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第二十二話

 一時間目が終わり、十分間の休憩時間になった。

 早川と離れるために移動しよう。

 荷物を纏めて遠くに移動しようとしたのだが……。

 隣の奴まで、お引っ越しの準備をしている。

 ついてくるつもりか?


「……早川、本当になんなの?」

「ウロウロし過ぎ。落ち着きがないんじゃないの」

「うぐぐ……」


 ぶっ飛ばしたい! 僕の腕に筋肉よ宿れ!

 早川を遠くに殴り飛ばせる筋力をください!


 何を企んでいるか知らないが、どこまでも追いかけてくるつもりか?

 なんというホラー。


 移動するのは時間の無駄だと諦めて、トイレに行くことにした。

 特に用を足したいわけじゃないが、とにかく早川から離れて一息つきたい。

 さすがにトイレまでついて来ることはないと思ったのだが……。


「ストーキングするの止めてくれない!?」

「馬鹿じゃないの? なんでボクがお前をストーキングしなきゃいけないの?」

「今してるじゃん! 今!」


 行動と言っていることがちぐはぐだから!

 早川に付き纏われるなんて何の罰ゲームだ。

 ファンの奴等も不思議そうな顔で離れたところから見ているけれど、早く貴方達のアイドルを回収してください。


 斜め後ろを付いてくる早川にちらりと目を向けると、まだスマホを弄っていた。

 僕とコミュニケーションを取るつもりはない、という意思表示か。

 だったら離れて欲しいのだが……。


「なあ、早川。昨日――」


「大丈夫だった?」と聞きそうになったが止めた。

 少しだけ心配だったけど、僕に心配されても憎まれ口が返ってくるだけだろう。


「昨日がなんだよ」

「……なんでもない」

「は? だったら話し掛けないでよ」

「ぐぐっ」


 僕のこの握りしめた拳が鋼鉄でできていたら良かったのにっ!


「ん?」

「あ……」


 廊下の先の方で、三年生が向かい合って話をしているのが見えた。

 輝く金色と、鮮やかな赤い髪。

 それは両方とも見覚えのある姿、聞き覚えのある声だ――。

 副会長と貴久先輩だった。

 貴久先輩は都合良く背中を向けていて、こちらに気づいていない。

 今のうちにトイレに行こうと思ったのだが……。


「クリス先輩っ」


 早川が貴久先輩の名前を呼びながら駆け出して行った。

 ばか、気づかれるじゃないか!

 ……というか、何となく早川の魂胆が分かった。

 僕が貴久先輩と接触しないように、見張っておく作戦だな?


「千鳥? ……あ……零っ」


 飛びついていく早川を受け止めようとしていた貴久先輩だったが、僕をみつけてこちらに向かい始めた。

 あわわ、早くトイレに逃げなきゃ!


「お、新人ちゃんじゃん! おはよ!」


 副会長に呼ばれると無視をするわけにはいかない。


「おはようございます」


 一瞬立ち止まり、頭を下げて挨拶する。

 そしてすかさず、トイレに駆け込もうとしたのだが……。


「新人ちゃん、昼に生徒会室で待っているからな! 湊んちにお泊まりして、熱い夜になったか聞かせてくれよ!」

「!」


 思わず足が止まる。

 周りに人はいないけど、早川と貴久先輩にはばっちり聞こえたはずだ。

 思わず副会長を見ると、とても楽しそうに笑っていた。

 ニヤリというよりニタア……という感じで……。


 年上だけど……副会長だけど……ぶっ飛ばしたい!!


「何もないです!! 平熱です!!」


 副会長に向かって叫ぶと、お腹を押さえて笑っているのが見えた。

 僕の事をおもちゃだと思っていませんか!?

 これ以上副会長を構っていると貴久先輩が来てしまうので、もっと抗議したい気持ちを抑えて慌ててトイレへ駆け込んだ。


「はあ……」


 トイレには誰もいなかったが個室の方に入った。

 鍵を掛けると、扉を背もたれにして立ち尽くした。

 なんだか一気に疲れてしまった……。


「零! 零?」

「!?」


 まさか……貴久先輩だ……。

 トレイまで追いかけてくるなんて、ホラゲですか?


「…………」


 僕がここにいるのは分かっているみたいだから出ていくまで待たれてしまうかな。

 そこに他の人が入って来たら嫌だな……。

 いつまでもここに閉じこもっているわけにはいかないので、仕方なく個室を出ることにした。


 鍵を開けて少し扉を開け、外の様子を見るとすぐに貴久先輩と目が合った。

 こちらに近寄って来ようとしたので、やっぱり扉を閉めようとしたら「オレはここから動かないから出てきて」と言われ……恐る恐る個室から出た。


「あれ、早川は?」

「彩斗が相手してくれている。零と話をしたかったから……」

「…………。手、洗います」


 ダッシュで逃げたいが、トイレに入ったので手を洗いたい。

 逃亡はそれからだ。


 貴久先輩の前を通って手洗い場へと移動する。

 僕の動きを目で追っているのが分かるから居心地が悪い。


 こっそり溜息をつきながら手を洗っていると、真後ろに気配がして……。

 ハッとした瞬間に後ろから抱きしめられた。

 鏡には背の高い貴久先輩の腕の中にすっぽりと収まっている自分が映っている。


「離してくだい!」

「零」


 鏡に映っている貴久先輩の目を見てしまった。

 鏡越しに目が合っている。


「もう零を傷つけたりしない。話を……したいんだ。本当にそれだけだ」


 話をしたいだけなら、こんなことしないで欲しいが……。


「とにかく離してください」


 こんな状態だと、まともに話ができない。

 でも、貴久先輩は僕を離すつもりはないようで動く気配がない。


「……零」


 貴久先輩が小さく問いかけるように僕の名前を呼んだ。

 空気が変わったからどうしたのだろうと思ったら……僕の首の辺りを見下ろしていた。

 あ、そこは……。


「…………」


 あまりにも予定していなかった事態だ。

 どうすればいいか分からず固まってしまった。


「…………」


 貴久先輩も固まっている。

 でも、表情だけはどんどん険しくなっていく。


「……はあ、ごめん、何でもない」


 貴久先輩は深い溜息をついたが、何も言うつもりはないらしい。

 離していた身体を再び寄せ、腕に僕を閉じ込め直すと話し始めた。

 何気なく離れようと試みたが、貴久先輩は何でもないことのように無視をして話し始めた。


「零。オレはこれから毎日、昼の休憩はあの部屋にいるから。だから……零がオレと話をする気になってくれたら来て」


 あの部屋って……室名札のない部屋のことだろう。

 あそこにはいい思い出がないし、もう貴久先輩とは無関係なので行く気はない。


「行きません。生徒会の手伝いもあるし」

「少しの時間でいいんだ。ずっと待ってる」

「いや、行かないですから」


 そう断ったのだが、せつなそうな苦笑いを返された。

 ……少し胸が痛む。

 貴久先輩は生徒手帳のメモページに何かを書くと、それをちぎって僕に渡した。


「これ、あの部屋の暗証番号。零の指紋は登録していないから。鍵のマークを押したら出る暗唱番号の入力画面にこの数字を入力して」


 受けとるつもりはなかったが手に握らされてしまった。


「零が忘れることのない数字だから、一度見たら紙は捨ててくれ。じゃあ、オレは行くね。……待ってる」


 貴久先輩がトイレから出て行く。

 その後ろ姿が完全に見えなくなってから、手の中にある紙を開いた。


「…………」


 確かに、一度見たら忘れることはない数字だった。


「……僕の誕生日」


 貴久先輩が決めた暗証番号なのだろうか。

 どういうつもりで、どんな気持ちで僕の誕生日にしたんだろう。


「はあ……」


 一際大きな溜息が出た。

 今日は生徒会室に行くと決めているし、貴久先輩のところには行くつもりはまったくない。

 でも、昼の時間はあれほど人に囲まれていた貴久先輩が、一人であの部屋にいるのかと思う複雑な思いがした。

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