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四十九話 さあ、交渉を始めようか②

 正面玄関から屋外へ。

「あ~、久しぶりのシャバの空気だ」

 大きく深呼吸する俺。

「おつとめご苦労様です。ちなみに、悪いことをすると、コレよりも厳しい環境で年単位の労働を強いられるので、絶対に悪いことはしないでくださいね。女の子もいませんから」

 懲役って恐ろしい。


 見慣れた光景だが、俺にとっては新鮮な感覚だった。

 警察や軍隊のおかげで、景色は随分と変わっているし。


 けど、すぐに俺は自由を奪われることになる。

 カーライルの部下たちが、俺と有馬を包囲してきたのだ。

 身構える有馬。


「お疲れさん。マスター有馬。カーライルがお待ちだ」

「……晴樹くんを傷つけるのなら相手になりますよ?」

「安心しろ。連れて行くだけだよ。マスターと戦う気はない」

 抵抗する必要もないだろう。俺は、リュカの元を離れ、一民間人と化した。

 事件の重要参考人なのだ。指揮官のカーライルと話をすることは避けて通れない。


「おら、ボウズ。おまえの姉ちゃんも待ってるぜ」

 選択肢などない。。

 俺と有馬は、本部トラックへと足を運ぶのだった。



 俺は、段差を踏みしめるようにして、対策本部トラックの中へと入る。

 有馬が後に続いた。


 対策本部トラックには、アメリカ人と日本人のスタッフが合わせて六人ほど。

 そして、奥のソファには静奈とカーライルがいた。


「よ、晴樹。おひさ」

「心配かけたな、姉ちゃん」

 相変わらず、緊張感のない調子だ。頭の上には、ぎるてぃが乗っている。


「やーあ! よくいらっしゃいましたぁ! 会いたかったよ晴樹くん! 怪我はなかった? 大丈夫? お腹空いてないかな?」

 カーライルが大仰に手を広げて出迎えてくれる。


 俺の前までやってきて、歓迎するように握手を求めてきた。

 もちろん、応じる気はない。

「おかげさんで。……あんたの部下に腕をへし折られそうになったけどな」


 ――ここからが、俺の戦いの始まりだ。


 リュカも、クラリティも、チェルキーも、シエルも、アクセリオンも、やるべきことを成してくれている。

 俺も、同じライン上に立っている。あとに引くことはできない。


「僕は、丁重に扱うよう言ったんだけどね」

「あなたからの命令だと言ってましたよ?」と、有馬。

「おやぁ、有馬くんが邪魔をしたのかな? 弟たちの進路がどうなってもいいと?」

「御勝手に。私のボスは静奈さんだけです」

「バカだとは思っていたけど、これほどとはね。まあいい。さ、晴樹くんは、少し僕とお話ししようか」


 ソファ席から、静奈が声を飛ばす。

「晴樹には黙秘権がありまぁす。この供述は法廷で不利な証拠として用いられる場合がありまぁす。晴樹には弁護人の立ち会いを求める権利がありまぁす」

「どうしたんだい静奈」

「ミランダ警告によると、晴樹には弁護士の立ち会いを求める権利があるんだって。そんなわけで、弁護士としてあたしが付くよ。質問があるなら、あたしを通してもらえるかな?」

「静奈、弁護士バッジ持ってるの?」


「胸のこいつが見えないのか?」

 静奈の胸には、メモ用紙で作ったネームプレートがあった。

『べんごしばっじ』とマジックで書かれている。


「いいよ、姉ちゃん」

 静奈を制する俺。

「バカ。あとは、姉ちゃんと、チーム静奈に任しときな」

 有馬や、モニターの前の日本人が、深く頷いていた。


「大丈夫だよ。俺も、カーライルには話がある」

「男らしいね、晴樹くんは」

 カーライルが不敵に笑う。

 静奈は、対峙する俺たちを見て、やれやれと肩をすくめた。


「お姫様たちは強行突破を選んだようだが……君の入れ知恵かな?」

「そうだ」


「悪くない判断だ。籠城を続けても、敗北が先延ばしになるだけ。戦った方が、まだ可能性はある。桶狭間ウォーのようにね」

「驚いていないところを見ると、俺たちがこういうことをするのを読んでいたわけだ」

「読んでいたというよりも、まんまと挑発に乗ってくれたと言った方がいいかな? テロ行為をしてくれたら、僕たちは何をしても許されるからね」


 ここまでは筋書き通りだ。

 ――お互いの――。


「何かを仕掛けてくるのはわかっていた。だから、僕は信頼できる祖国の精鋭を集めたんだ。武器も最先端のモノばかり。剣や弓矢で戦争している国の、時代遅れのお姫様が勝てると思っていたのかな?」

「……勝てるさ。あいつらは魔王を倒し、世界を救おうとしているんだぜ?」

 楽しげな表情で、カーライルは「ふむ」と、相槌を打った。


「よしんば突破しても、異世界人に逃げ場はない。シベリアの片田舎ならともかく、ここは日本だ。本気を出した警察から逃げられるわけがない。……そこで、聞かせてもらいたいんだが……君たちは、いったい何を企んでいる?」

「何も企んでいない」


 カーライルは、眉を下げて困り果てた表情を浮かべる。

「静奈。君の弟は、どうしてこんなに嘘が苦手なんだろうね」

「正直者に育てすぎた。後悔はしてない」

「……晴樹くんの目は、真っ直ぐだ。希望と覚悟に満ちている。何かあることぐらいわかる」

 カーライルは、鼻で笑った。


「……動機は……あんたに従うのが嫌だったからだ」

「だから戦いを? 無駄なあがきのせいで、傷つく者が増えているという自覚はあるのかな? ダメージを受けるのは僕じゃない。軍人や警官だ」

「おまえはリュカたちのことをわかっていない。あいつらがいなくなったら、異世界の人間が大勢苦しむんだぞ」

「知らないね。君と異世界人の外交がヘタなのが悪いんだ。自業自得だよ」


「いいや。カーライル。おまえが原因だ。出世のために、すべての他人を巻き込んだんだ。平和的な解決を望むのなら、静奈に任せておけばよかった」

「結果論だね」

「ふざけるな……。努力もせず、心を痛めることなく、命を削ることなく、大勢の人生を潰そうとしているんだぞ。自分の身に置き換えてみろ!」

「置き換えて考えているよ? ゾッとするね。だから、僕は蹂躙する側にいるんだ」


「クソだな。性格」

「甘いんだよ。クソガキ」


 次の瞬間、俺の顔面に拳が叩き込まれる。

「がッ!」


「晴樹くん!」

 よろめく俺を支えてくれる有馬。


 静奈は動かなかった。動かないまま、彼女は語る。

「世の中には、話の通じない馬鹿がいる。自分の価値観を絶対視して、他人の人生を糧にすることに躊躇いがない。大抵刑務所に行くんけど、中には知恵の回る奴がいるんだ。そういうのが政治家になったり、こうしてあたしたちの目の前に現れて、邪魔をする。要するに、会話をするだけ無駄」


「さすがは親友。僕のことをよくわかってる。――さて、晴樹くん。何を企んでいるのか教えてくれないかな? 場当たり的な犯行じゃない。まだまだ威勢がいい。目も死んでいない」

「正面突破」

「それだけじゃないだろ? さあ、言いなよ。君の人生を握っているのは、この僕だということをお忘れなく。異世界人たちも状況次第では殺せと言ってある。もし、不幸があったら君の責任だよ?」

「あいつらは、絶対に死なない」

「大層な自身だね。未開の地の猿に、何を期待して――っと?」


 カーライルの腰にあった無線が鳴り響く。

 カーライルは「ふむ」と、嬉しそうな表情で、それに手をかける。

「悪い報せじゃないといいけどね。――どうした?」


 カーライルは、報告を受けると、嬉しそうに俺を一瞥した、

『…………なるほどね。うん、すまないが、大きな声で、もう一度言ってくれるかな?」


 カーライルは、無線をスピーカーモードにして、全員に聞こえるようにした。

『――はっ! たった今、ターゲットの裁縫師アクセリオンを始末しました』

「な……」


「始末? それはようするに殺したと解釈していいのかな?」

『はい。間違いありません。アクセリオンは、やむを得ず殺害しました』

「ご苦労様」

 そう言って、カーライルは無線のスイッチを切る。

「う、嘘だッ!」


 叫ぶ俺を無視して、カーライルは部下に指示をする。

「君たちも仕事をしてもらえるかな? ビル内の状況がどうなっているのか、すべて報告してくれたまえ」

 アメリカ人スタッフは、すぐさまヘッドセットをつけて、突入した軍人たちに現場を撮影するように言う。あるいは、現場がどうなっているのかの報告を受ける。


 カーライルは勝ち誇った表情で言った。

「悲劇だね。晴樹くんが、無茶な作戦を立案しなければ、死なずに済んだものを。世間では、こういうのをなんていうか知っているか?」

「……アクセリオンは死んでいない」


 俺は、落胆の表情を見せながら、否定した。

 けど、カーライルは構わず言い放つ。心へと差し込むように。

「無駄死に、だ」

 俺は、グッと拳を握りしめた。


「違うよ。晴樹は守ろうとしたんだよ」

「弁護士資格のない奴は黙っていてもらおうか」


 こうしている間に、続々と報告が上がってくる。

「現在、七階にてリュカ、シエル、チェルキーと交戦中です」

「しぶといね」

「――ですが、クラリティを拘束したとの報告があります」


「そ、そんな……バカなッ!」

 喚く俺を見て、静奈は視線を伏せた。

「は、ハッタリだ! リュカたちは、軍隊を退けるだけの戦力を持っている。拘束したなんて嘘だ……リオンを始末したなんていうのも――」


「じゃあ、真相を確かめてみようか。――クラリティをここへ連れてこさせろ」

「はっ! すでにこちらへ連行中です」


 カーライルは、クルリと回って、俺を見つめる。

 薄気味悪い笑みを浮かべて、揚々と彼は語る。


「これが、晴樹くんの招いた結果だよ。さぁ、彼女たちは地獄だぞぉ。とりあえず、この剣士は人質に使おう。酷い目に遭わせれば、犬姫も抵抗をやめるだろう」

「……やめろ、カーライルッ」

「お願いするのなら、まず、仲直りからじゃないのかな? 靴を舐めてみる? 少しは僕の機嫌が直るかもしれない」


「カーライル。それぐらいにしときなよ。悪戯が過ぎると、密告するよ。あまり、あたしたちを舐めない方がいい」

「静奈も、僕を舐めない方がいい。僕が絶対だと言ったら絶対だ。まずは、異世界人共の心を折る。逆らったらどうなるかを教えてやらなければならないんだよ」

「国際問題にしてでも、あんたをぶちのめすよ。あたしは」


「――だ、そうだ。晴樹くん。……お姉さんにばかり言わせておいていいのかな? さっきまでの威勢はどうしたのかな? ん? ん? ……おや、モニターを見てくれ。人質なんかとる必要なかったみたいだね」


 モニターに映るのは、リュカたちが叩きのめされている光景。

 圧倒的な戦力に、為す術もなく、次々に手錠をはめられていく。


 すると、やがて後部の扉からクラリティが入ってくる。

 ――軍人に連れられて。


「す、すまない晴樹……」

 クラリティは、申し訳なさそうにつぶやいた。

 軍人に背中を蹴飛ばされて、地面へとぶっきらぼうに突っ伏す彼。


「待ちかねたよ、異世界人様ぁ! どんな気持ちかな? あれだけ威勢良く吠えていたのに、このザマだ。晴樹くんを信じたら、このザマだ。ザマァないねえ。ははははは!」

 彼の頭を鷲掴みにして、顔を見るカーライル。

「はははは……はは……は?」


 カーライルは笑いを止め、訝しげに問いかける。

「……これは、どういうことかな?」

「は? どういうこととは? な、何か問題でも?」

 困惑気味に返す隊員。

「本気で言っているのか? 『ぬいぐるみ』に手錠をかけて……本気で言っているのかッ?」

 

 その実、連れてこられたクラリティは、布と羽毛で構築された等身大の『ぬいぐるみ』であった。精巧に作られているとはいえ、近くで見れば人間ではないとわかってしまう。


「そ、そんなバカな。自分は、間違いなくクラリティ・ウーロフランを連れてきたはずです! ぬいぐるみなんかじゃないんだよ?」

「貴様、まさかッ!」

 軍人の胸倉を掴むカーライル。瞳の奥底を覗き込むように直視する。

 顔つきは凜々しく、態度も軍人らしかった。

 だが、瞳に生気がないことはわかるだろう。


 カーライルは奥歯を噛みしめた。

 そして、憎々しげに振り返ると、俺の顔を殺意を込めて睨んだ。


「――どういうことだッ! 神山晴樹ッ!」


「……俺、フルネームで呼ばれるの好きじゃないんだよな。はは。ほら、姉ちゃんとさ、姉弟なのに名字が違うんだぜ? なぁんか、違和感があるんだ」

 俺は、どうでもいいことを言った。

 たぶん、緊張しているからだと思う。

 あと、静奈の真似をしてみたかったからだと思う。

 余裕タップリに、相手と交渉する静奈をかっこよく思っていたから。


 静奈はニィと笑った。

 笑って、俺のどうでもいいつぶやきに付き合ってくれる。

「んじゃ、結婚する?」

「神山と寒川、どっちの名字がいいかな?」


 カーライルは銃を抜いた。それを、俺の額へと押しつける。

「発言を間違えるなよ。何が最後の言葉になるかわからないぞ」

 足が震えそうだった。もっといえば、小便をちびりそうだ。

 カーライルという悪党が、殺傷能力抜群の武器を、絶対に避けられない距離で突きつけているのだから。


 けど、俺は、ガーバングラフの臨時外交官。

 そして、静奈に代わって、この世界と異世界を繋ぐための交渉人としてここにいるのだ。

 怯えてなんかいられない。


 感情を殺し、ほのかな笑みを浮かべて俺は言った。

 寒川静奈のように。


「――さあ、カーライル。交渉を始めようか」


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