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第二十六話

 午後の授業が終わると。生徒会室に戻ってきた。

 少しだけ研究所の手伝いをして来たから遅くなってしまった。

 一番下っ端なのに僕が最後かもしれない。


「あ! 僕、鍵開けられないや」


 扉の前に着いてから気がついた。

 ノックしたら開けてくれるかなと手を扉に伸ばしたその時、カチャと扉が開いた。


「千里先輩!」

「おかえり。指紋登録がまだだったな」

「ただいまです! 遅くなってすみません!」


 中から千里先輩が出てきてくれた。

「どうして僕が来たと分かったんですか?」と聞くと「気配がしたから」と言われた。

 そんな察知能力まであるんですか?

 生徒会にいたら何か特殊能力でも目覚めるのだろうか。


 千里先輩は、何やら指紋認証の端末を操作し始めた。

 僕の指紋を登録をしてくれるようだ。


「遅くなるのは問題ない。出てくる時間は好きにすればいいが、仕事のペースが遅いと判断されたら副会長に切られるから。これからは、一日にどれだけ仕事をするか前日に目安をつけて、翌日には必ず目安分は達成できる時間を用意するように」

「わ、分かりました!」


 時間管理は好きにしてもいいけど、ちゃんと成果を出していけってことか。

 みんな人柄は良くて優しいから気を抜きかけてしまうけど、見る目は厳しいということを忘れないようにしなきゃ。


「零君の指紋を登録するから、この枠のところに指を置いて」

「あ、はい!」


 黒い画面に浮かび上がった楕円の中に人差し指を当てるとピッという電子音が鳴った。


「完了した。これからは自由に出入りできるから」

「ありがとうございま……」


――ガタンッ


「!?」


 お礼を言っている途中に、部屋の奥から大きな物音が聞こえてきた。

 衝突音……デスクかなんかを蹴ったような?


「千里先輩。今、中から凄い音がしませんでしたか?」

「ああ。定期的にあるから気にするな」


 気にするなって……何を?


 何でもない様子で中に戻って行く千里先輩の後についていく。

 大きい方の部屋には千里先輩と浅尾先輩がいるが、会長と副会長の姿はなかった。


「木野宮君、おかえり」

「浅尾先輩、ただいまです!」


 ほんわかと話し掛けてきてくれる浅尾先輩は超癒やし系だ。

 僕の中の浅尾先輩イメージ像、『優しい巨人』には肩に小鳥だけじゃなくてリスも乗せておこう。


「お前は俺に恨みでもあんのか!?」

「恨みなんて山ほどあるわ! 直近で言えば仕事押しつけられたしなあ!?」

「普段はお前よりやってんだろうが!」

「当たり前だ! お前は『会長』なんだよ! オレただの『お手伝い』だからな!?」


 小さな部屋の方から会長と副会長の大きな声が聞こえてきた。

 ガタンとまた大きな物音もしている。


「会長と副会長、喧嘩してません!?」

「定期的にあるから放置でいい。早速、働いて貰っていいか?」

「あ、はい……」


 本当に放置でいいのかな、と混乱する僕に、通常運転の千里先輩が仕事の話を始めた。


「掃除についてだが――。見て分かると思うけど、書類の容量オーバーだ。デジタル化したいんだが、紙で出さないといけないものが多くてね。だから、まずはいらない書類をシュレッダーにひたすらかけて欲しい。シュレッダーはこれ」


 そう言って千里先輩がポンと手を置いたのは業務用のシュレッダーだ。

 腰ぐらいまでの大きさがあって処理能力は高そうだから安心した。


「業者に出せば早いんだけど、会長と副会長は昔になにかあったみたいで業者も信用していない。だから自分達でいらなくなった書類は始末していく決まりになっているんだが、量が多くてね。やることが多いから後回しにしてたら今の有り様だ。片付けてくれると本当に助かる」

「頑張ります!」


 元々雑用だと聞いていたし、黙々とする作業は結構好きだ。

 小さな部屋の方の物音は気になるけど、やる気が出てきた。


「つまらない作業だと思うけど、業者にも見せたくないような書類を預けて貰えるくらい信用されていると思って頑張ってくれ」

「はい!」


 そう言われると更にやる気が湧いてきた。

 綺麗な早川こと千里先輩は、人を使うのも上手いようだ。


「いい子だ。千鳥と交換したいよ」


 流し目でそんなことを言われるとつい「お兄様」と呼びたくなってきた。

 やっぱり麗しい……残念な方の早川も落ち着けば千里先輩みたいになれるのだろうか……無理だな。


「木野宮君、中のゴミ袋がいっぱいになったら呼んで。結構重いから、おれが捨ててくるよ」

「ありがとうございます! 持ってみて駄目だったらお願いします!」

「そう? 無理しないでね」

「はい!」


 二年の先輩方が優しくて嬉しい。

 ここにいたいなあ。

 辞めさせられないよう、張り切ってシュレッダーに紙を食べさせよう。


「床にあるのは全部いらない書類なんだけど、念のため確認しながらやって欲しい。束の先頭には大きくバツをつけてあるから、ないものがあったら保管しておいて。あとで確認するから。あと、分からないことがあったらすぐに聞くように。迷うのはただの時間の無駄だから。私の仕事の邪魔をしないか、なんて余計な気も使わなくていい。手が離せなかったら、その時に言う」

「わ、分かりました! ……早っ」


 僕の返事が終わるより前に、千里先輩はすでに自分のデスクに戻っていた。

 そして、すごい早さでノートパソコンのキーボードを叩いている。


 浅尾先輩の方も、真剣に書類に向かっている。

 仕事が丁寧かつ正確で、あの副会長が「浅尾に確認させたら間違いない」と言っていたので、本当に優秀なのだろう。


 僕も役に立てるようになりたいな。

 千里先輩が「シュレッダーは三日間くらいで終わって」と言っていたので、二日で終わりたいな。




「新人ちゃん、早速始めてるね。感心感心」


 一時間ほどシュレッダー作業を続けたところで、副会長が奥の部屋から出てきた。

 揉めている物音がすごかったから、怪我がないか心配になったが、特に変わった様子はない。

 良かった。


「そうだ。ホテルだけど、帰るときに案内するから」

「ありがとうございます。あ、会長の家に置いている荷物があるんですけど……」

「じゃあ、それはオレがあとから届けるよ」

「木野宮」


 名前を呼ばれて振り返ると、会長が立っていた。

 会長の方も怪我はないようだが……顔が怖い。

 とてつもなく不機嫌そうだが、何かあったのだろうか。


「会長?」

「引越はまだしなくていい。他を探す。今日もうちに来い」

「?」


 あとで副会長がホテルに案内してくれるんじゃないの?

 首を傾げて副会長に視線を送ると、額に手を当てて溜め息をついていた。


「お前ね! また一からさっきのやりとり繰り返す気か!? もう決定してんだよ! お前が気に入らないってだけでもう変えられないの!」

「お前が決めたんだから、変えることだって出来るだろう! やり直せ!」

「無理! なあ、新人ちゃんは綺麗で安全なところだったらどこでもいいだろう? 我が儘なんて言わないよな?」

「え? はい……」


 何を揉めているのか分からないが、僕は安全ならどこでもいい。

 我が儘なんて言わない。

 多分どんな部屋でも前の部屋よりはいいと思うし。

 でも、会長は僕の返事が不服らしい。


「え……問題があるところなの?」

「心配しないでいいよ。別に何もないから。むしろ、誰かに狙われているかもしれない新人ちゃんには、同じマンションに知り合いがいて安心出来るよ」

「知り合い?」


 誰だろうと首を傾げると副会長がにっこりと分かった。


「うん、貴久だよ」

「…………」


 思考回路が止まって「それは誰ですか?」と聞きそうになった。

 僕が知る限りその名前の人は、一人しか知らないのだけれど……その人ですか?


「あれ、言葉も出ないほど嬉しい?」


 そんなわけないじゃないですか!

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