二話 美人すぎる交渉人
場所は公園。背景は噴水。その縁に腰掛ける一人の女性。
緩くふわりとした髪型に、美しく精悍な顔立ち。豊満な胸にスレンダーなボディ。モデルを名乗っても、誰一人として不思議に思うことはないだろう。
九月にしては、やや厚着のコート。
細い足を演出するように、タイトなズボンをスタイリッシュに履きこなしている。
彼女の手にはカップコーヒー。
愁いを帯びた表情で、ベンチに座るカップルを遠目に眺めていた。
「静奈さーん。もう少し笑顔くださーい」
カメラを構えた男性が声を飛ばした。
「……面白くもないのに笑えないよ」
「っとぉ、蔑んだ目もいいですね! そのままそのまま」
カシャカシャとシャッターを切るカメラマン。
周囲にはギャラリーが集まっている。数人のスタッフが撮影を妨害しないようにと見張ってくれていた。
「あっつー」
若干の季節外れの格好に、文句をつぶやく静奈。
「いいっすねえ! それそれ! 仕事が恋人ゆえに、公園のカップルを見て複雑な心境になってる感じ。美人すぎる交渉人・寒川静奈の色が出てますよ!」
ノリノリのカメラマン。ありとあらゆる角度から撮影していく。
ポーズを求められるので、静奈は気怠そうに応じていた。
「すいませーん!」
ギャラリーを堰き止めるロープの向こうから、聞き慣れた声が飛び込んでくる。
警備のスタッフさんたちが、必死に制止していた。
「撮影中だ。サインならあとにしろ」
「違いますよ! ファンじゃないです! ほら、これ!」
ロープの向こう側で必死になっているのは、静奈の後輩である有馬音羽だった。
ショートカットのボーイッシュな女性。
何がボーイッシュかというと、身長が百七十三センチもある。胸の付いたイケメンだ。
彼女は、警察手帳を取り出し、関係者であることをアピールしている。
気づいたのか、カメラマンが、
「おっとぉ、マネージャーさんじゃないですか。どうしました」
その応対で、警備の人たちが有馬を通した。
「マネージャーじゃないです! 相棒ですよ! ……申し訳ありませんが、今日の撮影はここまでです。本職の方で仕事が入りました」
「事件ですか? お供してもいいっすか? 仕事中の静奈さんをバッチシ撮影しちゃいましょ!」
「駄目です! そもそも、モデルの仕事でさえ、特例なんですから」
「有馬、どうした?」
「静奈さん! お疲れ様です!」
小走りで駆けてくる有馬。背筋を伸ばして、ビシッと敬礼する。
背の高い彼女が、目の前に立つと、迫力がある。
有馬は、周囲の一般人に聞こえないよう、若干姿勢をかがめて声を絞る。
「は……。例のフォルトナビルで立てこもり事件です」
「暇な馬鹿がいるもんだね。がんばれ」
「がんばれじゃないですよ。静奈さんの出番なんです。お願いします」
寒川静奈は、駆府警察署の名物警部である。
通称、美人すぎる交渉人。
交渉人とは、立てこもり事件などの際、犯人を説得したり、会話を引き延ばしたりして、警察側に十分な準備をさせる職業である。
以前、テレビ局主催の日本国内のポーカー大会に参加し、優勝したことから、寒川静奈の知名度が一気に上がった。
その後、テレビ局やマスコミ、雑誌などに目を付けられ、インタビューや番組、モデルの仕事などが舞い込んできている。
副業禁止が公務員のデフォルトだが、アピールになると判断した上層部が、特例として許可してくれていた。
静奈は、ポケットから電子煙草を取り出して咥えた。
メンソールに似た香りを吸い込み、白い煙を漂わせる。
「フー……。あたし以外にも、話のできる奴はいるだろ」
「……相手が静奈さんを要求してるんですよ」
「あたしのファン? 有名人はつらいね。……フォルトナビルっていうと、たしか近々丸暴の連中がガサ入れをする予定だったよね? ヤクザ絡みか? やだなぁ」
「ファンじゃないですよ。ヤクザでもないです」
「じゃあ、ユーチューバーか。奴ら、再生数のためなら芸人以上になんでもするからな」
「ハズレです。絶対に当てられませんよ。さ、着替えてください。現場に行きましょう。あ、その前に、写メとってもいいですか? 静奈さんの秋バージョン、ぜひ待ち受けにしたいです!」
「ダメだ。……わかった。宇宙人か?」
「…………あ、惜しいです」
ダメと言ったのに、彼女はスマホを取り出して、撮影を始める。
――うん? そんなことより惜しいってなんだよ。