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第二十七話

「零君。お疲れ」

「木野宮君お疲れ様、また月曜日にね」

「はい!」


 六時半になると、千里先輩と浅尾先輩は帰った。

 生徒はなるべく七時までに学園を出るようにと言われているので、いつも大体この時間に帰っているらしい。

 千里先輩と浅尾先輩は、家でも作業をしてくるらしい。

 もう学生活動というより職業だな……。

 過労にならないか心配だ。


 僕も『今日の作業分』と決めていた束をシュレッダーにかけ終わったので

帰る準備をしている。

 全体の三分の一くらいは処理できたかな。

 やっぱり千里先輩が言ったとおりに、三日はかかりそうで悔しい。

 片付けも終わり、あとはここを出るだけなのだが……。


 奥の部屋――執務室の扉をノックして、少しだけ開けて中を覗いた。

 そこにはまだ不機嫌そうな顔で、書類とにらめっこをしている会長がいる。


「あの、会長。僕、帰りますね」

「…………」


 ……全然反応してくれない。

 会長、僕に怒っているんだろうな。


 僕の引っ越し先が貴久先輩と同じマンションだと分かったとき、「新人ちゃんがどうしても変えて欲しいっていうなら変えるけど?」と副会長に言われた。

 会長は「変えて欲しいと言え」と言いたげな顔をしていたけど、僕は「大丈夫です」首を横に振った。

 同じマンションだからといって一緒に住むわけじゃないし、見かけることがあっても関わろうとはしないから、何も問題ないだろう。

 それに我が儘を言って、副会長の仕事を増やすわけにはいかない。


 会長は貴久先輩のことになると僕が気を落とすから、心配してくれているのだと思う。

 それなのに言うことを聞かないで申し訳ない。


「拗ねちゃまは放っておいて行くよ、新人ちゃん」


 既に生徒会室を出て行こうとしている副会長が、僕を呼んでいる……うん? 拗ねちゃま?

 頭の上にハテナを浮かべていると、バッと会長が席を立ち、扉にいる僕を避けて通って行った。

 そして、まだシュレッダーにかけることかできていない紙の束を手を取ると、それを思い切り副会長にぶつけた。

 紙の束はバシンッ! と派手な音を立てて副会長の顔面に直撃したあと、バサバサと床に落ちて散らばった……。


「………えぇ?」


 僕はそれをポカンと口を開けたまま見守ってしまった。

 会長、何をやっているの!?


「…………。……痛えなああああおい!!」


 副会長も適当に紙の山から束を取ると、細く巻いて固めた。

 棍棒のように仕上がったそれで、会長に殴りかかろうとしている。

 

「ちょ、ちょっとやめてください!」


 慌てて副会長の前に出る。


「どけ! このバ会長をミンチになるまで叩いてやんだよ!」

「ミンチはやめてください!」


 物凄く恐いんですけど!

 シャチとホホジロザメの戦いを、コバンザメが止めるのは無理だから!

 やっぱり鍛えていた方がよかった……!


「はっ」


 会長は副会長を鼻で鼻で笑うと、執務室に戻って行った。

 パタンと閉まる扉の音を聞いて、更に副会長の顔に怒りが増したのが分かった。


「お前、覚えてろよ……絶対謝らせてやるからな……」


 副会長の静かな呟きに背筋が凍った。

 副会長を怒らせるとか、会長はなんて命知らずなんだ!


「……ふっ。新人ちゃん。じゃあ、行こうか!」


 鬼の形相はではなくなったが、悪魔のような満面の笑顔になっている。

 お願いだから、二人の喧嘩に僕を巻き込まないでくださいね……。

 


 校舎を出ると、学園の校門の外にタクシーが止まっていた。

 驚いたことに、このタクシーでホテルに行くらしい。

 てっきりバスか何かで行くものだと思っていた。

 ホテルも取って貰ったし……お金を使いすぎじゃない?


 心配しながらタクシーに乗り、副会長と後部座席に並んで座った。


「ごめん、荷物明日じゃだめかな? 湊の馬鹿、鍵を貸してくんなかったから取りに行けなくてさ。着替えなら適当に買って用意するから」

「明日で構いませんよ。着替えも別にいいです。一日くらいどうってことないですから」

「そう? でも下着くらいは替えた方がいいだろ? コンビニに寄るからそこで買おう。お金は学園が負担するから気にしなくていいよ」


 また出費!

 自分の懐から出ているわけじゃないけど胃が痛くなりそうだ。

 途中、言っていた通りにコンビニにより、僕が普段つけているよりも高い下着を買って貰った。

 タクシーのメーターも気になって……やっぱり胃が……!


「貧乏性」


 お金のことを副会長がぽつりと呟いた。

 それは僕のことですか?

 貧乏性ではなく貧乏なのです、と言ったら頭を撫でられた。

 憐れまれた……。



 そんなことをしているあいだにホテルに着いた。

 メーターは……ああ、バスで来たら三分の一くらいに抑えられるのに~!


「行くぞ、貧乏人」

「辛辣すぎる」


 ここは駅前にある大きなホテルだ。

 セピアカラーの建物で、落ち着いているけど暖かみがあり、女性に好まれそうな外観だ。

 中は白を基調にした明るい内装に、金で統一された装飾――。

 豪華で華やかだけれど、いやらしさはない。

 たぶん凄く人気のあるホテルなんじゃないかな?


「チェックインしてくるから待ってて」

「はい」


 人の流れの邪魔にならないよう壁際に移動し、お客さんに目を向ける。

 外国からの観光客も多いようだ。

 家族連れも見かけるし……あっちはツアーの団体かな? とにかく賑やかだ。

 わくわくするが……どこか寂しさを感じる。


 会長は今どうしているだろう。

 もう家に帰っただろうか。

 あのスーパーには寄ったのかな。

 また自炊しているのだろうか。

 今日は何を作ったのだろう。

 会長のご飯、また食べたいなあ。

 迷惑を掛けたくないから言えなかったけど……今日も会長の家に泊まりたかったな。


「新人ちゃん、お待たせ。ついてきて!」

「あ、はい」


 チェックインを済ませた副会長と合流すると、僕たちは部屋へと向かった。




 副会長に案内されて入った部屋は、モスグリーンの壁がお洒落で素敵なところだった。

 テレビや小さな冷蔵庫、サイドテーブルなどよくある設備は一通り揃っている。

 そして部屋の中心にドンとベッドが二つ並んでいた。……二つ?


「副会長も泊まっていくんですか?」

「え? 何? オレのこと誘ってるの?」

「違います! ベッドが二つあるから!」

「たまたま空いてたのがここってだけ……あ、でも」

「?」


 話している途中で副会長の空気が変わった。

 真顔でジッと僕を見てくる。何!?


「二人部屋なのに割安だったのは……出るのかもね」

「…………え?」


 出るって、まさか……あれですか! 霊的なやつ!?


「やめてくださいよ!」


 急に恐くなってきた……あ、額縁に入った絵が気になる……。

 裏返したら、びっしりお札が貼られていたりして……!

 恐くて確認することができない。


「副会長、一緒に泊まりませんか?」

「貴久だったら呼んでやるけど?」

「やっぱり一人でいいです」


 貴久先輩が来たら、戸惑いで怖いことは忘れることができそうだが困る。


「あーそうだ。貴久には言ってないから。同じマンションになるってこと」

「え、そうなんですか?」

「あいつ、君のこと待つって言っていたから、それの邪魔すんのもあれかなーと思って」


『待つ』というのは昼の休憩時間に、あの部屋にいることだと思う。

 副会長は貴久先輩から話を聞いたようだ。


「行かなかったんだってな。あいつ、かなり凹んでたよ。思っていたよりキツいって」

「…………」


 聞きたくなかった話だ。

 もう別れたから、と割り切ったけれど、すっぽかすのは心が痛い。


「でも、君のこと想いながら、色々考えられるからいいんだって。あいつ、そばにいてくれていた間に、色々と気づけなかったことを後悔していたよ」

「….………」


 気づいて欲しかったな、とは思う。

 でも、関係が終わったあとだから……今更だ。


「前にオレが言ったこと覚えている?」

「え?」

「『話し合え』って言っただろう? さっきは『待つ』って言う貴久の邪魔をすることはしないって言ったけど……。君、貴久に会いに行くつもりないだろう?」

「それは……」

「会って話をしたくないなら、電話でもいいから話してやってくんない? 話すのなんて死ぬほど嫌?」

「そこまでは……。嫌というより、僕には話すことはもう……」

「ふうん? じゃあ、黙って貴久の話を聞くのはいいんだな?」


 副会長はスマホをポケットから取り出すと、何か操作し始めた。


「え」


 コール音が聞こえるんですけど……。

 今の話の流れだと……もしかして、貴久先輩に電話してます!?


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