三十話 カリフラワー爆誕
襲撃事件のあった翌日。俺たちは何事もなかったかのように朝を迎えた。
いつものように朝食を食べると、それぞれが本日の作業を始める。
シエルは魔法のアイテムを使って、雨水を飲み水に変えていた。
クラリティは農作業。リュカは部屋の掃除をしている。
チェルキーは、タライで寝間着を洗っていた。
まな板に凹凸をつけたモノを使った、昔の洗い方である。
洗濯機もあったが、この方が水を節約できるから。
「にゅおぉぉぉぉぉぉ!」と、必死に泡立てている。
「手伝ってもらって助かりますわ」
「こちらこそ、衣類関係はリオンにばかり押しつけて悪いと思っている」
俺は、アクセリオンと一緒に洗濯物を干していた。
昨日とうってかわって本日は晴天。生乾きの衣類を物干し竿へと掛けていく。
「けど、こっちの洗濯物は、わたくしが干しますからね~。姫様たちの下着もありますから」
「わ、わかっているよ」
こうして雑談混じりに作業をする。
俺は、少しアクセリオンが苦手だ。
というのも、おわかりいただけるだろうか。
――その、肌色の多きことよ。
先程から目のやり場に困っている。他の異世界人と比べて、明らかに布面積が少ない。
カリスマ裁縫師なんでしょう? 布が普及しなければ職が失われるのでしょう?
なのに、布を使わないファッションとはいかがなものか。
胸元がざっくり見えているし、横からも若干胸の肌色が見えている。
ドレスだって、大胆なスリットが入っている。綺麗な御御足が見え隠れしてるんです。
アクセリオンは、そんなドギマギしている俺を見て楽しんでいるような気がする。
「リオンって、向こうじゃ服屋をやってるんだよな」
「ええ」
「けど、どう見ても育ちがいいよな」
「胸のことですか?」
「違う! いい教育を受けてるなってコトだよ! なんつーか、お嬢様って感じだ」
俺の反応を見て、くすくすと笑うアクセリオン。やっぱり俺を玩具にしてやがる。
「うふふ、お嬢様というのは間違っていませんわ。服屋といいましても、父の経営する会社ですからね。城下町だけで五店舗ありますわ」
「社長令嬢ってコトか。凄いな――」
ん? そうなると、わざわざ社長の娘さんをスカウトし、魔王討伐に付き合わせているということか? どういった経緯で、そうなったのだろう。
「なぜ、リュカと旅を?」
「ん~と、ですねぇ。実はわたくし、元士官学校の生徒なのですわ」
「それも意外だな。軍人って感じもしないからさ」
「ふふ、そうですよね。実際、中退してしまったのですわ――」
母親は、有名デザイナー。
父親は、ガーバングラフが誇るブランド『クロスライフ』の社長である。
シルクよりもさらに繊細なシャラルという布を開発。
優秀な魔道士が魔力を込めることで、見た目以上に丈夫。
魔除けとしても縁起物としても優れている。
国民の贅沢品として、王家御用達として、絶対的なブランド力を誇っていた。
アクセリオンは二人姉弟。
アクセリオンは魔法の才能があった。弟は、頭が良く経営の才能があった。
それゆえ、父は、息子を後継者として育てる。アクセリオンは、国への貢献のため、士官学校へ行かせることにした。
「けど、やっぱり、合わないモノは合わなかったんですの」
お嬢様として育った彼女は、平均ほどの腕力すらなく、延々と訓練を続けるほどのスタミナもない。運動能力の評価は下の下だった。
ならばと、アクセリオンは体力をつけようと必死にがんばった。自主練も怠らなかった。けど、それでも下の下という評価からは抜け出せなかった。
「リオン自身は、軍人になりたかったのか?」
「ん~。正直、嫌でしたわ。子供の頃からお母様に裁縫技術を教わってましたから、将来は服屋さんになりたかったのです。けど、お母様とお父様が望んでいるのなら、軍人というのも、仕方がないと思いました。あとは……意地ですわねぇ。ふふ、こう見えて、負けず嫌いですのよ?」
大企業の娘ということで、虐められることもあった。そういう連中を見返してやりたいというのもあったし、高名な父や母、そして跡継ぎたる弟の顔に泥を塗りたくなかった。
教官からは、何度も退学を進められた。
けど、アクセリオンは現実を受け入れなかった。
そんなある日、どうやら親にまで話が行ったようだ。
アクセリオン・オーバーライフは軍人として不適格だと。
教官が、直接親に話したそうだ。
魔法の才能はある。卒業生と比較しても遜色ない、むしろその中でもトップクラス。だが、体力のなさは軍人として致命的。このまま在学しても、軍隊には入れない。厳しいようだが、才能を活かせられる別の道を見つけた方が、アクセリオンのためだ――。と。
親は士官学校の寮にまで来た。そして、軍人の道を強いたことを謝ってくれた。
けど、本当は謝ってなんか欲しくなかった。
両親に、頭を下げさせる自分が情けないと思ったから。
教官と両親の勧めで、アクセリオンは士官学校を辞めることになった。
以来、両親の服飾の仕事を手伝うことになる。
士官学校での日々は、無駄にはならなかった。
仕事はてきぱきと。どんなにつらくても弱音は吐かない。仕事に対し、アグレッシブな考え方を手に入れたのは、ある種の財産であった。
その財産を活かすと、凄まじい結果が生まれる。
身につけた集中力が、針と糸を素早く正確に動かせる。
魔法でそれらを操り、人の数倍の仕事ができる。
さらには、母親譲りの天性の美的センスと欲求の解放。
実家に戻ってわかった。
やはり、アクセリオンは裁縫が好きなのだ。
クリエイティブな仕事が好きなのだ。
天才が、天職と向き合った瞬間、ガーバングラフに最高の裁縫師が誕生した。
だが、軍人という職業に未練がないわけではなかった。
アクセリオンのコンプレックスとして残っている。
人生において、努力が通用しなかった絶望。そして挫折。
それは、士官学校に置いてきたままだった。
けど、数年後。コンプレックスを乗り越えるチャンスが訪れる。
リュカからの魔王討伐へのオファーだ。
推薦したのはチェルキー。
彼女は、アクセリオンが店長を任された店の常連だ。
最初は困った客だった。アクセリオンの店は高級店で、本来は子供が買い物に来るところではなかった。だが、気まぐれで作ったぬいぐるみを、ショーウィンドウの飾りとして並べておいたら、張り付いて眺めていたのだった。
商品ではなかったので、プレゼントすると、喜んでくれた。
そして、それを目の前で操って見せてくれたのだ。
子供ながらに、ここまで器用に魔法を使えるのかと、アクセリオンは驚かされた。
それからというもの、チェルキーは結構なお金を持って、ぬいぐるみを買いに来た。
どうやら、彼女の店は人形屋らしく、サンプルとして何体か買ってこいと言われたらしい。普段は作っていないのだと伝えても、子供特有のずうずうしさであきらめない。
ひとつ作れば満足するだろうと、それなりに気合いを入れて作ってあげる。すると、彼女は様々なオーダーをしてくる。関節をもっと動かしやすしてほしいとか、色に立体感を出して欲しいとか。
そのうちに、アクセリオンは楽しくなっていた。
チェルキーのぬいぐるみに対する愛とこだわりは勉強になる。
注文も厳しいので、技術もアップさせてくれる。
気がつけば、年の離れた友人となっていた――。
リュカは、アクセリオンの実力を知らずにオファーした。
ただ、仲間に引き入れたチェルキーが、どうしてもアクセリオンを同行させたいと譲らなかった。ぬいぐるみで戦う彼女は、メンテナンス要員としてアクセリオンが必要だったからだ。
しかし、実力が伴わなければ、旅に連れて行くことはできない。
ゆえに、リュカはテストを受けて欲しいと言った。
アクセリオンの胸中は複雑である。
魔王討伐に興味がない。役者不足だとも思っている。
そもそも、軍人には向いていないとレッテルを貼られている。
――けど、コンプレックスを払拭するチャンスかもしれない。
アクセリオンはテストを受けることにした。
内容はシンプル。シエルを倒せばいいだけであった。
結果は圧勝であった。
裁縫道具を媒体にした魔法の数々は、臨機応変で対応力にも優れている。
アクセリオンの魔法は、軍で通用するレベルどころか、国内屈指の魔法使いと言っていいほどのレベルに昇華していた。
だが、アクセリオンはオファーを辞退した。
自分の弱点を把握していたから。
士官学校を退学させられるほど、体力がないのだ。足手纏いになると思った。
コンプレックスのためにテスト受けたことも白状する。
しかし、リュカは言った。
『体力なんてどうでもいいんです。私たちが全力でフォローします。誰にだって、苦手なものはありますから。アクセリオンさんは、アクセリオンさんであってくれたらいいんです。共に助け合って、世界を平和に導きましょう。あなたを必要としている人が、ここにいるんです』
なんだか嬉しかった。
『私』を受け入れてくれたのだと思った。
士官学校時代から思っていた。志もあって、魔法の才能もあって、学もあって、けれど体力がないだけで、なぜ、道を閉ざされてしまうのだろうか。
――補って余りある才能がある。使い方次第では、国に貢献できるのに!
――両親の期待に応えられるのに!
チェルキーは、アクセリオンと一緒でなければ旅に出ないとまで言ってくれた。
だから、みんなと一緒に戦うのだと決意をした。
「うふふ。頼られるというのは嬉しいものです。だから、お洗濯もがんばってしまいますわ」
アクセリオンは、Tシャツをパンと広げてシワを伸ばす。
庶民的な作業を行う妖艶な魔道士は、なんだかとても嬉しそうだった。
「洗濯も、裁縫師の仕事なのか?」
「ええ、クリーニングの仕事も覚えましたわ。専門分野ではありませんが、生地に関しての知識がありますからね、遠からずですわよ」
「こっちの世界の生地にも興味が?」
「もちろん。気になってるのは『ジャージ』ですわね。丈夫で、伸縮性も抜群ですし、ガーバングラフでも売れそうですわ。兵士たちの訓練着として最適ではないでしょうか。そうなれば、長期的なマーケティングが望めるかと」
さすがは社長令嬢である。こういった経営的な考え方もできるらしい。
アクセリオンは、最後の一枚を物干し竿にかける。
「さ、こっちの分は終わりました。――チェルキー様、そっちのあわわわわあわ!」
「にゅおぉぉぉおおぉぉぉぉおぉぉぉぉおおぉぉぉ!」
先程から、洗濯物をゴシゴシしているチェルキー。
気がつけば、もの凄いことになっている。
どれだけ泡立てれば気が済むのだろうか。タライには溢れんばかりの泡が盛られていた。
「にゅぉぉおぉぉぉぉおぉぉっ!」
だが、彼女はまだ怯む様子はない。一心不乱に洗濯物をゴシゴシしている。ドンドンと泡が膨らんでくる。モリモリと、モリモリと。
「チェルキー様、そ、それぐらいにした方がよろしいかと」
「もう少しなんだよ。頑固なシミがしぶといんだよ。にゅぉおぉぉぉぉおぉ!」
泡は膨張し、やがては主を飲み込んだ。それでも浸食は衰えることがない。
タライという小さな空間から発生した泡という現象。
それは最終的に屋上全てを飲み込んだ。
外部から見た者は、きっとこう形容するだろう。
屋上からカリフラワーが出現したと。