四十五話 胸の中に入れていた思い人のペンダントに命を救われる感じ?
――なんだ、この剣術は?
初めて見る奇妙な攻撃に、クラリティは若干の困惑を覚えていた。
鞘に収められた状態からの抜刀。
なのに、クラリティの剣よりも早い。
「奇妙な剣術を使うんだな」
「居合いって言うの。日本の抜刀術よ」
見えない剣閃。
クラリティは、残像を斬らせる。
さらに、エレノアが追撃。お互いの刃物がぶつかりあう。
ビルの一室で、銀色が暴れているようであった。
戦いながら、お互いは言葉を交わす。
「……おまえ、人を殺したことあるだろ? 勝利のためなら、なんでもするって感じの戦い方だ」
「カーライルは、無能に容赦がないの。ストリートチルドレンだった私は、昔の生活に戻りたくないから『使える奴』であることを証明し続けなくちゃならない」
「戦う以外にも仕事はあるんじゃないのか?」
「時給六ドル五十セントで、バーガーを売るのは嫌なの」
刀が、クラリティに向けられた。次の瞬間、刀身が射出される。
「くっ!」
かろうじて、弾き飛ばすクラリティ。
エレノアは間合いを取って銃を取り出した。腹部めがけて愚直に撃ち放たれる。
双剣をクロスさせるようにして受け止める。だが、クラリティの知るどの飛び道具よりも威力があった。弾くことはできたが、身体が宙に浮いた。
さらに放たれる弾丸。
右手の剣を逆手で持つ。剣の側面をレールのようにして弾丸を導き、逸らす。
背後の壁に凄まじい穴が空いた。
「まるで攻城兵器だな」
「マグナムっていうの。人間相手に使う武器じゃないわね。バラバラになっちゃうから」
エレノアの袖の奥から、何かが射出される。
どうやら『網』らしい。捕獲する気か。
だが、異世界の剣士を甘く見すぎだ。
双剣が十文字を描く。刃が、ネットを切り裂いた。
しかし、ネットは粘着性を湛えていたようだ。刃にべっとり張り付いてしまう。
そこを、マグナムが狙っていた。
「不覚ッ」
響き渡る銃声。クラリティは双剣を手放して、翻るように回避した。
「この私が、剣を手放すことになるとは」
「さあ、次は何を見せてくれるのかしら?」
魔法は苦手。武器庫のようなエレノアに、素手での接近戦を挑むのは得策ではないが、わがままは言えないか。
「おとなしく降参するなら、私のペットにしてあげてもよくてよ、お嬢さん」
「同性愛者か?」
「男って、女性を見下すでしょ? 高慢なのよ。媚びる時は下心丸出し。醜いの」
「おまえの周囲の男性だけだ。晴樹は下心丸出しだが、高慢じゃない」
「女性は心で愛し合えるし、美しいわ」
「女だって、男を見下すこともあるだろう。酒場なんかで、男に媚びる女性を見るが、そのあとの陰口が酷い酷い」
「じゃあ、美しいぶん、女性の方がいいんじゃない?」
エレノアは、マグナムを捨て、小型の拳銃を両手に持った。それを乱射してくる。
クラリティは、コートを脱いで目眩ましにする。
床を這うような疾走。間合いを詰める。
「この世界の文明を侮りすぎよ」
靴から釘が射出される。素手で掴み取って投げ返す。
エレノアは左手の銃を捨てる。グローブで釘を弾き飛ばした。
「これ、知ってる?」
エレノアは、ジャケットの内側から手榴弾を抜いた。
「知ってるよ。晴樹に教えてもらった」
――自爆覚悟か?
片手で器用にピンを抜き、宙へと放り投げる。
瞬間、それは凄まじい閃光を生み出した。
――閃光弾か。
「見えてないわよね。これで私の勝ちよ」
事実、クラリティの視界は消えていた。
エレノアは、目を閉じて助かったのだろう。
圧倒的不利な状況だとクラリティは思った。だが、負けではない。
ここからは、戦闘の『勘』が要求される。
視界が閉ざされる前の位置関係を、クラリティは完全に把握。
まっすぐ向かっていけば、弾丸を一発はくらうことになるだろう。
避けることもできるが、その場合、相手も動く。
位置関係はリセット。しばらく視力の戻らない丸腰のクラリティVS万全のエレノアという図式が成り立つ。最悪の状況だ。
ならばと、クラリティは、この一瞬で決着を付けると覚悟する。
決心した時には、すでに駆けていた。間合いを詰める。
銃声があった。
それは、間違いなくクラリティの左胸へとぶち込まれた。
「がッ……ぐっ……」
けど、攻めるのだけは絶対にやめない。
「なっ……」
「うおああぁあぁあぁぁああぁぁぁッ!」
エレノアの顔面を鷲掴みに。そのまま、転倒させるように押し倒す。
彼女は後頭部に腕を回す。枕にするようにしてクッションにした。
掴んだら、あとはもう逃がさない。
倒れた瞬間を狙って、馬乗りになるクラリティ。
「まさか、玉砕覚悟で突っ込んでくるとは……。けど、勝負はあったようね」
「はぁ、はぁ……。そのようだな」
「嫌いじゃなかったわよ。殺すには惜しい女性だったわ」
「……? 誰が、誰を殺すんだ?」
ようやく、目が慣れてきたクラリティ。
エレノアが、不可解そうな視線を送っていた。
「…………無事なの?」
「ん? ああ、胸の傷のことか? まともにくらっていたら、心臓に届いていたかもな。けど、私は胸にパットを入れているんだ。ほら」
言って、胸元をはだけさせるクラリティ。
分厚く豊満な胸パットを取り出してみせる。
「は? あ? へ? まな板? ちが、お、男ぉおおぉぉぉおおぉぉぉぉッ? そそそそういえば、股間に異物の感触があるううぅうッ?」
「気づいていなかったのか? まあいいや」
ボキボキと拳を鳴らすクラリティ。
「ちょ、ちょっと待って。お、男なら、私と付き合わない? 彼氏ってことにして、いや、事実上の恋人になりましょ? あなたみたいに綺麗な男性なら大歓迎よ。特別扱いするよう、カーライルに紹介するわ。どう足掻いても、この勝負は彼の勝ちなんだし、悪くない――」
「どんな手段を使ってでも任務を達成しようとする根性……。私は、嫌いじゃないよ」
クラリティはニコッと笑った。
「え……」
「けど、残念だったな。私はゲイなんだ」
「ゲ、ゲェイアァッ?」
胸めがけて、思い切り拳を振り下ろすクラリティ。
エレノアは乾いた呻きを吐き出した。
すると、ガクリと首の力が抜け、全身の筋肉が緩んだのだった。
「ふぅ……」
強敵だったとクラリティは思った。
未知の武器も厄介であったが、それを使いこなすだけの十分な訓練を受けている。
展開次第では、負けも十分にあり得ただろう。
ようやく一息付けるはずなのだが、クラリティの表情は愁いを帯びている。
溜息をつくと、苦々しい笑みを浮かべた。
なぜなら、扉の外にエレノアの部下が、大勢待機していることに、気がついていたからだ。
己が双剣を見やる。床に転がり、ネバネバのネットに浸されていた。
「参ったな。私の武器、あれだけなんだが……」
とりあえず、胸のパットは元に戻しておいた。
軍人たちが流れ込んでくる。
クラリティは、それをぼんやりと眺め、やれやれやるしかないかと、仕方なく立ち上がるのだった。
「ま、いいよ。頼られるのは嫌いじゃない。仲間のために戦うのも嫌いじゃない。晴樹のためならなおさらだしな」