二十四話 あたしも混ざりたい!
屋上の畑は完成。セイカル以外の植物の種も植えた。
異世界産のクトフという根菜。
時季は外れているが、ケビオという野苺のようなフルーツ。
どちらも水は少量でいい。雨が降れば、成長を始めるだろう。
これらが実るまで籠城を続けるとは思いたくないが、大事なのは長期間の生活が可能だというのを証明すること。
兵糧攻めが不可能だと思わせておきたい。
今日の食事当番もシエルだった。
俺も手伝うと言ったのだが、それを制してクラリティとチェルキーが名乗りを上げる。
そんなわけで、俺を含めた他は、事務所のソファに腰掛け、ニュースを眺めていた。
ところで、さっきから気になっていたのだが、
「リオンさん、その格好は?」
「うふふ、どうですか?」
異国の美女が、着物を纏っていた。
「わたくし、日本の文化が大変気に入りまして、見よう見まねで作ってみたのですわ。いかがでしょうか?」
「と、とても似合っているのではないでしょうか」
着物は寸胴体型なほど似合うので、彼女の豊満な胸には若干窮屈そうなのだが、それがまたなんとも色っぽい
海外の方が、日本に来て全力で楽しんでいるような感じだ。
「ですって。ふふふ、姫様のぶんも作りましょうか?」
「わ、私はいいですよ」
言いながら、俺を意識するようにチラと一瞥するリュカ。
「――待たせたな!」
その時だった。給湯室の扉が蹴飛ばされるように開いたのは。
先陣を切って現れたのはクラリティであった。
なぜか、メイド服を纏っている。
手にはシルバートレイ。そして料理。
似合っているのが怖い。
「料理の支度ができたぞ。――そして、さあ、晴樹。どうだ、私のメイド姿は。こういうのが好きなんだろう? ん? ん?」
艶めかしい表情を浮かべながら近づいてくるクラリティ。
俺は、死んだ魚のような目で、死んだ魚を見るように彼を眺めていた。
そして、アクセリオンに尋ねる。
「これも、リオンさんが作ったんすか?」
「はい。クラリティ様が、どうしてもとおっしゃるので、うふふ」
「どうだ? さあ! さあ! 萌えてもいいんだぞ?」
「はいはい、邪魔であります。料理が冷めちゃうでありますよ」
続いて登場したのは、明るい緑を基調としたウェイトレス姿のシエルである。
こちらはとてもかわいらしかった。
「素敵ですよ、シエル」
「そ、そうでありますか? 普段とあまり変わらないと思うでありますけど……」
「あれも、リオンさんが?」
「はい。シエル様にも別の衣装を用意しました。こちらの世界の服は、作っていて楽しいですわ」
「晴樹。リオンとばかりしゃべっていないで、感想を言ったらどうだ? なぁ? あ、もしかして照れているのか?」
「はいほーい、料理お待ちどおさまなんだよ」
続いて入場してくるのはチェルキーである。
チャイナドレスを纏っていた。
子供のおままごとを見ている感じで微笑ましい。
「なぜ、チャイナドレスなんですか?」
「あら? 中国という国では、あのような格好をして給仕すると、テレビでやっていたのですが?」
たしかに、チャイナドレスの給仕は見たことがある。
「さあ、どうだ、どうだ晴樹ぃッ?」
表情を消して、俺は台詞を漂わせる。
「いいんじゃないですか?」
「ふはははは! 聞いたかシエル。晴樹は、この格好がいいそうだ! 悪いが、メイド姿は私の専売特許となった。おまえは明日からウェイトレスだ!」
「はいはい、せっかくの料理が冷めるであります。今日は、残ったチキンと野菜でスープを作ったのであります」
水は貴重。スープは少量の具だくさん。煮込み料理のような感じだ。
「ご飯にかけるのもありですよ」
「おーい。もっと私の服装に触れろ。ほら、褒めていいんだぞ。カチューシャ、かわいいだろ。スカートもちょっと短めなんだぞ? そそるんだろ?」
「料理とは、空腹との勝負だったんだよ。どれだけつまみ食いを我慢したことか、なんだよ」
「チェルキー殿、よく耐えたであります。食事は、皆と一緒に食べるから、おいしいのでありまーす」
料理が並べられて、すわ、いただきます。スープをゴクリ。
濃いめの味付けに、野菜の旨味が溶け出している。
たしかに、これはご飯を入れても美味いだろう。
そして、長方形にカットした鶏の胸肉。
これも見事なものだ。たぶん、狙ってやっている。
胸肉やささみは、筋肉繊維の『向き』というものがある。
その繊維に沿うよう噛み切ると、硬い肉も軟らかくいただけるのだ。
肉の切り方、大きさなどを調節することで、口に入った時、繊維に沿って自然と噛むように切られている。
「なぁ、リュカ。こいつを見て、どう思う?」
「へ? 素敵だと思いますよ。給仕するのに、気が引き締まりますものね」
「ちぇるきーのコレはどうなんだよ?」
「かわいいですよ。凄く似合っています。変わった民族衣装ですね」
「ふぇへへへ。スリットがえろいんだよ!」
言いながら、ジト目で足を見せつけてくるチェルキー。
クラリティには悪いが、メイド服についてコメントする気はない。
褒めなどしたら、上がって欲しくない好感度が上がってしまうのだから。
「まあまあ、クラリティ様。これからですわよ、これから」
「う、む。しかし……これは由々しき事態だよ」
クラリティは拳を固め、悔しそうな表情をする。
「晴樹がメイド萌えではないのなら、シエルに萌えているということになる」
「な……」と、シエルが言った。
「な……」と、俺も言った。
二人の顔が真っ赤になる。
「そ、そそそそそうなのでありますか? 晴樹殿は、自分をそういう目で見ていたのでありますかッ? そ、そりゃ、料理の得意な男性は素敵でありまするけどッ!」
「あらあら、三角関係かしらぁ?」
「違う、俺はただ、クラリティに好意を持たれるのが――」
「――そんなことないと思いますけどねぇ」
ふと、リュカが、淡々とご飯を食べながら、冷たい声を漂わせている。
「こちらの世界の人はですね。特殊性癖の持ち主が多いのですよ。だから、メイド萌えは正しいですし、チャイナドレス着た幼女もターゲットなんですよ。アクセリオンの着物姿にもドキドキしてるでしょうし、ウェイトレスなシエルにも、昨日とは違った高揚感を抱いています。私はコスプレなどしていませんが、この由緒正しき犬耳でさえも、こっちの世界からすれば萌えアイテムなんですよ」
いつの間にかリュカも軽蔑モードに入っていたようだ。
俺以上に死んだ魚の目をしている。
「は、晴樹殿、そうなのでありますか?」
「全部! 誤解なんです!」
針のむしろのような空気の中で食事を終える。
就寝の時間になると、寝室へと向かった。
――扉を開けると、昨日とは別の世界が広がっていた。
「……これは、どういうことだ?」
俺は、ボソリと言葉を落とした。
「せっかく床で寝るのですから、雰囲気もそれなりのものを用意したいと思いまして――」
――ここは、フォルトナビルの四階。小さなオフィス用の部屋である。
リノリウムの床に、殺風景な壁。
それだけの空間に布団を敷いていただけのハズだった。
だが、アクセリオンの奇跡によって『和室』が出現している。
「さすがは、リオン殿。凄いであります」
「これ、全部布か?」
床に敷かれた絨毯は畳み柄。壁も木目調の布。
触れてみることで、ようやく布だとわかる。
掛け軸も、糸と布だけで再現してあった。
「布団を解体し、魔染料を使ってそれらしく色付けし、編み込んでみました。見様見真似なので、正しいのかどうかはわかりませんが」
正しいも何も、これはもはや芸術品であろう。
「あと、皆様、これをどうぞ」
「これは……着物でありますか?」
「浴衣と呼ばれるものです。ね、晴樹様」
「ああ、パジャマの代わりだな」
和室に浴衣。気分はまるで旅館気分である。
布を自由自在に操る世界最強の裁縫師の力は半端なかった。
「……もしかして、晴樹さん、浴衣萌えだったりするんですか?」
「違います!」
☆
フォルトナビルの外。対策本部トラック内。
「マルケイのクリームパン、美味いね」
「クリーム増量中らしいですよ。も一個買ってきましょうか」
「うんにゃ、いい。――ほら、ぎるてぃ。おまえも食ってみろ」
静奈は、頭上のギルティにちぎったパンを差し出した。
「わふっ!」
むしゃぶりつくぎるてぃ。
「クリームって、犬の大好物らしいですね。けど、与えすぎは太るから注意した方がいいらしいですよ?」
「だいじょぶ。あげてるのはパンの部分だけ。真ん中のクリームは、私が食べるから」
「それにしても……」
有馬は、画面のひとつを見やる。
「晴樹君たち、楽しそうですねぇ」
カーテンのシルエットが、六人の姿を映し出している。
まるで、旅行にでも来ているみたいに談笑しているようだ。
「……静奈さん、機嫌悪いんですか?」
「うんにゃ」
嘘だ。気分は良くない。
機嫌が悪いのは静奈だけではなさそうだ。
静奈組の全員が、晴樹たちの楽しげなシルエットに、苛立ちを感じている。
あのビルの中では六人の男女が楽しくキャッキャやっているのだ。
男衆の嫉妬は半端ない。
そうでなくても、こっちは厳戒態勢で見張り続けている。
みなさまは連日のように残業だ。
晴樹も、一時期は飢えで死にかけたようだが、それを差し引いても、溜飲が下がるものではなかった。
「有馬ぁ」
静奈は、気怠そうに言った。
「は」
「らんちゃ。あったよね? ろけっとらんちゃ」
「はい、対結界用に軍からお借りしたのがあります。まだ、試してませんが」
「んじゃ、試してみるか。晴樹のいる辺りに撃ち込んどいて」
「は? い、いいんですか! あ、危ないですよ。晴樹くんに何かったらどうするんですか? そもそも、こんな町中で使うなんて――」
「いーの。どうせ壊れないよ、結界は」
☆
突如として、ドゴォォォンという凄まじい音が鼓膜を殴りつけた。
ビルが激しく揺れ、カーテンの向こうから凄まじい光が襲ってきた。
――ついに、姉ちゃんが実力行使に出たのか?
結果的に、破られはしなかったのだが――リュカたちも万が一を考えたのだろう。
全員が布団の中へと滑り込んだ。
「で! なんで! おまえは! あえて! 俺の! 布団に! 潜り込んでくるッ?」
「晴樹を! 守らなきゃと! 思って!」
布団の中で、俺はクラリティから身を守る羽目になった。