第十話
「…………」
僕は目の前のスクリーンに集中することにした。
……授業内容は全く頭に入ってこないけど。
ただ前を見ることだけに集中する。
貴久先輩が身体を僕に向け、机に頬杖をついている。
ジーっと見られているようで視線を感じる。
「零、お話ししようか」
「……授業中なので静かにしないと駄目だと思います」
「ふふ。零は優等生だなあ。試験も一位だったよね。おめでとう」
ありがとうございます。
貴久先輩のおかげで勉強が捗りましたから、ええ。
「オレは全然駄目だったな。零のことが頭から離れなくて。零のことばかり考えていたら試験なんてどうでもよくなってしまったよ」
「…………」
そういえば貴久先輩が珍しく三位以内から落ちていたけど……僕のせい?
ちょっと嬉しいのは、『ざまあみろ』と思うからで、僕のことを考えてくれて嬉しい、というわけではない……はず。
「零、おしゃべりがだめなら文通しようか。と言っても隣だけどね」
そう言うと貴久先輩は僕のノートとシャーペンを取った。
筆談じゃなくて文通と表現したのが貴久先輩らしいな。
スクリーンを見やすくするためにホールの明かりは落とされている。
暗い中では人の姿なんて目立たなくなるはずなのに、貴久先輩だけは鮮やかに見える。
金の髪も蒼い目も、こんなに輝いて見えるのは何故だろう。
綺麗な長い指がメンダコシャーペンを掴んでいるのがなんだかおかしくて、ちょっと笑いそうになる。
気を引きしめて授業に集中しないと、と思うけれどノートに字を走らせている姿も綺麗でつい目を向けてしまう。
だめだ、僕はガリ勉! 授業に集中しろ!
こうやってすぐに揺さぶられてしまう弱い心が嫌だ。
一時的に感情を消す薬とかないかな。鉄のハートが欲しい。
頑張ろう、鉄のハートを持つがり勉になろう。
鉄の女と言われたサッチャーにも負けない鉄のがり勉に僕はなる!
そんなことを考えていると僕の前にスッとノートが移動してきた。
貴久先輩が書き終わったようだ。
そこに書かれていたのは――。
『湊と同棲しているって本当?』
早川ああああっ!!
思わず立ち上がって叫びそうになった。
情報源は絶対あいつだ。
伝達速度速すぎない!?
――トントン
ん?
貴久先輩が人差し指で軽くノートを叩いた。
返事の催促のようだ。
仕方なくシャーペンを手に取る。
『同棲なんかしていません。会長が泊まったのは昨日だけです』
そう書いて貴久先輩の前にノートを動かした。
本当は『していません』とだけ書こうと思ったのだが、会長が鍵を持っている事も聞いているだろうから、昨日だけだということも書いておいた。
というか……貴久先輩が侵入してきたのはこれを確認したかったのだろうか?
「!」
ちらりと貴久先輩の様子を伺うと、さっきと纏う空気が一変していた。
こ、怖い……。
「…………」
頬杖はやめて腕を組み、僕が書いた字を睨んでいた。
顔が整っている人の冷たい表情は本当に怖い。
この細められた目で見られると凍ってしまうかも。
貴久先輩がまた何か書き始めた。今度は何……?
見るのも怖い。
スッと前に置かれたノートの字に、恐る恐る目を向けた。
『湊に食べられちゃった?』
た、食べっ……!!!?
思わず『そんなことあるはずないじゃないですか!!』と叫びそうになった。
まさか僕が会長とそんな……そんな…………あ、でもアクシデントはあったな?
朝見た会長の寝顔、かっこよかったな……って。
「…………っ」
わああっ、今更だけど凄く恥ずかしくなってきた!
男同士だからなんとも思っていなかったけど、改めて考えると色々と恥ずかしいぞ?
アクシデントのこともそうだが、抱きしめられたり……。
一緒の布団で寝たのも、友達関係の中ではよくあることなのだろうか。
僕には家に泊まりに来る友達なんていないから分からないや……。
……って、ついつい思いふけってしまったが、早く貴久先輩に返事を書かなければ!
返事にためらっていたら、何かあったみたいな意味深になってしまう。
シャーペンを取ろうと手を伸ばしたが……掴めなかった。
辿り着く前にギュッと貴久先輩に手を握られていた。
「……零、次の授業で抜けだそうか」
貴久先輩の顔が近づいて来たかと思うと耳元で囁かれた。
ゾワッと鳥肌が立つような声だった。
妖しいというか、色気があるというか、恐ろしいというか……。
もう文通はいいの?
声の方が心臓に悪いから字の方でお願いします!
っていうか、行きません!




