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二十二話 信長と家康

「なんか、晴樹くんって変わりましたよね。私のイメージでは、静奈さんのうしろをついて回るような子だったと思ったのに、なんだかもの凄く大人になったみたいでした」

「反抗期が始まっただけだよ」


 本部トラックの中。

 静奈と有馬は、ソファで雑談にかまけていた。

 スタッフの連中は、先程から電話の対応に追われて、こちらのことなどお構いなしだ。増えた異世界人のことを、各方面に報告しているのだろう。


「静奈さん、首、疲れませんか? ぎるてぃちゃん、ずっと頭に乗せてますよね?」

「こいつ、この数日でメチャクチャ成長してやがる。鍛えとかないと、いつまで乗せてやれるかわからないからな」

「レトリバーってめちゃくちゃ大きくなるみたいですよ?」

「がんばる」


 有馬の言うように、晴樹は静奈の機嫌を伺うような子供だった。

 見知らぬ他人に育てられるというのが、どういうことかを理解していたのだろう。

 けど、それでは駄目だと思ったから、自立させるような育て方をしたつもりだ。


 静奈の思いどおりに動く子供ではいけない。だから、晴樹に教えたのは正義と道徳だ。

 多く人間とふれあい、友達とも喧嘩して、裏切られ、仲直りをして、そうやって人間関係を磨いていく。


 晴樹のいいところは、他人の気持ちを理解できるところだ。きっと、幼少の頃から、両親の機嫌を伺って生きてきたのか、察する能力に関しては人一倍優れていると思う。

 ただ、不器用だから、静奈とは違った結論を導き出したのだろう。

 尊重しなければならない部分でもあるが、現実も教えてやらねばなるまい。


「けど、今回の静奈さん、交渉人っぽくないですよね?」

「そうか? ……まあ、やりにくい相手だからな」


 普通なら、選択肢を用意して選ばせるようなことはしない。

 主導権を握って、静奈の意向に誘導するのが仕事。


 だが、相手は勇者だ。欲望に塗れた犯罪者とは違う。そして、晴樹が言っていたように背負っているものが違うのだ。


 ――静奈のスマホが鳴った。デフォルトの着信音だ。

 何気なく画面を見やる。知らない番号からだった。


「――もしもし」

「やあやあ、どうも、久しぶりだね。静奈」


 軽い調子の、ネットリとした聞き覚えのある声だった。


「……どちらさまですか?」

「つれないなぁ。カーライルだよ」

 ああ、思い出した。有名すぎるCIAという肩書きのアメリカ人だ。

 しかし、最初に抱いた感想は『なぜ?』だった。

 ポーカー大会で戦ったぐらいしか接点がない。


「ああ、カーライルね。覚えてる」

「よかった。悪いね、いきなり電話して。ちょっと声が聞きたくなってさ。今、ひとり?」

「うん、ひとりだよ」

 全力で嘘をつく静奈。


 タイミング的に面白くないと静奈は思った。

 相手の職業はCIA。

 異世界人ビルジャック事件の、最前線にいる静奈に電話してきたのは、何か裏があるのではないかと勘ぐってしまう。


「本当? ……証券会社に電話した時ぐらい雑踏が聞こえるんだけど? まあいいや。静奈の活躍はアメリカまで届いているよ。美人すぎる交渉人だってね。モデルやテレビの取材で、忙しいそうじゃないか。本業の方も順調のようだね。日本では、異世界人がビルを占拠したんだっけ? 静奈が指揮官だって聞いたけど?」


 カーライルの人間性はわかっている。自分以外をNPCだと思っている自己中野郎だ。

 関わると損をするタイプの人間。親密になる必要もないし、関係を持つ必要もない。


「違うよ。あたしはハリボテ指揮官。現場でアドバイザーやってるだけ」

「僕の職業覚えてる?」

「諜報員だよね。じゃあ、あたしがハリボテなのもわかってるんだ」

「君が指揮官なのも、普段頭の上に犬を乗せているのも、ぜぇんぶわかってるよ?」


 警察関係者にスパイがいるわけか。

 ――いや、もしかしたら、この中にいるかもしれない。

 静奈は、瞳を動かし、視線を一周させる。


 どうやらCIAは、異世界人の件に興味があるらしい。


「用件をどうぞ」

「恋人できた?」

「日本の法律だと、その質問はセクハラに値するんだよ? 参ったな。あたしが上に告発すれば……あぁ……あんたのキャリアが終わっちゃう……」

「大丈夫。平気平気。僕、アメリカだから。日本の法律関係ないから。相変わらず、動じないね。さすがは静奈だ。そろそろ本題に入ろう」


 薄っぺらい会話のジャブを終わらせ、カーライルが用件を切り出す。

「アメリカが異世界人を欲しがっている」

「彼女たちはモノじゃないよ?」

「彼女たちは非常に貴重な財産だ。異世界文化を日本人に独占されるのは、アメリカとしても面白くない」


「どういうコトかな?」

「近々、アメリカは異世界人ビルジャック事件に関与する予定だ」

「そりゃ、ビッグニュースだ」


 ……なるほど、そういうことか。

 ようやく合点がいった。


 上層部の方針が曖昧だったのは、他国からの圧力があったから。

 それがアメリカ。具体的に言えばCIAか。

 スムーズにいかない辺り、だいぶ拗れているのだろう。


「アメリカかぁ。でも、なんであんたが動いているのかな? ちょっと詳しく聞かせてよ。あたし、頭が良くないから、わかんなくてさ」

「世界で唯一僕に勝った日本人だろ? 謙遜しなくていいじゃないか」

「ポーカー大会のことかな? あれはマグレだね。ビギナーズラックだよ」

 気にしてないフリをしているようだが、話題にしてくる辺り、あの勝負に未練があるらしい。


「異世界人の件だけど、日本人が思っているよりも、世界は意識しているんだよ。出世したいものでね。この件に関して、がんばって出しゃばってみたんだ。大物政治家を動かして、事件に絡むつもり予定だ。で、あとは上手くやって、異世界人をアメリカに持ち帰る」

「私利私欲のために、異世界人を利用するのは道徳に反しているよ。彼女たちは、元の世界に戻って、世界平和のためにデスタムーアを倒さなくちゃならないんだ。所有とか独占とか、そういう認識は間違ってるんじゃないかな?」


「彼女たちにもメリットはあるよ? 技術を提供してくれたら、元の世界に戻る方法も探してあげるつもりだ。なんなら、アメリカ軍が異世界に行って、バラモスめがけてミサイルを撃ち込んだっていい」

「そのまま、向こうの世界を侵略する気かな?」


 異世界への進行はともかく、リュカたちを財産と捉えるのはあまりに酷い。

 異世界でも、人間が生きているのだ。

 あまりに遠い地ゆえに、認識が甘くなっているのではないか。


「話を戻そうか。単刀直入に言うと、近々アメリカがこの件に関与する。あまり褒められたやり方じゃないけどね。で、指揮官は僕だ」

 多くの人生がかかっているというのに、カーライルは、それを楽しんでいるように見える。


「それで?」

「……どうかな? 僕と組まないか?」

「組む……?」

「そ。指揮官は僕。静奈は秘書をやってくれたらいい。手柄は半々ね」

 嘘に決まっている。約束など守るわけがない。


「あたしに何をしろと?」

「僕の交代を阻止しようとしている政治家がいる。心当たりがあるだろ? おかげで苦戦していてね。だから、話を通して欲しいんだ」


 ――政治家が?

 思い当たるのは、錬太郎の父である遠山議員か。たしかに、この件のことは知っているだろう。静奈の知らないところで動いてくれていたらしい。


「そんなことしたら、あたしは売国奴だよね?」

「大丈夫だよ。事件が丸く収まったら、静奈をCIAにスカウトしようと思ってる」

「無理だね。生憎と、英語が話せないんだ。単語もペンとパイナップルとアップルとペンぐらいしか知らないし」


 馬鹿げた話だと静奈は思った。例え、カーライルがどんな好条件を出してこようとも、彼自身を信用できないのだから、協力などできるわけがないのだから。


「これでも静奈のことは認めているんだ。島国に収まるような器じゃない」

「あんたと仕事するの嫌だし」


「……これは例えばだけど……僕が指揮官になったとするじゃん? そうなると、ビルの中に取り残された弟くんが心配にならないかい」

 静奈の表情が険しくなる。

「別に」

 ――この野郎。脅す気か?


「親友である静奈の唯一の家族なんだ。僕だって無事に帰してあげたいけど、君と違って優秀じゃないからさ。何かの間違いで取り返しの付かない怪我をしないといいな」


 カーライルはこういう男だ。

 取引や交渉になると、不必要な脅しを使う。ゲームでもだ。

 接点はポーカー大会だけ。それだけで、彼の人間性は十分にわかった。

 若くして世界一有名な諜報員として活躍しているのも、手段の選ばない捜査が功を奏しているからである。


 もちろん、静奈は屈しない。

 媚びたところで約束を守る奴だと思っていないから。

 自分以外の人間を、人間と思っていないから。


「言ってろ。こっちには頼りになる仲間がいるんだ。あんたが来日する前に決着を付けてくれるってさ」


 言って、静奈は顔を上げる。

 静奈の周囲には、チームの仲間たちが集まっていた。

 その、十数人の集団が、直立不動の姿勢で佇んでいる。

 途中から、静奈が合図していた。

 全員が息を潜め、静奈がスピーカーに切り替え、聞こえるようにしていたのだ。

 スマホの向こうにいるカーライルを睨んでいるかのようであった。


「ふん。ま、いいよ。会える日を楽しみにしとく。じゃあね。国際電話だから高いんだ」

 カーライルは、一方的に電話を終わらせる。

 静奈も、やれやれとスマホを置いた。


「――大変なことになりましたね、静奈さん」

「うんにゃ。たしかに大変。だけど、カーライルも焦ってるね」


 遠山議員が、静奈の知らないところで動いてくださったのだ。

 静奈が事件を解決しないうちに、カーライルも動かねばならない。だからこそ、苦肉の策として静奈を懐柔しようとしたのだと思う。


「けど、ぶっちゃけ、あたしも焦ってる。カーライルの来日前に、終わらせないとね」

 時間との勝負になった。静奈はそう思った。


 カーライルの計画は動き出している。そう簡単にあきらめるような奴ではない。

 ――来るといったら来る。


 兵糧攻めは失敗。晴樹は長期戦を仕掛けてくるだろう。

 だが、付き合ってやることはできない。

 悪いが、晴樹の望むような穏やかな終わり方はできないかもしれない。


「――有馬、近いうちに働いてもらうことになるよ」

「は、はッ!」

 敬礼をする有馬。その口元はほのかに笑んでいた。



「うほ~。ふわふわのやわやわだよぉ」

 ぼふんと布団にダイブするチェルキー。頬を埋めて、感触を確かめるように揉みしだく。


 アクセリオンのおかげで、とても質のいい睡眠ができそうだ。

 羽毛布団を解体し、よりふわふわになるよう調節してくれた。

 枕も、それぞれにあったものを作ってくれた。


 もっとも嬉しかったのはパジャマである。

 軽く柔らかいパジャマは、サイズにも余裕があって、着心地は抜群だった。

 各人、胸のところに刺繍が施されている。

 例えば、リュカなら狼。

 チェルキーなら熊のぬいぐるみ。

 シエルなら剣と盾。アクセリオンなら会社のロゴ(毛糸玉と編み棒)などである。


 そして、どういうわけか、俺のパジャマにはクラリティの顔が描かれていて、クラリティのパジャマには、俺の顔が描かれているという事件が発生している。

 最悪のペアルックだと思った。悪戯にもほどがある。


 いつもは、事務所のソファへと寝転がっていたのだが、人数が多いゆえ、四階の別の部屋に布団を敷いて寝ることにした。

 床に寝るという日本の文化にチャレンジしてくれるようだ。


「けど……男の俺も一緒ってのもなぁ……」

 俺は、バツが悪そうに苦笑する。

 ……これではまるで修学旅行。あるいは、女の子だらけのパジャマパーティである。


「気にしなくてもいいですよ。一緒にいた方が、何かあった時にも対応できますし」

「で、あります。それに、クラリティ殿だって男なのであります」

「気にするというのなら別室でも構わんぞ。男女で分けるのも悪くはないと思う」

「……俺が悪かった」

「はるき、女の子畑を満喫するんだよ」

「なんだ、その卑猥なフレーズは」


 各々、布団の上へと座り込み、談笑が始まった。


「ふむ。なんだかわくわくするな」

「ま、まあ、修学旅行みたいだな」

 もっとも、中学の修学旅行は、男ばかりのむさ苦しいパジャマパーティだったけど。


「修学旅行って、なんでありますか?」

「学校が企画する旅行だよ。こっちの学生は、在学中に泊まりの旅行に出かけるんだ。商店街を回ったり、デカい大仏を見たり、温泉に入ったりな」


「わたくし、温泉が大好きなのです。ぜひ、こっちの温泉にも入ってみたいですわ」

「こっちのは凄いぞ。空気を送り込むジェットバスや、薬草を入れた風呂。景色を眺められる露天風呂。あとは、電気風呂とか」

「で、電気風呂? 拷問か?」

「違う。微量の電気を流して、腰痛とかを治すんだよ」

「ビリビリしてみたいんだよ!」

「じぇ、じぇっとばす? そ、それ、どこにあるんですの?」


 アクセリオンは興味津々のようだ。

 ずい、と、迫るように尋ねてくる。

 俺は、近所のスーパー銭湯のPVを見せてやった。

「す、凄いですわ。……え? これ、浴場ですか? 滝がありますよ! オレンジが浮かんでます! 泳いでる人まで? ふぇ? サウナ?  ええ、お風呂場でエステッ? パラダイスですわ! パラダイスがここにありますわ。きゃ~」


 スマホを奪い取って、画面をスライドさせながらきゃあきゃあ盛り上がるアクセリオン。

 ひとしきり見終わると、彼女は俺を見た。そして、決意を込めた表情で言った。

「……行きましょう」

「い、行けるといいですね」


「時間は十分ありますわ。異国文化を学んでから、戻るというのも、間違いではないと思います」

 アクセリオンは、グッと拳を固める。


「わ、悪くはないと思うでありますが、民のことを思えば、遊んでいくというのは……」

「あらあら。シエル様。あなたはたった十分の休憩も許さないんですの? 向こうの世界で、十分ほど休憩時間を削るだけで、こちらの世界では五日も寛げるのですわよ? 効率のいい過ごし方だと思いますが? むしろ、こちらの世界で鍛え、学び、身体を休めてから戻れば、魔王如き、容易く倒せるのでは?」


「い、いやいやいや! 精神的なことを言っているのです! そ、その、せっかく魔王に迫っていたというのに、ここで気を緩めてしまうのは危ういのではないかと」

 しどろもどろになるシエル。


 俺は、アクセリオンの言っていることに一理あると思った。

 もっと、こっちの世界のことを知って欲しい。悪い記憶よりも、いい記憶を持って、アルクリフに戻って欲しかった。幸い、時間はある。


 まあ、そんなのは綺麗事で――本音を言えば、もっと一緒にいたいのだと思う。

 本当の修学旅行みたいに、町を回って、買い物をして、文化に触れあって、温泉に入って、俺の本気の料理を食べさせる。絶対に楽しいと思う。


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