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第二十四話

 早川は怒りに任せ、足を踏み鳴らしながら近づいて来た。

 生姜焼きに箸を伸ばしている僕に、鋭い眼光を向けてくる。


「クリス先輩はどこ!?」

「知らないよ」


 言ってもいいかなと思うけど……自分でみつければいいんじゃない?

 早川も知っている場所なんだから、辿り着くことはできるだろう。

 暗証番号は知らなくても、扉をノックすれば出てきてくれるだろうし。

 ……ということで言いません。


 早川のことは無視して生姜焼きを口に入れた。わあ、美味しい。


「嘘つくなよ! 朝、ボクの見ていないところで……二人きりでこそこそトイレで何を話したんだよ!」

「今、ご飯食べているんだけど……。邪魔だから!」


 テーブルにダンッと手をついて威圧してくる早川に苛々が積もる。

 一緒に食べている会長にも申し訳ない。

 怒っていないかなと目を向けると、顔を曇らせた会長と目が合った。


「会長?」

「貴久と話したのか?」

「え? あ、はい……少しだけ」

「そうか」


 また心配してくれているのかな?

 目の前にいるスターに握手して貰ったから、もう大丈夫ですよ?


 そして、早川には「早く帰れ!」と念を送っていたのだが、なぜかニヤリと悪い笑みを浮かべ始めた。


「生徒会長~、こんな奴と一緒にいたら、良いように利用されちゃいますよ? こいつ、クリス先輩とも切れていないのに、こうやってノウノウとと生徒会長とご飯食べているんですよ?」


 早川は会長の隣の席に座ると、会長の腕に自分の腕を絡ませて凭れ掛かった。

 貴久先輩にいつもやっている常套手段だ。


「お前はまたっ!!」


 会長にまでするなんて!

 慌てて立ち上がると、会長にくっつく早川を引き剥がした。


「何すんだよ!」

「お前だけは絶っ対に会長に触るな! 早く貴久先輩を探しに行け! ほら、今すぐ! GO!」


 早川を椅子から追い出した、自分が会長の隣に座る。

 さっさと食堂から出て行け!


「だから早くどこにいるか教えろって言ってるの!」

「自分で考えて探せ!」

「お前、絶対知ってるだろ!」

「知っててもお前には言わないです~」


 なんで貴久先輩のいない食堂で、以前と同じことをしなければいけないんだ。

 今日は「まあまあ二人とも仲良くして?」なんて、仲裁をしてくる貴久先輩がいないから僕だって引き下がらないぞ!

 会長にベタベタさせないからな!


「二人とも、騒がしいからやめろ。ここは飯を食うところだ」

「「!」」


 睨み合う僕らに向けて、威厳のある良く通る声が飛んできた。

 その瞬間、僕と早川は固まった。

 恐る恐る見ると、会長が恐い顔をしていた。


「ご、ごめんなさい」


 そうだった、僕らだけじゃなくて周りにも食べている人はいるのに騒いでしまった。


「ふんっ」


 申し訳なくて身体を小さくしている僕の隣で、早川は不機嫌そうに鼻を鳴らすと、パタパタと走って食堂を出て行った。

 騒がしいと叱られたところなのに、走って行けるあの神経……さすが早川……。


「……騒いですみませんでした」

「これでゆっくり飯が食えるな」


 肩を落として頭を下げたら、笑いながらポンと頭を撫でてくれた。

 怒ってはいないみたいだからホッとしたけど、申し訳ない。

 早川から会長を守るために隣に座っていたが、元の席に戻ろう。


「そこでいいじゃないか」


 腰を上げようとしたところで会長に腕を掴まれた。

 四人掛けテーブルに二人で座っているのに、横並びっておかしくないですか。

 ……というか?


「何でニヤニヤしているんですか?」


 さっきは凜々しくてキリッとした表情だったのに今は違う。

 会長の表情がやけに緩んでいる。


「……お前が妬いてくれるとはな」


 なんだか澄ました顔でブツブツ呟いているけど……何?


 まさか、早川にくっつかれて嬉しかった!?


「会長! 早川はだめ……」


 早川とは関わらないで! と言いかけたが、僕にはとやかく言う権利はないことに気がついた。

 恋人じゃないんだから、束縛するようなことは言えない。


「真横だと話しにくいので、元の席に戻りますね」


 なんだろう……急に恐くなってきた。

 もうあまり考えないようにしよう。


「おい。まさか、俺が貴久みたいなことをすると思ったのか?」

「何の話ですか? あーあ、早川のせいで生姜焼き冷めちゃいましたね! 早く食べましょう?」


 何か言いたげな顔をしているがスルーしていると、会長も箸を進め始めた。


「ところで、貴久の居場所は知っているのか?」

「あ、はい」

「……そうか」

「?」


 今の「そうか」がやけに寂しそうに聞こえた。

 俯いているし、箸が止まっている。


「本当は『待っているから来て』って言われているんですけど……」


 知っているということ以外を話すつもりはなかったのだけれど、会長を見ていたらなんとなく話してしまった。

 僕の言葉を聞いて、会長は目を丸くしている。


「行かなくていいのか?」

「はい。行かない、と言ってあるので」

「……そうか」


 今度の「そうか」は寂しそうじゃなくて、どこか嬉しそうだった。


「生徒会室に行く約束がありますから」

「そっちか!」


 そっちってどっち?


「いや、いい……俺が期待し過ぎた。早く食おう。伝えてある時間が迫ってきた」

「そうなんですか!? じゃあ急がないと!」


 約束の時間を守れなかったら、副会長にいらないと判断されてしまうかもしれない。

 もっと味わって食べたかったけど、生姜焼きを味わうのは会長に作って貰うまで取っておこう。





 「時間が少し押した」という会長の呟きに冷や汗を流し、そんなに急がなくてもいいと暢気なことを言う会長を急かしながら辿り着いた生徒会室――。

 開けた途端、副会長に立てた親指を首元で横にスライドさせながら『クビ』と言われたらどうしよう。

 会長の後ろで、ドキドキしながら扉が開くのを待った。

 ここの扉も指紋認証のようで、会長が端末に人差し指を当てている。

 ピッという解錠音の後、扉を大きく開いた。


「入るぞ」

「はい!」


 ギュッと手に力を入れながら中に進むと、すぐに副会長が現れた。


「遅れてごめんなさ……」

「新人ちゃん、いらっしゃーい!」


 頭を下げようとしていたのだが、笑顔で迎えてくれた副会長に呆気にとられた。

 上方落語の重鎮が司会をしている新婚さんを呼んで行われるトーク番組みたいなお出迎えだったな……。

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