三話 ポケットサイズの脅威
警察の侵攻を結界で防いでいる間に、俺は日本がどういう国なのかを説明しておいた。
早速、文明の一つを知ったチェルキーは、テレビに夢中だ。薄っぺらい板の中で人間が動いている現象に興味津々のようだ。
「しかし、奇妙な国だな。王がいないなんて……他国に攻められた時、誰が舵を取るんだ?」
「偉い人が集まって、相談して決めるんだよ」
「非効率的だろう? 判断が遅ければ、それだけ大勢の人間が死ぬことになる」
戦争が珍しくない彼女からすれば、平和な日本の司法制度は不可解極まりないのだろう。
「まあまあ、クラリティ。日本は、私たちと違う文明を歩んできたのですから」
日本に王が存在すれば、話が早いと彼女たちは思ったのだろう。
口説く相手も一人でいいのだから。
そう考えると、たしかに面倒な手続きの多い国だ。
「それで……晴樹さん、私たちの場合は、どうなるのでしょうか?」
「詳しくはわからないけど……身柄を拘束されて、国の判断に身を委ねるってコトになるんじゃないかな?」
「国は、どんな決断を下すと思いますか?」
「難しい質問だな……」
武器を持っているのなら、取り上げられるだろう。
その後、拘留が続き、国の判断を待つことになる。
法律に基づけば、不法入国者という立場になるとは思うが、なにぶん異世界人である。十分配慮はしてもらえると思うが――。
まあ、あくまでひとりの高校生としての見解でしかない。
「剣も、マズいんだったな。面倒な国だ」
「けど、理想ですよね。戦う必要がないから、武器を持ち歩かなくていいなんて素敵です」
「……けど、私たちの武器は渡せないよな?」
窺うように、クラリティはリュカに視線をやる。
「はい……」
リュカは、深く頷いていた。
「不安はわかるよ。けど、ビルの外を見ろよ。警察に包囲されてる。選択肢なんて、ないに等しいだろ」
ここには元の世界に戻る術がない。ならば、そうする以外にないだろう。
「強行突破って手段もあるんだよ?」
食べ歩き番組を見ながら、チェルキーが言った。
けど、それは叶わぬ提案だ。
「国中を敵に回すことになる。移動手段も、連絡手段も確立されている。テレビで指名手配されるかもしれない。逃げおおせると思わない方がいい」
日本人だから、日本人の味方をしているわけではない。これは、彼女たちのためでもある。強行突破で得られる物はない。逃亡生活が待っているだけだ。アルクリフに戻る手段を探すのも難しくなる。
「武器は……渡したくないんだよなぁ」
「渡すと言っても、一時的に預けるだけだと思うけどな……保証はないけど」
「……預ける、か……。なあ、例えばだが……ホントに、例えばの話だが……」
「うん?」
「このビルを一瞬で消滅させることができるような『兵器』でも、戻ってくるか?」
俺は、若干の冷や汗を滲ませながら、
「………………あるのか?」と、慎重に尋ねた。
どうしよう、クラリティが目を合わせてくれない。
「フッ……。例えば、と、言っただろう」
「あるんだな?」
「持っているとは言ってない」
「持ってるんだな?」
「……持ってない」
「じゃあ、チェルキーが持っているのか?」
「ちぇ、ちぇるきーは持ってないんだよ」
ちぇるきー『は』ってなんだよ。
「じゃあ、リュカが持ってるのか?」
「えっとぉ……」
リュカは、観念するように、腰の道具袋から、太いペンのような物体を取り出した。
「スイッチを押して、ココを回して投げつけるんです。衝撃を与えると、空間に漆黒の渦が発生して、周囲一帯の、ちょうどこのビルぐらいの建物をギュバァァって破壊するんです」
「わぁお……」
ああ、魔王と戦っているのだから『兵器』を持っていてもおかしくない。
うん。預けたら、返してはもらえないだろう。
「他にも、コレとか……コレとか……」
缶ジュースみたいなのは、こっちの世界でいう手榴弾。火薬の代わりに魔法が詰められている。少量の魔力を込めたら作動する。など――。
次々と、魔法のグッズを見せてくれる。
「けど、捕虜になるのは嫌なんだよ」
チェルキーが言った。
「捕虜って言っても、正確には拘留だぞ」
「言葉の違いだけで、意味は捕虜と変わらないんだよ?」
戦争が日常なガーバングラフでは『捕虜』という言葉に敏感らしい。
敵国に囚われたら、死よりもつらい仕打ちが待っているのではないかと不安になる。
人質として、母国に対価を要求されるのも屈辱だ。
前提として、日本に対しての信頼が築けていない。
頼れる人のいない、戻れる保証もない異世界で、すべてを日本に委ねるのだ。
しかも、彼女たちの場合、故郷の命運を背負っている。
自分たちだけの命ではないのだから、慎重になるのも頷ける。
「……けど、どうするんだ?」
「は、はは……どうすればいいと思う?」
クラリティは、縋るような目で窺ってきた。
「ここから、アルクリフに戻れたらいいんですけれどね」
リュカは、クローゼットを調べてみる。
だが、渦という現象が浮かび上がっているだけで、戻れそうな気配はない。
完全に片側通行のようだ。
「りゅかちゃん、どうにかならないんだよ?」
「魔力を込めたりもしてみているのですが……すいません」
うんともすんとも言わないらしい。
そうなると、まずは警察の包囲への対処からなんとかしなければならない。
まあ、できることはやってみよう。
幸い、警察に伝手がある。
というか、伝手があるからこそ、彼女たちの力になれると思ったわけだが。
――うん? けど、よく考えてみれば、俺という存在は人質になるのではないか?