最終話・後編 理由
駆府市の華坂町は、日常の買い物からデートショッピングまで、ありとあらゆる流通に特化している駅前の繁華街だ。広い道は歩行者天国。連日のように大勢の人で溢れている。
「さて、ここが駆府市で、いちばん賑やかなところになるね」
ゆっくりと歩きながら、静奈が説明する。
晴樹がカーライルを殴ってから一週間。
異世界人との友好条約をメディアに発表すると、リュカたちはすぐに戻ってきてくれた。
どうやら、近隣の山で野宿をしていたそうだ。
大自然に囲まれていたせいか、犬姫様が野生化寸前だったらしい。
晴樹の要求した条件を、日本はほぼほぼ承諾した形になる。
フォルトナビルは大使館化した。
近いうちに、元の世界に戻るための調査も始まる予定だ。
「おおぉおおぉぉ! 凄いんだよ! 賑やかなんだよ! ピカピカなんだよ! 看板が動いているんだよ!」
ぴょんぴょんと跳ね回るチェルキー。
「本当は、晴樹に案内させたかったんだけどね」
クラリティたちを案内するのは静奈だ。
晴樹とリュカは、用事があるので不参加。
うらやましがっているだろうなと静奈は思った。
「人形が動いているんだよ! ちぇるきー顔負けなんだよ!」
おもちゃ屋の前で、シンバルを叩くサルの人形に興味を抱くチェルキー。
「うおおおん! しかも、あの巨大なぬいぐるみは、人間みたいな動きをしてるんだよ!」
「アレは着ぐるみね。駆府市のゆるキャラ駆流くん。中に人が入ってるんだ」
「あらあら、この服、素敵ですわ。六十二万円……高いのかしら」
「高いっすよ。あたしの給料三ヶ月分」
「あ、あら……凄いモノを展示してらっしゃるのですわね」
「つか、アクセリオンさん、そのカッコ恥ずかしくないの?」
相変わらず露出の高い服。周囲の視線を独り占めである。
異世界人ということも相まって、大勢の注目を浴びていた。
スマホを構えている連中が大勢いる。
「うふふ。慣れると気にならなくなるものですわよ? 同じ物を静奈様にもつくって差し上げましょうか? きっと似合いますわぁ」
「いや、あたしはいいかな」
話題の異世界人を連れて、お忍びショッピングなど不可能。
静奈も有名人だ。普通に歩いているだけで、握手や撮影を求められてしまうだろう。
けど、それを解消するために、背後からダミーのテレビカメラを持たせた有馬がついてきている。
撮影中だとわかれば、人は邪魔をしなくなるモノである。
「メイドがいるであります! こちらのメイドは、みんな若くてかわいいですね!」
「こっちの野郎共はメイドが好きなんだ。メイドで接客するだけで、お客は普通の三倍ぐらいの金を落としてく。ちょろい商売だよ。もし、こっちで商売するなら、みんなで異世界カフェとかいいかもね」
くくっと笑う静奈。
「……なあ」
ふと、クラリティが神妙につぶやいた。
「どした?」
「こ、この際だから言っておく。静奈……いや、義姉さん……。晴樹と、結婚を前提に付き合わせてくれ」
女性陣の視線が、一斉にクラリティへと向いた。
追跡していた有馬が、背後霊の距離まで接近する。
「惚れたの? どこにでもいるような、普通の高校生に?」
「神山晴樹は普通じゃない。彼ほど誠実な人間を私は知らない。一緒にいて、どれほど心強かったことか!」
「けど、クラリティさん、ガーバングラフに帰るでしょ?」
「晴樹も連れて帰る」
「許さん」
「魔王を倒し、転移する方法が確立されたら、私がこっちの世界に移住する」
「許す。本人次第だけど」
「よしっ! よしよし! 聞いたか、みんな! 私と晴樹の恋仲を、義姉さんは認めてくださったぞ!」
大衆にアピールするクラリティ。会話が聞こえていた観衆が拍手で祝福してくれる。
あ、やばい。有馬から殺気が漂ってる。
「あの……クラリティ殿は、男なんですけど……こちらの世界は、男同士でも結婚できるでありますか」
「は! 甘いなシエル。法律なんて、どうでもいいのだ。心で繋がっていれば、それは夫婦も同然だ」
「……男、すか?」
じぃ、と、観察する静奈。
まったくもって気づかなかった。見抜けなかった。
カーライルとのダウト勝負で、嘘を見逃さなかった静奈が、である。
これらの会話を聞いてしまった観衆の方々が、一斉にツイッターを始めていた。
おそらく、晴樹がゲイであるという噂が、拡散されているのだろう。南無三。
「ま、夢があるよね。異世界間交遊。いいんじゃないかな。これからもさ、晴樹と仲良くしてやってよ」
「おー! なんだよ! ちぇるきーが仲良くしてあげるんだよ」
「晴樹殿にはいろいろと料理を教わりました。趣味が合うのであります。気が早いですが、ガーバングラフにも、ぜひ招待したいであります」
「アイツも喜ぶよ。友達少ないし、彼女もいないしさ」
「うふふ。それは、この中の誰かがお嫁さんになってもいいということでしょうか?」
「リオンさんみたいな美人なら大歓迎」
「あらあら、どうしましょう」
「義姉さん、待ってくれ。私と晴樹の結婚を許してくれたじゃないか」
「男同士の結婚も面白そうなんだけどさ。甥っ子姪っ子の顔が見れなくなるじゃん?」
異世界人といっても、なんら変わりのない、気のいい人たち。
故郷のために命を燃やす彼女たちにとって、こんな束の間の休息もいいだろうと思う。
せっかく、こちらの世界を知ってもらえるのだ。
いい思い出を持ち帰ってもらいたいと静奈は思った。
晴樹の奴も、来たかっただろう。
けど、あいつは今、大事な仕事を任されている。
本当だったら、静奈がやってもよかった。
けど、リュカからすれば、静奈よりも、ずっとずっと晴樹の方がいいのだろう。
――あいつ、今頃どうしてっかなぁ。
☆
俺とリュカは、駆府市を離れて東京に来ていた。
政府の用意したリムジンに揺られて、遠路遙々やってきたのはヴァレスホテル。
都内でも有数の高級ホテルで、本来であれば晴樹のような高校生が足を踏み入れられるようなところではない。
ネットで見たら安い部屋でも一泊二十万。なんじゃそりゃと思った。
まあ、宿泊するわけではなく、用事があるのは会議室だけど。
「うえぇ……緊張するぅ……」
エレベーターの中で、俺は緊張のあまり吐き気を催していた。
「大丈夫ですか?」
「あんまし大丈夫じゃない……。つか、おまえはよく平気でいられるなぁ」
「あははは、平気じゃないですよ。大きな建物ばっかりだし、人はいっぱいいるし、きらきら光ってるモノが多いしぃ、なんだかぐるぐるしますぅ」
「……ロビーに戻って、少し休もうか?」
「そういうわけにもいきませんよ。時間もギリギリですし。それに――」
リュカは、俺に微笑みを向け、犬耳をピコピコと動かす。
「晴樹さんと一緒だから怖くないです」
「……俺、姉ちゃんみたいにデキる人間じゃないぞ」
そもそも、このような仕事は静奈の領分だろう。
俺も、みんなと一緒に買い物がよかった。
というか、こんな煩わしい仕事など、もっと生活が落ち着いてからでもいいんじゃないか。それなら、リュカも一緒に楽しくショッピングができた。
「晴樹さんじゃないと駄目なんですよ。自信持ってください」
なにゆえリュカは、静奈ではなく俺を指名したのかと思う。
エレベーターが到着する。
『リュカトリアス・ライエット様と神山晴樹様でございますね』
扉が開くと、スーツの男が待っていた。
「はい」と、リュカが返事をする。
『お待ちしておりました。どうぞこちらへ』
俺たちは、会議室へと案内される。
スーツの男が、扉を開けてくれた。
俺は、深呼吸をして、一歩足を踏み入れる。
リュカと一緒に。
待っていたのは、国の偉い面々だ。
政治家であったり、士官であったり、大学教授であったり、学者連中であったり。
ああ、外国の人もいる。
それらがずらりと椅子に腰掛けていた。
俺たちが入るや否や、威圧的な視線を向けてくる。
敵意というわけではないと思う。
俺たちを品定めしているのだろう。
リュカは気取ることなく、白を基調とした騎士風の服である。
俺は、異世界の文官の服に似せた学生服。ガーバングラフの狼の紋章が背中にある。
アクセリオンに頼んで、今日のために作ってもらった。
日本人の俺が、それを纏っている。
「ガーバングラフの第二王女。リュカトリアス・ライエットと申します。現在では軍部に所属し、将の身分として、魔王討伐隊の隊長を務めさせていただいております。異世界の代表として、この場にお招きいただいたことを心から感謝いたします」
――俺も、彼女の挨拶に続く。
「この度、ガーバングラフの異世界外交官を務めさせていただくことになりました。神山晴樹です」
俺が名乗るや否や、連中は表情をしかめさせる。
「こんな若者が外交官?」「高校生らしいですよ」「頼りになるのか?」「他に、候補はいると思うが」「何を考えているんだ」
言いたい放題だ。けど、仕方がないと思う。
俺だって、どこにでもいる普通の高校生が、外交官をやるなど、正気の沙汰とは思っていない。けど――。
彼女は違ったようだ。
「大丈夫ですよ。晴樹さんは、あの日本一の交渉人寒川静奈の弟なのですから」
いや、姉が優秀だからと言って、俺が優秀とは限らないだろう。
静奈は別格だ。天才なのだから。
案の定、偉い連中は納得していないようだった。
「寒川は聞いたことあるが……」「調べたよ。けど、本人は普通の高校生だ。成績は中の中」「それなら、寒川の方がいいと思うが」「大丈夫なのか?」「まあ、やらせてみればいいんじゃないか」
何を言われても、リュカは気にしていない様子だった。
それどころか、余裕の笑みすらも浮かべているように見える。
リュカの犬耳がピコピコと動く。
「彼は、もの凄く優秀ですよ。静奈さんにも負けてません。保証します。それに――」
彼女は、胸を張って、自信を持って言ったんだ。
俺が、彼女に選ばれた理由を。
「――彼は、私が世界でもっとも信頼している方なのですから」