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三十三話 殺すチャンスと殺されるチャンス

 寒川静奈。

 リュカトリアス・ライエット。


 フォルトナビルの四階。

 元ヤクザの事務所には、その二人が正面から向き合っていた。

 他の者は夢の中。邪魔の入らない二人だけの空間。


 この状況を望んでいたがゆえに、静奈は命懸けの無茶をした。

「さあ、リュカトリアス。交渉を始めようか」

「こ、交渉……?」

「起きたばかりで、ぼんやりしているようだね。紅茶をどうぞ」

 

 ポットで紅茶を注ぐ静奈。

 ゆっくりとテーブルを回って、リュカの目の前へと置いた。


「な、何が……」

「意識もハッキリしないうちに交渉するのは、フェアじゃないよね。んじゃ、目が覚めるまで、軽く説明しとこうか」

 静奈は、靴を脱いで、踵の部分を指し示す。


「コレ、現代の発明品でね。靴底に薬品を忍ばせておけるんだ。体重のかけ方で踵から透明のガスを漂わせることができる。ようするに睡眠薬を散布させてたわけ。で、全員おねんね。匂いは、あたしの香水と同じだから、まあ気づかないよね」


 正直なところリスキーな作戦だったと静奈は思った。

 なにせ、相手は異世界の勇者様たちだ。

 眠気を覚ますような呪文が存在するかもしれないし、そういうバッドステータスに耐性があったかもしれない。


 静奈の仕業と悟られたら、眠るまでの間に攻撃を受けるかも。

 手加減の余地もなく、殺されていた可能性だってある。

 現に、シエルとクラリティが行動を起こしていた。


 リュカの背後にいたシエルは、ソファを飛び越えて向かってきていた。

 だが、すでに身体の自由は奪われていたのか、背もたれに躓いて転んでしまう。

 静奈のうしろにいたクラリティは、剣の側面で殴ろうとしていた。

 とっさに回避したからよかったものの、まともにくらっていれば気絶していただろう。

 身体を鍛えておいてよかったと思えた瞬間だった。


「奥歯に被せモノをしてあってね。噛み潰すと気付け薬が出てくる。だから、あたしだけは眠らなかった。ちょいと汚いけど、リュカさんにもお裾分けした」

 詳しくは説明しないが、要するに口移しで飲ませた。


「この……ナイフは……?」

 リュカは、膝の上の果物ナイフを手に取った。


 すると、静奈はようやく減らず口をやめ、真剣なまなざしを向ける。

「それは、あたしからのふたつのメッセージだ」

「めっせーじ……?」


「ひとつは、いつでもあんたを殺すことができたのに、それをしなかったということ」

 極端に言えば、皆殺しにだってできた。少なくとも、全員をロープで拘束することも可能だった。

 手段さえ選ばなければ、この騒動に終止符を打つことができたと伝えたつもりだ。


「あたしのちょっとした気まぐれで、ガーバングラフが絶望に染まるところだった。ぐっすり眠っているあんたの心臓に、そのナイフを差し込むだけの簡単なお仕事だ」


 リュカがごくりと唾を飲んだ。

 理解してくれたらしい。

 同時に、彼女の瞳に生気が宿る。

 静奈の嫌みたらしい言動に、嫌悪感を抱いているに違いない。


「もうひとつは、いつでも殺される覚悟があるということ。あたしがね」

「殺される覚悟……」

「気に入らなかったらいつでもどうぞ。有馬じゃないんだ。異世界の勇者様に勝てるとは思っていない。好きなタイミングで、そのナイフを使えばいい」


「自分が人畜無害であるコトの証明ですか?」

「頭のいいお姫様で助かるよ」


 いつでも終わらせることができた。けど、それをしなかった。

 殺されるかもしれない。その覚悟は十分できている。

 それが、そのナイフの意味するところである。


「そこまでして話したいことがあるんですね」

「あるね。……姫と交渉人、なんて関係じゃなく、お互いひとりの人間として、話したいと思ってた」

「……ここまですることですか? 人払いをするだけでもよかったんじゃないですか? 正面玄関で語り合うこともできたんじゃないですか?」

 キッと睨みつけるリュカ。


 さすがに、睡眠ガスをくらったことには憤りを感じているようだ。

 意識が覚醒し始めているのか、言葉に感情が込められている。


「絶対に危害を加えることがないってわかってほしかった。同時に、命を賭けていることを証明したかった。生憎と、こういうのは言葉じゃ伝えられないんだよね。だから、身をもって証明するしかない」

「……」

「怒ってるなら殺せばいい」

「不意打ちをくらったようなものです。いい気分ではありません。しかし――」


 ナイフを握るリュカ。一瞥すると、そのままテーブルの上へと置いた。

「覚悟は分かりました。話しあうことも、吝かではありません」

 静奈は「どうも」と、軽い返事をした。


「まず、これから話すことに嘘はない。すべてあたしの本心。受け取り方は自由だ」

「はい」

「んじゃ、言わせてもらうよ」

 静奈は、リュカの目を睨みつけてつぶやいた。


「――あたしは、あんたが憎い」


「……憎い……ですか?」

「好感を抱いているのは嘘じゃない。けど、憎い」

 彼女は、少し驚いていたようだ。


「日本は、恐ろしいほど平和な国だ。あたしが生まれた時から、一度として戦争をしたことがない。町中まちなかで死人が出れば、それだけでニュースになる。病気で死にそうな子供がいれば、国中から寄付を集めて助ける。命の価値が酷く重いんだ」

「命の重さに変わりはありません。ガーバングラフの民とて、人の命が失われたら、心が削れる思いで悲しみます」


「失礼。要するに、暴力や死に対して免疫がない。普通に暮らしている以上、晴樹が死ぬなんて思ってないし、大怪我をして帰ってくるとも思っていない。それが普通だ」


 けど、リュカの世界は違うのではないか。

 町の外に出れば、魔物と出くわすことだってある。

 それを掃討するために、兵士を派遣しなければならない。

 日本なら、郊外でも熊一匹出現すれば大騒ぎになる。


「仲間が傷つく姿は見るに堪えない。仲間だけじゃない、犯人や被害者も同じだ。あたしは……好きじゃないんだね、痛いのとか、悲しいのとか、人が怒ってるのとか」

「だから、それは誰でも同じでしょう」


「そうだね。――あたしは、人間が大好きだ。有馬も錬太郎も、チームの仲間もね。けど、そんな中で、もっとも大切なのが晴樹だ」

「……唯一の家族、なんですよね?」

「あたしの宝だよ」


 静奈は、みっともなく床に転がっている晴樹に視線をやった。

「あたしの生い立ちは聞いた? ひとりで暮らしていると、ふと、思うことがあるんだよ。『自分はなんのために生きているんだろう』ってね」


 必死に勉強して、必死に仕事するのは、なんのためなのか。

 生活するだけなら、楽な方法はいくらでもあった。

 なら、他人のためか? 

 いや、生憎と、静奈は人間を信じられない環境で育ってきた。


「所詮、人と人との関係はギブ&テイク。無償の愛など存在しない。夫婦といっても、お互いが利用しあっているだけ。恋人や友人といった関係も同じだ。なまじ頭がいいんでね。他人の心なんざ、透けて見えるのさ。……けど、そんなふうに思ってたあたしの心を変えたのが晴樹だった」


 最初は、成り行きで面倒を見ていた。

 乱暴な言い方をすればペット感覚だ。

 晴樹は、静奈の優しさで同棲を許されたと思っている。

 けど、本当は静奈が寂しかったからだ。


「一緒に暮らすようになってから、二ヶ月ぐらいのころだったかな――」

 晴樹と一緒にスーパーへ買い物に出かけたら、町の往来で不良にナンパされた。

 適当にあしらっていたら、尻に蹴りを入れられた。


 その時、晴樹が、不良に殴りかかったのである。

「信じられるかい? 小学生のガキが、二十歳ぐらいの大学生に向かっていったんだ。『姉ちゃんに何をするんだ!』ってね。晴樹には悪いけど、びっくりして動けなかったよ。あん時、あいつ、四回ぐらい殴り飛ばされてたなぁ。くくっ」

 

 我に返った静奈は、すぐさま不良を叩きのめした。けど、晴樹は満身創痍だった。

 不良は容赦がなく、ヘタしたら晴樹は取り返しの付かない怪我をしたかもしれない。

 事実、それぐらいの仕打ちを受けた。

 けど、それでも晴樹は、自分よりも静奈の方が大切だったのだろう。

 助けも呼ばず、立ち向かっていたのだから。


「初めて目の当たりにしたよ。無償の愛。あの日から、あたしの世界は変わったんだ。世の中にいるのは悪い奴だけじゃない。晴樹みたいな、気持ちのいい奴がいるんだってね。フィルターを一枚外したら、世界が広がったよ」


 無償の愛を与えられ、無償の愛を与える側になれた。

 余裕を持って、人と接することができるようになった。マニュアル的な考えをやめ、人間の心と向き合えるようになった。

 そして、晴樹という家族のおかげで、生きる意味を見つけることができたのである。


「だから、晴樹あいつを危険にさらす奴は許さない」

 おまえが晴樹を巻き込んだ。

 そういう意を込めて、静奈は目の前の勇者を睨めつける。


「あんたが晴樹を解放さえしてくれたら、あいつは今頃平穏な生活を送ってる。それを、言葉巧みに人質にした」

「……それは、晴樹さんが――」

 

 晴樹の意思というのだろう。けど、それは違うと静奈は思う。

「本当に、あんたが晴樹のことを思っているのなら、力尽くでビルから追い出せばいいだけの話だ。できないとは言わせないよ」


 視線を伏せるリュカ。

「とどのつまり、あんたにとって晴樹は都合のいい人質だったってワケだ」

「ち、違います!」


 静奈は、さらにたたみかける。

「違わないね。晴樹に好意を抱いているのはわかる。けど、それ以上に仲間たちが大事だなんだよ。天秤にかけたんだ。結果、人質にする方を選んだ」


「だからッ、違います! 晴樹さんにはもうしわけないと思っています! けどッ! 私たちはどうしても晴樹さんの協力が必要だったんです! 静奈さんなら、わかるはずです! 晴樹さんは、正義感が強くて優しくて……そして、誰よりも信頼させてくれる、安心させてくれる、そんな人なんです!」


 ――彼女の話を聞いて、少し溜飲の下がっている静奈がいた。

 それはきっと、リュカの言っていることが真実だからだと思う。

 表情や仕草からは、嘘を感じ取れない。彼女は本当に晴樹を頼りにしているのだろう。

 

 そもそも銃弾から庇ったと聞いた時も、感服したものだ。

 リュカたちが悪い人じゃないことぐらいわかっている。

 本当に、救わなければならない人格者。

 世界の命運を握っているのだ。最良の結果を残してやりたい。


 ただ、静奈にだって、人としての感情があった。

 なぜ、自分の弟が犠牲にならなければならないのかと。


「晴樹が救おうとしたあんたたちを、あたしも救いたかった。その気持ちに嘘はない」

「…………」

「何も言わなくていい。おいそれと投降できない気持ちは分かる。捕虜ってのは怖いもんさ」

 勇者だからと言っても、心は同じ人間なのはわかってる。

 怖いという気持ちもあるし、責任だって重くのしかかっている。


「悪い。ちょっとした愚痴だ。きっと、たぶん、本当はリュカさんたちの方が大変だったんだと思う。魔王討伐の責務に比べれば、あたしたちの仕事なんて鼻クソみたいなものだ。理解はしてやれる。けど、これが現代人のキャパなんだよ」


「……いえ、ごめんなさい。晴樹さんを……利用していたのは事実だと思います」

「いいよ。苛立っているのは本当だが、晴樹のやったことは、あたしにだって止められなかった。嫌いじゃないけど憎いっていうのは、そういうことさ」


 本音を語って、スッキリするかと静奈は思った。

 けど、実際はその逆だ。

 話をすればするほど、リュカという人間を知ってしまう。

 彼女たちが悪人であれば、暴言のひとつもほざけるのだが――。


「――さて、ここからは少し怖い話になる」

「怖い話?」

「ああ、これからのことだ。結界が弱点だらけだと言ったのは覚えてる?」

「え、ええ」

「カーライルが来たら、おそらく結界はぶち破られる」

「脅し(ブラフ)じゃないんですか?」


 もう、隠しておく必要もなくなった。

 いや、このタイミングだからこそ、伝えた方がいいと静奈は思っていた。


「現代の科学を知らないから仕方ないんだけどね……なんていうか、結界が防げるのは、案外限られてるんだよ」

 弱点を見つけたのは初日だ。

 しかも、晴樹と会話した瞬間に気づいた。


 ――完全無敵の結界と謳っておきながら『声』が遮断できていないのだ。


「こちらの世界には、大きな音を発生させる方法はいくらでもある。四六時中、大音量を流し続けたらどうなる? ストレスでどうかしてしまうんじゃないか?」

「お、音を遮断する結界もあります!」


「通過させているのは音だけじゃない。相手の姿が見えているということは『光』も通過している。ありったけのサーチライトを用意して、昼夜問わず浴びせ続ければ、ビル内をサウナにすることもできる」

「ね、熱に光……」


 リュカや晴樹たちの服装を見れば、結界の内も外も、温度はさほど変わりがないように見える。突入させた有馬の部下からも感想を聞いた。温度という概念は遮断していないように思える。


「巨大な電子レンジを作れば、マイクロウェーブで仕留めることもできる。レーザービームっていう光の武器だってある。文明の利器を使えば、結界なんて関係なく攻撃できるのさ」

 リュカの顔色が、青く変わっていった。


 静奈の言ったことのいくつかは、対応する術があるのかもしれない。

 けど、絶対に大丈夫とは言い切れないハズだ。

 マイクロウェーブなど、向こうの世界には存在しないのだろうから。

 何が防げて、何が防げないのか。彼女自身は把握できていないはずだ。

 どうやっても、不安はぬぐえないだろう。


「な、なぜ、今になってそのことを伝えるんですか。もっとはやく交渉材料として持ち出せばよかったじゃないですか」

 平静を装っているが、彼女の心は慌ただしいのだろう。


「脅しになると思った。しかも、兵糧攻めと違って『待ち』じゃない。攻撃的なアプローチだ。あたしたちだって、仲良くなりたいと思っているんだよ。悪い印象は与えたくない。今後のためにも」

「けど、最終的には突入作戦だって遂行しましたし、結局は攻撃的なアプローチで終わらせようとしたじゃないですか!」

「人質がいた」

「あ……」


 文句を言っているつもりはない。

 晴樹がビル内にいることで、警察側もこれらの強硬手段をとれなくなる。

 仲間も慕ってくれているし、慎重でマイルドな展開になった。

 これが、晴樹がビルに残ることを、黙認した理由のひとつでもある。


「カーライルならやるよ。人質がいようとお構いなしだ。大義名分なんて、いくらでも捏造する。頭だって、あたしよりもいい」

「だから……投降しろと……?」

「それがベスト。これが、あたしとの最後の対話だ。英雄の決断に期待しているよ」

「……そ、それは」

 現実を理解し始めたのだろう。

 命懸けで交渉を挑んだ静奈の言葉に、嘘がないと信じてくれているのだと思う。


「もし……このまま籠城を続ける気なら、晴樹だけは解放してやって欲しい。この先、もっと厳しいことになる。見てらんないから」


 心細いだろうと静奈は思った。

 晴樹はどこにでもいる普通の高校生だ。けど、一緒にいるだけで安心できる。

 馬鹿はやるけど無茶はしない。絶対に裏切らないし、モラルに反することもしない。

 リュカたちの、精神的な支えだったのだと思う。

 これからの籠城、晴樹がいなければ、彼女たちは不安という闇に包まれるだろう。


「人質が欲しいなら、あたしがなるよ」

「……」

 即答できる質問ではないか。と、静奈は思った。


「し、静奈さんの気持ちはわかりました。……晴樹さんのコトに関しては、お詫びのしようがありません」

 リュカは、静奈を真っ直ぐに見ていなかった。


「いいよ。お互い、理解できてるんだと思う。立場ってのを」

「……みんなと、話しあってみます。けど…………これだけは約束します。……どんな選択をするにしろ、絶対に晴樹さんだけは解放する……って」

「他のみんなは承諾してくれるかな?」


「大丈夫……です。……クラリティは晴樹さんのコトが大好きですし、チェルキーも懐いています。シエルも趣味のあう友人ができて喜んでいました。リオンも好感を持っています。私も、晴樹さんのこと、頼りにしてました……たぶん、彼がいなかったら、籠城とは違う選択肢をとっていたかもしれません。みんな、感謝してますから」


 静奈は、にやにやとしてしまう。

 本音で語り合えたことが嬉しかった。

 なにより、自慢の弟が、褒められているのが嬉しかった。

「晴樹を解放するとき、リュカさんたちも一緒だったらいいな」

「そう……ですね」


「じゃあ、晴樹解放のお礼に、いいこと教えてあげる」

 と、いっても、元々教えてあげるつもりでいた。

 この機会しか、伝えるチャンスはないのだから。


「シノン・アッシュリーフ」

 リュカは、静奈の言葉を繰り返す。

「シノンアッシュリーフ……。それは、呪文ですか?」

「人の名前だよ。学者さんをやってるんだ」

「ええと……? それが、いいこと……?」

「ああ、そいつが、異世界に戻る方法のヒントを握ってるかもしれない」

「ほ、本当ですかッ?」

 身を乗り出すように、確認するリュカ。


「あくまで『らしい』だ。絶対じゃない」

 異世界やパラレルの相談を、誰にするのが一番いいかという話になった場合、おそらく彼女の名前が挙がるだろう。


 カーライルも、同じ結論に至ったらしい。

 国籍の差か、行動力の差か、権力の差か。静奈が協力を申し込む前に、カーライルの根回しが終わっていたらしく、協力を約束はしてくれなかった。

 しかし、粘り強く交渉した結果、ほんのわずかな情報は得られた。


「シノン博士の話だと、この世界は別次元にある。だが、この世界と同じような干渉を受けている。――ちょっと、難しいかな?」

「ええと……干渉、ですか」


「要するに、リュカさんは精霊の力を借りて、魔法を使ってるんでしょ? けど、精霊っていうのは、アルクリフにいるのかな? けど、こっちでも精霊魔法を使っているよね?」

「あ……」

 少し、理解してくれたようだ。


 あまり、深くは語らなくてもいいと静奈は思った。

 難しいことは、晴樹が説明してくれるだろう。

「名前だけでも覚えといて損はないと思うよ。そういう研究を真面目にしてる人だから。ただし、カーライルがその名前を出した時は要注意ね」

 カーライルのことだ。シノンを抑えているのなら、きっと餌に使うことだろう。


「あ、ありがとうございます!」

「あたしから教えられるのは、それぐらいかな。教えられることは全部教えた。あとは、リュカさん次第だ」

「は、はい!」


 少し、リュカの表情が明るくなった。

 このような状況下だが、少しは希望が見えてきたということか。

いや、この情報は、彼女自身が掴み取ったといってもいい。


 リュカの我慢強さが、調べる時間を与えてくれた。

 そして、このような情報を、静奈の口から言わせたのは、彼女が最初から最後まで、誠実な応対をしてきたからである。


「んじゃ、リュカさん。投降の方、期待してるよ」

 その言葉が、交渉の締めであった。

 静奈は立ち上がると、ズボンのポケットに手を入れる。

 そういえば、電子煙草は有馬にくれてやったのだった。


「あ、姫様、最後にお願いがあるんだけどいい?」

「なんでしょう?」

「その……犬耳なんだけどさ、ちょっとだけ触らせてもらえないかな?」

「あ、どうぞ」


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