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六話 家族を捨てた子、家族に捨てられた子

 交渉は中断。リュカたちは、ビルの中へと戻っていった。

 正面玄関前には、俺と静奈が残される。空も、徐々に紅く染まり始めていた。

 俺たちは、透明な結界の内と外。

 その結界を背もたれに、地面へと腰掛け、背中越しに語らい始めた。


「……姉ちゃんの考えていること、わかってたよね?」

 静奈は、電子煙草をぷかぷかと吹かしていた。

「まあ、な」


 静奈の言いたいことはわかる。

 ――どうして邪魔をした? だ。

 静奈の巧みな誘導によって、リュカたちは罪悪感を抱き始めていた。

 リュカたちも、こちらの世界に来たばかりで不安だらけ。

 甘い言葉を投げかければ、簡単に転ぶと思っていたのだろう。

 すべてが上手くいくとまではなくても、ある程度の条件は飲ませることができたかもしれない。


「台無しにして悪かったよ」

「気にしてないっちゃ嘘になる。けど、まあ初っぱなから上手くいくと思ってなかったし、投降してくれたらラッキーぐらいに思ってた。……ただ、なんで、そっち側に残ったのか、気になったもんでさ」

「姉ちゃんが……いろいろ隠してたからさ。それに、個人的に助けてもらった恩もあるしな」


 投降が最善なのはわかっている。

 偉い人が、どういう決断をするにしろ、一刻も早く投降するのがベスト。

 悪戯に引き延ばしても、国民を不安にさせ、偉い連中の診療を悪くするだけだ。


 ――だが、その結果、リュカたちが解放されない可能性だってある。

 処遇は、国の胸先三寸だ。

 彼女たちを危険視したのなら、長期の拘束もありえる。


 それを、静奈は教えなかった。

 悪いようにはしたくないのはわかる。

 けど、司法や国の決断を変えるほどの力は、静奈にない。

 都合の悪いことを隠し、リュカに決断を迫るのはフェアじゃないと思った。


「フェアじゃない。けど、投降以外に選択肢がないって、あんたもわかってるだろ?」

「………わかってる。けど、リュカたちの気持ちをないがしろにしてる」


 投降したあと、静奈に力がないと知ったら、リュカたちは騙されたと思うだろう。

 拘束期間中、静奈のことを恨むだろうし、こちら側の世界の人間を軽蔑するかもしれない。

 それが、俺は嫌だった。

 せっかく出会った異世界人。いや、異世界人だからじゃない。命をかけて戦っている人たちの『気持ち』を、無碍にされることが嫌だった。だから、フェアでありたかった。


 お互いがお互いの事情を全部わかって、お互いの合意のもと、話を進める。

 どこかで、騙されたなんて気持ちを持って欲しくない。

 だから、すげー馬鹿なことだとは思ったけど、俺は中立の立場として、横槍を入れた。


「姉ちゃんもわかってるよ。けど、あんたが心配しているほど、彼女たちは弱くない。だから、リュカさんたちのために悪者になるのもアリだと思った」

「……わかってるよ。姉ちゃんは、俺なんかよりも、ずっとお人好しだ」



 静奈の実家は、地方の米農家だった。古き悪しき風習の残った田舎で、法律を無視した独自のルールが横行するガラパゴスである。

 男尊女卑が強く、家長が絶対的な権力を有する。

 静奈の実家も例外ではなく、家庭内で父親に逆らえる者はいなかった。


 当時、自分勝手で独善的な父親は、幼少の静奈に人生のレールを用意した。

 地元の高校を卒業したあとは、同じ田舎の酒屋に嫁がせようとしていた。

 十も年上の跡取り息子だ。小学生にもなっていない静奈にとっては、許嫁の意味すら分からなかった。


 けど、年齢を重ねることによって、自分の置かれた状況を理解するようになる。

 親に言われるまま勉学に勤しみ、用意された相手と結婚し、小さな世界で『生きるだけ』の毎日を死ぬまで続ける。


 反論は許されない。理論の通じる相手ちちおやではない。従う以外に選択肢はない。

 テレビを見れば、大都会で若者がバカをやっている。

 パソコンを広げれば、匿名という状況下で好き放題発言できる。

 そんなふうにテレビやネットは、恐ろしいほどに自由をアピールしているというのに――。

 

 なぜ、田舎のしがらみに縛られなければならないのだろうか。

 なぜ、親の言うことに従わなければならないのだろうか。


 衣食住を保証してもらっている対価とするならば、それらを放棄すれば自由を与えられるのではないか。

 電車に乗って、家族のいないどこかに消えれば、家長の権力など関係ない。身内と決別する覚悟さえあれば、寒川静奈は自由が得られることに気づく。

 そう思うと、静奈は地元の人間が、自分とは違う人種のように思えた。


 ならばと静奈の腹は決まった。

 自分とは違う人種の、自分勝手な主義思想に従う必要はないのだ。

 田舎にも家族にも未練はない。

 自分を道具にするような連中の下で、一生をまっとうする理由などないのだから。


 静奈は時期を待った。


 高校三年。静奈は両親に『大学へ行きたい』と、お願いすることになる。

 男尊女卑の激しい父親に『女に学歴はいらん』と一蹴される。

 なので、許嫁の実家を巻き込んだ。

 両家の繁栄のために、これからは『ぱそこん』ぐらい使えるような人材が必要になってくる。忠実で裏切らない、信頼できる頭のいい嫁の方が役に立ちますよ、と。


 嫁ぎ先の両親も、そういう使える奴が欲しいと思っていたようだ。

 結果、静奈と両親との相談して、大学進学を認めてくれた。

 寒川静奈の、最初で最後の詐欺である。


 これで、両親とは決別。

 寒川静奈は、入学資金という、まとまった金を手に入れて、都会へ消えることになる。

 両親との連絡も絶った。通うと言ったはずの大学とは別の大学に進学した。


 こうして、静奈の新しい人生が始まった。

 大学に通いながら、アルバイトで学費と生活費を稼ぐ。

 楽な暮らしではなかった。生活水準も、実家の方がマシだったであろう。

 けど、変え難い開放感と自由があった。


 ただ、ひとつだけ悩みがあった。

 それは、自分がひとりぼっちだということ。


 家族も親戚も友人も、すべて捨てたのだ。

 助けてくれる人も、相談できる相手もいない。

 静奈の容姿であれば、彼氏の一人も簡単に作れるのだろうが、都会の男は怖いというイメージがあったので、自ら壁を作っていた。


 だから、自由と同時に孤独も手に入れてしまう。

 生きるため。生き延びるため。ただただ働き、勉強する毎日。

 ならば、実家にいるのとなんの変わりもないではないか。

 ひとりぼっちになった静奈は、自分がなんのために生きているのかわからなくなった。


 ――けど、そんな時、神山晴樹と出会った。


 晴樹は、静奈のアパートの近くに住んでいた。小さな一軒家を借りている三人家族だ。

 名前も知らなければ、挨拶もしたことがない。いつもうつむき加減で歩いているおとなしい子、という印象しかなかった。


 大学生活を始めて、半年ほど過ぎた頃だろうか。

 夜。アパートに帰る途中、晴樹は家の前で膝を抱えて泣いていた。

 子供が外にいていい時間ではなかったので話しかけてみる。

 すると、晴樹は言った。

『おどぅさんとおがあさんがぎえちゃったぁ……』


 あとで知った話だが、晴樹の父親は、子供に興味のない仕事人間。

 母は、金にしか興味のない守銭奴であった。

 蒸発のキッカケは、母が株式取引で借金を作ったこと。

 呆れた父親は離婚を言い渡した。

 晴樹の知らないところで話は進んでいたようだ。母親は受け入れざるを入れなかった。


 問題は、どちらも晴樹を引き取りたくなかったこと。

 仕事一辺倒の父親は、晴樹が生活の邪魔になると思った。

 母親は自分の生活で精一杯。

 お互いが晴樹の世話をしたくなかった。


 放ってはおけないと、静奈はとりあえず食事といってもレトルトカレーだけどを作ってやった。その後、二人で警察へ。晴樹の両親や親類を当たってみると言われる。

 警察では預かれないと言われたので、しばらく静奈の家で預かることになった。

 田舎特有の生活をしてきたせいか、他人との距離感が近かったのだと思う。


 数日後、警察から連絡があった。

 父親は台湾に出張中で捕まらなかったそうだ。母親は行方不明。

 親類も当たってくれたみたいだが、晴樹を引き取ってくれる人はいなかった。

 そうなると施設に行くしかなかった。


 けど、神山晴樹は『嫌だ』と、言った。

『お姉ちゃんと一緒がいい』と、言った。


 預かっていた間、静奈は、晴樹とろくすっぽコミュニケーションをとっていない。

 朝ご飯を食べたら、お互い学校かバイト。

 静奈が帰ってくるのは夜の九時以降。食事はそれから。眠い目を擦りながら、晴樹はインスタントのカレーかラーメンを食べる。風呂に入ってすぐに寝る。

 会話なんて、原稿用紙一枚にも満たない文章で終わる。


 ――けど、両親と一緒にいるよりもずっと楽しかった。

 気にかけてくれているだけで、凄く嬉しかった――。

 ――だとさ。

 

 晴樹は、おとなしくて愛想のない子だった。

 静奈が帰ってきた時、彼は毎回玄関まで出迎えてくれて、ほんのわずかな笑顔を見せる。

 それは、嬉しいと言うよりも、ホッとしたといった感じだ。


 思えば、一緒だった数日間、晴樹は静奈に好かれようと必死だったような気がする。

 部屋を片付けてくれたり、濡れたタオルで一生懸命床を拭いていたり、食器を洗おうとしてくれたりとか。


 ――まあ、なんというか、そんな晴樹が愛おしく思えたのだろう。

 なんだか、孤独だった静奈の心の隙間に、滑り込んできたかのようであった。


 家族を捨てた静奈と、家族に捨てられた晴樹。

 お似合いだったのかもしれない。


 寒川静奈は、翌日から行動した。

 担当してくれた警察の方が親切で、晴樹と一緒に暮らすための手続きを手伝ってくれた。

 そしてやがて、静奈は、晴樹と一緒に暮らすことになる。

 お互いがお互いを唯一の家族として。


 静奈は、晴樹を甘やかさなかった。

 晴樹も、弱音を吐くことはしなかった。

 どんなに生活が苦しくても、どんなに喧嘩をしても、お互いだけは絶対に裏切らない。



 ――だからこそ、俺は静奈を信じている。

 彼女は、決して私利私欲のために仕事をしているわけじゃない。

 

 もちろん、俺がやったことは許されることではない。すげー怒られる。

 拳骨のひとつももらうかもしれない。小遣いを取り上げられたあげく、飯抜きにされるかもしれない。


 決して、ムカついたからとか、仕事の邪魔をしたからではなく、二度と俺がバカをしないようにと愛を持ってのことだとわかっている。


 けど、俺だって従うばかりじゃない。

 静奈が正しいことをしていると思っているのと同じで、俺だって正しいことをしていると思っている。お仕置きぐらい甘んじて受け入れてやる。


「姉ちゃんが、仕事人間じゃないってことはわかってる」

「どーも。……けど、姉ちゃんは、駆府市警の交渉人としての役目を果たすよ。手加減する気はないし。容赦もしない」

「わかってる」


「…………穏便に終わればいいんだけどね。リュカさんたちが追い詰められた時、おまえを人質に取るんじゃないか心配だ」

「リュカは、そんな奴じゃない」

「人間の心理ってのは、凄く曖昧なんだよ。『絶対』は、ないんだ。アルクリフだっけ? 『世界の平和』と『晴樹の命』を天秤にかけたら、リュカさんはどっちを選ぶ?」


 俺は、少し考えて、こう言った。

「……両方だ」

「だといいけどね」

 静奈は、電子煙草の煙をフゥと大気に溶かした。


「……晴樹、交渉材料をやる。説得してこい」

「交渉材料?」

「リュカさんたち、剣とか以外にもヤバいアイテム持ってるだろ?」

「持ってないよ」


 俺は嘘をついた。

 まあ、嘘を見抜くのが仕事の静奈に、この嘘が通用するかどうかは疑問だが。

「持ってるのかぁ……。返事が早すぎるよ。こう聞かれたら、こう答えようって用意していたみたいだ」

 ハッタリで言っているだけだと思いたい。

「持ってないって」


「どっちでもいいよ。……もし、投降してくれるのなら、武器もアイテムも、全部、姉ちゃんがこっそり預かってやる。国に預けるのが不安なんだろ?」

 リュカたちにとって都合のいい話だろう。

 もっとも、俺は静奈を信じるが、リュカも同じく信じてくれるとは限らないが。


「説得はするつもりだ。けど、他に方法も探したい」

 ぷかぷかと、煙草の煙を浮かべる静奈。

「……これは、姉ちゃんの予想だが、このままだと、リュカさんたちはテロリスト扱いされる」

「は……? じょ、冗談じゃ――」

「落ち着け。あくまで予想だ」

 前置きをして、静奈は現実リアルを語った。


「事実上、リュカさんたちは武器を持ってビルを占拠している。事情はどうあれ、だ。長引けば、上層部も相応の対応をしなくちゃならない」

 言葉での解決。それが望ましいが、同時に武力での応対をしないわけにもいかない。

「ふざけんなよ! 法律とか、関係ないだろ! リュカたちは、自分たちの意思でここへ来たんじゃないんだぞ! ビルを乗っ取るつもりもないし、誰一人傷つけるつもりはない!」


「晴樹が思っているよりも、事態は深刻なんだよ。それに、姉ちゃんが本部に戻ったら、あんたが人質にされていることも報告しなきゃならない」

 そうなると、普通なら交渉人の役目を降ろされる。

 冷静な仕事ができなくなると判断されるから。

 明日以降は、今日ほど甘い言葉をかけてもらえるとは思わない方がいい――のだろう。


「けど、そこは姉ちゃんが続投させてもらえるよう説得する。けど、当然、甘い対応はできなくなるよね。ちょっとでも手を抜けば、不適格として交代させられるから」

「じゃあ、どうすればいいんだよ! 俺に何ができる?」

 そこまで言って、静奈は立ち上がった。電子煙草をポケットに戻す。


「説得」

「他に方法は……」

「ない。説得に応じて、投降してくれることがベストだよ。それ以外の選択肢があるなら、あんたが考えな。それか――」

「それか?」

「無理なら、今からでも遅くはない。リュカさんたちに言って、結界の外に出してもらうといい」


「そんなこと……」

 ――できるわけがない。

 リュカたちは、昔の俺と一緒だ。誰も頼れる相手がいない。

 右も左もわからない時、誰かに手を差し伸べてもらえる喜びは、なにものにも変え難い。

 今更、リュカたちを裏切ることなどできるわけがない。


「じゃな、晴樹。明日からは敵同士。仲良く喧嘩しよう。せいぜいがんばれ」

「……ああ」

 静奈は、背中を向けたまま、一瞥もせずに去って行く。

 俺は、黙ってそれを見送った。



「おかえりなさいませ、静奈さん!」

 正面玄関前のテントを抜けると、有馬が待っていた。

 ビシッと敬礼して出迎えてくれる。

「どうでした、異世界人。やっぱりマントとか付けてたんですか? とんがり帽子を被った魔法使いとかもいたんですか?」


 うきうきと質問を投げかける有馬。問いかけを無視して、静奈は語る。

「……晴樹がいた」

「え? はるひ? いつも憂鬱になってる……?」

「晴樹だ。あたしの弟」

「何を言ってるんですか静奈さん。このビルはヤクザ蔓延る悪党の巣窟ですよ。晴樹くんがいるはずがないですよ。あ……そうか……」

 

 有馬は、何かに気づいたらしい。

「連中、幻術魔法を使ったんです。それで、晴樹くんの幻を見せられたんですよ」

「知りもしない奴の幻をどうやって見せるんだよ」

「脳に訴えかけるタイプの幻術です」

「ヤバいな、それ」

「……はい。念のため、MRIで脳を見てもらった方がいいです。すぐに手配しましょう」

「ばか」


 静奈は、有馬の額をコンと軽くノックする。

「痛っ!」

「ちょっとこっちに来い」

 腕を掴んで、路地の方へ、ずるずると連れて行く。

 盗み聞きされないところまで来ると、静奈は正面玄関での出来事を説明する。


「間違いなく晴樹だ」

「ほ、本当に……晴樹くん?」

「ああ」

「…………ちょっと待っててください。未来の旦那様に挨拶してきます! 晴樹くーん!」


 踵を返して、ウキウキと玄関へと向かう有馬。

 そんな彼女のうしろ襟を掴むと、強引に引き寄せた。

「ぎにゅ!」

 壁へと押しつけドン。掌をドン。


「はわわわわっ! し、静奈さんの壁ドンッ! 近い! 顔が近い! 晴樹君と結婚して静奈さんと姉妹になるとか、もうそんな回りくどいことはやめます! 静奈さん! 結婚してください!」

「しない。そして、あたし目当てに弟を狙うな。おまえに晴樹はやらん」

「娘さんをもらいにこられるお父さんの気持ちなんですね? 大丈夫です。うちの実家では、最低でも五回は追い返されるのがルールですから、簡単にあきらめません!」

 元自衛隊らしく、身体能力は高くメンタルも強いのに、どうしてこんなにアホなのだろう。


 頭にチョップを食らわせて、冷静にさせる静奈。

「あでッ!」

 さっき吸い終わったばかりの電子煙草を再び口へと運んだ。


「落ち着け」

「は、はい……ごめんなさい」

 静奈は、肩の力を抜いて状況を整理する。


「晴樹が人質になっている」

「え、ええ」

 狼狽しながら返事をする有馬。


「これから面倒なことになるのはわかるな?」

「わ、わかります。すいませんでした……」

「あたしは、異世界人と人質のことを上層部に報告しなきゃならない。その前に打てる手は打っておきたい」


「はい。あの……大丈夫ですか、静奈さん?」

「ああ。幸い、異世界人とやらはいい人だったからな」

「本当に異世界人……だったんですね」

「結界を見てお察しだろ? で、準備の方は?」

「は、完了しております」


 近隣の住民は避難済み。

 マンションの部屋をいくつか借りて、照明とカメラを用意。

 二十四時間監視できるようにした。

 ビルを囲むように人員を配置。武器も用意してある。対テロ並の警戒レベルだ。

 ビルの内情も、捕まえたヤクザから聞き出してある。

 ポテトチップスやカップ麺が少量あるだけ。長期間籠城できる食料ではない。


「電気、ガス、水道はどうなってる?」

「止められます。少し時間をいただければ」

「じゃあ、ガスと水道を止めろ」

「電気は? って、いいんですかっ? そんなことしたら異世界人を刺激するんじゃ……」

「いいんだよ。向こうは十分覚悟の上だ」


 あれだけ甘い言葉を吐いたあとなのだ。叛意を買うのは間違いない。

 けど、静奈はあくまで仲介役だ。建前上は。


「明かりがあった方が監視しやすい。スマホも充電してもらわないと、連絡できなくなるからね。電気はそのままでいい」

「わ、わかりました」

 有馬は、唾を飲み込むように深く頷いた。


「以上だ。あたしは電話してくる。続投させてくれるよう、お偉いさんたちを説得しにゃならんし、連中が元の世界に戻る方法も、調べてやらないといけないからな。……何か質問はあるか?」

「……あの……結界を解除する糸口は?」


 神妙になる有馬。緊張感を取り戻しつつあるらしい。

 彼女は本来そういう奴だ。

 与えられた任務を忠実に遂行する元軍人。

 まあ、気が抜けると、すぐに『はにゃん』となってしまうのだが。


「……どゆこと?」

「もし、解除方法が見つかったのなら、選択肢は増えるかと」

「武力での制圧か?」

「結界さえ突破できるのなら、自分が部隊を率いてビルを制圧してみせます」

 静奈は思案顔になった。部隊を突入させるのも悪くはない。

 というよりも、交渉で決着が付かないのなら、それも視野に入れるべきだろう。

 だが――。


「あのさ、有馬」

「はい」

「誰にも言うなよ?」

「もちろんです」

 といっても、おそらく誰かが気づくであろうが。


「――あの結界は、欠点だらけだ」

「へ? そう……なんですか?」

 有馬は、目を丸くして驚いていた。

「解除できるっていうか、武力で決着を付けるなら、どうにでもなる欠陥品だね。けど、まだ早い。時期が来たら、おまえにも頼むことになるかもしれないが……ま、話の通用する間は、もう少し交渉でがんばってみるよ」




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