四十話 このあとめちゃくちゃダウトした
『日本の皆さん、こんばんは。CIAのカーライル・ブラックヒルです。本日付で寒川静奈から、指揮権を引き継ぎました。アメリカ人の僕が、日本の事件に関与することに不満を抱く方もおられるでしょう。ですが、今回の事件は、日本だけでなく世界の問題だと思っています。日本だけに責任を負わせるわけにはいきません』
『しかし、前任の寒川静奈警部も十分な働きをしていたと思いますが……?』
『彼女は冷静ではありませんでした。身内が、テロリストに協力――おっと、失礼。身内が、異世界人に協力しているせいか、慎重な決断しかできなかったのです。断っておきますが、彼女は非常に優秀な人間ですよ? 僕も、一度ポーカーの大会でやられましたしね。はは』
『あなたなら、すぐにでも解決できると?』
『もちろんです。異世界人と交渉しましたが、明日にでも投降するという話になっています』
『おお、素晴らしい!』
『けど、油断はできません。異世界人たちは武器を所持しています。魔法も使えます。結界に苦戦させられたのも事実ですから』
『ならば、戦闘になる可能性も……?』
『こちらから仕掛けることは絶対にありません。ですが、向こうがその気なら、武力を持って迎え撃つのもやむをえないでしょう』
カーライルは、カメラの向こう側に向かって不敵な笑みを浮かべた。
それは、俺たちにたいしての脅しのようにも思えた――。
夜。俺たちは、作業の合間を縫って、食事を取りながらテレビを眺めていた。
「くっ、勝手なことを言っている」
「落ち着いてください、クラリティ様。言わせておけばいいのですわ」
演説では、戦闘の可能性も匂わせていた。
事実、ビルから見下ろせば、警官や軍人の数が増えている。
「……みんな、準備の方は?」
「仕掛けは万全なのであります!」
シエルは、グッと親指を立てる。
「わたくしの方は、まだ……。しかし、朝までには必ず仕上げて見せますわ」
「本当だったら、もっと準備に時間をかけたかったんだがな」
「私は大丈夫だ。勘は十分取り戻した。例え相手が有馬であろうと遅れは取らない」
「晴樹さんの方は?」
「問題ない。思ったよりもチェルキーの飲み込みが早かった」
「えっへん。ちぇるきーは極めたんだよ」
ない胸を張るチェルキー。
「よし、じゃあ、このあとは予定通り動画を撮影するか」
☆
「カーライル、少しいいでしょうか?」
「どうしたエレノア。君もサボリかい?」
夜。対策本部トラックから少し離れた休憩用のテント。
カーライルは、静奈を相手にトランプゲームのダウトを楽しんでいた。
全てのカードを使うと、相手の手札が分かってしまうため、シャッフルして半分だけを使っている。
お互いが、相手の鼻っ柱をへし折ってやりたいからか、かれこれ一時間は続いていた。
完全に相手の嘘を見抜いてやろうと、少しのミスも許されない状況になっている。
騙す側も必死だ。顎に触れてみたり、耳を弄ってみたりとフェイクの反応をさりげなく差し込んでくる。
二人とも、冷静な表情で、余裕タップリに振る舞いながらも、ほのかに汗が滲み出ていた。
「君もやるかい?」
「二匹の猛獣の檻に、兎が入れると思いますか?」
「お、カーライル。勝てそうにないからって、部下を仲間に引き込む気かな?」
「そんなつもりはないよ。……少し休憩しようか。エレノアの話を聞きたいんだ」
「敗北を認めるなら、少しとは言わずタップリ休憩するといいよ」
「オーケー。このままだ」
ゲームを続けたまま、エレノアの報告を聞くことになるカーライル。
「で? どうした、エレノア」
「異世界人が動画をアップしました」
「動画?」
エレノアは、近くにあったノートパソコンを持ってきて、動画サイトを開いた。
ゲームをしながら、動画を見る静奈とカーライル。
当然、集中力を途切れさせることはない。
画面に映るのは、パイプ椅子に座った異世界人五人。
撮影しているのは晴樹だろうか。
『皆様。初めまして。異世界から来たリュカトリアス・ライエットと申します』
自己紹介が始まる。続いて、自分たちの世界のこと。置かれている境遇のことを語る。
『私たちが来たのは、十日前のことでした――』
ヤクザの事務所に転移したこと。襲われそうになったので撃退したこと。
そのせいで、大事になってしまい、ビルに立て籠もってしまったこと。
捕虜という立場を恐れて、投降できなかったことを説明する。
『この動画は、神山晴樹さんという方に撮影してもらっています。彼は、最初から最後まで、中立な立場で、私たちと接してくださいました。投降を勧められたこともあります。双方の世界の橋渡しになるため、必死になってくれました。寒川静奈さんも同じです。立場を省みず、日本とガーバングラフのために動いてくださいました。……もし、彼らがいなかったら……警察の方々とは、もっと険悪な関係になっていたと思います』
「だ、と、さ?」
ドヤ顔でふんぞり返る静奈。
「僕のことは、褒めてくれないんだね。悲しいよ。あ、それダウト」
「ち」
『カーライルさんから発表があったと思いますが……私たちは、明日、投降します。ですが、正直、不安でいっぱいです。戦争が日常の私たちの国では、捕虜となることは非常に恐ろしいことなのです。なので、この動画を見ている皆さんにお願いがあります。――どうか、私たちのことを見届けてください。ちゃんとした扱いが受けられるのか、人権が保証されるのか――』
晴樹の入れ知恵か。いや、一国の姫なら、この程度の処世術は思いつくか。
世論を巻き込んで、リュカたちの処遇を見張らせようとしている。
酷い扱いをすれば、カーライルが批判を受ける。
まあ、それなら、酷い扱いをしても批判されないだけの、大義名分を用意すればいいだけだが。
『カーライルさんは、私たち全員の安全を約束してくださいました。武器も返してくださると約束してくださいました。すぐ、自由にしてくれるとも。ガーバングラフのことも考えてくださって、嬉しかったです』
「あんたのことも褒めてるよ」
「……褒めてないよ。虚仮にされてる」
褒めているわけでも媚びているわけでもない。
そんな約束はしていないのだから。
動画を見た者は、リュカの言っていることを真実だと思うだろう。
表情は至極真面目。信頼を得やすい顔とルックスだ。言葉遣いにも芯がある。姫だけあって演説慣れしている。どう見ても、カーライルの方が胡散臭い。
『こちらの世界の方々は心が温かいです。だから、投降を決心しました。自由になって、みんなと触れあいたいと思いました。だから、どうか、私たちのことをよろしくお願いします』
最後に、五人が一礼。そこで、動画は終わっている。
「……胸クソの悪くなる動画だね」
「様々な動画サイトにアップされています。拡散してますし、テレビ局も食いついてますね。削除させますか?」
「いいよ。消したところで、何度でもアップされる」
「だね。はい、それダウト」
「へぇ。よく気づいたね」
「放っておいてよろしいのですか?」
「うちは諜報機関だよ。噂を流す側だ。いざとなったら、コスプレしたそっくりさん五人の悪戯ってコトにすればいい、だろ?」
この動画になんの意味もない。
高校生と異世界のサルが、苦肉の策で、思いつくことを片っ端からやっているにすぎない。
夜が明ければ、異世界人とのゲームは終了だ。
それよりも、静奈とのゲームの方がよっぽど神経が磨り減ると思った。