五十話 二度とない命懸けのチャンス
カーライルは、俺に銃を突きつけたまま、オペレーター連中に確認を取る。
「どうなっている……?」
「い、いや、それが……その……」
直接確認した方が早いと思ったのだろう。
カーライルは自分の無線で、ビルの中にいる隊員と言葉を交わす。
「報告しろ!」
『異世界人は、全員確保しました。これからそちらに連行します』
「剣士は、ぬいぐるみだった」
『そんなバカな……』
「そこにいる犬姫にカメラを近づけろ」
モニターで、その様子を確認する。
リュカの顔がアップになる。だが、目も鼻もぬいぐるみそのものだ。
立体的に再現してある。衣装に関しては、本人が纏っていたものである。
『大丈夫そうですね。すぐにそちらへ連れて行くんだよ?』
カーライルの額に青筋が浮かび上がった。
俺の頭めがけて全力で無線を投げつけてくる。
ガッ、と、ぶつかって仰け反った。
俺の額から、ツゥと、赤い液体が流れ落ちる。
「説明しろ、神山晴樹! 貴様たちは何をやったッ! 幻術か?」
「さっきまでの勝ち誇った顔はどうした?」
「脳天ぶち抜くぞ!」
カーライルは荒い息を整えた。
「……この人形はなんだ?」
「アクセリオンの作った精巧なぬいぐるみだよ」
「さ、裁縫師……?」
「そうだ。――で、そいつをチェルキーの魔法で人間のように操った」
「それだけじゃないだろう! いくらなんでもコレを本物と見間違えるわけがない! なぜ、このようなことになっているッ!」
「おまえの部下も、チェルキーが操った」
「……操った……?」
「そうだ。彼女は人形を操ることができる。操ったモノは、自由自在にしゃべらせることもできるんだ。――で、人形の定義だが『生き物の形』をしていて『意識のないモノ』らしい。ぬいぐるみは当然、意識がなければ『人間』だって操れるんだよ」
正直なところ、悪魔のように恐ろしい能力だと俺は思った。
倒した敵を片っ端から支配できるのだ。敵を気絶させていけば、駒が増えていく。倒せば倒すほど敵の数は減り、味方の数が増えていく。
果たして、同時に何人まで操ることができるのか。チェルキーは天井を知らない。
少なくとも、突入してきた人数ぐらいは余裕でいけたのだと思う。
幼いながらに、魔王討伐対に選ばれただけある。
「バカな…………」
「おまえが突入させた部隊をリュカたちが撃退する。最初はきつかったよ。けど、後半から状況が変わる。なんせ、倒した奴らは全員こっちの味方になるんだからな」
ただ、それでも大変だったに違いない。
通信で、チェルキーのしていることを報告されたら厄介だ。
そのため、なるべく傀儡兵を使わずに全滅させるべきだった。
その辺りの案配は、彼女たちの方で上手くやってくれたのだろう。
こうして、ぬいぐるみが運ばれてきたわけだから。
「へー。ふーん。ほー。つまり、盛大な人形劇をやってたってワケね」
静奈が、ソファにふんぞり返りながら言った。
「ああ、この戦いは正面突破をするだけじゃ終わらない。派手に逃げれば、世間は大騒ぎになる。だから、時間稼ぎをする必要があったんだ。こうやって、おまえと茶番をやってな」
「ま、待て……それじゃあ、異世界人共は……?」
「どこか遠くに逃げたんだろうな。誰にも気づかれないように」
突入部隊を操ったあと、リュカたちは脱出する手筈になっている。
敵の衣服を剥ぎ取って、アクセリオンが一瞬でサイズを直す。それを纏ったリュカたちは、怪我をした兵士や、報告のために出入りしている兵士たちに紛れて、ビルから出て行った。
現場を離れたところで、こちらの世界の服装に着替え、雑踏に消えていったのだろう。
「あ、ありえるかッ! どれだけの軍人を集めたと思っている! 鎧甲を纏ったサルどもが、世界最強のアメリカ軍を倒すなど――」
「ありえたんだよ。――こうして、ぬいぐるみが運ばれてきたってことは――がッ!」
カーライルの拳が、俺の頬を撃ち抜いた。
「……どこへ行った……」
「知るかよ」
「言わなければ殺す」
「拷問されるだろうから、聞いてないんだよ。俺は、どこにでもいる普通の高校生だ。痛みに耐えられるほど、我慢強くないからな」
「ふざけるな! 言え! 死にたいのか!」
「知らないんだよ。マジで」
「落ち合う場所は相談してあるだろう! 教えろ」
「それも聞いていない」
「連絡手段は!」
「ない」
すべて真実だ。俺に余計な情報を与える意味はない。カーライルほどの男に、隠し事が通用するとは思っていない。だから、リュカたちで相談して決めてもらった。
「オペレーター! すぐに交通機関を封鎖するように言え!」
「し、しかし、米軍のほとんどは、突入作戦に参加してまして……その……」
「日本の警察に協力を仰げばいいだろう!」
「落ち着けよ、カーライル。それをやったら、後戻りできなくなるぜ。俺は言ったはずだ。交渉しようってな」
「何も知らないなら、用はない」
グリと、拳銃を額に押し込むカーライル。
「あーコホン。カーライル」
「なんだ、静奈!」
「それ、引いてみ。……殺すよ」
静奈は、演出気味に腕と足を組んだ。
「殺したら殺す。殺せないなら社会的に殺す。銃を向けている相手が、ただのガキだと思うなよ。あたしと、あたしのバックにいる日本国家に向けてると思いな。どんな手段を使ってでも、後悔してもしきれないような目にあわせてやる」
「黙れ!」
カーライルは、静奈めがけてトリガーを引いた。
狭いトラック内に、パァンパァンとけたたましい銃声が響き渡る。
弾丸は、静奈の顔のすぐ側を通過し、背後の壁に二カ所の穴を開けていた。
――姉は、微動だにしていなかった。
カーライルは向き直り、再び俺にヘイトを向ける。
「クソガキが! 交渉の余地などあると思うか?」
「連絡手段もない。何処に行ったかも知らない。けど、リュカたちを呼び出す手段があると言ったら?」
カーライルが、睨むように観察する。観察して――。
「……言ってみろ」
と、初めて聞く耳を持った。
「おまえが、リュカたちと取引するんだ」
「――取引だと?」
「条件は三つ。ひとつは、リュカたちを無罪放免にすることだ。自由にしてやってくれ」
カーライルの力。いや、カーライルの背後にいる連中の権力を使って、リュカたちを保護をしてもらう。異世界の事情と、境遇を肯定し、今回の騒動を平和的に終わらせる。
「寝言はあの世でほざけ。要するに、おまえが言いたいのは、僕に敗北を認めろと言うコトだろう」
「話は最後まで聞けよ。――ふたつ。このビルを彼女たちの大使館にしたい」
次は衣食住だ。拠点として、ビルをそっくりそのままリュカたちの住処にする。
生活も保証してもらう。友好的な関係を築く。
「オープンな場所を選んだね」
質問を投げかけたのは静奈だった。
「監視が必要だからな」
あえて町中にあるビルを大使館化し、国民とも触れあえるようにする。
会える異世界人として、認知してもらう。
国民が監視することによって、国が好き放題できなくする。
接触が増えれば、人脈も広がる。近隣住民から、異世界に憧れを持つオタク。
学者連中もコンタクトを取ってくるだろう。
「そして、最後……これはリュカからの要求だ。――シノン・アッシュリーフ博士を紹介して欲しい」
「シノン、だと……」
これは、静奈からリュカへと託された情報だ。
カーライルが抑えている異世界研究の第一人者。
彼女を、リュカに協力させること。これは、絶対的な条件である。
「…………それを飲めば、異世界人は戻ってくると?」
「突破された時点で、おまえの負けだ。平和的な解決も悪くないんじゃないかな」
「どうやって呼び出す? 連絡手段はないといったな?」
「報道しろ」
カーライルが承諾することはわかっている。
その上で反故にされることもわかっている。
だから、メディアを使って呼びかけるしかない。
「約束、守る気ないだろ? だから、世界中のみんなが証人だ。おまえと、何人かの有名な政治家でテレビに出演するんだよ。ネットにも流せ」
俺の提示した条件を飲んだとテレビで大々的に報道する。ネット動画でも、新聞でも、雑誌でもなんでもいい。とにかく、世界中の人々に浸透させる。それをリュカたちが知った時、戻ってくることになっている。
「は! 僕が飲まなかったらどうなると思う? 彼女たちは、異国の世界で逃亡生活だ」
「ああ。……だが、あんたもただじゃ済まないだろ?」
まとまりかけていた交渉を壊し、自分の欲望のためだけに行動を起こした。大勢の警官隊と軍隊など、持ちうる限りの権力を使って動員。
ポーカーで言えば、上乗せに上乗せを重ねた状態。
上手く行けばチップを総取り。誰も文句は言えない。
だが、包囲を突破され、異世界人を解き放ってしまったという大失態を日本でやらかした。
「まだ終わっていない。必ず異世界人共を捕まえてみせる」
「ここから先の責任は、すべてアンタにつきまとう。もし、リュカたちが警官を傷つけたら? 万が一、人を殺めてしまったら? 全部、野放しにしたあんたの失態だ。逮捕までどれだけかかる? 三日? 一週間? 一ヶ月?」
長引けば長引くほど、カーライルの立場は悪くなる。
捕獲の見通しがなければ、帰国は免れない。バックにいる権力者もカーライルを見放す。
「二十四時間あれば十分だ」
「……そういえば、リュカはこんなコトを言っていたな――」
結界の有効な使い方だ。彼女も、現代の文化から、いろいろと学んだのだろう。
「逃げながら、空きビルに結界を張っていく」
結界の張られたビルが十も二十も存在したら――警官は、どう対処する?
すべてのビルに炙り出しをするか? 人員を割いている間に、リュカたちは遠くへ行ってしまうだろう。
「結界で交通封鎖をする」
主要道路や線路を結界で遮断する。
軍隊、警官隊の移動を不可能にし、追跡を防ぐ。
もっとも、こんなことをすれば大事件だ。
リュカも咎められるが、立場あるカーライルも大打撃だろう。
「山に籠もる」
山を覆い尽くすような巨大な結界を構築。そうすれば、熱や音などの攻撃も意にも介さない。水も食料もタップリある。もっとも、結界を突破したとしても、リュカたちは別の場所にいる可能性だってある。
「リュカたちを甘く見すぎてんだよ。彼女たちは、世界を救うことに必死だ。自分たちの背中に大勢の命があるのを自覚している」
「この世界の民ならどうなってもいいと言うのか!」
「違う。この世界のことも考えている。だからこそ、投降する気になったんだ」
けど、カーライルは、その覚悟を踏みにじった。
だから、リュカたちも別の意味で腹を括った。
両方の世界のために、交渉することを選んだのだ。
強行突破で終わらせずに。
「条件を飲んでくれたら、今回の一件はなかったことにできる。あんたは異世界人との和解を成功させた功労者ってことでいい」
リュカたちも納得済みだ。口裏を合わせてくれると言っている。
けど、カーライルは次の瞬間、俺の腹に蹴りを叩き込んだ。
「がふッ!」
「やめろ、カーライル!」
静奈が叫んだ。
横たわって蹲る俺を、幾度も踏みつけるカーライル。
俺は、その足を掴んで抱きしめる。
「離せ、クソガキ!」
トラック内の全員が動く。
日本人スタッフと、アメリカ人スタッフが一斉に銃を抜いて向けあった。
「僕は、どんな手を使ってでも目的を達成する。貴様の拷問を中継して、異世界人共を呼び寄せてやろうか? それとも、大好きな姉を血祭りに上げてやろうか?」
「それでも、リュカたちは戻ってこない……ッ。約束したんだ。俺に何があっても、絶対に戻ることはないと!」
戻ってきたら、用済みになった俺は、どんな仕打ちを受けるかわからない。
リュカが戻れば俺が死ぬ。それぐらいの覚悟を持って、リュカはビルを脱出した。
そうでなければ、交渉材料にならないから。
「ならば、貴様の死体を十字架に貼り付けて晒してやる。犬姫なら、死臭を嗅いで寄ってくるぞ! 呼べ! なんとしてでも異世界人共を呼び寄せろ!」
「まだ、間に合う! この突入作戦に関わったのは、すべておまえの部下なんだろう!」
カーライルさえ取引に応じれば、今日のことはなかったことにできる。
酷い展開になると読んで、マスコミは遠ざけているはずだ。
だが、県警に連絡を入れ、交通封鎖を申し出たら、泥沼の戦いが始まる。
この一件が世間にバレて、最初に損をするのはカーライルだ。
「ふざけるな! 凡人のガキが大人に楯突くな!」
カーライルが銃を向けた。
その瞬間、俺は、カーライルの足を持ち上げるようにして、立ち上がる。
「うおぁッ?」
「取引しろ、カーライル」
俺は、息を切らせながら言った。
全身が痛かった。顔も、腹も、腕も。
「薄汚い島国のサルに屈することなどできるか! この一件で、僕がどれほどの労力を費やしてきたと思っている! CIAのクソジジイに頭を下げ、高慢な政治家共に媚び、軍の脳筋共の機嫌を取って説得した! 結果がコレか! うははははッ! 馬鹿が! 敗北するぐらいなら、死んだ方がマシだ! 僕はッ! そういう世界に生きているッ!」
「これ以上は無意味だ! 全員が不幸になるだけだ! 俺は、おまえの傷を最小限に留めてやる! これは、リュカだけでなく、おまえに残された最善の取引でもあるんだよ! この勝負、俺たちの勝利だ! それだけは、絶対に覆らねぇッ! 例え、俺を殺してもな!」
「黙れ! 世界の裏切り者がぁッ!」
カーライルの鉄拳が、俺の頬を容赦なく撃ち抜いた。
意識が消し飛びそうだった。
「ぐっ……ッ……」
正直、このまま倒れてしまってもいい。
交渉材料は、すべて用意した。
もう、カーライルに選択肢はない。俺を殺したところで、何一つ得することはない。
カーライルが感情的な馬鹿ならば、無駄に足掻くこともするだろう。
しかし、こいつは頭がいい。理解しているハズだ。
あとは静奈が上手くやってくれると思う。
けど、最後に、もうひとつだけ、わがままを叶えたかった。
下半身に力を込め、よろめきながらも踏ん張る。
――踏ん張って、カーライルめがけて殴りかかる。
「うおおあぁあぁぁあぁッ!」
こんなチャンスは二度とない。
リュカたちの志と人生を脅かした最低クソ野郎に一矢報いる。
人の痛みというものを、少しでも思い知らせたかった。
――だから!
「は! 僕に逆らうのか? とんだマヌケめ!」
渾身の一撃は余裕綽々と、カーライルの掌に受け止められてしまう。
さらに、彼の膝が、俺の腹へとめり込んだ。胃の中の物が逆流しそうだった。
「う、ぐ……ぉぇ……」
「役立たずの売国奴が!」
「だ、黙れ……!」
相手は現役のCIAだ。俺なんかが敵う相手じゃないだろうさ。
すげえ、馬鹿なことをやっている自覚はある。けど、一撃。
たった一撃でいい――。
百の単語を並べても気持ちが伝わらない奴に、俺の拳をぶつけたかった。
俺は、殴りかかった。
カーライルは銃を構えた。
その時だった。
「ぐッ――?」
カーライルが、ぐらりとバランスを崩す。
ぎるてぃが、カーライルの足に噛みついたのである。
「わおんッ!」
俺は、隙を見逃さずに、拳を叩き込んだ。
カーライルは体勢を崩しながらも防御する。
だが、体重の乗った俺の一撃は、カーライルをさらによろめかせた。
彼の背中が、後部のドアへと預けられる。
「な……」
「うおおおああぁぁああぁぁッ!」
俺は、なりふりかまわず突っ込んだ。
右の拳を固めて、思いっきり叩き込む。
カーライルは、腕を持ち上げ、ガード姿勢を取った。
拳は、奴の腕と腕の隙間を強引にすり抜ける。
そして、顔面へと届いた。
鼻面を殴った感触があった。
「がッ……はッ!」
衝撃が突き抜ける。
ドアが派手に解放され、カーライルは鼻血を撒き散らしながら吹っ飛んだ。
アスファルトの大地に転がるカーライル。
「う……ぐ……ぁ……」
俺も、段差から豪快に転び、太陽の下にみっともなくさらされるのであった。
はあ、はあ、と、肩で息をする俺。
本部トラックの奥から、ゆっくりと静奈が現れる。
「よくやった」
「ね、姉ちゃん……」
けど、静奈はぎるてぃを摘まみ上げて、よしよしと頭を撫でてやっていた。
俺は、混濁する意識の中、かつて助けた獣を羨ましそうに一瞥する。
「……そっちかよ」
「おまえもな、晴樹」
静奈が微笑んだ。
「あ、ああ」
俺も全身の力を抜いて、ほんのわずかな笑みを浮かべた。
ここで、俺の交渉は幕を閉じる。
もう、身体が動きそうにない。
あとは、静奈と有馬に任せることにした。
俺とリュカたちの想いは届いただろうか。
わからないさ。けど、精一杯やった。
あとは信じるだけだ。
ああ、俺は信じている。
絶対にリュカたちと、また会えるって――。