第十二話
「会長、鍵を……くださいっ」
泣いている事は多分バレたと思うが、スルーしてくれるかもしれない。
鍵を催促して手をもう一度伸ばした。
だが、その手には鍵が置かれる事はなく……会長の手に握られてしまった。
「……木野宮」
会長が僕の顔を覗き込もうとしている。
……見られたくない。
右に、左に首を振って顔を逸らして逃げたが――。
「動くな」
両手で顔を挟まれ、固定されてしまった。
正面から覗き込んでくる会長の紫水晶のような瞳には、僕の汚い泣き顔が映っていた。
ばっちり見られてしまった……恥ずかしい……。
それになんだか会長の顔を見ていると安心して……また泣けてきた。
「お前……こんなに目を腫らして……どうした? 何があった!?」
やっぱり目が腫れているか。
大分擦ってしまったし、腫れぼったい感じがしているからそうかと思った。
「貴久か?」
「…………」
「そうなんだな!?」
会長は僕の沈黙を肯定だと取ったらしい。
「……あの野郎」
ギリッと歯を食いしばり、ひえええ! と逃げ出したくなるような迫力のある形相をして校舎へ向かって歩き出した。
僕のために怒ってくれたみたいでけど……!
「待って!」
怒りのオーラを放っている背中に慌てて飛びついた。
「止めるな! 一発入れてやらないと」
「違います。先に鍵をください」
「俺の気がすまな…………え?」
僕は腕力的に無理なので、代わりにぶん殴ってくれるならありがたいです。
止めたりなんかしない。
それより僕はとりあえず家に帰りたい。
「鍵ください」
「あ、ああ……」
会長は戸惑いながらもポケットから鍵を取り出し、渡してくれた。
これで帰る事ができる。ありがとうございます。
「すみません、あと生徒会室にお邪魔するのは明日にして貰っていいですか?」
「それは構わないが……。なあ、俺が言うのもなんだが……殴りに行くのを止めなくていいのか?」
「え? 止めた方がいですか?」
代わりにやってくれるならありがたいな、と思ったのだが……。
「いや……いい」
きょとんとしていると会長が笑った。
「そうだな……。頭に血が上ってしまったが、先にやらなければいけない大事なことがあった」
「え? ……えっ!」
大事なことってなんだろうと思った時にはもう会長に抱きしめられていた。
昨日嘘泣きをした時のような激しいものとは違い、包み込まれているように暖かい。
凄く……落ち着く……。
思わず気を抜いてしまい、身を任せていたらギュッと腕の力が強くなった。
ちょっと苦しい……。
顔が会長の胸に押さえつけられていることに気がつき、ハッとした。
僕の汚い顔で制服を汚してしまう!
「か、会長! 制服が汚れるから! 鼻水ついちゃうかも!」
「そんなことは気にするな」
いや、凄く気になります!
秀海学園の制服は白だから汚れが目立つ。
制服を家で綺麗に洗うのは難しいから、クリーニングに出さなければいけない。
僕のせいでそんな無駄な出費をさせるわけにはいかない。
洗剤でトントンしたら落ちる程度なら僕が洗うけど……。
会長の胸を手で押して離れようとするがビクともしない。
はあ……駄目だ。泣き疲れたのか力が全然入らないや。
抵抗を止めたらまた会長の腕にすっぽり収まる元の位置に戻されてしまった。
優しくされると困るんだけどなあ。
余計に涙が出てきてしまう。
「俺が貴久の代わりになってやる」
会長がぽつりとそう呟いた。
タカアシガニ……じゃなくて貴久先輩の……代わり?
ボーッとする意識の中にやけにはっきりと聞こえた。
それは……どうだろう……?
僕は貴久先輩の変わりなんかいらない。
でも、今僕は会長を貴久先輩の代わりにしている……のか?
「……僕、もう帰りますね」
代わりにするとか、絶対やっちゃダメなことだろう。
一気にスッと目が覚めたような感じがした。
会長が優しいからって甘え過ぎちゃいけない。
こんなことじゃいけない、早くアルミホイルから進化しなきゃ。
「木野宮?」
「鍵、持ってきてくれてありがとうございました」
僕の様子が変わったのが分かったのか、会長は腕から離してくれた。
間が開いたところでぺこりとお辞儀をし、門に向かって歩き始める。
泣いたせいで眠いな……。
帰ったら少し寝ようかな……ってあれ?
気配がすると思ったら、会長が横に並んで同じ方向に歩いている。
「俺も一緒に帰る」
「え? 一人で帰れますよ?」
「駄目だ。俺が一人で帰したくない。それにあの部屋に帰るのは危険だ」
どうやら本当に一緒に帰る気のようだ。
引いてくれる気配が全くない。
甘えちゃいけないと思ったばかりなのになあ。