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七話 現代最強の料理

「な、なんですかコレ! なんですかコレ! 凄く美味しいです! 止まらないです!」

「ぱりぱり食感が最高なんだよ! いくらでも食べられるんだよ!」

「こんな美味いポテトは初めてだ! 今度、シエルに作ってもらおう!」

 さすがは異世界人。リアクションを裏切らない。

 給湯室にあったポテトチップスに、感嘆の意を示してくださっている。


「じゃがいもを薄く切って油で揚げる。あとは塩ふって完成。簡単だろ」

 工場で量産しているから、詳しい製法は知らないけど、だいたいそんな感じ。


 余談だが、ポテトチップスのアイデアは、プライドの高いシェフへに、客がクレームをつけたのがキッカケだったとか。


 とあるシェフが、ポテトフライを客に提供したところ『厚すぎる』と文句を言われた。

 プライドを傷つけられたシェフはブチギレて、それならトコトン希望を叶えてやろうじゃないかと限界までじゃがいもを薄く切ったそうな。

 シェフは、ほうらこれがお待ちかねの薄いポテトだ! と、ドヤる予定だったのだが、極薄ポテトのパリパリ食感を客はたいそう気に入った。

 それから、店の看板メニューになったとか。


「お菓子に舌鼓を打つのは結構ですが、話はちゃんと聞くように」

「失礼しました。えっと、なんでしたっけ?」

 リュカは塩味のついた指先をちゅぱちゅぱ舐めると、ティッシュで指と口元を拭いた。

 結構この世界に順応してますね。


「姉ちゃんに武器を預けるって話だよ」

「私は反対だ」

 唇をテカテカさせたクラリティが言う。


「十分な譲歩だと思いますが? 上層部にバレたら、静奈さんも、責任を取らされるんでしょう? リスクを背負ってくれているのですよ?」

「晴樹には悪いが、私は静奈を信用していない。預けた武器を上層部に提出するんじゃないかって思ってる。目的を果たすためならば嘘のひとつぐらいつくだろう」

「姉ちゃんが、そこまで卑怯なことをするとは思えないが……」


「……静奈を評価しているからこそなんだよ。毅然としているし、冷静に物事を考えている。立派な人格者なんだろう。だからこそ国を裏切るとは思わない」

 裏切るのではなく、静奈は双方にとっていい結果をもたらしたいのである。

 まあ、クラリティの言いたいことはわかるゆえ、その件に関して反論はしない。


「しかし……そうなると、リュカたちはどうしたいんだ?」

「ええと、元の世界に戻るコトへの協力とか……」

 生活と自由の保証。帯刀の許可。元の世界に戻るための協力。

 要求を書き連ねると、そんな感じである。

 

 心優しいジャパニーズなら承認する可能性は十分にあるのだが、投降というハードルを越えてからの話である。

 

「……それなら、こういうのはどうだ?」

 現代人と異世界人。0か100かという要求の押し付け合いではない折衷案。


「一人が結界ビルの中で、武器を持って籠城する。一人が警察側に身柄を拘束される。そして、残った一人を自由に動けるよう許可してもらって、元の世界に戻る方法を探しに出るんだ」

 咀嚼するような面持ちで、誰もがしばしの沈黙。

 やがて口を開いたのはクラリティだった。


「……そういう細かい取引の仕方もある、か。さすがは、ガーバングラフの臨時外交官」

「俺、外交官だったの?」

「条件を提示し合って、煮詰めていくという方法もアリですね」


「だめなんだよ!」

 チェルキーは袋を持ち上げ、細かく残ったポテチを、ザザザと口へ流し込む。


「結界を張り続けるから、籠城するのはりゅかちゃんしかいないんだよ? 元の世界に戻る方法を探すなんて、ちぇるきーにはできないから、くらりてぃちゃんの役目なんだよ? そうなると、捕虜になるのはチェルキーしかないんだよ? 敵国の捕虜なんだよ? 絶対にいやらしいことしてくるんだよ? 集団でパンツを覗いてくるんだよ?」

 日本の警察は、集団でそんなことはしない。


「それに、くらりてぃちゃんだって、ビルから一歩出れば拘束されるかもしれないんだよ?」

「じゃあ、こっちの世界からも人質を出してもらえばいいんじゃないか? で、リュカが見張っている、と」


 世界観の認識の齟齬。考えてみれば、俺たち現代人は、異世界に抵抗がない。フィクションだとわかってはいるが、魔法だの魔王だの単語自体は珍しくなかった。

 逆に、彼女たちからすれば、現代の社会の仕組みなど、理解できないのだろう。

 警察が人質を用意するとは思えない。静奈はともかく、だ。


「あくまで案のひとつだ」

「むぅ、だよ」

「煮詰めていけば、お互いが納得のできる取引になるかもしれないだろ。相談するだけならタダだ。静奈に聞いてみるよ」

「そう、ですね。お願いします」

 本当は、もっとシンプルな話だと思っていた。

 静奈なら、署長にも顔が利くし、円満解決もあっという間だって。



 てんとんしゃららん。てとしゃららん。しゃらららてんとんてんしゃららん。てとてとしゃららんてんてんてん――。

 

 駆府警察署異世界人ビルジャック事件対策本部。

 長ったらしい名称だが、要するに静奈たちのアジトだ。


 巨大なトラックを改造し、数多のモニターやPCなどが所狭しと詰め込んである。

 窮屈だが、会議用のテーブルとソファも備え付けられてあった。

 同時に十四人ほどが作業することが可能。ちょっとした秘密基地である。

 そんなトラックの奥のソファ。

 寒川静奈は『異世界転移を真面目に考えてみた』というタイトルの本を読みふけっていた。


 てんとんしゃららん。てとしゃららん。

「あの、静奈さん……さっきからスマホが鳴ってますけど、その着メロ、晴樹君からでしたよね……?」

「さすが、あたしのストーカー。よく知ってるね」

「えへへ」

 後頭部をさすりながら嬉しそうに笑う有馬。


 てんとんしゃららん。てとしゃららん。


 鳴り止むことのない和風なメロディ。

 晴樹からのものだとわかったせいか、十人以上いる部下に緊張が走っている。

 けど、静奈は気にせず本に視線を馳せる。


「あ、あの、寒川警部、電話に出られた方がいいかと……署長から、指揮官の続投を許可してもらったことですし……」

 眼鏡をかけた男性――新村が、恐る恐る提案する。


「新村。あたしの代わりに出ていいよ」

 視線を合わせず、静奈は告げる。


「へっ? そ、そういうワケには……!」

「サミュエル・L・ジャクソンの交渉人って映画見たことある?」

「え? は、はい」

「じゃあ、大丈夫。否定的な言葉は避けて、曖昧な会話で時間を稼ぎ、肯定的な答えで気分を良くさせる。――有馬ぁ、お腹空いたぁ。カップ麺つくってー」

「はーい」


 緊張感のない静奈に、不満の視線が集まる。

 ちゃんと理由を話さないと納得してもらえそうにないので、やれやれと静奈は説明することにした。


「悪い。今日はもう、交渉する気はないんだ。……知っての通り、相手はあたしの弟だ。正義感の強いバカ。やりやすい相手だよ。けどね、少し調子に乗ってる。相手があたしだからって安心しきってるんだよ。こっちは日本を背負って仕事してるのにね」


 晴樹の気持ちは汲み取ってやれるし、尊重もしてやれるが――覚悟の違いは否めない。


 寒川静奈は、警察の仕事が、死と紙一重であると覚悟している。

 ファーストコンタクトでは、あえて緊張感のない交渉を繰り広げてみた。だが、相手は武器を持った異国の軍人である。万が一の場合は怪我人も死人も出る可能性がある。

 その場合、責任はすべて静奈にある。


 おそらく晴樹にそこまでの覚悟はない。

 正義感は認める。けど、緊張感に乏しい。


 交渉に必要なのは相手の心を見抜く能力。

 まず最初は、相手に緊張感を与える。真剣になってこそ、そいつの本心が見抜ける。


「あと少しで、ガスと水道が止まる。立場を分からせてやりたい。感情じゃないくて、作戦の内だよ。同じラインに立っていない奴に何を言っても無駄だからね」


「し、しかし、異世界人を怒らせたら、晴樹くんが……」

 振り向きながら言葉を飛ばす有馬。

 よそ見しているせいで、カップ麺からお湯が溢れる。

 お湯が指を侵食し「ずあちゃあッ!」と、飛び上がる。


「味の薄いカップ麺は、食べたくないからね」

「うぅ……ごめんなさい。駄目にしたラーメンはスタッフが美味しくいただきますぅ……」

 有馬は、えぐえぐと布巾でお湯を拭き取っていく。


「責任はあたしが取るよ。手を抜いてるわけじゃない」

「けど、晴樹くん……」

「それも、ちゃんと考えている……異世界の住人が来るなんて、歴史的事件なんだ。これからまだまだしんどくなるよ」

「は、はっ!」

 全員が敬礼をして仕事に戻る。


 実際に会って話して、静奈が感じたことだが、リュカたちは投降というフレーズを非常に意識している。


 現代人であれば、せいぜい刑務所暮らしを想像するぐらいだが、彼女たちはこの世界を知らぬゆえに、死ぬよりも恐ろしい結果を想像してしまっているのだろう。

 だが、晴樹が精神的支柱になりつつある。

 不安は薄れ、投降以外の選択肢――すなわち籠城する可能性が出てきた。

 歩み寄りも大事だが、連中の選択肢を狭める策も必要だ。


 なんてことを思っていると、部下が声を荒げた。

「え……? あれ? ……これ、本当に……? 寒川警部!」

「ん?」

 部下が端末を操作する。

「こ、こちらをごらんください! 動画サイトの映像です!」

 静奈の前にあるノートパソコンの画面が切り替わった。


 そこには、晴樹やリュカたちの姿が映し出されていた。

 闇夜の中、部屋の明かりに晒されている晴樹たちが見える。

 彼らも、撮影されていることに気づいているのか、カメラに目線を向けていた。


「これ、空撮映像ですよね……? まさか、ヘリコプターを……」

 有馬が、またアホなことを言っている。

「……ドローンだろ。……晴樹の顔が映ってるね」


 静奈は、静かな怒りを湛え、後部の扉から夜空の下へ出た。

 有馬たちも、慌てて飛び出していく。


「照明を上空に向けさせろ」

 ルパンに出てくるような巨大ライトが上空に向けられる。

 照らされたのは十以上のドローンだ。

 秋の蜻蛉のように、ビルの周囲へと浮遊しているではないか。


「あわわ。最近のユーチューバーは、こんなことまでするんですか……?」

 あわてふためく有馬。

「ユーチューバー以外に、マスコミとかもいるんだろうね」

「……静奈さん、怒ってます?」


「怒ってないよ。マスコミに邪魔されるのは、刑事ドラマのお約束だしね。……有馬、発砲を許可する。ひとつ残らず撃ち落としといて」

「は、はい――!」





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