第十八話
海洋研究所から会長の部屋へと帰る途中、僕たちはスーパーに寄った。
今日はなんと会長が夕ご飯を作ってくれるらしい。
「何がいい?」と聞かれて僕が即答したのはカレーだ。
家ではカップラーメンばかりだし、食堂では匂いがつくのが嫌だったからしばらく食べていない。
「混雑してますね」
スーパー内は夕食の買い物に来た客で賑わっていた。
「そうだな」
「あ、カゴは僕が持ちますよ」
会長が買い物カゴを持っているのだが、ここは後輩の出番だろう! と手を伸ばしたのだが回避された。
「お前は持つな」と叱られる始末……。なんで?
「会長は料理をするんですね」
「大したものは作れないがな。お前は普段の食事はどうしているんだ?」
「一人分を作るのは面倒で、カップ麺で済ませてます」
「…………」
会長が何か言いたげな顔で僕を見た。
栄養が偏るし健康に悪い、かな?
「自分では作ることはないのか?」
「料理はできるんですけど、面倒で……。あ、よく生のキャベツをかじってるので野菜はとれてますよ」
昼はキャベツが多かった。生野菜だから身体に良さそうでしょ?
「お前は兎か?」
「兎は可愛くていいけど……なるべく海洋生物でお願いします」
「……悪いがキャベツを食べる海洋生物など思い浮かばん」
「アオウミガメとかは食べますね! あと、海じゃないけど川の蟹とかも……って聞いてないな~」
気がつけば、会長は先に野菜コーナーからお肉の方へ進んでいた。
ちょっとは僕の話に興味を持ってください。
会長の背中を追いかけようとしたところで、特売になっている二リットルのペットボトルのお茶が目に止まった。
これも買っておこうかな。
一つを手に取ると……結構重い!
両手に持ってみると、ダンベルの代わりにして鍛えられそうな気がした。
これはいい。二つを買って、空になったら水を入れて――。
「鍛えるなよ? お茶はひとつでいいからな」
「…………」
先に行っていたはずなのに、どうして戻って来たんだ。
まあ、とりあえず一つゲットということで……。
「何か菓子はいらないのか?」
「お菓子? いらないです」
食べたいけど、余計な出費はしたくないなあ。
「遠慮するな。材料を見てくるから、お前は五百円までで選んでこい」
「遠足みたいですね。でもいらな……ってもう行ってるし」
置いて行かれたのであとを追いかけた。
「わあ、お菓子がいっぱいだ」
スーパーは来るけど、お菓子コーナーはいつも素通りしていた。
ちゃんと見るのは久しぶりだ。
見ていたら買いたくなる……十円とかのを買おうかな。
「あ、これ……懐かしい」
目に止まったのは水を使って作るお菓子――知育菓子というやつだ。
正直、美味しくはないんだけど、作るのが楽しくて子どもの頃は好きだったなあ。
今、手に持っているのは、本物そっくりな握り寿司を作るものだ。
いくらとかすごすぎる。
「それにするのか?」
振り向くと会長が僕の手元を覗いていた。
カゴにさっきよりも物が入っているが……やっぱりカゴを持つ姿に違和感がある。
「なんかこういうの懐かしいなって見ていただけです。もう材料はいいんですか?」
「ああ。どれを買うのか決まったのか?」
「うーん、特に欲しい物はなくて……あ」
「じゃあこれでいいだろう」
パッと僕の手からお寿司の知育菓子を奪うとカゴに入れてしまった。
それ、五百円よりは下だけど地味に高いんだけどなあ。
買ってくれるような感じだけど、あとで自分で払おう。
食費も半分は出さなきゃ――。
「五千円!」
レジに表示された金額を見て一瞬ふらっとした。
一日で五千円!
「それがどうした?」
「いえ……いつも食べている九十八円のカップラーメンが五十個買える……約一ヶ月半の夕食が賄えると思ったらめまいが……」
レジで支払いをしている会長の後ろで顔を覆う。
恐ろしい……カレーってこんなに贅沢なものだったんだ……。
「お前は出さなくていいぞ」
レジ袋に買った物を詰めながら会長が声を掛けてきた。
「そういうわけには……」
「出された方が困る」
会長から絶対に受け取らないという意思を感じるが……でもなあ。
今度、代わりに何か買おう。お米とかがいいかな?
「あ、荷物は全部僕が持ちますね!」
「駄目だ。お前は持つな」
「何もしないのは嫌なのですが」
「その『嫌』を耐えるのがお前の役目だ」
「そんな……!」
本当に何もさせてくれないらしい。
精神的苦痛に耐えろだなんて会長はSなのか?
カゴも持たせてくれないし、お金も出させてくれない。
僕の申し出は全部却下される。なんというドS――。
「会長は変態なんですね」
「おい。なにがどうなってその発言になったんだ?」
「荷物を持たせてくれたら答えます」
「そうか。それなら言わなくていい」
あっさり諦められてしまった。もう少し粘ってよ!