がどんな手段をつかって来ても、返り討ちにしてやるさ」


 会長が凄く格好いいことを言っていたけど……それより僕の耳には『刺殺』という言葉が残った。

 腕力では会長が勝てる気がするけれど、刃物を持っている敵を相手にするのは危険だ。

 パッと会長を見るとバスローブ姿だ……なんて防御力が低いんだ!


「会長! そんな薄着じゃ危険です。殻に入っていな貝みたいなものです!」

「は?」

「無言電話の件もありますし、バスローブの中に教科書でも仕込んでおいてください。あ、灰皿もいいかも」


 近くにあった教科書と灰皿を会長の懐に忍ばせる。

 映画では漫画雑誌をお腹に入れておいて助かった、なんてシーンを良く見る。


「おい、俺は鞄じゃないぞ。詰め込むな」

「寝込みを襲われたら大変でしょ? だから、我慢してください。まだ足りないな……」


 オオシャコガイくらい立派な二枚貝にならないと……。

 会長のバスローブの襟を掴んだまま部屋の中をぐるりと見回して物色する。

 枕も多少は防げるかもしれない。


「お前に脱がされるとはな?」

「はい?」


 会長がぽつりと呟いた。

 脱がされる? って、何を言っているんだ?


「あ」


 気づけば会長のバスローブの襟を思い切り横に開いていて……引き締まった上半身が露わになっていた。

 わあ、僕とは違って骨格も筋肉も男らしくて羨ましい……って、僕は今、何をしている?

 開いた襟をそっと閉じ、改めて今の状況が頭の中で整理した。

 ホテルに二人でバスローブ姿でいるところを、僕が会長のバスローブを脱がすかのように全開させている……。


「!!」


 うわああああ、消えたい!

 まるで会長を襲っていたような……! 僕は変質者か!

 一気に熱くなる顔と、僕の存在を消したくなってそっと布団でに手を伸ばしたのだが……。


「面倒臭いからもう篭もるな」

「返してください……貝になりたい……」


 さっきとは違う理由オオシャコガイになりたくなってしまった。

 それなのに、行動を先に読まれたようで、布団を没収されてしまった……ひどい……。

 とにかく、いったん殻に篭りたい。

 トイレでも行って落ち着いて来るか、とベッドから立ち上がろうとしたのだが、会長に腕を捕まれた。


「駄目だ」

「!」

「トイレに篭もろうとしたな? もっと面倒だからやめろ」


 エスパーですか?


「違います。ちょっと腰を上げただけです。もう、寝ますね」


 トイレは諦めて、もう寝よう。

 空いているベッドに行き、布団にもぐり込んだ。


「篭もるなって言っただろう?」

「普通に寝るんです!」

「歯は磨いたのか?」

「まだですけど……」

「じゃあ、駄目だな。一緒に磨くか」

「…………」


 無視してこのまま寝ようかなと思ったけど、朝、会長に口が臭いなんて思われたら嫌だし、何より口の中が気持ち悪い。

 無言のまま、歯磨きをするために洗面台に向かった。

 声を殺して笑いながら僕についてくる会長にスリッパを投げたくなった。

 我慢した僕は偉いと思う。


「…………」


 洗面台の鏡には、並んで歯磨きをしている僕と、やたら上機嫌の会長が映っている。

 なんだかなあ、と思いながら、明日のことを考えた。

 引っ越しして、新居での暮らしがスタートかあ。

 しかも、同じマンションに貴久先輩がいるんだよなあ。


 そういえ、ば貴久先輩のことで気になっていることがある。

 聞かない方がいいのかもしれないけど……今の上機嫌な会長なら答えてくれるかも?


「会長」

「うん?」

「どうして貴久先輩は、補佐を辞めたんですか?」

「…………」


 歯磨きをしていた会長の手が一瞬止まった。

 やっぱり聞いちゃ駄目だったかな?

 副会長は「会長が苛めた」なんて言っていたけど……。


「確か会長は『勝手に辞めた』って言っていましたよね?」

「……あいつは生徒会に居づらくなって、自分から辞めたんだ。逃げたんだよ」


 居づらい? 逃げる?

 貴久先輩が、何か悪いことをしたってこと?


「居づらくなるようなことって、何をしたんですか?」


 会長の顔がどんどん曇っていく。

 これ以上は聞かない方がいいだろうか。

 そう思っていたのだが、会長は教えてくれた。


「あいつは、生徒会を裏切ったんだよ。……彩斗はそうは思っていないみたいだけどな」


 ……裏切った?

 穏やかではない言葉が出てきてドキリとしてしまった。

 でも、副会長はそうは思っていない?

 副会長は貴久先輩を友達だと言っていたけど、友達だから信じている、と言うことなのかな?


「会長と貴久先輩も、友達なんですよね?」

「お前は知らなくていい」

「…………」


 怒っているわけではなさそうだけど、話したくはないようだ。


「明日、お前の引越が終わったらあの寿司の菓子作りに再チャレンジしないか?」

「! します!」


 嬉しくてつい話に乗ってしまったけど、はぐらかされたのかな?

 僕ももう聞くつもりはなかったし、これ以上追及するのはやめよう。


 そのあとは、明日の予定について少し話し、別々のベッドで眠った。


 寝る直前にちらりと会長の顔を盗み見ると、やけに真剣な顔をしていた。

 なんとなく貴久先輩とのことを考えているのかなと思った。

 




「なんで湊がいんの?」


 朝迎えに来た副会長は、扉を開けて出迎えた会長を見て顔を顰めた。


「ベッドが空いていたら勿体ないだろ?」

「!」


 ちょうど副会長に背を向けていてよかった。

 多分、また顔が赤い。

 会長め、なんで副会長に言うんだ!


「ふうん?」


 視線を感じる……僕は絶対に振り向かないぞ……!


「あ、新人ちゃん、昨日改めて貴久をフッたんだって?」

「!」


 部屋の中に入ってきた副会長が大きな声で話し掛けてきた。

 貴久先輩は僕と話したあとも、副会長と連絡を取り合ったのか。

 ……というか、そういう内容まで話さなくても……!


 今度は違う方向から……会長から視線を感じる。

 

「なんか目を輝かせてるウザいのがいるけど、それは無視して……新人ちゃん!」

「はい?」

「貴久も引越手伝うって」

「え」


 思わず副会長を見ると、とても素晴らしい笑顔をしていた。

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