最終話・前編 あたし、クビかもしんない
数日後。
駆府市。商店街にある焼肉屋。蛇寿苑。
いい肉をリーズナブルな価格で提供してくれるこぢんまりとした店舗。
本来なら、曜日的に休みのハズなのだが、満席状態であった。
奥の席にいるのは寒川静奈。そして、向かい合っているのは遠山議員である。
「遠山さん。美味いっしょ? ここの肉」
「美味いな。けど、もっと高い店でも良かったんだぞ? 私の奢りなのだから」
「だ、そうだ」と、静奈は肉を頬張りながら言う。
「「「遠山議員、ゴチになりまーす!」」」
政治家相手にノリが軽すぎるだろう。
他のテーブルにいた静奈の部下たちが、一斉に声をあげた。
本日は静奈組の貸し切りだ。
「一応、非公式だからな」
「わかってますよ。みんな、口は硬いから大丈夫です」
肉を焼いて、遠山議員の皿へモリモリ盛りつけていく静奈。
「それで、事件の方はどうなった?」
「概ね、晴樹の描いた絵図のとおりですよ」
カーライルは条件を飲まざるをえなかった。
県警と連携して捜索をすれば、リュカたちを見つけることはできたかもしれない。
だが、彼女の結界は、どこでも籠城を可能にする。
超巨大なショッピングモールになどを拠点にされたら、年単位の籠城だって可能になる。
農村などでも可能なのだ。
長々と日本に居座ることのできない彼にとって、包囲を突破されたのは致命的だった。
争えば争うほど、カーライルは立場を悪くする。実質、条件を飲んで損切りするのがベストだったのだろう。
「明日、カーライルが記者会見をします。それで仕舞いです」
日本の反カーライル派は、これ以上アメリカの好きにはさせまいと、遠山議員を中心に、リュカたちの保護を進めてくれた。異世界人と友好関係を築いた方が、利があると他の権力者たちを説得した。
カーライル派も、これ以上は無駄な抵抗だと思ったのか、一斉に手を引いた。
カーライルの失態に関与したくなかったのだろう。
もちろん、これら一連の交渉は水面下での出来事である
「たいしたものだな。君の弟は」
「でしょ? CIAぶん殴ったんです。大物になりますよ」
今回の手柄は、カーライルにくれてやった。世間的には、彼が事件を解決したことになっている。そうすることで、彼は祖国に戻っても、表面上は面子を保てるハズだ。
異世界人ビルジャック事件は、異世界人と有効的な関係を築く形で、幕を閉じることになる。
「……よく、やってくれたと思う。静奈じゃなかったら、異世界外交の権利はアメリカに奪われていただろう。リュカさんたちも大変なことになっていた」
「っすね。ここにいるメンバーのおかげっすけど」
静奈は、そっと視線を仲間たちに向ける。
「それだけじゃない。異世界との戦争にもなっていたかもしれない。……カーライルは無茶なことをしすぎた」
「はは。あまり政治のことを話されても、あたしはわからないですよ」
「む、そうか? ――っと、店員さん、特上ロースを追加で。あと、網も替えてもらえるか」
「はい、喜んで!」
「ん、有馬。あとユッケも」
「お任せください!」
有馬が、嬉しそうに厨房へと向かっていく。
「……彼女、店員じゃなかったのかね?」
「有馬っすよ。ほら、あたしの右腕の」
静奈の世話をしたいのか、ウェイトレスに従事しているらしい。
「なんと! 挨拶してこよう。錬太郎が普段から世話になっている」
そう言って、遠山議員は席を立った。
明日の記者会見が終われば、リュカたちも姿を見せるだろう。
そうしたら、元の世界に戻るための調査が開始。
しばらくは、日本に滞在することになると思う。
厨房の方で、有馬の声が聞こえてくる。
「ええッ! あの全裸ブロッコリーのお父さんだったんですか? ととと遠山議員?」
おまえは、今の今まで誰の接待をしていたつもりなんだと問い詰めたい。
「ぜ、全裸ぶろっこりぃ?」
「いったいどういう教育をしてるんですか! 性癖は人それぞれだと思いますけど、人前でブロッコリーをさらけ出すのはちょっとどうかと思いますよ?」
ブロッコリーをさらけ出すのはいい。
さらけ出してダメなのは、ブロッコリーの向こう側にあったブツだ。
誰もが肉をむさぼるのに夢中で、有馬の自殺的な説教を止める奴がいない。
「…………あたし、クビかなぁ…………」
厨房の方を空虚な瞳で眺めながら、静奈はもやしナムルを頬張った。
「あの、寒川警部、ビールをお持ちしました……」
突如として、ミイラ男が話しかけてくる。
「……誰?」
「……遠山錬太郎です……」
「……………………………………………………………………いたんだ」