一話 唸れ犬耳!
魔法という現象を目の当たりにした以上、彼女たちの話を信じるしかなかった。
まとめると、彼女たちの住む世界はアルクリフと呼ばれているらしい。
剣と魔法の世界だ。
アルクリフの中心たる国はガーバングラフ。
彼女たちは、その国の魔王討伐隊。
俺たちの世界でいう、ゲームでお馴染みの『勇者御一行』だという。
魔王の仕掛けたトラップのせいで、こちらの世界に転移してきたらしい。
もっとも、彼女たちは、この日本もアルクリフのどこかであると思い込んでいるようだが。
「……いいか、よく聞いてくれ。この世界には魔王なんていないんだ」
剣士の彼女は面倒くさそうに後頭部を掻いた。
「……えっと……この国にも魔物はいるだろ? 一年ぐらい前から、そいつらが組織的に動き出したよな? それを束ねているのが魔王シュルーナなんだが……」
彼女たちはわかっていない。
けど、俺は理解したから、丁寧に説明してやる。
「信じられないかもしれないが、ここはアルクリフなんて名前の世界じゃないんだ」
「ううむ。世界の名前すら浸透していない辺境か――」
「言葉は通じてるんですけどね……」
「違う! ここは、おまえたちの知ってる世界とは違うんだよ! ここは地球! 国の名前は日本だ! おそらく、別次元なんだよ」
「あの……おっしゃっている意味が……」
リュカとやらは、苦々しく笑ってらっしゃる。
「おまえたちが悪戯好きのコスプレイヤーじゃないのなら、落ち着いて俺の話を聞いてくれ」
「コスプレイヤー……武器の名前か?」
「いいから聞け。あのな、この世界には魔王も、魔族も、魔法も存在しないんだよ」
「そんな国があるのか?」
「国じゃない、この世界に存在しないんだよ」
「むぅ、よくわからないことを言ってるんだよぅ。あんぽんたんなんだよ」
困り果てる幼女。
「地図に載っていない国……なんてオチじゃないからな。世界の果てまで行こうが、この世界のこの時代に魔王なんて存在しない。ガーバングラフとかいう国もないんだ」
「何を根拠にそんなことを……」
やれやれと肩をすくめる黒髪剣士。
根拠も何も、この世界には魔法など存在しないからだ。
だから俺は、彼女が別次元の存在だと信じた。
「じゃあ、この世界はいったいなんなのですか?」
「おまえたちからすれば……異世界なのかな? 違う次元に飛ばされたんだ」
そこまで言って、最後に「……と、思う」と付け加える。
「異世界……違う次元ですか……?」
リュカが、つぶやくように問いかける。
「よく見てみろ。明らかに文明が違うだろ?」
窓の外に広がっているのは現代の街並み。
ビルがギッシリと軒を連ね、片側三車線の道路には、数多の車が往来している。
町ゆく人たちのファッションも、見慣れないものばかりだろう。
そもそも、この部屋の中だけでもテレビにパソコン。エアコンにポット。
ありとあらゆる『謎の物体』だらけのハズである。
リュカたちは、揃って窓の外を眺める。
「凄い建築技術……。無駄を省いた機能的な建物の数々……看板も芸術的なものばかりです」
「あれはなんだ? 箱が動いているぞ?」
「ちぇるきーも見るんだよ!」
黒髪剣士に抱きかかえられて、外の景色に視線を馳せる幼女。
「うぉおおなんだよ! 建物がいっぱいなんだよ! ぎゅうぎゅうなんだよ! けど、凄く綺麗なんだよ!」
文明の違いに驚きを隠せない三人。
しかし、感嘆は徐々に不安へと変貌を遂げていったようだ。
「えっと、お名前は……は、はる――」
「晴樹だ」
「失礼しました。――ほ、本当に、晴樹さんのおっしゃるように、ここは別次元の世界なのですか?」
「待て、リュカ。信じるのは早計だ。そもそも、魔王のトラップによって飛ばされたんだぞ。こいつが魔王の手下じゃないという保証もない。もしかしたら、幻術をかけられているってコトも考えられる」
「なるほど! これは幻なんだよ! 夢なんだよ! ちぇるきーのほっぺをつねってみるんだよ」
「よし!」
黒髪剣士は、幼女のほっぺをギュウとつねる。
「むぎぎぎぎ! い、痛いんだよ! 幻術の線は消えたんだよ」
幻術とは夢と同レベルなのか。まあいいや。
「魔法なんてモノを見せられたんだ。おまえたちが魔王討伐隊だってのは信じるよ。けど、この世界には魔王も魔族も魔物も存在しない。ここは、おまえたちにとっての異世界なんだよ」
「け、けど、それなら、なぜ晴樹さんは、すぐに理解したんですか? 魔物や魔法の概念がないというのに」
「なぜって……ええと、なんていうか……魔王とか魔法は、こっちの世界じゃメジャーなフィクションだから……かな?」
「めじゃあなふぃくしょん……ですか?」
「あんたたちの話を総合すると、そういうことになると思う」
俺は、クローゼットを調べてみることにした。
すると、扉の向こうには、白と黒の混ざった渦が巻いている。
「うぉ……」
これもまさしく魔法なのだろう。
木造家具の中に、神秘的な現象が浮かび上がっているのだから。
さっきの魔法といい、彼女たちの格好といい、頭がおかしくなりそうだった。
けど、俺以上に、彼女たちは頭がおかしくなりそうだろう。
見知らぬ異世界に転移など、絶望感は半端ないと思う。
「どけ」
俺を押しのけ、クローゼットの渦に腕を突っ込む黒髪剣士。
しかし、転移は一方通行なのか、スルリとすり抜けてしまう。
そりゃそうだ。戻ることができたら、トラップの意味を成さない。
「う……くっ! おい! ど、どういうことだ!」
胸倉を掴んで持ち上げようとしてくる黒髪剣士。両足が宙に浮いた。
凄い力だった。抵抗しようとしてもビクともしない。
「むぐぐぐぐッ」
「やめてください、クラリティ! ……どうやら、晴樹さんのおっしゃるとおりのようです」
「……リュカ」
「信じがたいほど高度な文明。魔法や魔物が存在しない現実。私たちは、魔王シュルーナのトラップによって、この地球という世界に飛ばされてしまったようです」
「ま、待て! こいつの言うことを信じるのか?」
「……嘘を言っているようにも見えません」
「ぐ、ぐるしい……っ」
俺は、必死に足をばたばたさせていた。
「くっ……」
ようやく、胸倉を離してもらえる。床へと尻餅をつく俺。
「私は……信じないぞ……。アルクリフは広いんだ。この国が、魔王やガーバングラフを知らないだけかもしれない。きっと、アルクリフを地球と呼んでいるんだ。きっと、奇跡的に魔物や魔法の存在しない国なんだ。リュカ、町に出てみよう。アルクリフのことを知っている奴がいるはずだ」
中二病を発症したコスプレイヤーだと思われるだけだ。というか――。
「ま、待て待て待て! そんな格好で町に出たら、確実に逮捕されるぞ!」
「な、なぜだ?」
「いや、この国にはさ――」
銃刀法という厳しいルールがある。
彼女たちの腰からぶら下がっているのは、紛う事なき西洋の剣だ。
職務質問されたら完全にアウトだろう。
「そんな……」
と、落胆する黒髪ポニテ。
ふと、窓の向こうから、パトカーのサイレン音が漂ってきている。
それも、ひとつやふたつではない。複数台近づいてきていると思う。
ここで、俺は自分のしたことを思い出す。
そういえば、お嬢様方が戦っている最中、俺は警察に通報したのであった。
電話している時、背後で銃声があったのだから、大事件と思われてもおかしくない。
というか、大事件だけど。
「な、なんですか、あの赤く光る箱は……?」
ガラス越しに、窓の外を見下ろすリュカ。
すると、サイレンの音が大きくなるのに比例して、フォルトナビルが騒がしくなった。
「誰だ、マッポ呼びやがったのは!」「いいから逃げろ!」「ガサ入れかッ?」「兄貴の事務所に粉があったろ? どうする?」「ほっとけ!」「つか、兄貴たち、さっき出てったよな?」
どうやらこのビルは、暴力を生業にする方や、詐欺で生活している方の巣窟だったらしい。
天敵の強襲を知らせるサイレンを聞いて、連中は一斉に脱出しようとしているようだ。
俺は、迫り来るパトカーを見下ろしながら、彼女たちに説明する。
「あの箱は『車』だよ。馬の代わりに燃料で動いてるんだ。赤く光るのは警察の車だ。――ええと、警察っていうのは、おまえたちの世界で言うところの軍隊か、あるいは自警団ってところかな?」
眺めているうちに、ビルから蜘蛛の子を散らすように排出されていくチンピラたち。
警察たちは、素早くパトカーから降りて、一網打尽にしていた。
「なぜ、自警団が来たのですか?」
「俺が通報した。喧嘩になった時、何かあったらマズいと思ってさ。……この道具があれば、遠くの人と会話ができるんだよ」
言葉を選びながら、俺はスマホを見せる。
「通信魔法の力を持つアイテムですか?」
「まあ、そんなところだ。魔法じゃないけどな」
リュカたちの国は、現代ほど文明は発達していないようだが、代わりに魔法が発達している。そのせいか、高度な文明の詰まった道具を見ても、不思議には思うが、驚きはしないらしい。
「自警団は、私たちを捕まえに来たのですか?」
「そのつもりで呼んだワケじゃないけど――。結果的に、そうなっちまうかも……。悪い」
「さっき、銃刀法とかいうルールのせいか?」
「え、えっと……」
俺は言葉を詰まらせる。
――これからの状況は、彼女たちにとって酷だと気づいたから。
刀剣の所持もアウトだが、国籍がないのもアウトである。
彼女たちは武器を取り上げられて、警察署へと連行されるのだろう。
その後のことは、なんとも言えないが、日本の法律的にはアウト。
人類初の異世界外交が、逮捕という形で始まるのは、なんとも夢のない話である。
「くっ、私はいい! だが、リュカやチェルキーはどうなる! 自警団に囚われたら、捕虜としてあらぬことをされるに決まっている!」
「そうなんだよ! 捕まったら変態なことになるんだよ!」
「え? チェルキーもですか? 七歳ですよ?」
「ええい! かくなる上は打って出よう! この私が、異世界のロリコン共を一刀のもと両断してくれる」
突入してくる奴らがロリコンだと、決めつけないでいただきたい。
「待て待て待て待て! よくない! 大変なことになる! こっちの世界には、おまえたちの知らない武器がたくさんあるんだから!」
「けど、どうするんだよ? ちぇるきーたちは、魔王を倒す使命があるんだよ?」
「くっ……」
黒髪ポニテのお嬢様は、俺の鼻先に剣を向けた。
そして、とんでもない要求をしてくる。
脅し駆けるように、声を低くして――。
「……どうにかしろ」
あまりに酷くアバウトな願いだと思う。
高校生の俺に、国家権力を説き伏せる――あるいは追い払うだけの能力があると思っているのか。
「ど、どうにかしろといわれましても……」
「身内に貴族はいないのか? 王族の知り合いは? 裏社会のボスは? とにかく、なんでもいい、どんな手段を使ってもいい。助けるんだ! 世界の命運がかかっているんだぞ!」
「で、できるわけがないだろ! そもそも、俺は偶然居合わせた一般人だぞ!」
俺と黒髪剣士が、ギャーギャー騒いでいると――リュカがつぶやいた。
「仕方がありませんね」
リュカは、人差し指を頭上にかざし――一気に振り下ろす。
「第四精霊守護封陣……共鳴せよ、カクダリス」
パキンという透き通った音が鳴り響いた。
次の瞬間、ガラス窓の向こうに、透明な薄い壁が張り巡らされたではないか。
「……籠城するのか?」
言って、黒髪剣士は剣を下ろした。
「な、何をしたんだ?」
「結界です。このビルを、魔法の壁で囲みました」
巨大な六角柱型の透明な結界。それが、ビルをすっぽりと包んだそうだ。
「リュカは、ガーバングラフでもトップクラスの魔法使いだ。とくに、結界や封印に関する魔法なら右に出る者はいない」
黒髪剣士が得意気に説明してくれる。
「結界……?」
「ふふっ、魔法の一種ですよ。強力な魔法を使う時は精霊の力を借りるのです」
精霊カクダリスの力を借りた結界魔法。
建物囲むガラス状のバリアは、内外の物理攻撃及び、魔法による攻撃を完全に遮断する。
効果は二十四時間。
二十四時間以内に再度発動すれば、そこからさらに二十四時間持続する。
要するに、リュカが発動するのを忘れなければ、ほぼ永続的に結界が張られていることになる。任意で解除することもできる。一部だけ通過させるようにすることも可能。
リュカは、考える時間が欲しかったようだ。
異世界だの日本だの警察だの、物事を完全に把握できていない。
何が最善策なのかも分からないまま、警察に連行されては打つ手がなくなる。
武力での衝突を不可能にしてしまえば、交渉の余地も出てくる。
事情だって説明する機会もある。
現代人は、リュカたちの話を信じるだろう。
なにせ、ビルという規模で魔法が現実の物となっているのだから。
まあ、それが得策かどうかは置いといて、俺には気になることがある。
「…………それだと、俺も出られないんじゃ……?」
「え? あの……そそ、そうですね。いや、出られないことはないんですよ。結界の一部だけを解除するとかも可能ですから。…………けど……も、もう少しだけ、一緒にいてもらえませんか? この世界のことを、もっと教えて欲しいんです。他に頼る人がいないんです……」
リュカは、申し訳なさそうに頭を下げる。
そんな彼女の犬耳は、しゅんと倒れてしまっていた。
なんすか、そのカチューシャ。感情に呼応して動くんですか?
☆
――頼れる者が誰もいない寂しさはよくわかる。
異世界から心細き旅人を、無碍に扱うことのできなかった俺は、しばしの間だが相談役を務めることになった。
「改めて名乗らせていただきます。ガーバングラフ第二王女リュカトリアス・ライエット。リュカとお呼びください」
「お、王女様……なんですか?」
「はい。現在では、女王たる姉を助けるため将軍を務めております」
「さあ、王女様と知ったからには、跪くんだよ」
偉そうにふんぞり返る幼女。
「え? は、ははぁ!」
「いいですいいです! 普通に接してくださっていいですから」
「ガーバングラフは女性主権の国家でな。リュカは早々に王位継承権を放棄したんだ」
黒髪剣士が説明してくれる。
継承の際のゴタゴタをなくしたかったそうだ。
おかげで、その後、姉はほどなくして女王になる。
愛国心溢れるリュカは、別の形で国のために貢献したいと軍に入った。
立場と才能に恵まれたリュカは、若くして将軍となった。
「女性の将軍か。凄いな」
「珍しいことじゃないぞ。ガーバングラフでは、女の軍人の方が多いぐらいだからな」
他の国と比較して、ガーバングラフの女性は魔力に優れているらしい。
だからといって、男性が虐げられているわけではないが。
「アルクリフには、魔族や魔獣がいます。各国は、それらに対抗する十分な戦力を保有していますから、それほど苦戦する相手ではありませんでした。しかし――」
――魔王なる存在が、アルクリフを恐怖で包み込んだ。
魔族や魔獣と意思疎通可能な絶対的な存在。
単体で活動していたそれらを、組織化したのが魔王シュルーナであった。
魔王の率いる軍勢は徐々に領土を広げている。
放っておけば取り返しの付かないことになる。
そこで、女王は討伐隊を編成することにした。
軍隊が魔王軍と戦争をしている間に、特化戦力たる討伐隊が魔王を仕留める。
討伐隊の数は十ほどあったが、リュカの部隊は飛び抜けて結果を出していた。
現に、魔王が潜伏していると言われている森にまで、足を踏み入れていたのだから。
「じゃあ、おまえたちも軍人なのか?」
「いや、私とチェルキーは違う。っと、自己紹介がまだだったな」
彼女たちも、改めて自己紹介をしてくれる。
「私の名前はクラリティ・ウーロフラン。傭兵をやっている」
「傭兵……?」
意外だ。リュカが将軍なら、同行者は軍人の中から選びたい放題だと思う。
「あはは、ちょっと事情がありまして……お城の兵隊さんは、同行できなくなっちゃったんです」
リュカは恥ずかしそうに笑った。
少数精鋭を求められる魔王討伐隊。その任務は未だかつてないほどの危険を孕んでいる。
ゆえに、姉である女王は、リュカの身を案じた。
討伐隊への参加を許さなかったのだ。
「過保護な女王様なんだよ」
幼女が、肩をすくめて言った。
「いや、それが普通だ。リュカは、ガーバングラフの軍部の未来を担っている。身内というのもあるが、討伐隊に参加するには出世しすぎている。魔法も、防衛向きだしな」
「けど、私目線だと、そういうわけにもいかなかったんですよ」
討伐隊編成の際、リュカは真っ先に参加の意思を表明した。大勢の期待を背負い、引き返すことのできないところまで話は進んでいた。
女王がリュカを外せば『結局、身内が大事なのか』と、不満を抱く者も現れる。
そういった兵士たちの心情を察したから――国民が一丸とならねばならないと立場的に分かっていたから――リュカは強行することにした。
だが……姉は頑として譲らなかった。
リュカに同行しないよう、軍部に圧力をかけた。
女王が反対している任務に、誰が好んで参加できようか。
「そんなわけで、討伐隊のほとんどを軍人以外から集めなくちゃならなくなったんですよね」
リュカは、笑って言った。
「で、声をかけられたのが、この私というわけだ」
クラリティは、誇らしげに胸を叩く。
外見からは想像できないが……俺の胸倉を掴んで余裕綽々と持ち上げたぐらいだ。
常人ならざる身体能力の持ち主なのだろう。
「ちぇるきーも、りゅかちゃんに誘われたんだよ!」
「おまえも傭兵なのか?」
「ううん。お人形屋さんなんだよ!」
えへへーと、こちらもなぜか誇らしげだ。
「ちぇるきーはね、人形が使えるんだよ。踊るんだよ、舞うんだよ、飛ぶんだよ!」
「人形が飛ぶのか?」
「魔法使いの亜種みたいなもんだ。人形やぬいぐるみに魔力を込めて自在に操る。それぐらいなら、軍隊にもできる奴が何人かいたんだろうがな。……こいつは特別なんだよ。並の奴らとはレベルが違う。まるで人形に命を吹き込んでるみたいに操るんだよ。それも、複数同時にな。まさに天才児だ」
「ふぇへへ。数あわせじゃないんだよ。実力が認められたから、りゅかちゃんと一緒に魔王を倒す旅に出たんだよ」
「あと二人、仲間がいたんですけど……トラップが発動した時、少し離れた場所にいたから……」
向こうの世界に残ったまま、というわけか。
彼女たちは、さほど俺と変わらない年齢だと思う。
いくら訓練されているからとはいえ、泣きたくなったこともあるだろう。
帰りたくなったこともあるだろう。
けど、故郷を想えば――大切な者の顔を思い浮かべさせれば、くじけることなどできなかった。アルクリフに残った二人の仲間も、リュカたちの身を案じているに違いない。
「私たちは……絶対にアルクリフへ戻らなければなりません……」
シリアスな表情で、リュカは言葉を紡ぐ。
「ちぇるきーは信じてるんだよ? これまでも、皆で力を合わせてなんとかしてきだんだよ」
俺は、戦争も知らなければ、魔物なんてものも知らない。
彼女たちの旅は、俺が想像するよりもずっと過酷だろう。
そう考えると放っておけなかった。
たかが高校生だが、彼女たちのため、できることをしてやろうと思う。
一応、ヤクザたちから助けてもらった恩もあるわけだし。
「……ま、相談役ぐらいにはなってやるよ」
さすがに、知らぬ存ぜぬと、無碍にはできないと思った。
「あ、ありがとうございます!」
リュカは、俺の手を取ってニッコリと微笑んだ。
相変わらずの女神顔で、犬耳がピコピコ動いていた。
犬を擬人化した女神様みたいだ。尻尾はないけど。
「ちなみに、その犬耳はいったいなんなんだ?」
「え? ああ、これですか?」
リュカは、てれてれと恥ずかしそうに犬耳をほにほにする。
「私のご先祖様って、狼と仲良かったそうなんです。なんでも、狼とともに戦い、狼とともに生活してきたって。狼の血が流れているとも言われているんですよ? ガーバングラフの国旗も狼がモチーフですしね」
「その名残があるのか、ガーバングラフでは犬科の動物を大事にする風習があるんだ」
「ちぇるきーの家も、犬を飼ってるんだよ!」
ガーバングラフでは、犬耳カチューシャはコスプレグッズではなく、きちんとした正装の一種らしい。
王家に近しい者ほどつけているらしく、その最たる例が目の前にいる。
「条件が揃えば、狼の神ウルフィオが私の中に降りてくることもあるんですよ。カチューシャは、その現象を起こしやすくするアイテムでもあるんです」
俺からすればやはりコスプレというか、姫勇者様のかわいさをアップするアイテムにしか思えない。
リュカの感情に呼応して動いているらしく、ピコピコ動いたり、ぷるんと跳ねたり、しゅんとなったりと、様々な様相を見せる。
「――しっかし、これからどうしたものかな」
俺は、窓の外を眺めた。
立てこもり事件よろしくパトカーが集まってきている。
結界という異端な現象に、誰もが驚き、困惑しているようであった。
「……とりあえず、あいつとコンタクトを取るか」
言って、俺はスマホを操作した。