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二十五話 最強すぎる女子高生

 ロケットランチャー事件から二日。

 あれから静奈は、なんのリアクションも起こしてこない。


 テレビでも、警察の対応が疑問視されている。

 一週間近く経っているのに、未だ解決の糸口が見えていない。

 さらには、町中でロケットランチャーを使った件に関してもクレームが付いていた。

 まあ、弁の立つ姉貴なので、記者会見では軒並み論破していたが――。


「うーす。おはよう」

「おはようございます。晴樹殿」

 少し早く目の覚めた俺は、給湯室へと向かった。

 案の定、シエルがいたので、朝食の準備を手伝うことにする。


「メニューは?」

「そうですねぇ、乾燥チーズと豆でリゾットなんてどうであります?」

「セイカルもそろそろ収穫できるんじゃないか」

「いいですねぇ。見繕ってくるであります」

 パタパタと部屋を出て行くシエル。


 俺は、リゾットの下準備。

 米を少量の水で洗う。水の節約だ。

 研ぎ汁で、豆も洗ってしまおう。


 作業をしていると、シエルが慌ただしく戻ってくる。

「晴樹殿! たた、大変であります!」

「どうした? 敵襲かッ?」

「違うであります! グッドニュースであります! ついに、雨が降ってきたであります!」



「――雨、か」

 フォルトナビルの正面で、寒川静奈は空を見上げていた。


 大きな雨粒が、空から大地へ。

 ポツポツと降りてくる。

 待望の雨を、静奈は顔で受け止める。


「静奈さん、風邪引きますよ」

 有馬が、さりげなく相合い傘をする。


「有馬」

「はい」

「頼んでおいたシートは用意できてる?」

「もちろん。注文した大きさの物を、ぬかりなく」

「んじゃ、早速で悪いけど、例の作戦を実行してくれるかな?」

「……いいんですか?」

「うん。期待しているよ」



「ようやくですね!」

「待ってました、なんだよ!」


 俺は、直ちにリュカたちを叩き起こす。

 バケツやコップ、皿、ドラム缶など、水を貯められそうな物を片っ端から屋上へと運んだ。


 全員が着の身着のまま。

 パジャマ姿で作業が始まる。

 水さえ手に入れたら、籠城生活は盤石なものとなるだろう。


「晴樹、畑を作ったかいがあったな」

「ああ。生活の質も良くなる」


 ちなみに、まだ雨はビルに届いていない。

 上空にも結界が張られているから。


「リュカ、頼む」

「はい」


 リュカは、呪文を詠唱。結界の天井部分だけを解除する。

 すると、次の瞬間――。

 ざあざあと、滝のように雨が流れ込んできた。


「やったぁだよ!」

 おおはしゃぎのシエル。チェルキーとハイタッチをして、くるくると踊っていた。

「よっしゃ!」「よし、よしよしよし!」

 俺とクラリティも思わずガッツポーズ。

 リュカは、天の恵みを全身で感じていた。


「これで、水が飲み放題なんだよ!」

「お風呂にも入れますね~。これまで、ウェットティッシュで拭くだけでしたから」


「そういえば、リオンさんの姿が見えないであります」

 きょろきょろと周囲を見回すシエル。

「あいつなら、洗濯物を取りにいったぞ。この雨で一気に洗うそうだ」


 残った俺たちは、喜んで雨に打たれていた。

「あとは、待つだけですね」

「いや、いっぱいになったバケツから事務所に運ぼう。浴槽にも貯めておきたい。あと、ビニール袋とかにも入れておけるしな」

「なるほど、さすがは晴樹。しかしそれなら、床を砕いて池を作るのも悪くはなかったな」

 クラリティがナイスな提案をする。


「天気予報士は、どのぐらい雨が続くと言っている?」

 クラリティが問う。俺はスマホを確認して答えた。

「えっと、夕方までだな」

「それなら、私とリュカで、一階に池を作ってこようか」

「ええ、やりましょう」

「わかった。じゃあ、残った奴らで水を運ぶとしよう……か……?」


 ふと、雨音に混ざって雑音が聞こえた。

 ――バラバラバラと。


 俺は、上空に意識をやる。

 すると、そこには四機のヘリコプターが漂っていた。

 巨大なブルーシートの四隅を、それぞれが繋いでいる。


「アレはなんですか?」

 リュカは、雨から視界を確保するように掌をかざして眺める。


 ヘリコプターは、徐々に近づいてくると、やがてビルの上空で停止した。

 すると、滝のように注がれていた雨が、ブルーシートによって遮断されてしまう。

「ね、姉ちゃんの奴……ッ」

「これじゃあ水が手に入らないぞ。どうするんだ、晴樹」


 せっかくの補給のチャンスが邪魔されてしまう。

 次の雨がいつかは未定だ。いや、雨の度に妨害されては、籠城が続けられなくなる。


「あれぐらいのバリケード、私が魔法で吹き飛ばします」

 リュカが、空に向かって詠唱を始める。

 俺は、すかさず「やめろ!」と、言った。


「シートを吹き飛ばしたら、ヘリコプターが落ちる」

 四機は、ブルーシートとロープによって繋がっている。

 衝撃を与えようものなら、墜落して死人が出るかもしれない。


「でも、でもでも、このままじゃ、お水飲み放題ができなくなっちゃうんだよ」

 チェルキーが、不安げにつぶやいた。


「ふむ。あの程度なら問題ない」

「クラリティ殿?」

「要は、あのシートだけを破壊すればいいのだろう? 剣に魔力を込めれば、斬撃を飛ばすことができる」

 それで、シートだけを切り裂いてみせるという。

「おお、くらりてぃちゃん、お願いなんだよ!」

「ああ、剣を取ってくる」

 クラリティが踵を返した。


 ――その時であった。


 空に張り巡らされたシートが、一瞬にして十文字に裂ける。

 もちろん、クラリティはまだ何もしていない。

 自然と裂けたのだ。


 次の瞬間、それが『何故』なのかを理解する。

 シートが裂け目から、機動隊服に身を包んだ六人が落下してくるではないか。

「なっ……」

 俺は絶句する。


 そいつらは、屋上へ落ちると、転がるように衝撃を殺した。

 肘や膝には衝撃吸収パット。

 結構な高さでありながら、まったくの躊躇いもダメージもなかった。


「敵だッ!」

 ――姉ちゃんの奴、仕掛けてきやがった。

 俺が叫んだのと同じタイミングで、リュカ、クラリティ、チェルキー、シエルが構える。


 機動部隊の連中が、すかさずハンドガンを抜いた。

 その銃口は、なぜかすべて俺へと向けられる

「え……」

「晴樹さんッ!」


 一斉に放たれる弾丸。

 庇うように割り込むリュカ。バリアを構築するが、間に合っていなかった。

 弾丸が、リュカへと撃ち込まれていく。

「リュカ!」

 俺は、彼女の名前を叫んだ。


 ぐらっとよろめき、倒れる姫勇者。駆け寄る俺。

 どうやら、麻酔銃らしい。胸の辺りに、注射のような弾丸が突き刺さっている。

 俺は、急いでそれらを抜いた。

「晴樹さん……っ」

 俺の腕の中で、必死に蠢くリュカ。唇が動いていたので、俺は耳を近づけた。


 聞こえてきたのは、呪文の詠唱であった――。


 雨が降れば、俺たちは水を確保する。

 それを読んでいた静奈は、ブルーシートで遮ることを画策した。

 だが、異世界人は、なんらかの方法でシートを破る。

 それすらも予想していた静奈は、今日この日で決着を付けようとしたのだ。


 ――精鋭を送り込み、内側からビルを完全制圧することで。


 俺は、それを理解した。

 リュカも理解したから、最後の力を振り絞って呪文を詠唱したのだと思う。

 これ以上、援軍を送り込まれないようにと、天井の結界を再構築したのである。


「晴樹、リュカはッ?」

「麻酔銃だ……。眠っているだけだよ」


 雨が遮られる。

 静奈の送り込んだ精鋭たちは、密集した状態で銃を構えた。

 俺たちは、それを包囲するように布陣。

 非戦闘員の俺とチェルキーを、ぬいぐるみたちが守る。


「……なぜ、晴樹くんを狙ったんです?」

 隊長――有馬音羽が、ギロリと部下を睨みつける。


「ひ……。も、もうしわけございません。さ、寒川警部の指示で……最初に神山晴樹を狙えと……。きっと、誰かが庇うからって……。隊長は、そのような作戦を承諾しないから……自分たちにこっそり指示を……」

「さすがは静奈さんですね。私のことをよくわかってらっしゃいます。――が、もう、二度とやるな」

「は、はっ!」


 機動隊服に身を包んだ彼女が、一歩前へと歩み出た。

「すいません。晴樹くんを、巻き込むつもりはなかったんですが……」

「有馬さん……」


 ――有馬音羽。

 普段はドジで抜けているが、俺たちの前に立ちはだかった彼女の表情は、凜々しく勇ましく、そして威圧感を兼ね備えていた。


「この建物は完全に包囲しています。無駄な抵抗はやめてください」

 有馬は、それぞれの前に手錠を投げる。自らを拘束しろと言うことらしい。


「冗談ではないな。武力に屈する我々ではない」

「丸腰なのにですか?」


 突然の給水作業だったゆえに、クラリティの剣は寝室だ。

 アクセリオンは洗濯物を取りにいったまま帰ってこない。リュカは眠ってしまっている。


「私たちは魔王を討伐せんと集められた精鋭中の精鋭。万の兵が相手でも負けはしない。いつも静奈の横でふにゃふにゃしていたメルヘン乙女に遅れはとらん」

「クラリティ、油断するな。……有馬さんは強いぞ……」


 対立てこもり犯・及び対テロ機動隊隊長・有馬音羽。

 戦闘シゴトに関してはプロフェッショナルだ。

 おめでたい思考回路や、当たり前のようにやらかすドジを差し引いても、静奈が側に置きたがるほどの逸材である。


 事実、有馬の経歴は半端なものではない。

 彼女の実家は打撃、投げ、武器、すべてを網羅した柔術の道場だ。

 高校一年生の時から、空手、柔道、剣道の全国大会で無敗を貫いている。

 現在でも、機動隊内で彼女に勝てる者はいない。


 余談だが、本来であれば、道場を継ぐ予定だった。それだけの実力は十分にあった。

 しかし、高校在学中、不幸にも両親を事故で失い、門下生がいなくなったので、看板を下ろした。


 高校卒業後は、弟と妹の生活費を稼ぐために自衛隊へ。

 しかし、セクハラしてきた上司を叩きのめし、除隊を命じられてしまう。

 有馬が有名人ゆえに、少し大きな騒動となってしまった。

 その時の担当刑事が静奈だ。


 セクハラ上司は、コネを使って事態の収束を画策した。

 警察の上層部にいる知り合いに掛け合ったようだが、静奈は無視して捜査。

 事情を知った静奈は、有馬が最大限有利になるよう動いたのだった。

 除隊は免れなかったが、多額の慰謝料と謝罪を請求。

 以来、彼女は静奈に頭が上がらない。


 有馬が気に入ったのか、静奈は機動隊へ就職を斡旋した。

 現在では、静奈が、もっとも信頼を置ける対テロ部隊の隊長として、華々しい活躍をしている。


 鍛えられているから強いのではない。

 才能があるから強い。

 守るべき弟と妹のために戦えるから強い。

 弟と妹のために帰らなければならないから強い。

 大恩ある静奈のために失敗は許されないから強い。


 ――元、最強すぎる女子高生・有馬音羽。

 その実力は、人間のレベルではない――。



 一方その頃。寒川静奈は対策本部トラックの中にいた。

 ソファに腰掛け、腕と足を組む。

 瞳を閉ざし、報告に神経を集中させる。

 

「有馬隊、降下に成功しました。引き続き制圧が始まります」

 モニターには、ヘリからの映像が映し出されていた。


 けど、静奈は、目を瞑ったまま、淡々と話し始める。

「物理的な力での侵入は不可能。ならば、向こう側から開けてもらうしかない。ゆえに、雨を待った。雨が降れば、結界か、あるいは結界の一部を解除しなければならない。我々はブルーシートを使って妨害する」


 頭の中で状況を思い巡らせ、想像する静奈。

 さらに独り言を続ける。

「だが、なんらかの魔法によって排除される可能性が高く、対策を打たれるのは時間の問題。それゆえ、ブルーシートの上に有馬を含めた精鋭六人が待機。シートを分解させ、落下するように突入させる。着地したら、まず、晴樹を狙えと言っておいた。異世界人は晴樹に好意を抱いている。同時に責任も感じている。会話から、彼女たちの誠実さが伝わってきた。おそらく誰かが晴樹を庇う」


「しかし、寒川警部。異世界人が晴樹くんを見殺しにしたら……」

「晴樹はかわいいが、自分の意思であの場にいる。それに麻酔銃だ。撃たれても問題ない」


「突入したのが六人で足りますかね?」

 仲間たちの質問に、静奈は答えていく。


「ヘリコプターの中には第二陣を用意してあった」

 有馬が降下後、順番に突入させる予定だった。

 結界が再構築されたゆえ、叶わなくなったが。


「望ましいのは、リュカさんから倒すこと。結界を担う彼女が倒れたら、天井は空いたまま。部隊は突入させ放題。――幸運にも、晴樹を庇ったのがリュカさんだった。だが、倒れる前に結界だけは元に戻した。見事な判断力」

「となると、有馬隊だけで異世界人を制圧しなければならないわけですよね……」

「十分」と、静奈は言った。


「いちばんの懸念は、降下前に結界を閉ざされること。ロープを使えば安全性は増す。しかし、ミスは許されない状況。だから、落下してもらった」


 防具を着けているとはいえ、完璧な着地が求められる。

 それに、突入のタイミングで、結界を再構築される可能性もある。

 そうなれば、有馬たちは結界に弾かれ、七階のビルの屋上から、落下することになる。

 その場合、隣のビルにビスを打ち込んで生還を果たさなければならない。

 このリスクの高い突入方法を任せられるのが、あの精鋭六人。

 

 静奈は、まだ瞳を閉ざしたままだった。

「さらに言えば、六人もいらない。有馬一人でも構わない」

「有馬さん……そんなに凄いんですか? いや、活躍はいつも見てますけど……」

「凄い」

 静奈は断言する。


「あの子はバケモノだ。生憎と、私は有馬より強い人間を知らない」

 誰もが息を飲んだ。ゴクリという喉の音が聞こえてくるようだった。

「突入したのなら、あとは信じて待つだけだ――」


「……あ、あの! す、すいません!」

 静奈の講釈を遮って、女性のオペレーターが恐る恐る発言する。

「さ……寒川警部。お電話が入っていますが……」

「……終わってから、かけ直す。あたしは、有馬の吉報を待つ」

「それが、相手はあの遠山議員でして……」

「もう一度言う。有馬の吉方を待つ」


 静奈は、ずっと瞳を閉じたままだった。

 瞑想しているかのような彼女は、近づきがたいオーラが出ている。


 そして、頭上のぎるてぃも、なぜか瞳を閉じて、集中しているかのようなオーラを漂わせていた。


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