四十三話 けど、殴り合って友情を芽生えさせる奴もいるよね
三階の大部屋。クラリティは軍人たちを迎え撃つ。
自分は傭兵が天職なのだと、つくづく思い知らされるクラリティ。
男も好きだが、戦うことも好きなのだ。身体がウズウズしている。
そして、尽くすタイプなのだということも再認識させられる。
仲間のために身体を張るのは、嫌いじゃない。
「撃て! 撃てぇええぇぇぇッ」
怒りと恐怖の入り混ざった殺気。これも、クラリティは嫌いではなかった。
人間、が、そこにある。
敵の数は二十ほど。人数分の銃口からマズルフラッシュが瞬く。
発射される弾丸。
ゆら、と、避ける。相手からすれば、蜃気楼のように思えただろう。
「ば、ばけものッ!」「ゴ、ゴーストッ!?」
弛緩させた体勢から、音速のダッシュへと繋げるクラリティ。
軍人たちは、がむしゃらに銃を撃ちまくる。
だが、懐に入ると、同士討ちを恐れて腕が止まる。
――刹那。
銀閃が踊る。連中の合間を縫って踊る。
踊って、踊って、クルリと剣を回転させ、鞘へ。
パチリと収める。
軍人たちの重火器がバラバラと崩れ落ちた。
「う、嘘だろ……ッ!」
「怯むな!」「敵が目の前にいるんだぞ!」
連中は、素手、あるいはサバイバルナイフで襲いかかってきた。
「悪いな。体術にも自信があるんだ。有馬ほどの技術はないが……力だけなら、たぶん負けてはいない」
クラリティは、拳を握りしめると、いちばん近くにいた男の顔面へとめり込ませた。
豪快に鼻血をぶちまけながら、卒倒するアメリカ軍人。
近くにいる敵から、順番に仕留めていく。
弾丸をも見切る双眸に、ナイフや拳がクラリティに通用するものか。
余裕綽々と回避し。顔面に、腹に、拳を叩き込んでいく。
そうやって、蹴散らしていると――ドアから、ゾクリとする殺気が飛び込んできた。
意識をやった時には、クラリティの目の前に刃物が迫っていた。
「くっ!」
かろうじて、その突きを回避する。
クラリティは、殺気の主から距離を取った。すぐさま双剣を抜いて構え直す。
「……それ、刀とかいうやつか。テレビで見たことがある」
紅のパンツスーツに身を包んだ、ブロンドの美しき女性。
顔立ちがよく、スタイルもいい。こんな荒くれ者の集まる場所ではなく、舞台の上の方が相応しく思える。
――が、ただ者ではなさそうだ。
「あなたは……たしか傭兵のクラリティ、だったかしら?」
「クラリティ・ウーロフラン。おまえは?」
「エレノアよ。……カーライルから言われているの。ふたりまでなら殺してもいいって。どうやら、そのうちのひとりは、あなたになりそうね」
すると、クラリティは誇らしげに言った。
「怖い上司もいたものだ。――ウチの参謀は優しくてな。絶対に殺すなって言ってる。器の違いってやつだな」
☆
シエルを追いかけていた部隊は五階まで上がっていた。
軍人たちは、徐々に異世界人たちの考えていることを理解し始める。
戦力を分散させての撃破。
隙を窺い、包囲を突破する気なのだろう。
階段は二カ所あるが、シエルのあとを追いかけるルート以外は、問答無用でトラップが作動する仕組みになっている。
焦る必要はない。行き着く先は屋上なのだ。袋のネズミなのは確定している。
「落ち着いて進めばいい。トラップを見つけたら、撃ち抜いてやれ」
「了解、っとぉ?」
その時、隊員の足に何かが絡まった。
「どうした?」
「すいません。足に糸が……ッ? からッ、う、うわぁああぁああぁッ!」
次の瞬間、糸が、掃除機のコードのように巻き取られていく。
悲鳴だけを残して、そいつは空き部屋へと吸い込まれていった。
仲間の隊員が、慌てて追いかける。
「なっ! おあぁぁッ!」
だが、部屋に入った瞬間、そいつの足にも糸が絡まった。
巻き取られるように天井へ。
ぶらんと吊されてしまう。
「大丈夫か!」
続々と、隊員が侵入する。
部屋の中央にいたのは、布面積の少ない衣装を纏った、妖艶な女性であった。
ひらりひらりと、薄いストールを、演出気味にたゆたわせている。
彼女は、チラと流し目を向けてきた。
危険を察知した隊員は、銃を向けてトリガーを引く。
彼女は、ストールを振り回した。
パスパスパスと、BB弾でも受け止めたかのように、ストールが威力を吸収してしまう。
「うふふふ。薄い羽衣でも、魔法の力が備わっているのです。わたくしに銃は通用しませんわよ?」
そんなバカなと、再度トリガーを引こうとした。
彼女は、細く美しい五指を握りしめる。
すると、隊員たちの動きがピタリと止まった。
「な、か、身体が!」
「う、動かないっ?」
床や天井には、ビッシリと鎹のようなものが打ち込まれていた。
それらには、テグスのような見えにくい糸が通っているようであった。
床から天井へと張られた数多の糸が、隊員たちの動きを完全に制限する。
「さて」
妖艶な女性は、一歩、また一歩と近づいてくる。
ストールには、パリパリと雷が走っているではないか。
――やばい、やられる!
隊員たちが、そう思っていると。
廊下から、頼もしい援軍が現れる。
「ひゃははぁ、なぁにやってんだおまえらぁッ!!」
そいつは、入ってくるや否や、火炎放射器で部屋全体を炎に包んだ。
「ちょ、あ! あッ! おお、俺たちもいるんだぞ!」
「プロだろ。なんとかしろバァアアァアァァカ!」
身体よりも糸が先に焼かれる。
「ひぃいいいぃぃぃッ!」
隊員たちは、すぐさま逃げるようにして部屋から飛び出した。
魔女は、ストールをリボンの如くクルクルと華麗に操り、炎を霧散させていく。
「やるじゃねえか。まるで魔法みたいだ。いや、魔法だっけな」
火炎放射器野郎は、炎の放出を止める。
「あらあら、せっかく張り巡らせた糸が全滅してしまいましたわ」
彼女は、危機感なく言った。
「悪いな、マダム。裁縫師がいるって聞いてたもんでな。カーライルがこいつを持たせてくれたんだ」
言って、グレネードランチャーのように巨大な火炎放射器を見せつける。
明らかに異端な格好であった。重装備の軍人とは違い、ラフなフード付きのパーカー。右半分だけを覆い隠す鬼神の仮面を付けている。
「マダム、なんて呼ばれる歳じゃございませんわ。二十一ですのよ?」
「へえ、向こうの世界の嬢ちゃんは、発育がいいんだな――」