二十三話 伝説の傭兵
カーテンの隙間から差し込む光で、俺は目を覚ました。
久しぶりによく眠れたと思う。
辺りを見回す俺。
チェルキーはお腹を丸出しにして豪快に眠っている。
俺の隣にはアクセリオン。
彼女は起きていた……いや、目を開けたまま眠ってるよ。
綺麗な女性がそんな感じなのは、ちょっと怖かった。
リュカも夢の中のようだ。
彼女、眠り方が独特で、犬猫の如く身体を丸めるようにして眠るんです。
で、クラリティだが、昨晩、這うようにして、俺の布団へ潜り込もうとしていたゆえ、ロープでぐるぐる巻きにしておいた。
うん、普通に寝ている人いないね。
シエルは……あれ、いない?
と、思っていたら。
扉の向こうから、カンカンカンカンという音が近づいてくる。
リュカは、眠りながら犬耳をピピッと動かした。
バンと、扉が開いた。
お玉とフライパンを持ったシエルが現れる。
「皆様、おはようございますでありまーす。起きてください。朝食の準備が整いましたよ」
「おはよ、シエル」
「おお、晴樹殿は起きてらっしゃいましたか」
「みんな、疲れたんだろうな」
これまでは、空腹で眠れなかったり、水分不足で体調もおかしかった。
昨日は、お腹いっぱい食べることができたし、作業もたくさんしたので、疲れているのだろう。
「しかし、朝は誰にでも平等に訪れるのでありまーす」
カーテンをシャッと開けて、陽光を取り入れるシエル。
再び、フライパンへとお玉を、カンカンと打ち付けた。
さあ、本日も籠城生活が始まる。
リュカとシエルは一階で、土を作る作業に従事してもらった。
それを、チェルキーとぬいぐるみ隊が屋上へと運ぶ。
で、俺とクラリティは屋上で床を砕いての開墾作業である。
雨に備えて、他の作物も育てることにしたのだ。
アクセリオンは、裁縫作業があるらしい。何を作るかは見てのお楽しみとのこと。
というわけで、俺とクラリティは、屋上でツルハシを振り回していた。
コンクリの床を砕いて、とにかく溝を作る作業だ。もう少し畑を広げたい。
だが、彼と二人で仕事をすることには躊躇いがあった。
初日の風呂のような時のことが起きれば、俺に抗う術はない。
超人的なパワーによって組付されてしまうだろう。
しかも、上空には希にヘリが飛んでくるので、下手をすればおぞましい行為を全国中継である。
いや、世界にも配信されるかもしれない。
「なぁ、晴樹っていい身体してるよな……」
……早速、仕掛けてきやがったか。
俺は、ツルハシを構えた。
「そんなに警戒するな。純粋な興味だよ。こっちの人間は戦争とかしないんだろ。伐採とかも機械化してるって言ってたしさ。けど、結構筋肉あるよな。細身なのに。何やって鍛えてるんだ?」
「お、おう?」
構えは解いたが、警戒は怠らない俺。
力仕事はしていないが、こっちの世界はスポーツが盛んだからではないだろうか。
まあ、他に理由があるとすれば、
「姉ちゃんに鍛えられたからかな」
「ああ、静奈、警官だったな。厳しいわけだ」
「いや、警官になる前からだよ。学校とかでさ、喧嘩とかするだろ? 負けて帰ってくると、特訓させられるんだよ」
いつの昭和だと言いたくなる。
漫画のように土手を走らされたり、静奈を背中に乗せて腕立て伏せをしたり、腹を踏まれながら腹筋したりと、結構容赦がなかった。喧嘩の仕方も教わった。
静奈は『遠慮はいらん、やり返せ』と、言っていた。
何度も学校で問題になったが、悪いのは虐める側だし、静奈も弁が立つゆえに、いつもお咎めがなかった。気がつけば、喧嘩した相手と仲良くなっていることもある。
おかげで、並以上には鍛えられたし、虐められることもなくなった。
「いい姉上だな」
「そうか? 本人、結構楽しんでたぞ」
特訓というよりも、俺を玩具にして遊んでいるといった感じだ。
「そういうおまえはどうなんだよ。やっぱ、傭兵の家系なのか? それとも、食っていくために仕方なくやってたのか?」
「いや、私は、極普通の農家の生まれだ。田舎者だよ」
「それが、どうして傭兵に? っていうか、なぜ、女性のフリしてるんだ?」
「女性らしいのは子供の頃からだ。なんというか、思考回路や好みが女性に偏っているらしい。学者に聞いてみたら、極希にそういう性質を持った者がいるそうだ」
日本にもそういうの多い。案外、珍しくないかもしれない。
ただ――。
俺は、作業中のクラリティをチラと見る。
――悔しいが、ここまで美しい男の娘は見たことがない。
普通は違和感を覚えるはずだ。
例えば声。
男は声変わりするゆえ、どうしてもごまかせなくなる。
けど、彼女の場合は、女性で通用する。
「傭兵になった理由は?」
「ふむ……」
クラリティは、少し手を止め、空を眺めながら思案した。
「あれはたしか……十四歳の頃だったか」
彼は、少し寂しそうな表情を浮かべた。
「……実の兄に欲情してしまってな。迫ったんだ」
「な、なんの話をしている……」
「待て、ちゃんと傭兵になった理由に繋がるんだよ」
実の兄を性的な意味で襲うのが、傭兵人生の序章らしい。
凄く怖いけど、興味があるので聞いておこう。
「もちろん、兄は拒んだよ。けど、私はあきらめずに何度も迫った。優しく、時には厳しく、荒々しく。そうしている内に……私が怖くなったそうだ。兄は村を出て行ってしまった」
俺以上の被害者が存在したらしい。
「両親にはこっぴどく叱られてな。まあ、責任の一端は、私にあるわけだし、兄捜しの旅に出ることになったんだ」
責任の一端どころか、全責任がおまえにあると思う。
「魔族や魔物もいるからな。剣の使い方は教えられていた。蹴散らしているうちに身体は鍛えられ、剣技も上達していった。精神も鍛えられたよ。人間を相手にすることもあったな」
見た目は完全に女なので、悪い輩に襲われることは多々あったそうだ。
しかし、クラリティの性別を知るや金縛りに遭ったかのように動きが止まる。
その隙に、相手が山賊だろうが海賊だろうが蹴散らしていった。
気がつけば、自然と実力が身についていた。才能もあったらしい。有名にもなった。
「ある日、蹴散らした山賊団のひとりと酒場でバッタリ出会ってな。『姉さん、傭兵やらないっすか?』って。まあ、旅には金も必要だしと思って傭兵を始めたわけだ」
「本来の目的は何処行った?」
「兄のことか? そのころは行方不明のままだ。まるで、私から逃げるように町を転々としていたからな」
逃げるようにじゃなくて、本当に逃げていたのだろう。
「しかし、まあ、傭兵団はパラダイスだったなぁ」
男手溢れている傭兵団は、クラリティにとって楽園そのものだった。
様々なタイプの男性が、揃いに揃っているのである。
「おまえ、男だったら誰でもいいのかよ」
「いいや。私にも好みがある。細マッチョのイケメンが好みだ。しかし、やはり中身だな。例えば……生きるために必死な奴。守る者のために命を燃やす奴」
「傭兵団には、そんな奴ばかりなのか?」
「生きるも守るも、金が必要だからな。ま、そうでなくても、異性がいれば嬉しいだろ。自分に置き換えてみろ。少なからず現状は喜ばしいはずだ」
そういわれると反論はできない。
その後、クラリティは傭兵団に所属し、獅子奮迅の活躍を見せる。
あっという間に、誰もが一目置くようになった。
クラリティ・ウーロフランを雇えば、戦いは百戦百勝。
双剣を握らせれば、瞬きの間に十人が倒れる。一振りで三人を斬ったことも。
傭兵団二十人。山賊団百人。仲間が全員負傷の状況から一人で逆転勝利。
戦場に立つだけで、敵のボスが泣いて謝った。心臓発作で死ぬ奴も。
仕事のない日でも二人ぐらい殺してる。
グッとガッツポーズをしただけで五人ぐらい死んでた。
など、全盛期は凄かったそうだ。本当だろうか。
もちろん、悪い噂も尾鰭が付いて広まっていたらしい。
実は男。ゲイでもある。
戦場で弱ったものから順に、敵であろうが味方であろうが襲われてしまう。
仕事の報酬は身体で払わされる。
気に入られた団員は、次の日から行方不明になる。
敵に凄いイケメンがいると大喜びで裏切る。
裏切らせないために、あらかじめ味方にもイケメンを用意しておく。
双方共にクラリティを懐柔するため、ホストのような連中ばかりの戦争が起こった。
一緒に戦った者は、皆こう言う。『敵にも味方にもしたくない』と。
「ほとんどが根も葉もないいいがかりなんだけどな」
ほとんどということは、いくつかは真実なんですね。
まあ、性別がネックだった。
趣味嗜好がオープンなのもネックだった。
積極的なのもネックだった。
気がつけば、傭兵団の中でも孤立し、やがてはクビになってしまう。
それで、現在はフリーの傭兵として活動しているというわけか。
実力に関しては、疑いようがないだろう。
なにせ、魔王討伐隊の一員に選ばれたのだから。
初めてこの世界に来た時も、余裕綽々とヤクザを倒していたし。
「で、兄さんはどうなった?」
「ああ、そうだったな。うむ。……これは、風の噂で聞いた話なのだが、どうやら、私と入れ違いで故郷に戻ったらしい」
兄の目的はクラリティから逃げること。
そのクラリティが旅をしているなら、家に戻った方が安全だと思ったようだ。
「戻って、一言謝らねばと思っているのだがな。傭兵稼業も忙しくなったし、しばらく家に帰っていないんだ」
クラリティには気の毒だが、それが兄のためだと思う。
どうか、平穏無事で暮らしてください。