表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/54

四十六話 わたくし臆病ですわよ

 火炎を操る現代兵器か……。


 ――布と糸を扱うアクセリオンとは相性が悪い。

 と、普通なら思うだろう。


「さぁて、どうするお嬢ちゃんんんんッ! 仕掛けたラインはぜぇんぶ焼き切れちゃったぜ」

「別に、困ることはないですわよ?」

 ストールをふわふわと漂わせるアクセリオン。

 魔力を込めたこの布は、多少の火炎では焼かれない。


「くくっ。魔法使いなんだってなぁ。憧れたよ。組織に入る前はマジシャンだった」

 目の前の男は、どこか嬉しそうだった。


「マジシャン?」

「手品師だよ。ああ、あんたの国に手品はないのか。ホントの魔法が使えるんだもんな」

「手品師はいないけど、手品はありますわよ? 子供の遊びですわ。大人になると『魔法』だって言われちゃいますから」

 会話をしながら、アクセリオンは腕輪から見えない糸を射出する。

 相手に気づかれないよう、部屋へと張り巡らせる。


「見えないジャリか」

 彼は、再度、部屋中に炎を撒き散らした。ボロボロと糸が焼かれていく。


「……見えているのですか?」

「見えねぇよ。けど、見慣れてるんだよ。ジャリはマジシャンの専売特許だ。使い方は熟知してる。使うとき、どう見られているのかも意識してる。目線や仕草、シチュエーション。さりげない動作も、すべて意味があると踏んで観察してるんだ。……チッ」

 燃料切れなのか、火炎放射器を放り捨てる。


「マジシャンって凄いのね。せっかくだし、名前、聞いておこうかしら?」

「ミスティオだ」

「なぜ、軍に?」

「軍じゃねえCIAだ。……売れなかったもんでな」

「そうですわねぇ、ガーバングラフでも売れそうにありませんわ」


 不気味な鬼神の半仮面に、地味なパーカー。

 エンターテイナーとしては花がない。性格も高慢だ。


「昔は、現代に舞い降りた炎の魔神イーフリートの異名で呼ばれていたんだぜ。けどな――」

 ミスティオのポリシーは、お客を驚かせること。

 リスクの高い危険なマジックを日常的にやっていた。

 スタントマンと同じで、身体の傷は勲章のようなモノだ。むしろ、それぐらいの犠牲を払ってこそ、ありえない演出ができると彼は思っていたようだ。


 だが、その苦労をパパラッチに暴露された。

 顔や身体に刻まれた、ドン引きレベルの火傷写真が出回って、人気は低迷。

 どこかのマジシャンが『無茶なマジックをすると、こんな風になるぞ。みんな、真似するなよ』と、揶揄したのも拍車をかけた。

『怪我をしながら手品をされても、お客は楽しめなくなる』と、仕事も激減したそうだ。


 外国に拠点を移し0からやり直そうと思っていた時、CIAから誘いがあったらしい。

 炎の扱い方を誰よりも熟知しているし、炎を恐れる様子がまったくない。

 マジシャンなのだから、心理学や詐欺の手口にも精通している。それをCIAで発揮して欲しいと言われたとのこと。


「転職は大成功だったぜ。炎に関する最先端兵器を使わせてもらえるようになった。開発もさせてもらうようになった。予算を気にせずにな。知ってるか? マジックの道具って、高いんだぜ?」

「相場を知りませんの」

「あそ。ま、楽しんでくれや。炎魔神イーフリート・ミスティオのマジックをよぉ!」


 ミスティオは、指先に炎を点し、それをパーカーへと押しつける。

「へ?」

 呆気にとられるアクセリオン。

 自殺行為かと思った。が――。


「くくっ」

 炎に焼かれながらも余裕の笑みを浮かべるミスティオ。

 業火が全身を包むと、そのまま床へと突っ伏すように倒れた。

 やがて、炎が消えたかと思うと、そこにはズボンとパーカーが、人の形を作って、残っているだけ。

「消えた……違う!」


 アクセリオンの背後に、半裸のミスティオが出現した。

 彼は、グローブから火炎を巻き起こす。

 アクセリオンは、とっさに反応し、ストールで受け止めた。


「これが魔法じゃないなんて、ありえませんわ」

「面白い生地を使う。未開の地に、燃えない繊維があるとはな」

「こちらの世界にはないのかしら?」

「あるよ。火傷を防ぐジェルとかもな」


 天井めがけて、ミスティオは口の中からリンゴを吐き出した。

 それが爆発したかと思うと、大量の液体が部屋へと四散する。

 ――この匂いは油か。

 防ぎきれなかったアクセリオン。

 大量に浴びてしまう。部屋にも派手に付着した。


「さて、こいつをどう防ぐ?」

 ミスティオは両のグローブを合わせた。

 次に来る攻撃は、想像に難くない。


 魔法とマジック。ここから先は読みあいだ。

 相手の思考と想定できる現象。

 お互い、読み違えれば取り返しの付かないことになる。


 アクセリオンはストールを華麗に回す。帯のように広がった。

 ダンサーのリボンの如く、彼女を中心に、包み込むように、球体を成すように。


「仕舞いだ」

 ミスティオのグローブから火炎が噴出される。

 部屋中に散らばった油、そして気化した油に引火し、部屋全体に強烈な炎が巻き起こった。

 彼自身は、件の耐火ジェルとやらで守られているのか。

 自分を含めたすべてを焼き尽くす気だったのだろう。――が。


「……なんで、テメエは燃えてねぇんだよッ!」

 炎が治まる。

 青筋を浮かべて、睨みつけてくるマジシャン。


 油を浴びたはずのアクセリオンなのだが、引火する気配がなかった。

 なぜなら、球体状に描いたストールの内側を真空状態にしていたから。

 ストールに風属性を帯びさせていた。それが、球体の内側から酸素を排出したのである。

 酸素がなければ、炎は存在できない。


 すぐさま、ストールの結界を解除。

 本来なら、一呼吸置きたいところだが、息をするわけにはいかない。

 炎が治まったということは、この部屋の酸素濃度は、ほとんどないということ。

 炎魔法を使う際の、基礎中の基礎だ。


 アクセリオンは指をパキパキと動かした。

 すると、ミスティオの足元から、ずあっ、と、数十本のワイヤーが飛び出す。

「…………ッ!」

 あれほどの爆炎の中では、アクセリオンが仕掛けていたことに気づけまい。


 ワイヤーの束は、まるで槍のようであった。硬質な繊維を束ねて作った特別製である。

 ミスティオの脇や横腹を貫くようにして天井へ撃ち込まれる。

「がッ! ぐッ!」

 完全に身動きを封じる。

 開いた扉から、ようやく酸素も入ってきたか。アクセリオンも一呼吸する。


「……この、程度!」

「焼き切ろうとしない方がいいですわよ? それ、絶対に切れませんし、燃えませんの。そんなことをしたら、熱伝導で、あなたの身体がバラバラになりますわよ?」

「へ、へへ。わかってねぇなぁ! これぐらいの拘束、関節を外せば――」


「ええ、マジシャンでしたら、それぐらいできるのでしょうね。なので、もっとハードに拘束させていただきますわ」

 ストールをふわりと漂わせる。

 次の瞬間、それはまるで意思があるかのように、ミスティオをぐるぐる巻きにして見せた。


「む、ぐううううううううううッ!」

「わたくし、臆病でして……相手が、ちゃんと再起不能になるまで、ずっと不安ですの。だから、少し残酷にやらせていただきますわよ? 晴樹様は、殺すなとおっしゃいましたが……それはつまり、殺さなければ何をしてもいいってことですわよね?」


 アクセリオンは、グッと拳を握りしめた。その瞬間、ストールが一気に圧縮する。

「さあ、わたくしの魔法の布から脱出してみてくださいな。お得意のマジックで」

「ひ、あ……ぐぎゃああああぁぁぁぁあぁぁッ!」

 メキベキと、残酷な音と悲鳴がビルへと響き渡った――。


 ミスティオが動かなくなるのを確認して、アクセリオンは四肢を弛緩させる。

 すると、その場にへたり込んでしまった。

「はぁ……」

 ――これが、私の弱点だ。


 ただでさえ少ないスタミナ。実戦ともなれば、緊張感からか、すぐに呼吸が乱れる。

 ミスティオのような強敵ならなおさらである。

 魔法を使わずして、魔法を再現する知識と文明は油断ならなかった。


 少し、呼吸を整える時間が欲しかった。

 けど、廊下から聞こえる足音が、それを許してくれそうになかった。

「くっ……!」


 アクセリオンが手をかざす。扉に蜘蛛の巣の如き結界が張られる。

「おい! ここだ!」「ミスティオはどうした?」「いいから突入しろ!」「油断するな!」


 ざく、ざく、と、結界が断ち切られていく。


 ――まず、呼吸を整える。

 いい。落ち着いていい。

 軍隊はクビになったが、リュカたちに見初められたのだ。

 決して自分は弱くない。


 まだ、戦える。仲間のために戦える。

 せっかく、晴樹がチャンスをくれたのだ。

 ――負けるわけにはいかない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ