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二十六話 鬼神が如く、そして英雄が如く

 数多の弾丸がクラリティを襲う。

 彼女は、鋭角的な跳躍で回避しながら馬鹿正直に突っ込む。


 クラリティが狙われているうちに、シエルも距離を詰めていた。

 走りながら、太股のベルトからナイフを抜く。クラリティに投げて渡した。


 受け取ったクラリティは、それを使い、二人の機動隊員の銃をバラバラに両断する。

 タイミングを合わせるように、シエルは足払いを食らわせた。倒れようとする機動隊員の顔面めがけて蹴りを食らわせる。

 クラリティは、もう一人の胸めがけて肘を叩き込んでいた。


 機動隊員が、俺めがけてライフルを放つ。

 だが、ぬいぐるみたちが庇ってくれた。

「やぁらぁれぇたぁぁ!」「ぎゃあ! 眠い、眠いよ!」「眠くなるわけないじゃん!」「だってぬいぐるみだもの」「それもそうだ!」


「シエル!」

「はい!」

 シエルは両手に炎の球を出現させ、床へと叩きつけた。

 すると、雨水が蒸気に変わった。周囲一帯を包み込み、視界をゼロにする。

「がッ!」「ぐはッ!」「おぐッ!」

 蒸気が収まると、さらに隊員三名が畑に転がっていた。


 シエルは、ひと仕事終えたように、手をパンパンとはたく。

 彼女は、自分のコトを弱いと評価していたが、とんでもない。

 身体能力の高さはもちろん、呪文の使い方も上手いし、判断力にも優れている。


 クラリティも伝説の傭兵に違わぬ実力である。

 ナイフ一本で、その片鱗を十分に見せつけてくれた。


「有馬。あとはおまえだけだぞ」

「観念するであります」


「さすがは魔王討伐に選ばれた勇者たちですね」

 仲間が一瞬でやられたというのに、有馬は至極落ち着いていた。

 彼女は、身体をリラックスさせ、自然体でクラリティたちを迎え撃つ。


「シエル。油断するなよ」

「承知であります。ふふっ、ふふふ」

 にぃ、と、笑みを浮かべるシエル。

 ジリ、と、二人が有馬を挟み込むように位置を移動。

 ――そして、襲いかかる。


 有馬も動き出す。

 まず、シエルの方へと向かっていった。


 シエルの拳を受け流し、勢いよく体躯を捻る有馬。

 膝の裏をシエルの顔面に押し当て、体重をかけて転ばせる。

「え? ぐ?」

 刹那の暇に手錠を取り出し、シエルの両腕と両足を拘束。

「な、な、な?」

 シエルからすれば何が起こったのかわからないのだろう。

 困惑したまま転がっている。


 隙を突いて、クラリティが真正面からナイフを振るう。

 グローブで受け止める有馬。

 否、受け止めたのではなく、片手での白刃取りだ。

 五指が刃を抑えている。

「う、嘘だろッ!」


 ぐっ、と、力を込めるクラリティ。

 有馬音羽は、その力を使って投げ飛ばす。合気だ。

 ひゅるりと円を描くようにクラリティが舞い、背中から床へと落ちる。

 奪ったナイフを、有馬はビルの外に投げ捨てた。

「くッ!」

「クラリティ殿!」


 新たなナイフを投げて渡すシエル。

 だが、電光石火の速さで有馬が銃を抜き、ナイフを撃ち落としてしまった。


 再度襲いかかるクラリティ。

 有馬は、銃を上空へと放り投げる。

 滞空している間に、クラリティの腹部へと蹴りを入れる。

 彼が吹っ飛んだ先にはシエルがいた。

 

 有馬が手錠を投げつけ、二人の腕と腕を連結させてしまう。

 ようやく落下してきた銃をキャッチすると、さりげなくホルスターへと戻した。


 あっという間の出来事である。

「う、嘘だろ……」と、クラリティ。

 有馬音羽は息一つ乱さず、俺とチェルキーに、視線を向ける。


「おとなしくしてくださいね。手錠をかけるだけですから」

 ゆっくりと。散歩でもするかのように近づいてくる有馬。


「ちぇ、ちぇるきー隊、突撃ぃっ!」

 数多のぬいぐるみが、一斉に襲いかかる。

 有馬は長めの特殊警棒を展開した。剣道のように構えたかと思うと、一瞬にしてぬいぐるみを叩きのめし、手摺りの向こう側へ飛ばしてしまう。

 警棒をたたむと、掌でクルリと回して腰へ戻す。


「ひぃぃ、なんだよ! バケモノなんだよ!」

「――さぁ、手錠をかけますからね。怖くないですよ~」


 ――こうなれば、俺一人でも逃げるか?

 怖いからではない。

 アクセリオンに状況を報告するためだ。

 正面から戦っても勝てない。

 合流し、作戦を立て直せば勝ち目はあるはず。


 ――だが、その時だった。

 有馬の背後から『彼女』が襲いかかった。



 目を閉ざしながら、静奈は語りを続けていた。

「この前、テレビで『おばあちゃんのメロンパン屋』が紹介されてた。駅前にあるやつ」

「は、はぁ?」

 部下が訝しげに相槌を打った。


「何気なくつぶやいたんだ。食べたいなぁ、って。そうしたら、有馬の奴が『買ってきましょうか』って言ってくれてさ。頼んだんだよ。そしたら――」

「そしたら?」

「売り切れだったんだよね。けど、有馬は、私のために絶対買わなくちゃいけないって、使命感に燃えてたんだ。店の前にテント張って、私の喜ぶ顔を思い描きながら、次の日の開店をワクワクしながら待った。かわいいだろ?」


「出直すという考えはなかったんでしょうか?」

「なかったみたいだね。バカだから。」

 ちなみに、そのあと店からおばあちゃんが出てきたそうだ。

 使命感いっぱいの目をした有馬を見て哀れに思ったのか、特別に焼いてくれた。


「有馬は馬鹿で要領が悪くてドジだ。けど、私の願いを絶対に叶えてくれる。だから、私が制圧してこいと言えば、必ず制圧してくる」


 立てこもり事件の結末が、武力制圧というのは珍しくない。

 交渉人の仕事は、警察の準備や対策を練らせるための時間稼ぎということも多い。

 交渉人の役割が終われば、有馬の出番である。

 誰一人傷つけずに制圧しろと言えば、彼女は必ず実行する。

 人質を無事に助け出せと言えば、彼女は必ず叶えてくれる。


「けど、有馬さんの判断力は……」

「まったくない。普段はね。ケーキバイキングに行ったら、何から食べようか迷いに迷って制限時間がすぎちゃうぐらいだ。……えぐえぐと泣く有馬を見て、気の毒に思った店員さんが十五分延長してくれてたっけ」

「有馬さんの経歴は知ってます。けど、そういう話を聞くと……」

「だから、あたしが頭になっている」


 静奈が考え、有馬が動く。

 リアルタイムでの伝達ができなくても、あらかじめ必要なアドバイスをしてある。


「見てみ。背後から襲われたのに、ちゃんと対応している。ま、あの子なら、アドバイスなしでも対処してたかもしんないけどね」



 有馬を襲ったのは、麻酔を撃ち込まれて眠っていたはずのリュカであった。

「読んでました――。いえ、静奈さんから教わってました」


 絶対に攻撃してこない角度から、絶対に攻撃してこない者が襲ってくる完全な想定外。

 なのに、有馬は平然と対処をする。


 リュカの蹴りを回避。ドンと突き飛ばした。

 足を縺れさせながら、手摺りへとぶつかるリュカ。有馬が手錠を投げると、手摺りと腕が繋がってしまう。


「あ、ありえないんだよ!」

「静奈さんが言ってましたよ。『人形使いがいる』って。人形の定義はわからないけど、もしかしたら気絶した仲間や敵を操って、攻撃を仕掛けてくるかもしれない……って」


「う、うう……ま、マズいんだよ、はるき……」

「わ、わかってる」

「あと、静奈さんからこう言われました。晴樹くんを捕まえたら一日デートさせてやるって。ふふふ、楽しみにしていてください」

 じゅるりと涎を啜る有馬。

「チェルキー、逃げるぞ。俺の貞操が危ない!」


「さぁ、観念してください!」

「あんた、俺が好きなんじゃなくて、姉ちゃんと姉妹になりたいだけだろぉッ!」

 俺たちは脱兎の勢いで逃げ出した。

「そんなことないです! 晴樹くんのことも、ちゃあんと異性として大好きなんですから!」


 その時、数多の糸が飛んできた。

 俺たちを避け、背後の有馬に襲いかかる。

「な……? こしゃくな!」


「あらあら。勇ましい女性ですわね。ガーバングラフなら、おモテになりますわぁ」

 塔屋から、アクセリオンがゆっくりと現れる。

「りおんちゃん!」


 糸が、有馬の右腕に絡みつく。

 彼女は、ナイフを抜いて糸を両断する。


「二人とも、こちらへ」

 アクセリオンの背後へ回る俺とチェルキー。

 彼女はストールをほつれさせ、自身の周囲へと漂わせた。

 それらは意思があるかのように動く。

 数百本の糸が、有馬に襲いかかる。


「裁縫師でしたよね!」

 有馬は、跳躍しながら身体を捻る。蹴りを繰り出していく。

 両の手にはナイフ。靴の先端にも刃を仕込んでいるようであった。

 迫る全ての糸を、踊るように両断していく。


 糸が床を叩き、亀裂を入れる。

「威力がありますね。まるで鞭のようです」

「魔力が込められていますから」


 アクセリオンは、人差し指を上へ向けた。

 すでに、床へと仕掛けてあったようだ。蜘蛛の巣のように張り巡らされた糸が、ぶわりと持ち上がって、有馬を包み込もうとする。

「世界を救うに値するほど強いのでしょう。けど、私と静奈さんのコンビは、絶対に負けませんッ!」


 有馬は両腕を暴れさせる。

 適当に振り回しているようにも見えるが、実際は、一本の糸も見逃さないようすべてを的確に裁断していた。

 そして、最後のトラップも通用しなくなると、有馬はアクセリオンへと向かっていく。


 アクセリオンは、解き放った糸をストールの姿へと戻す。

 有馬のナイフを、それで受け止める。

 有馬はナイフを放棄し、自分の右手とアクセリオンの左手を、手錠で繋いだ。


「もう、逃げられませんよ」

「あ、あら?」

「しばらく、気を失ってもらいます」

 有馬は、アクセリオンの腹部へと拳を叩き込もうとした。

 ――けど――。


「いいや。おまえの負けだ」


 有馬の背後に、クラリティが佇んでいた。

 その右手には愛用の剣が握られている。

 有馬のうなじへと突きつけられていた。

「い……いったいどうやって武器を……」

 目を丸くして驚く有馬。


「リオンがな、窓の外を伝わせて運んできてくれたんだよ」

 戦いの最中、チェルキーがこっそりと、ビル内へぬいぐるみを戻していた。

 報告を聞いたアクセリオンは、糸を操って窓の外からこっそりと屋上へ武器を運んだ。

 姿を見せることで、有馬の注意を引く。

 その隙に、クラリティは愛剣を受け取ったそうだ。


「手錠は……?」

「シエルが手首の関節を外した」


 シエルを見やる俺たち。

 彼女は、痛々しく手首を握り「にひひ」と、笑っていた。


「仕舞いだ。……あんたは強い。私たちの仲間にしたいぐらいな。だからこそ、手加減はできない。その輪っかを自分の手に付けろ」

「……まだ、終わったわけではありませんよね?」

 ――戦う気なのか?


「無駄な抵抗はやめるんだよ」

「これ以上は無意味だ。さすがに、この状態から負ける私ではない。妙な真似はやめろ。クビが飛ぶぞ」

「……嘘でしょう?」

 有馬は、ほのかな笑みを浮かべていた。

 けど、額にはわずかに汗が滲んでいる。


「異世界人は、我々を殺さない。例えどんな理由があっても絶対の絶対に。だから、もし『殺す』と言われても、それはフェイクだ。怯えることはないと……静奈さんが言ってました」


 そのとおりだろう。クラリティは有馬を殺せない。

 どれほど腹が立っても、どれほど追い詰められても、殺してしまえば、ふたつの世界の関係は最悪になる。だから絶対にないと断言できる。


「……そうだな。たしかに私はおまえを殺せない」

「ふふ、さすがは静奈さんです」

「だが、負けるつもりはない。ここからは本気やらせてもらう。殺す気はないが、タダで済むと思うなよ」

「もとより、無傷で終わらせられる相手だと思っていません」


 本気。なのだろうか。

 すでに勝敗は決まっているだろう。

 有馬は、抗うことはできても、逆転はほぼ不可能だと思う。

 異世界人が殺さないという情報は正しい。

 けど、このような状況になってまで、戦って欲しいと静奈は思っていないはずだ。


 有馬とクラリティ。二人の呼吸がピタリと止まった。

 ジリ、と、チェルキーが距離を取る。アクセリオンも。

 これから、最後の一合が始まると理解しているかのように。


「ち!」

「ッ!」

「ちょっと待ったぁ!」

 二人が動こうとしたその時、俺が間に割って入った。


 有馬の拳と、クラリティの剣。

 それぞれが、俺の左右の頬に、紙一重で止まった。

 うん、本当に止まってよかった。

 有馬に殴られた衝撃で、俺の頬を剣が貫くところだった。


「有馬さん、これ以上戦っても意味がない! 姉ちゃんも望んでない!」

「そういうわけにはいきません! 可能性が残っているのなら、危険を顧みず、戦わなくてはならないのです!」

「そういう意味で、姉ちゃんはアドバイスしたんじゃない」


 殺しあいじゃないと言うコト。

 リュカたちは、そういうコトをする連中ではないと言うこと。

 そういう意味で、伝えたかったのではないか。それを、有馬が曲解しただけだ。

 いや、最後の最後まで、静奈の期待に鍛えたかったのだと思う。

 あきらめない理由が欲しかったのだと思う。



「有馬さん、どうするんでしょうか……」

「……勝負あったね」

 静奈は、ゆっくりと瞳を開いた。


「敗北を認めると?」

「あの子は、あたしが制圧しろと言ったら、命を賭けてでも制圧する。無理をするなと言っても、忠義を示すために、侍らしく最後まで足掻く」

「じゃあ……」

「――けど、それをあたしは望んでいない」


 厄介な後輩だ。迷惑もかけられっぱなし。

 恋人かといわんばかりに毎日ラインも送ってくる。プライベートにも踏み込んでくる。

 ――でも、有馬音羽は大切な友人だ。


「で、でも、静奈さんの気持ちを、有馬さんはわかってるんですか? 間違って解釈しているような気がしますが?」

「バカだからね。だけど、晴樹がわかっている。あいつが、あたしの気持ちを代弁してくれているよ」


 静奈は、おもむろに立ち上がった。

「みんな、すまない。作戦は失敗だ。責任は全部、あたしにある」

 深々と頭を下げる。頭上のぎるてぃが、それに合わせてテーブルの上へと降りた。


 仲間たちも起立する。そして、誰もが静奈に向かって敬礼をした。


「お疲れ様でした」

「けど、まだ終わったわけではありません。次の作戦を考えましょう」

「カーライルが来るまで、静奈さんがボスです。最後までお供します」

「有馬さん、無茶しないといいのですけど」


「大丈夫だよ。有馬は」

 静奈は、ぎるてぃの頭を撫でる。

「ちょっと出てくる」

「どちらへ?」

「遠山議員から電話が入ってるんだろ? ちょっくら、密談してくるよ」

 言って、静奈は電話をかけるジェスチャーをしてみせる。

「ま、たぶん、悪い知らせだけど」



「俺たちは、有馬さんを酷い目に遭わせたくない――」

 立場は敵同士。けど、好き好んで争いをしたい奴は、このビルにはいないと俺は思った。


 いや、このビルどころか、警察側も同じだろう。

 無駄な争いはしたくない。この襲撃だって、静奈の苦肉の策だ。

 このまま続けても、有馬が怪我をして終わるというオチが待っているだけ。


「晴樹くんは、知らないから言えるんです。静奈さんが、この作戦にどれだけ賭けているのかを……。……どいてください!」

「晴樹、下がっていろ。拳を交えなければ理解できぬ仲もある」

 拳を交えるどころか、クラリティの右手に握られているのは凶器ではないか。


「姉ちゃんは、有馬さんのコトを大事に思ってるんだよ。取り返しのつかない怪我をして帰ってきたら、姉ちゃんは絶対に悲しむ。意味もなく怪我するようなコトを、姉ちゃんが望むはずない」

「けどッ、静奈さんは――」

「有馬さんの知る静奈は、そんな酷い奴じゃなかっただろ! 姉ちゃんの信条は、いつも無血勝利だ。敵だけじゃない。仲間も」

 昔、静奈が、この信条を貫きとおせるのは有馬のおかげだと言っていた。


 静奈は、仲間を駒として扱わない。無理はさせない。ケガをしたのなら、すべては静奈の責任であるコトをわかっている。現場の指揮官として、仲間たちの人生を預かっているのだ。それがわかっているからこそ、静奈はいつも慎重なのである。

 これだけ無茶な突入作戦を敢行したのだ。万が一の時の引き際も理解しているはずだ。


「勝負は終わったんだ。これ以上続けることを、姉ちゃんは望んでいない。もし、有馬さんがとりかえしのつかないケガをして戻ったのなら、姉ちゃんは心を痛めると思う。姉ちゃんが、そういう性格だって、親友の有馬さんならわかってると思う」

「……わかってます。けど、そんな静奈さんだから――」

「尽くして、戦いたくなる、だろ?」


「……そうです」

「その気持ちを、姉ちゃんは、きっとわかってる」


 黙る俺たち。

 結界に叩きつけられる雨音だけが、鼓膜へと届けられた。


「クラリティ。剣を収めてくれ」

 言うと、彼は無言で剣を鞘へ戻した。

 鬼神が目の前にいるというのに、だ。

 きっと、彼も有馬という人間を理解したのだろう。


「……静奈さん、ごめんなさい。……私たちの……負けです」

 有馬は構えを解いて、場にいない者に謝罪の言葉をこぼす。

 

 全員が安堵の溜息を零す。

 有馬が本気で最後まで戦っていたら、きっと酷いことになっていたと思う。


「そして、晴樹くんたちも……もうしわけございませんでした」

「立場がありますもの、仕方ありませんわ」

「いえ、制圧してあげられなかったことです。みなさんのためを思えば、ここで終わりにした方が絶対に良かった。静奈さんの判断は、間違っていないと思います」

「あらあら」

「ま、これにて一件落着なんだよ」


 有馬の言っていることにも一理あるかもしれない。

 けど、俺たちは後悔のしないよう、選んだ道を全力信じなければならない。


「それではぁ、お仕置きタイムでぇ~す」

 アクセリオンがパチンと指を鳴らす。

 すると、手摺りの向こう側から、ぬいぐるみが颯爽と登場。

 そいつらは糸を持って縦横無尽に屋上を駆け回る。

 糸が有馬に絡みついていく。


「ちょちょ、ななな、なんですかコレっ?」

「降参したとはいえ、姫様やシエル様を傷つけた罪は消えませんわぁ」

 絡めた糸を、手摺りへと固定。有馬を拘束してしまう。


「ちぇるきー隊のみんな! 争いは終わったんだよ!」

 ぬいぐるみに訴える人形師。

『うう、ボス! 勘弁してくだせぇ!』『アクセリオンのお嬢に逆らうと、クワガタの姿に改造されちまうんです!』『働かざる者食うべからずって言われてるんですぅ』

「何されるんですか、私! 何されるんですか、私ッ?」


 アクセリオンがしゅぴんと取り出したのは鋏であった。

「ひい! 騙したのですか?」

「騙すなんて、そんな。ちょっとした悪戯ですわ」

 鋏を、閃光のように走らせる。何度も。

 すると、ノンスリーブ、半ズボンの有馬さんが出来上がったではないか。


 今度は、鳥の羽を取り出した。おそらく、カルカッタ鳥の毛だろう。

「さぁ、くすぐり地獄ですわぁ」

「へ? ひ、ひぃぃぃぃぃぃ! 脇はダメ! 脇と、足の裏と、首と、お腹はダメなんです! やぁあぁあぁぁぁぁあぁぁ!」



「――そういうことでしたか、遠山議員」


 駆府市。フォルトナビル近く。ひとけのない路地裏。

 高い建物のおかげで、狭い路地には弱い雨しか届いていなかった。


 壁を背に、寒川静奈はスマホの向こう側の人物と話す。

『ああ、手を引いているのはカーライルらしい。厄介な奴に絡まれたものだ』

「ええ、直接アプローチをかけてきましたよ。いい歳して、ガキっぽいんですよね。家族にコンプレックスのあるタイプです。きっと、かまってちゃんです」


『はは。しかし、厄介な奴だよ。コネを駆使して事件に関わろうとしている。国ではなく、個人の伝手というのが、なかなか面倒でな。最初は、視察だけという話だったのだが、気がつけば、指揮権まで奪おうとしている』

「それを、遠山議員が押さえてくれていたと」

『結局、横暴は防げそうにないがな』


「……いえ、あいつ、焦ってましたよ。事が上手く運んでいなかったのでしょう。遠山議員のおかげだと思います。本当にありがとうございました」


 静奈は、見えない相手に向かって、深々とお辞儀をする。

『礼を言うのはこっちの方だ。錬太郎が世話になっているからな。聞いているよ。しょっちゅうドジを踏んでいるらしいじゃないか』

「本人は努力してます。まだまだ苦労を覚えさせる時期です」


『足を引っ張るようであれば、弾避けにでも使ってくれ。静奈くんのために死ぬのなら、あいつも本望だろう』

「……ご冗談を。遠山議員が息子さんを愛してらっしゃるのは知ってますから」

『馬鹿な子ほどかわいいものだ』

「同感です」

 雨音が、静かに響く路地裏。小さな笑い声が落とされる。


『CIA……いや、カーライルが関与するのも時間の問題だ。私も最後まで抵抗してみるが、さほどの猶予は残されていないぞ』

「わかっています」

 静奈に残されたチャンスは、あと一手、打てるかどうかだ。


『いっそのこと、異世界人を元の世界に送り返すことはできないのか? アメリカに渡すよりも、絶対にその方がいい』

「調査はしていますが……」

『可能性は?』


「シノン・アッシュリーフという、ファンタジーマニアの科学者がいます。異世界に関して、世界で最も信憑性のある論文を書いた博士です。彼女の力を借りれば、可能性が見えてくるかもしれません。しかし――」

『しかし?』

「アメリカ人です」


 コンタクトは試みた。

 だが、すでにカーライルの根回しが済んでいるのか、協力に関して明確な返事はもらえなかった。

 まあ、ヒントのようなものは聞かせてもらったが。


「異世界のコトを考えれば、あたしがケリを付けるのがベストです。もちろん、この国のためでもあります。最善を尽くしますので、成功の暁には、ぜひ、遠山議員に協力していただきたい」




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