二十一話 世界を背負えるほど俺はできた人間じゃない
夜。静奈から呼び出しがあった。
俺からすれば、案の定といった感じだ。
静奈も不安を抱いているのだろう。
人数が増え、活発に行動しているのはわかっているはずだ。
畑を作ったともなれば、長期の籠城ができるのではないかと焦っているに違いない。
俺は、リュカたちと一緒に正面玄関へと足を運ぶ。
「よ。賑やかになったみたいだね。ちゃんとメシ食ってる?」
緊張感のない言葉を飛ばす静奈。
頭の上には、さらに緊張感を減衰させる、ぎるてぃが乗っていた。
隣には有馬。真剣な表情で、俺たちを眺めている。
俺は、ほんのわずかな笑みを浮かべて「さあな」と、惚けた。
「新入りの方、初めまして。晴樹から聞いていると思うけど、こちらの世界の窓口をやってる寒川静奈だ。で、こっちはダチの有馬音羽ね。頭の上のワンコはぎるてぃ。以後、お見知りおきを」
「裁縫師のアクセリオン・オーバーライフともうします。姫様がお世話になっております」
「シエル・コッパペンです」
「食料、手に入ったんだね。パーティなら姉ちゃんも呼んでくれたらよかったのに」
「チキンステーキ、美味かった。カルカッタっていう異世界の鳥だ。身が締まっていて、すげえ味が濃いの」
俺は、したり顔で自慢する。
「……単刀直入に聞くけど、どれぐらい籠城できる?」
「もしかして、焦ってるのか?」
「よくぞ見抜いた。がびーん」
「残念だが、籠城ならどれだけでもできる。投降は期待しない方がいい。これからは交渉で話を進めようぜ」
「一刻も早く、元の世界に帰りたいんでしょ? 最短は、国の協力を得ることだよ。籠城してたんじゃ、戻る目処なんかつかないでしょ?」
「心配してくれてありがとよ。だが、リュカたちにいいニュースがあったんだ」
こっちの世界での五日間は、アルクリフでの十分程度でしかない。
リュカたちは、それほど焦る必要がないのである。
「ふーん」
静奈は表情を変えなかった。焦る素振りも表には出していない。
有馬も、静奈からおとなしくしていろと言われているのだろう。眉ひとつ動かさなかった。
「……新入りさんは、どこからきたの?」
「例のクローゼットの中から」
「戻れそう?」
「わからないな」
「運もあるとは言え、籠城は見事。長引くのはわかった。けど、これはおまえたちにとっていいことじゃないよ。――姉ちゃんも、手段を選んでいられなくなるから」
静奈の言っていることは、ハッタリだと思った。
手も足も出ないからこそ、脅しているに違いない。
「それに、リュカさんたちはいいとして、晴樹はガッコ、どうすんのさ?」
「ま、まあ……この件が片付いたら、がんばって遅れを取り戻す」
「ちゃんと卒業しろよ。大学行くんだろ?」
「わかってる。けど、リュカたちは、世界の命運を背負ってんだぞ」
リュカが口を挟んだ。
「晴樹さんには、本当にもうしわけないと思っています。ですが、こうして一緒にいてくれるだけで、私たちも救われています」
「あそ」
「私たちは、建物の中での生活基盤を手に入れることができました。慌てる必要もなく、何日でも籠城することができると思います。しかし、静奈さんの仰るとおり、これは双方にとっていい形ではないのかも知れません。私たちが望むべきは、友好的な関係なのですから」
「だね」
「そう思うのなら、お互いが最良の結果を得られるよう、取引してもらえないでしょうか?」
「具体的には?」
ここからは、リュカに代わって俺が話す。メシの時に、軽くまとめた案件だ。
ひとつ。ビルを大使館化する。それを全国に報道する。
ふたつ。結界は消さない。
みっつ。リュカたちは自由に表を歩くことができる。
よっつ。誰かが外を出歩いている時は、異世界人の監視という名目で、何人かのスタッフをビル内に駐留させること。これが人質となる。
これが、リュカ側からの要求である。
人数が増えたおかげで、リュカたちにも選択肢が増えている。
大使館と銘打つことで、最初はともかく時間が経つにつれて、相応の友好関係を築くことができるのではないか。
「……大使館か。話が大きくなってきたね」
「仲良くしたい。けど、お互いの信頼がないからな」
「いいね。具体的になってきたね。……けど、それ、そっちの一方的な要求だから。友好的でも、そっちの都合のいい友好だから」
静奈は、結界に近づいた。近づいて――拳を透明な薄板へと触れさせる。
不適な笑みを浮かべる静奈。彼女は落ち着いた口調で言った。
「…………勝ち誇ってるけど、この結界、弱点だらけだよ?」
「だったら、どうにかしてみろよ」
「それをやったら戦争だってわかってるの? そうならないために、こっちは必死で我慢しているんだ」
「ハッタリだ」
「――投降しな。晴樹」
「助けろ、姉ちゃん――」
俺と静奈。二人の視線が交錯する。
静奈は胸ポケットから電子煙草を抜いた。
やれやれといった感じで咥えようとしたが、頭上にぎるてぃがいるのを思い出したのか、すぐに電子煙草を元に戻した。
「……最後に言っておく。結界に欠点があるコトは真実だ」
「上等」
「もうひとつ。……姉ちゃんも、いつまで交渉人をやってられるかわからない」
「は? どういうことだ?」
「ちゃんとネット見とけバーカ。美人すぎる交渉人に対して、世間は不満タラタラなんだよ」
籠城が始まってから、静奈は結果を出せていない。近隣住民も避難させられ、とどのつまりこの状況に不満を抱いている者が多くいる。兵糧攻めも失敗してしまった。
「言いたいことは言った」
「姉ちゃんは……見知らぬ国で、自分の運命を他人に委ねる怖さを知らないんだよ」
「知らないね。けど、理解はできる。晴樹こそ、知った風な口をきくね」
「フィクションじゃねえ、御伽話でもねえ。ここにいる五人の背中には、何百何千万もの人間の幸せが乗ってるんだ。それを、姉ちゃんは背負えるのか?」
リュカは、女王の反対を押し切って旅に出たんだ。
シエルだって、追放覚悟で同伴した。
チェルキーも幼いながらに命を賭けている。
アクセリオンだって、民間人なのに参加した。
傭兵のクラリティは、金以上のモノを旅に見いだしている。
「リュカさんたちの信念は尊重されるべきだ。けど、姉ちゃんだって、日本の治安も背負ってる。有馬や、錬太郎や、晴樹や、このビルを囲んでいる警備の連中、近隣に住んでる人たち。事件に関わっているみんな。この事件に興味のあるみんな。そんな人たちのために、姉ちゃんはここにいるんだ。もちろん、リュカさんたちのためにも全力を尽くす。そのための提案をしている。あんたこそ、それを背負えるのか?」
「背負えねえよ」
世界の命運など、俺には重すぎる。
――けど、背負っている奴が側にいるのだ。
「だから、俺は背中を押すんだ。リュカたちの背中をな」