十八話 占拠したビルをカスタマイズしよう
俺たちはアイデアを出しあって籠城の計画を練った。
お腹もいっぱいになって、テンションが上がっているらしい。
チェルキーが指揮を執り始める。
「うむ、それでは、本日よりこのビルをガーバングラフの要塞にするんだよ」
明日には飽きて、リュカがリーダーをやっているだろう。
今は、誰もが微笑ましく見守ってやることにした。
「まず、お料理担当しえるちゃん! しえるちゃんは美味しいご飯を作るのが仕事なんだよ」
「任せるであります。今日の夕食は期待していいですよ!」
シエルはサバイバル知識が豊富らしい。旅の食事のほとんどを彼女が作っていたという。
最小限の水と食料で、最大限の満足を提供してくれるとのこと。
「うむ。楽しみにしてるんだよ。そして、次、パジャマ担当りおんちゃん」
「はい、人数分のパジャマですわね」
服飾の天才アクセリオン。裁縫の技術はガーバングラフで右に出る者はいない。
彼女は、全員分の寝間着を作ってくれるという。
幸い、このビルには、販売用の布団やいかがわしい服が大量にある。
それらを解体して、新しい服に蘇らせてくれるそうだ。
「お掃除担当りゅかちゃん。ここ数日、みんな、寝てばっかりのぐうたら主婦だったから、お部屋が汚れてきたんだよ。綺麗にするんだよ」
「わかりました。がんばります!」
「ちぇるきーは、現場監督をやるんだよ。みんながサボらないよう見回りに行くんだよ。サボった悪い子にはお仕置きが待ってるんだよ」
「お仕置きでありますか?」
「うむ。お仕置き担当くらりてぃちゃん!」
「私か? お仕置きといっても、何をすればいいんだ?」
「その剣で、サボってる悪い子の尻をしばくんだよ」
「得意分野だ」
どこのバラエティ番組だ。
「冗談はここまでなんだよ。ちぇるきーや、くらりてぃちゃんや、はるきが何をしたらいいのかわからないから、あとは任せるんだよ。はるきが指示をするんだよ」
もう飽きたらしい。というわけで、ここからは俺が、内政官を務めさせてもらう。
「そうだな。俺は現場を見て回るよ。調理器具や掃除道具など、便利なモノもあるし、使い方を覚えてもらおうと思う。わからないことがあれば聞いてくれ。んで、クラリティは力仕事を頼めるか?」
「ああ、何をすればいい?」
「布団や服があっただろ? それを運んで欲しい。あとは、人数も増えたし、寝る場所の確保が必要だ。考えといてくれ」
「了解した」
「晴樹様。提案してもよろしいでしょうか?」
「ああ、どうした、リオン」
ううむ。きわどい服装のせいで、なかなか直視できない。
「チェルキーにぬいぐるみを作ってあげたいのですが」
「ぬいぐるみを作る?」
「はい。彼女は人形師ですから。数が揃えば、労働力にもなりますし、偵察や見張りにも使えますわ」
チェルキーと相談して作りたいので、彼女と一緒に作業をしたいらしい。
得に断る理由はなく、時間もタップリあるため、お願いすることにした。
というわけで、各々が仕事を始める。
俺はまず、給湯室へと向かった。担当はシエルだ。
彼女は、リュックサックに入っていた食料を並べて、にらめっこをしている。どうやら、献立のスケジュールを考えているらしい。
「あ、晴樹殿」
「凄いな、これだけの食料が、あのリュックに入っていたのか」
「はい。保存の利くものから消費していかないといけないので、いろいろと考えているでありまーす」
気さくな子だと思った。
会って二、三時間しか経っていないのに、彼女は俺を警戒せず、ニコニコと接してくれる。
「なるほどな。ちょっといいか?」
俺は、冷蔵庫の方へとシェルを促した。
「食料を保存したければ、これを使うといい?」
「これは? ――わっ、冷たい空気が入っているであります」
冷気を感じた彼女は、ほんのわずかに顔を背けた。
「冷蔵庫っていうんだ。冷たい温度で、食料を保存できる箱って言えば、わかってもらえるかな? 仕組みについては省くぜ?」
「一日中、ずっと冷たいのでありますか?」
「ああ」
とはいえ、電気が止められたらお仕舞いなので、静奈の胸三寸でもある。
それについてはしっかりと説明しておいた。
「これは便利なのであります! ここへ来る時に捕まえた、カルカッタ鳥を保存しときましょう。あ、水も冷やすであります。冷たい方が美味しいですから!」
文明の利器に戸惑うことなく、気分を高揚させるシェル。
ウキウキと、材料を詰め込んでいく。
「ちなみに、籠城はいつまで続ける気でありますか?」
「ううむ、姉ちゃんに聞いてくれとしか言えないな」
おそらく、我慢比べになると思う。
上層部が混乱しているとはいえ、こちらが長期間籠城可能と知れば、作戦を練り直すに違いない。向こうが焦れば、交渉の余地はある。
まあ、こちらは常に後手だ。なるようになるしかない。
「それなら、畑を作るというのはどうでしょうか?」
「畑か……難しいな。見てのとおり、結界に囲まれている。ほとんどこのリノリウムみたいな床ばかりだし、プランターも揃わないから」
「ちなみに、一階の床の下はどうなってるでありますか? ……ええと、この建物がどんな土の上に建築されているのかを知りたいのですが」
「深く掘れば、いずれ土が出てくるんだろうけど……どんなものかはわからないな」
アスファルトの亀裂から雑草が生えているのを見たことがあるので、少なくとも土があるのだろう。
「なるほど……使える土があれば、食糧難は解決できるかもであります」
「というと?」
「二十年ほど前……カルティニア城の戦いの時、城主は床を砕いて土を手に入れました。それを使って城内に畑を作って兵糧攻めを堪え忍んだ、と、歴史の本で学んだであります。
リュカたちの魔法を持ってすれば、床を砕くことは可能。土が手に入れば畑が作れる。
「しかし、一応、人様の建築物だからなぁ」
倫理的に建築物の一部を破壊するというのはいかがなものか。
「緊急時ゆえに仕方ないであります」
「この世界の人は、隣の家から生えてきた木が、こっちの庭に伸びてきただけでも裁判が始まるんだよ」
「それなら、あとで修理するであります。日本では、金とか需要ありますか?」
「金? まあ、あるみたいだけど……」
シェルは、ポッケから数枚の金貨を取り出した。
「これで、家主に勘弁してもらえないでしょうか?」
ひとつ摘まんでみる。結構、分厚くて重い。1グラムで3、4000円はすると聞いたことがある。
一枚、50グラムだとすれば、十五万円の値段が付く。
おいおい、手にあるだけでも百万近いぞ。
考えてみれば、服装や武器も上等のモノを使っている。そもそも、リュカが王族なのだ。
ひのきのぼうではなく、城の最強装備を持っていてもおかしくない。
まあ、所有者の承諾なしにビルを破壊してしまうのはもうしわけないが、相応の対価は置いていけそうだ。
けど、もうひとつ問題がある。
「貴重な水を割いてまで、育てるのはなぁ」
この五日間で、食料よりも水の方が大事だと学んだ。
水があるのなら、農業などに使わずストックしておきたい。
「その点は大丈夫であります。持ってきたのはセイカルでありますから」
「セイカル?」
「こちらの世界にはないでありますか? スプラウトに似た野菜なのですけど……あ、スプラウトもなかったり……」
「スプラウトはある」
セイカルは苦味が強く、レストランには向いていないが、サバイバルにはうってつけ。
大気中の水分を吸収するゆえ、日光だけで十分育つ。
成長も早く、二、三日で採取することができる。
「いいな。それなら、育ててみるか」
いつの間にか、意気投合している俺たち。
リュックの整理を終わらせると、俺とシエルは、リュカを呼んで、一階の空き部屋へとやってきた。
事情を話し、畑を作る相談をしてみる。
「なるほど、、カルティニアの戦いの再来というわけですね」
説明を受けたリュカは、深く頷いていた。
「どうでしょうか、リュカ先輩」
「いい考えだと思いますよ。やってみましょう」
リュカは剣を抜いた。そして、おもむろに床へと突き立てる。
「第三雷光精霊ライシア。その力、野菜のためにお借りします……!」
精霊の力を借りた攻撃魔法。
リュカの掌から、剣を伝うようにして雷光が迸る。
剣先に青白い透明の球体が出現したかと思うと、周辺の床をバラバラに砕いた。
結果、マンホール程度のクレーターが、生み出されたのだった。
「す、凄いな」
兵器を持っているどころか、これでは彼女自身が兵器のようだ。
「ふふ、これぐらいは、王家のたしなみですよ。もう少し、強くやってもよかったかもですね」
得意気に胸を張るリュカ。
シエルは、穴から土の欠片を拾い上げる。
「ふむふむ。この辺りの土は硬いようですね。リュカ先輩、コレ、粒子にできますか?」
「やってみましょう」
欠片を渡されるリュカ。掌で真空派を巻き起こす。
土の塊を削って、砂へと変えていく。
シエルは、摘まんでパラパラとこぼしてみる。
「お、これならいけそうであります 風で飛んでしまいそうですが、そもそも結界の中は無風でありますからね」
「じゃあ、本格的に栽培してみるか」
俺たちが話をしていると、現場監督が巡回に来たようだ。
「こらー、なんだよ。おさぼりはアウトなんだよ。くらりてぃちゃんのケツソードをお見舞いするんだよ」
「サボってなんかないのであります。これからセイカルを栽培するのであります」
「せ……そ、そんなものは栽培しなくていいんだよ!」
「なぜだ? 食料はあった方がいいだろ?」
「うぐ、むむむ。せ、せいかるは毒草なんだよ!」
ああ、こいつ、セイカルが嫌いなのか。
そういえば、苦いし、レストランには向かないと言っていた。
「そうだ、チェルキー殿にも、手伝ってもらうであります」
「いや、力仕事だし、俺がやるよ」
このあとは、この土を日当たりのいい屋上へ運ばなければならない。
「チェルキー殿の魔法は、ぬいぐるみを操るのであります。労働力としても使えるので、便利なんですよ」
「ぬいぐるみは完成したのですか?」
アクセリオンと一緒に作るとか言っていたが。
「デザインは終わったから、あとはりおんちゃんにお任せしたんだよ。もうすぐ完成なんだよ。けど、ヤバい葉っぱ作りには荷担はしないんだよ!」
「まあまあ、そう言わずに。みんなで力を合わせて、生活しなくちゃならないのでありますから」
「断固拒否するんだよ。むしろ、ぬいぐるみ部隊を編成して、畑を荒らしてやるんだよ」
「ったく、そのぐらいにしとけ、チェルキー。少し前まで、俺たちは水も飲めないぐらい困窮してたんだぞ。あの時みたいになりたいのか」
お腹いっぱいになったからといって、油断していたら、地獄のような思いをもう一度することになる。
俺も、貧乏生活が長かったが、あれほどまでに追い詰められたのは初めてだった。
「む、むぅ……」
「頼りにしてます、チェルキー」
「わかったんだよ。仕方ないから手伝ってあげるんだよ。その代わり、ちぇるきーの食事はセイカル少なめなんだよ」
「了解なのであります!」
「じゃあ、ぬいぐるみさんたちを呼んでくるから、みんなは準備して待ってるんだよ」
☆
そんなわけで、俺たちは畑作りを開始する。
各階から、バケツを用意。シャベルとツルハシも持ってくる。少し、血が付いていた。普段どんな使い方をしていたのか、考えたくない。
「じゃあ、私は、硬い土を粒子に変えていきますね」
「それじゃあ、俺とシエルとでバケツに入れてくとしよう」
「了解なのであります」
俺たちは、与えられた役目を次々にこなしていく。
そのうちに、チェルキーが戻ってきた。
「はいほーい。お待たせなんだよ! ちぇるきー軍団、参上なんだよ!」
階段から飛び跳ねるように降りてくる。チェルキー。
彼女の背後には、熊や犬、猫などのアニマルぬいぐるみ。
全員が二足歩行だった。チェルキーよりもやや小さいぐらいのサイズだ。
「おぉ……ぬいぐるみが動いてる」
『動くだけじゃないわよ』『おうおう、しゃべることだってできるんだぜ』
どこから声が出ているのかわからないが、意思疎通もできるらしい。
そんなのが、ぞろぞろと五体ほど。
しかも、なんと、最後にはクラリティそっくりのぬいぐるみまで登場したではないか。
「本物みたいだ……」
「本物だ」
最後に現れたのは、正真正銘のクラリティだったようだ。
「なにやら賑やかなコトになっているみたいだったのでな」
「畑を作るんだ」
「チェルキーから聞いたよ。私も手伝うとしよう」
ちょうど男手が欲しかったところだ。
彼にはツルハシを持たせて、屋上の床を砕いてもらうことにした。
☆
「……人が増えている?」
対策本部トラックの中。
有馬からの報告に、寒川静奈は眉をひそめた。
「はい、この二人ですね」
写真がテーブルに並べられる。軍人っぽい女の子と、半裸の魔女が映っていた。
部屋から廊下へ出たところを撮影したらしい。
「いったいどこから来たんでしょう?」
「警備がザルだったとか?」
「だとしたら、お仕置きですね! ちょっと行ってきます!」
「いい」
というか、有馬が隊長で責任者だろう。お仕置きされるのはおまえだ。
まあ、有馬の部下は優秀な奴らばかり。気づかれずに侵入されるわけがない。
「もしかして、最初からいたのでしょうか? それなら辻褄が合います」
それはない、と、静奈は思っている。
始めてリュカたちと会った時、他に仲間が居るような素振りは見せなかった。
静奈なら、視線や態度で気づいている。
「異世界からのゲート……。クローゼットが、それになってるんだっけ? そこから飛んできたんだろうね」
そう考えるのが妥当だろう。
「かわいそうですね。食い扶持が増えたら、これからもっとひもじい思いをするでしょう」
「これがひもじい顔か?」
新入りが食料を持っていたのだろう。
動くのも億劫なはずなのに、表情が明るい。
なにかしらの希望を手に入れたと考えてもいい。
「まあいいや。あとで晴樹に聞いてみよう。どうせ手出しはできないし、もうちょい様子を見る。……ところで、上層部の様子はどうなっている?」
「相変わらず、異世界人の拘束をしろとだけ」
「真意はわからず、か。…………どうも、上の進行がスローペースなんだよね。いや、あえて時間をかけさせてるのかな?」
『待ち』は静奈の交渉スタイル。好きにやらせてくれるのはありがたいが、急かされないのは気味が悪い。
「……錬太郎は?」
「こっちに向かってたのですが、途中でバイクに撥ねられたそうです」
「あいつ、いつになったら仕事するんだろう。……おやつのピザは?」
「錬太郎くんを撥ねたのが、ピザを配達中のバイクだったそうです」
「あんにゃろう。あたしのピザを台無しにしやがって」
「ちょうどいいですよ。最近の静奈さんは食べ過ぎです。モデルみたいな体型が崩れちゃいますよ」
「モデルの仕事なんて、やりたくてやってるわけじゃないし」
「そんなんじゃ、晴樹くんに呆れられちゃいますよ。ほら、この写真の痴女な魔女を見てください。もの凄いナイスバディですよ。こんなので迫られたら、晴樹くんイチコロなんじゃないですか? 魅力磨かないと、うん」
弟相手に魅力など磨く必要はない。
「それは、おまえの方だろ。晴樹を取られちゃうぞ?」
「へ? あ、あわわわ! い、いや! 晴樹くんは、こんな痴女に絆される変態じゃないです! 外見でなく、中身を見てくれる心の綺麗な高校生なんですよ!」
彼女は、果たしていったい晴樹をどこまで神格化しているのだろうか。
「うう、最近、夜にこっそりラーメン食べに行ったりしちゃってますし……。よ、よし! そこら辺をパトロールがてらランニングしてきます! 静奈さんもどうですか?」
「いい」
「けど、晴樹くん、実質ハーレム状態ですし、美貌はともかく、あんまり太ると、呆れられちゃいますよ?」
「ありえないね」
「運動不足はよくないです。さあ、一緒に行きましょう」
「わん!」
太ったぐらいで、晴樹が文句を言うわけがないのだが……ぎるてぃが、期待に満ちた目で尻尾をふりふりしていた。
「……おまえ、散歩に行きたいのか?
「行きたいです!」
「有馬。おまえには聞いていない」