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二十話 お料理コラボレイション

 フォルトナビルの屋上。

 夕日の輝きに照らされながら、俺たちは労働の成果を眺めていた。


 床を荒々しく抉って作られた溝には、細かい粒子の土がみっちりと詰め込まれている。

 セイカルの種は大量に植えた。

 あとは、数日後の収穫を待つだけだ。


「ようやく終わったんだよ! 軍団もよく働いたんだよ!」

 ぬいぐるみ部隊も、ボロボロになるまでよくがんばってくれた。

 畑を作るだけの土を、一階から屋上まで、文句を言いながらも運んでくれたのだから。


「セイカルは、よっぽど寒くなければ大丈夫なのであります。きっと美味しく育つでありますよ」

「畑を見ると安心するな」

 うむうむ、と、クラリティが頷いている。


「しかし、飢えることがなくても、問題は水です」

 リュカが、深刻そうにつぶやいた。

「大丈夫であります。雨が降ってくれたら、飲料水も確保できるでありますよ」

「降ってくれるといいのですが……」


 俺は、ペタペタとスマホを操作する。

「大丈夫そうだな。三日ぐらいすると、雨が降るらしい」

「へ? わかるんですか?」

 不思議そうに尋ねるリュカ。


「こっちの世界には天気予報士ってのがいるんだよ」

「おお、凄い職業なんだよ。かっこいいんだよ」

 勇者、戦士、魔道士、天気予報士。こういう風に並べると、たしかに異世界でも通用しそうな職業だ。


 農作業を終えた俺たちは、事務所へと戻ることにした。

 ソファにはアクセリオンがいる。

 畑を作っている間にも、彼女は裁縫作業を続けてくれていたようだ。


「皆様、おかえりなさいませ」

「疲れたんだよ。きっと明日は筋肉痛なんだよ」

 ぐでー、と、ソファに突っ伏すチェルキー。


「じゃあ、自分は夕食の準備に取りかかるであります。節約も必要ですが、今日ぐらいはしっかりしたモノを食べるであります」

 意気揚々と、給湯室へ入っていくシェル。

「おっと、俺も手伝うよ」

「大丈夫でありますよ? 料理は、自分の仕事なのであります」

「そうは言うけど、電気コンロの使い方分かるのか?」

「あ……。そうでしたね。ううむ、それでは、少しだけ手伝ってもらえるでありますか?」


 申し訳なさそうにお願いするシエル。

「いいぜ、料理はちょっと得意なんだ。少しだけとは言わず、フルで手伝うぜ」

 ようやく、俺の得意分野を活かせる時が来たと、少し嬉しくなった。


 ――給湯室。

 すわ、俺たちは料理を始めることにした。

「それじゃあ、晴樹殿は、壁の方を向いていてください」

「へ?」

 シェルは、巨大リュックをテーブルの上に置いて言う。

「乙女の着替えを見たいのでありますか? むむ、晴樹殿も、エッチなのですねぇ」

 にやにやと、意味深な笑みを浮かべるシエル。

「え? わ、悪いっ」


 俺は、慌てて目を背けた。料理をするのに着替える必要があるのか?

 エプロンを着けるぐらいでいいのではないか。ああ、農作業で汗を掻いたからか。


 背後から、衣擦れの音が聞こえてくる。

 と、いっても、しゅるしゅるという色っぽい感じではなく、バババッ、といった恐ろしく手際のいい音だ。

「晴樹殿、いいでありますよ」


 言われて振り返る俺。

 すると、さっきまでいた軍人女子の姿が消えていた。

 代わりに、メイド姿のかわいらしい少女の姿があったのだ。


「準備OKであります。晴樹殿にも、エプロンをお貸しますよ?」

「お、おう」

 渡されたので、俺もエプロンを着ける。フリフリの女性モノだけど。


 うん、驚かされた。

 数十秒前まで、背筋を伸ばし、何事もテキパキとこなす軍人だったシエル。

 それが、癒やし感満載のメイドへと変身したのだ。


 黒を中心とした装いに、純白のエプロンという組み合わせの、オーソドックスなメイドスタイル。

 髪は、サイドテールとなってかわいらしく。帽子はカチューシャへと変わっていた。

 ストッキングもちゃっかりと着用している。


「眼鏡? 目、悪いのか?」

「いえ、正常でありますよ? これは、伊達眼鏡であります。メイド姿の時は、この方が落ち着いて見えるのであります」

 周囲の人たちに、少しでも穏やかに過ごしてもらおうと、あえてそうしているらしい。


「さて、がんばって働いてくださった先輩たちのためにも、がんばって料理をするでありまーす」

 口調は相変わらずだが、動きも不思議としなやかになっている。

 テキパキというよりも、静々といった感じ。


「では、まず、サラダを作るであります」

「わかった、材料は?」


「これを使おうと思います」

 シエルは、リュックの中から、真っ白な円柱状の植物を取り出す。

「ふふふ、これはダイコンと言って、葉も食用なのですが、根も大変美味しく食べられる植物なのであります」

「こっちの世界にもあるよ」

「おお、そうでしたか」


「みずみずしくて、生でもいけるであります」

「サラダに使うなら、こういう剥き方は知ってるか」

 俺は、ふふんと得意気に包丁を手にする。


 ちょいと腕の見せどころ。

 静奈を喜ばせるために、独学で料理を勉強してきたのだ。

 俺は、大根を桂剥きにしていく。それも、凄い速さで。


「お、おおあ! す、凄い! 透けてる! まるでシルクみたいであります!」

 伊達に小学生からやっていない。飾り切りだって、板前レベルに達しているのだ。

「これを、皿に敷くのですか?」

「いや、ここからさらに一工夫だ」


 帯のようになった大根を重ねるようにたたむ。そして、端から細切りにしていった。

 こうして出来上がっていくものが、刺身のツマである。

 大根は、そうめんのようになって、まな板へと並んだ。

「パスタみたいですね!」


「だろ? ほら、食べてみろよ」

 ほぐすように摘まんで、シエルの目の前に。すると、彼女がぱくりと食べる。

 危うく、指を甘噛みされるところだった。


「いい食感でありますぅ」

 にんまりご満悦のシエル。どうやらお気に召してくださったようだ。

「ふわっと盛りつけるんだ。そうすると、少量でもたくさんあるように見えるだろ」

「現代の包丁技術、侮れないであります!」


「あと、皿にはこいつを敷くといい」

 そう言って差し出したのはサランラップだ。器へと貼り付けるように敷くと、食べ終わったあとにラップを外すだけで、洗わなくてよくなる。

 見栄えは良くないが、水が使えないので仕方ないだろう。


「他に、野菜はあるか?」

「キュウリはどうですか?」

 差し出される一本のキュウリ。これも一工夫。

 河豚の薄造りのように、向こうが透けるかの如く斜めに包丁を入れる。

 面積は大きく。されど薄く。

 これもやはり、少量でも豪華に見せることができる。

 それを、ツマの上へと盛りつけていく。


「おお、素晴らしいです、尊敬するであります! 勉強になりますね!」

「ふふん、サラダは任せてもらっていいぜ」

「じゃあ、自分はご飯を炊くであります」

 リュックの中から鍋と米を取り出すシェル。電子ジャーは使わないらしい。


「その丸いプレートがコンロだ」

「これでありますか?」

 俺は、電気コンロの使い方を教えてやる。

 シエルは物覚えがよく、文明の利器もすんなりと使いこなしてくれた。


 米を洗って、コンロに鍋をセットする。

「炊く時に、油を少量入れるんだ。ツヤツヤに炊きあがるぞ。できれば、オリーブオイルがいいな」

「ありますよ、オリーブオイル」

「他にも、蜂蜜を入れたりするのもアリなんだぜ」

「あ、それ、ガーバングラフでもやっているであります。甘いご飯が食べたい時に」

「へえ。けど、入れるのは少しだけ。甘くするっていうよりも隠し味かな」


 料理の話題で会話が弾む。

 気がつけば俺の肩の力は抜けていて、まるで幼馴染みと一緒にいるような安心感があった。


「さて、ご飯のセット完了。お次はメインディッシュであります」

「何を作る?」

「カルカッタ鳥を使いたいと思っているであります」


 転移する直前にシエルが捕まえた。

 転移先がどんな環境がわからないからだ。

 結果、大正解だったと言える。さすがは軍人。用心深い。


「しかし……これは、なあ」

 見た目は完全な茶羽の鶏である。

 外見は問題ないが、丸々一羽である。


「解体なんてやったことないぞ?」

「おや、肉料理は作らないでありますか?」

 ガーバングラフの庶民は、基本的に一羽丸ごと購入するらしい。

 鳥料理をするなら、解体は必須スキルのようだ。


「こっちじゃ、部位事に分けて売っているからな」

「へえ、親切なお店が多いのですね。けど、晴樹殿。料理が好きなら覚えて損はないでありますよ。自分が教えるであります。ええと、まず、羽を毟ります」

「ちょ、ちょっと待った――!」


 うん、さすがに羽毛を毟り取るところから始めるのは抵抗があった。

 そんなわけで、解体に関してはシェルに任せる。

 五分も経過しないうちに、羽毛を外し、モモや、手羽、胸などの部位を分けてくれた。

 ここからなら大丈夫。スーパーでもよく見る光景だ。


「じゃあ、もも肉をチキンステーキにするであります」

 もも肉には、解体中に胡椒を振っていた。十分馴染ませたのだろう。

 フライパンを熱し、焼く直前に塩をかける。

 タップリの油で皮面から。カリカリに仕上げるようだ。

 ひっくり返して蓋をする。中まで火が通るように時間をかけてじっくりと焼き上げる。


「へえ、うちと同じやり方だ」

「晴樹殿も、なかなかやりますね。ガーバングラフでは、料理の上手な男子はモテるでありますよ」

「そ、そうなのか」

「はい。女性はみんな働いていますからね。家庭を任せられる男性は、需要が多いのであります。他の国だと、立場が逆転してるんですけどね」


 俺は、ふと、事務所からの視線に気づいた。

 チキンのじゅうじゅう焼ける音と、胡椒と油の香ばしい匂いに、飢えた少女たちが引き寄せられたらしい。

 頭一個分開いていたドアから、四人の男女が、団子の如く連なるようにして、覗き込んでいるではないか。


「いい匂いですわぁ」

「お腹がぐうぐう鳴ってるんだよ! 早く食べたいんだよ!」

「……そんなことよりだな。あの二人、ちょっといい雰囲気じゃないか。晴樹の顔を見ろ。私と一緒にいる時よりも、いい顔している」


 シエルも視線に気づいたようだ。

「みなさーん、行儀良く待っていてくださいね。もう少しで出来上がるでありますから」

「はぁい。楽しみにしてますわぁ」

 にっこり微笑むアクセリオンさん。


「……たしかに、いい雰囲気のようですね」

 リュカが、眉をひそめている。


「料理の得意な男性は、ガーバングラフ女子の憧れだ。シエルも惹かれているのかもな……」

「そういえば、さっきテレビで動く紙芝居をやってたんだよ。男の子が、メイドの格好をした女の子に囲まれてわやくちゃになって、めろめろになっていたんだよ。こっちのトレンドなんだよ」

「なん……だと?」


 酷い誤解だ。いや、そうでもないのか。

 考えてみれば、メイドって日本の文化になりつつあるな。

 けど、それは一部の人間の好みであって、俺は至ってノーマルだと思う。

 そう胸に秘めつつ、シエルを一瞥する。

 すると彼女は、かわいらしく首を傾げて、見つめ返してきた。

 ……まあ、彼女を見ていると……ちょっとわかる気がしてきた。


「い、いけません! このビルにいる間、不純異性交遊は私が許しません! 赤ちゃんできちゃったらどうするんですか。それに、シエルは私のです!」

 ドアの隙間から、ヒソヒソする気のないヒソヒソ話が聞こえてくる。

 なんか、凄く気まずい。


「あらあら、姫様、そっちの気があったんですの?」

「違います! シエルは、私の親友です。私が認めるような殿方でなければ……その……」

「あらあら、晴樹様では、駄目でしょうか?」

「う、む……ええと。たしかに、す、すて……ぁにゃわるわんわん!」

「不純同性交遊ならいいんだよな?」


 シエルの顔が、みるみる紅く染まっていく。

「こらー! 行儀良く座って待ってるであります!」


 浮ついた話をしている間に料理が完成。

 お行儀の悪い奴らも、戻る気配がなかったので、配膳を手伝わせた。

 事務所のローテーブルへと料理を並べる。

 ソファに座っての食事は、なんだかパーティのようであった。


「へえ、これが大根料理かぁ」

 クラリティは、フォークで大根のツマを持ち上げる。

「にゅおおおおおだよ!」

 勢いよく肉へとかぶりつくチェルキー。


「あら、このライス、いつもより美味しいですわ」

「ふふ、オリーブオイルを入れたのであります。晴樹殿から教わったでありまーす」

 得意気に語るシェル。

「勉強になりますわ」

「おまえ、料理しないだろう?」

「させてくれないだけですわよ?」

「晴樹、リオンを厨房に入れるなよ。味覚は確かだが、腕はサッパリなんだ」

「お、おう」


「うふふ。でも、晴樹様なら、優しく教えてくれますわよね?」

 さりげなく、俺の隣に移動するアクセリオン。


 料理のできる男がモテるというのは本当なのか。モテ期到来なのか。

 しかし、それにしても、この人の服装はよろしくないと思います。

 俺の顔を眺めながら、微笑んでいるようなのだが……直視できません。


 俺が、たどたどしくなっていると、リュカの、若干軽蔑の込められたジトジト視線が飛んでくる。

「リオン、くっつきすぎじゃないですか?」

「あら、姫様。もうしわけございません。さ、晴樹様の隣へどうぞ」

 ささっと避けるアクセリオン。


「そ、そういう意味で言っているのではありません!」

「ご飯のおかわりありますからね。今日は、特別ですよ。明日から節約でありますから」


 楽しい食事が終わって満腹。

「皆さん、食後の紅茶であります」

 シエルは、金属製のポットで、次々に紅茶を注いでいく。


 メイド姿のシエルを見ていると、なんだかこっちの彼女の方が本当のように見えてくる。軍人よりも、ずっとずっと活き活きしていると思った。

 眺めている間に、サッと食器を片づけ始めるシエル。


「俺も手伝うよ」

「これぐらい、ひとりでやれるでありますよ?」

 遠慮されるが、許可をいただくまでもなく、晴樹は手伝う。

 皿を給湯室の方へと持っていく。


「しっかし、料理も片付けも、みんなおまえに任せすぎだよなぁ」

 手伝わないリュカたちのことをぼやく俺。

 勇者御一行の間で、ローテーションなり、役割なり、決まっているのかもしれないけど。


「いえいえ、気遣いは無用なのであります」

「そうか? 日中は、みんな仕事していたわけだし」

「ん~。なんというか……これが自分の役割でもあるんですよね」

「役割?」


「はは、自分、リュカ先輩たちほど、強くないのであります」

 シエルは、苦々しく笑った。


「リュカ先輩は、軍人とはいえ、お姫様なのです。魔王討伐に参加する際、女王陛下から猛反対をくらったであります」

「ああ、城内の兵士に圧力をかけて同伴させないようにしたんだろ?」

「おや、先輩から聞いたでありますか? それで――」


 女王陛下の命令に背けば、相応の罰が待っている。

 リュカは、城内の者に頼れなくなった。

 けど、シエル・コッパペンだけは違った。


「あはは、困ってる先輩を放っておけなかったんですよね……」

「放っておけないっていうけど、女王に怒られたりは……?」

「もちろん、大目玉でしたよぅ。正確には軍人ではなく、元軍人になるのでしょうか?」


 つまりはクビ。懲戒免職。

「あはは。二度とガーバングラフの大地を踏むなと、手紙をもらっているであります」

 笑っているが、もの凄い罰を受けているのではないか。


「なぜ、そこまで……?」

「リュカ先輩には、士官学校時代の授業で、お世話になったでありますから」


 長期のグループ授業があったそうだ。

 先輩一人、後輩が十人ほどのグループを組んで、森の中で戦争の模擬実戦授業。

 訓練から作戦の立案。

 長期戦を想定した食糧の確保など、一ヶ月に渡る過酷な実戦。

 その時の、隊長がリュカだったそうだ。


「自分は、決して優秀ではありませんでした。足を引っ張ってばかりで、他の生徒から疎ましがられていたであります。要するに、虐められちゃったりしてたんです。あ、でも、それは当然なのであります。軍隊というのは、少しのミスが命を落としますから」


 人一倍作業が遅く、食料を置き忘れたり、偵察に行ったまま迷子になったりと、実戦なら死んでもおかしくないミスをやらかしたそうだ。


「そんなことを一日に何度もやっていれば、空気が悪くなるのも当然なのであります。他の仲間たちは、自分をどこかに置き去りにして、はぐれたことにしようと画策していたぐらいであります。けど……リュカ先輩は、そんな自分を最後まで導いてくれたであります」


 リュカは、メンバーの子たちに一喝した。

 仲間を蔑み、虐めるとは何事か――と。


 実戦なら、叱っている余裕などない。虐めている余裕もない。

 ミスをしない努力も、ミスをさせない努力も必要である。

 いなければいいと思う者は恥を知れ。

 死地において、誰もが家族の顔を思い浮かべるだろう。

 足手纏いだと死なせるならば、の者だけでなく、の家族すべてを殺すと心得よ。


 リュカは、グループ全体をひとつの命とした。

 全員が生き延びる。ひとりを犠牲に大勢が助かる策は絶対に実行しない。

 リスクが高くても、全員が生き残る道を選ぶ。

 

 軍人らしくない非効率的思考。

 彼女は、それを貫き、長い実戦訓練を成し遂げる。

 終わった時、グループは家族のようになっていた。


「リュカ先輩は凄いです。あれこそがカリスマなのであります。もし、リュカ先輩がいなかったら、自分は学校をやめていたであります」

 シエルの表情は、なんだか嬉しそうだった。


「軍人という職務は、リュカ先輩あってのモノでしたからね。先輩が困っているなら、クビなんてなんのそのであります。それに……」

「それに?」

「先輩は、自分を必要としてくれたであります。だから、魔王討伐隊の一員として、胸を張って一緒にいるであります」


「……なるほどなぁ……けど、女王様を怒らせちゃったのは、ちょっと怖いというか」

 俺は苦笑する。

「フフフ、大丈夫なのであります。ちょっと黒いことを考えているであります」

 不敵な笑みを浮かべるシエル。


「ここだけの話、魔王討伐に成功したら、いかに女王陛下とはいえ、無碍にはできないであります。赦免は確実なのです」

 黒いというか、かわいい企みだと思う。


「シエルが旅する理由は分かったけど、だからと言って雑用全般を引き受ける必要はないんじゃないかな?」

「いえ、これがベストなのであります」


 世界最高峰の結界魔道士・姫勇者のリュカトリアス・ライエット。

 数々の男を恐怖に陥れた伝説の傭兵クラリティ・ウーロフラン。

 異端の天才魔道士・人形遣いのチェルキー・タナトス。

 国が認める至高の裁縫師アクセリオン・オーバーライフ。


 個人で軍隊を相手にできるほどの特化戦力。

 比べて、シエルは凡人だ。

 士官学校を卒業したレベルとはいえ、戦力の差は歴然である。


「もし、奇襲を受けたら、戦うのはリュカ先輩たちなのであります。万全の状態で戦うことができるようお世話するのが自分の戦い方なのです」


 生活面でサポートすることがシエルの戦い。

 戦闘の際はリュカたちを頼るし、生活面においてはリュカがシエルを頼る。

 信頼もあるからこそ、シエルは誇りを持って給仕をしている。


 考えてみれば、リュカたちは優しくて正義感のある人間だ。

 そんな彼女が、理由もなく雑用ばかりを押しつけるわけがなかった。


「それが、仲間ってやつか」

「はい! それが、仲間ってやつなのであります」

「あと……もうひとつ気になっていることがあるんだが」

「なんでしょう?」

「なぜ、メイドなんだ?」


 恐ろしいぐらいに似合っているメイド姿。若干低めの身長に、愛らしい笑顔。

 ひょこひょこと機嫌よさそうに歩く姿は、まるで小動物のようだ。


「遠征の際、上位仕官の世話をするのは、下士官の役目であります。食事や着替えを用意したり、買い物に行ったりなどの雑用をするのです。メイドの如く穏やかに、軍人の如くスピーディに。ガーバングラフの軍人なら、珍しくないでありますよ?」


 映画とかで見たことがある。偉い人が食事をしている中、いつでも用事を仰せつかってもいいように、直立不動で待機している軍人を。

 ガーバングラフの場合、それがハイスペックメイドなのだろう。


「ふふん。実のところ、給仕科の授業は、成績よかったでありますよ」

「だろうな。仕事ぶりを見ていたらわかるよ」

「えへへ。けど、気の置ける仲間たちと一緒なので、ちょっと油断してしまうこともあるであります――」



 ――後日談になるが、俺はリュカから聞かされることになる。

 シエル・コッパペンは、駄目な生徒ではなかったと。

 グループの仲間に虐められ、間違った地図を渡されたり、靴紐を解けやすくしておいたり、荷物の中身を抜かれたりしていた。だから、ミスが多かっただけだった。


 生徒から妬まれるほど、優秀で頼りになる後輩。

 それが、本当のシエルの評価であった。



 一方その頃。事務所の方では――。

 ソファで寛ぎながらも、クラリティが深刻な話を始めた。


「……由々しき事態だと思わないか?」

「どうかしましたか? クラリティ」

「晴樹とシエルのことだ。……仲が良すぎる」

「そうですわねぇ。きっと、趣味が合うのではないでしょうか。ほら、シエル様はお料理が得意ですし、晴樹様も料理にお詳しいし……」


「……不愉快だな」

 クラリティは、深刻そうにつぶやいた。

「私は、何日も前から晴樹といる。一緒に風呂に入った間柄だ」

「あらあら」

 対極に、楽しげな表情を浮かべるアクセリオン。


「ふふ、クラリティ様は、妬いているわけですわね?」

「ぶっちゃけると、答えはイエスだ。神山晴樹は優しいジェントルマン。しかし、さっきからずっとシエルと一緒だ。料理の最初から、最後まで。シエル以外でも手伝ったと思うか?


「はるきは、ちぇるきーに甘いから、手伝ってくれると思うんだよ?」

「私も……晴樹さんなら手伝ってくださると思いますが……家事とかお好きなようですし」

「わたくしは……どうでしょう、避けられているような気がするんですのよね……」

「その服装のせいです。だいたいの殿方は、そんな格好で迫られたら、困惑するに決まってます」


 クラリティは信じている。

 神山晴樹は奥ゆかしく、欲望に流されないジェントルマンだと。

「しかし……私は想像できん。晴樹が、私の作業を手伝ってくれる姿を」

「襲われると思ってるんだよ?」

「襲う? は! そんなバカな」

「現に、お風呂場で襲ったじゃないですか」

「スキンシップだ」


 ただ、背中を流そうとしただけ。

 クラリティ・ウーロフランは時には大胆だが、根は慎重なリアルゲイである。

 裸の付き合いを通じて、少しでも仲良くなれたらいいと思っての行動だ。


「……そこで、ある仮定を思いついた」

「仮定、で、ございますか?」

「ああ。晴樹は『女性的な女性』に弱いんだ。考えてもみてくれ――」


 ガーバングラフでは自立した女性がモテる。

 女王が頂点に君臨し、企業などの多くも女性の方が活躍しているゆえか、男性はそういった女性に憧れ、支えたくなる文化がある。

 だが、他国においては、男性が主権を握っている。戦争や仕事も男の仕事だ。

 ならば、この日本という国も、そういう傾向にあるのではないか。

「つまり、だ」

 クラリティは、ローテーブルの上で紙にペンを走らせる。


 シエル>チェルキー>アクセリオン>リュカ>私


「晴樹の中での好位ランキングは、こんな風になっているのではないか?」

「ちょっと待ってください! なんで、私がその位置なんですか!」

「リュカは姫だし、アクセリオンも店を持って自立している。シエルとチェルキーは守ってあげたくなるようなオーラを出しているんだよ。さらに言えば、シエルは家庭的だ。ガーバングラフではモテないが、他国の村々で、何度も嫁に来いと声をかけられていたではないか」


「わたくしも、たくさん声をかけられましたが?」

「おまえ目当ての奴は、ただの性欲魔神だ。そんな格好をしているからな」

「せ、せいよ……」

「不服ですね。そんなに意識されていないとは……」

 絶句するアクセリオンに、むっつりと不機嫌になるリュカ。


「ちょっと思ったんだけど……りゅかちゃんは、はるきのことが好きなんだよ?」

 ポツリと、チェルキーが投下する。

 瞬間、リュカは顔をボッと赤くさせた。犬耳が、そそり立っている。


「はッ? な、なななな何を言ってるんですか! そ、そんなわけないでしょう!」

「ちぇるきーの目はごまかせないんだよ? 女の子ばかりのパーティだから男に飢えてるんだよ」

「あは、あ、ありえないです! い、いいですか? 理論的に無理なんですよ! いくら晴樹さんが頼りになって、優しくて、いざという時にかっこいい姿を見せてくれても、ここは異世界なんですよ? お付き合いしたところで、結局別れる運命なんですよ。……そ、そんなの悲しいじゃないですか!」


 パニックになっているのか、ところどころ本音を漏らしている。

 なんと、リュカも晴樹を意識していたのかと、クラリティはようやく理解した。

「けど、愛があればどうにでもなることばかりなんだよ? 晴樹もガーバングラフに連れて帰っちゃえばいいんだよ? 二人が結婚すれば、異世界間での大きな架け橋にもなるんだよ」

 凄まじく論理的に饒舌なチェルキー。さすがは天才児と呼ばれるだけある。

「うむ。私も、晴樹をお持ち帰りするつもりだしな」


「なるほどぉ。じゃあ、いずれは姫様とクラリティ様とで取り合うわけですわね。ちなみに、わたくしも参戦していいでしょうか? あ、シエル様も黙ってないですわねぇ」

「おまえは楽しんでいるだけだろう」

「うふふ、どうでしょうか?」

「ちぇるきーは、高みの見物なんだよ。黙っていても、男を引きつけるふぇろもんむんむん幼女なんだよ」


「まあいい。少し、話がずれたな」

 リュカが、晴樹を意識しているのは意外だった。

 アクセリオンも、この状況を放ってはおくまい。男性をからかうのが好きなのだから。


「……以前、宣言したように、私は生粋の同性愛者だ。晴樹を狙っている」

「そ、そうですか。け、けど、私には関係のない話です」

「遠慮する気はない。だが、どうも私は、晴樹の好みから外れている気がしてな。それゆえ、アクセリオンに頼みたいことがある」

「わたくしに、ですか?」


 クラリティは、一冊の雑誌をテーブルの上へバサリと置いた。

「これは……情報誌でございますか?」

「ああ、さっき棚の中から見つけた。どうやら、こちらの世界には秋葉原と呼ばれる欲望の町があってだな。そこでは、なぜかメイドが給仕するメイド喫茶なる物があるらしい」


「……メイドが……給仕……? それ、普通じゃないですか?」

「私もそう思う。だが、現実として、メイドが給仕することが、メイド喫茶のステイタスらしい。通常よりも高い金を払ってでも、メイドという格好にこだわるそうだ」


 ある意味、この雑誌が答えなのだろう。

 日本人はメイド好きなのである。

 おそらく、晴樹はシエルのメイド部分に惹かれている。

 少しでも長く、一緒の場所にいて、一緒に空気を吸うことを、悦んでいるに違いない。

「ゆえに、シンプルな話だ。アクセリオン。私にもメイド服を作ってくれ」



 同時刻。

 俺たちはというと、給湯室のドアの影から事務所の方の様子を窺っていた。

 完全に出るタイミングを失い、俺とシエルは顔を真っ赤にして、お互いを意識しないように顔を背けていた。



 夕刻。茜色が、徐々に空を侵食していた。

 静奈は、相棒と忠犬と共に、少し遠くまでジョギングしてきた。

 結構汗を掻いたので、銭湯などにも立ち寄った。


 本部トラックへ戻ってくると、ソファに背中を預けて天井を仰いだ。

「有馬ぁ、お腹空いた~」

「仕出しのお弁当があるそうなので持ってきますね。ぎるちゃんのぶんもありますよ~」

「わん」

 軽いフィットネスであったが、久しぶりにリフレッシュできた気がする。


「おかえりなさい、寒川警部」

「悪いね。遅くなって」

 結構遠くまで走ったので、帰りは電車にしようと思ったのだが、トラブルがあったらしくなかなか動かなかった。おかげで、かなり遅くなってしまった。まあ、遊んできたというのもあるけど。


「いえ、報告、よろしいでしょうか?」

「どしたの?」

「これをご覧ください」

 部下の男が、テーブルに写真を置いた。

「……これは……屋上?」

「はい、連中は、どうやら畑を作り始めたようでして……」


「……」

「………………………………あの、寒川警部?」

「畑って、し、静奈さんどうするんですか! 私たちがドッグカフェ行ったり、お風呂に入ったり、マッサージ行ったりしてるうちに、とんでもないことになっちゃってるじゃないですか!」

 仕事中に遊んでいたことをばらすなバカ。

 

 静奈は、冷静につぶやいた。

「良くないね」

 床を砕いて畑を作るなどメチャクチャだ。

 作物の収穫がいつになるかはわからないが、晴樹たちは長期戦を想定している。


「動画、ある?」

「は、モニターに映します」

 途中からドローンを飛ばしたようだ。屋上の様子が映っている。


 農業を営めるのだから、水にも余裕がある。

 もしくは、水の代替品を手に入れたか、水のいらない異世界の植物なのか。

 人形を使う魔法が存在するらしい、ぬいぐるみが動いている。


「長引きそうですね……」

「この件に関して、上層部は何か言ってきてる? あと、錬太郎は?」

 部下が報告する。

「いえ、相変わらず。――錬太郎は、病院を抜け出してこっちに向かったそうです。点滴を引きずったまま電車に乗ろうとしたところ、ホームに落ちてしまったようで……幸い、轢かれずに済みましたが、邪魔なので病院へ戻しておきました」


「……ご苦労さん」

 言って、静奈は電子煙草を咥えた。

 スタッフの誰もが、その所作を眺め、静奈の次なる言葉を待っていた。


「……ここからは、なりふり構っていられなくなりそうだね」

 上層部の意向は平行線。叱責も激励も方針もない状態。

 異端な状況であるにもかかわらず、ただただ警察としての仕事を求められている。


 兵糧攻めが失敗したのは、静奈の責任。

 要するに、交代させる理由を上層部に与えてしまったわけだ。そもそも、身内が関与している時点で、現場を外されてもおかしくない。

 静奈の境遇は、仲間も理解していると思う。

 だから、心配な目で静奈を見ているのだろう。


「天気予報、どうなってる?」

「明日は晴れそうですね。また、ジョギングに行きますか?」

 有馬を無視して、モニター前の部下が検索してくれる。

「予報では、三日後に雨が降ると」


 静奈は、コメカミをポリポリ掻いた。

「んじゃ、ビニールシート用意しといて。でっかいやつ。とにかくでっかいやつ。色があるやつ」




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