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十七話 姫様! 援軍にございます!

 俺とクラリティが帰還する。

 相変わらず、事務所には淀んだ空気が漂っていた。


 チェルキーは突っ伏したまま動かない。

 リュカは、俺たちに気づくと、病人のように身体をゆっくりと起こした。


「お、おかえりなさい、晴樹さん、クラリティ……」

「おう」とだけ、返事をする俺。倒れるようにソファへと沈む。


「はるきぃ、しずなから水はもらえたんだよ? ちぇるきー喉が渇いたんだよぅ。口の中がねばねばするんだよぅ」

「もらえるもんか……」

「役立たずなんだよ」

「悪うございました」


 仕事とはいえ、俺の姉貴がもうしわけない。

 外交官に任命されたというのに、俺は、何ひとつ彼女たちのために成果を出せていない。


「首尾は……どうでした?」

 リュカが問う。

「……ない。俺たちが限界なのはバレてる。投降待ちって感じだ……」

「そう……ですか……」


 静かだった。無音の時間が、ただただ流れるだけ。

 報告することもない、新しい情報もない。

 楽しい話をする気分でもない。口を動かすだけでも体力を使うから。


 そんな、無味無臭の時間を味わうと、リュカがポツリとつぶやいた。

「そろそろ、限界みたいですね」


 クラリティとチェルキーは、肯定も否定もしない。

 リュカの次なる言葉を待っているかのようであった。


「籠城が得策ではないとわかっていました。食料がない時点で、時間の問題だというのも」

 黙して、彼女の言葉を聞く。

「それでも抗い続けたのは、不安と意地があったからだと思います……」


 受け入れがたい現実。勇者としての意地。

 最後の最後まで楽な道は選ばず。

 例え苦難が待ち受けていても、後悔のないよう全力を尽くした。

 今なら、運命を受け入れられる

 ――そう、リュカトリアス・ライエットは語る。


「あらゆる選択肢の中から、正しいと信じる道を選び続け、抗って……それで、投降という選択肢が残されたのだと思います。今だからこそ、後悔することなく受け入れられるのではないのでしょうか」

「ちぇるきーは……何も言うことはないんだよ」


 つらかった日々にも意味がある。

 ここらが潮時なのかもしれない。未来が暗いとは限らない。

 静奈だって彼女たちのことを気にかけてくれているのだから。けど――。


「なあ……本当にいいのか?」

「……はい。あとは、この国と静奈さんに託します」

「だけど――」

 そこまで言って、俺は姿勢を正した。みんなの視線を集めるように立ち上がった。


 ――いや、それ以上、言葉が出てこなかった。


 俺は、たぶん、彼女たちにあきらめるなと言いたいのだと思う。

 警察と異世界人、どちらの味方をするというわけではない。

 空腹に耐え、必死にがんばってきた彼女たちの『あきらめ』を見たくない。


 それに、静奈の言っていたことも気になっている。

 上層部が混乱している現状、国の司法に身を委ねてもいいのだろうか。


『がんばれ』『あきらめるなよ』『みんなで考えよう』

 励ましの言葉は浮かべど、打開策など見つからない。そんな言葉だけを述べるのは、無責任にもほどがある。


「リュカ……本当は、晴樹のことを気遣っているだけじゃないのか?」

 クラリティがつぶやいた。

「いえ、私自身が限界だと感じたからです」


 静奈でなくとも、彼女の言葉が嘘だと言うコトぐらいわかった。

 ああ、そういうことか。これ以上、俺を巻き込みたくないという想いからの言葉か――。


「……俺なら大丈夫だ」

「晴樹さんのせいにするつもりはありません。むしろ、晴樹さんがいてくれたからこそ、私たちはここまでがんばることができたんですから」

 リュカは、儚く笑った。

 ――彼女のために何もできない自分が嫌になってくる。


「……リュカ、結界の一部を通過できるようにしてもらえるか?」

「へ? 何をする気ですか?」


「俺が、水を調達してくる」

「無理だ。外を見ただろう。周囲一帯を警官がぐるりと囲んでいるんだ。すぐに捕まってしまうぞ」

「何もしないよりはいい」

「おまえが行くなら私も行く。バカやらかす時は一緒だ。無駄なあがきに付き合ってやる。いざとなったら、おまえを守ってやろう」


 そこまで言わせて、俺は自分がおかしい考えをしていることに気づかされる。

 俺一人では当然不可能。クラリティに戦わせても、異世界人の心証を悪くするだけだ。


「……悪かった。俺がどうかしてた。外に出るのはナシだ」

 俺は頭を掻きむしる。


 上層部が混乱が収まれば、方針だって定まる。

 そこに希望があるかはわからないが、時間を稼げば状況も変わるはずだ。

 けど、それにはやはり水と食料が必要なわけで――。


「あきらめるな……あきらめるな、俺。考えろ……」

 ブツブツと、格好の悪い言葉を唱える。


 ――俺が外に出ることを条件に食料をもらう?

 ――病人が出たフリをして同情を誘う?

 ――俺を人質にとって、食料を要求する?


 駄目だ。どれを選んでも上手く行く気がしない。

 すべて静奈に思惑を見抜かれて、逆手に取られる。


「晴樹。おまえが気にすることはない」

「……わかんねえだろ。電話一本で何もかも変わる世界だ。投降した一分後に、署長から『異世界人とは友好的な関係を築く。食料を与えて、彼女たちへの最大の配慮をしながら交渉を進めていけ』なんて連絡が来るかも」

「そうなっても、私は後悔しない」

「……そうかよ」


 ふてくされるように言って、俺は静奈に連絡を入れてみる。

 しかし、コール音が鳴り響くだけで、繋がる気配がなかった。

 何をやっているのだと、窓の外を眺める。


 すると、そこにはビルを見上げる静奈の姿があった。

 呑気に手を振ってきた。

「あの、クソ姉貴……」


 俺が戻ったら、話し合いが始まると思っていたのだろう。

 結果、どうすることもできないから、無策に連絡を入れてくると思ったのだろう。

 電話に出なければ、窓の外から見下ろしてくるのもわかっていたのだろう。

 その時、静奈が見上げていたら――。

 掌で踊っているような気分にもなる。


「落ち着け、晴樹」

「これが、落ち着いてられる……か……?」

 振り向いて、言葉を飛ばしたその時だった。


 クラリティの背後で、木造のクローゼットが光り輝いていた。

「お、おい」

 指を差して促すと、リュカたちは俺の視線の先を見やる。


 扉の隙間から伸びる光芒。リュカたちが現れた時と同じ現象だ。

「誰か……来るのか……?」

 俺が言うと、クラリティは、ハッとして双剣を抜いた。


 チェルキーは、重たそうに身体を起こして、ふらふらと構える。

 リュカも剣を抜いていた。さすがは勇者御一行だ。


 クローゼットの扉がバンと開いた。


 ――すると、中からキャップを被った少女が飛び出してくる。

 迷彩ズボンにTシャツ。キャップのうしろ部分から、小さなポニーテールがちょこんと飛び出していた。現代の軍人を彷彿させるような格好だ。

 身体よりも大きなリュックを背負っている。

 彼女は、シュタリと格好良く着地した。


 遅れること、ほんの数秒。

 露出度の高いドレスのお姉様が飛び出してくる。

 着地はしたが、足を縺れさせてしまう。

「リオンさん、あぶないであります!」

 転ぶや否やというところで、軍人風の少女が抱えるように受け止めた。


「シエルに……リオン……?」

 リュカが、半開きの口から、名前を漂わせる。

「リュカ先輩、トラップに引っかかるなんて 不用心なのであります」


 リュカたちの仲間らしい。

 そういえば、五人で旅をしていたと言っていた。

 彼女たちが、残りの二人なのだろうか。


「おまえたちもトラップに?」

 クラリティが尋ねる。


「心配して追いかけてきたのですわ。ここはいったいどこなのでしょう」

 妖艶で巨乳なお姉様は、頬に掌をあて、困り果てたかのように言った。


 リュカもクラリティも困惑していた。

 そんな中、一人だけ元気なお子様がいる。

 ダイブするかのように、軍人娘のリュックサックに抱きつくチェルキー。

「しえるちゃん! リュックを開けるんだよ! お水あるんだよ? 持ってきてくれたんだよ――?」


 ――軍人娘のリュックには、水筒が何本も入っていた。

 水をラッパ飲みする面々。俺も我を忘れて飲んだ。

 乾いたスポンジが水を吸い込むよう、身体の内側から満たされていく。

 異世界からのゲスト第二弾は、その光景を呆然と眺めていた。

「ど、どうしたのでありますか――?」


 俺たちは、一度、状況を整理する。

 軍人娘が、干し肉や木の実などを、お菓子代わりに並べてくれる。

 それらをつまみにながら、お互いの情報交換をすることにした。

 

「えっと……とりあえず、自己紹介をするであります。自分は、ガーバングラフ陸軍七尉(軍隊で七番目に偉い役職らしい)のシエル・コッパペンであります。よろしくお願い致します!」

 格好といい、話し方といい、まさに軍人といった感じであった。

 けど、女の子だし、声はかわいいし、小動物みたいだ。


「私はアクセリオン・オーバーライフ。リオンとお呼びください。ガーバングラフでは、服飾師をやらせていただいております」

 目のやり場に困る女性だ。露出の高い服装を纏い、それを柔らかなストールが、天女の羽衣の如く漂うように包んでいる。細い腕には、煌びやかなブレスレット。

 モデルのようにスラッとしていてナイスバディ。胸は静奈よりあるかもしれない。


「服飾師?」

「もぐもぐ……りおんちゃんは服屋なんだよ。裁縫の腕は世界一なんだよ。ちぇるきーのぬいぐるみも、りおんちゃんに作ってもらっているんだよ」

 もちろん、勇者御一行のコーディネーターというわけではなく、魔法も扱えるらしい。

 二人とも、ただ者ではないのだろう。


「俺は神山晴樹。ええっと……何から説明しようかな――」

 とりあえず、こちらの世界のことを伝える。

 別次元の世界であること。突然の出来事だったので警察という治安維持機関に包囲されているということ。俺と静奈が仲介役となっていることなど。


「ふぇえ……別次元、で、ありますか……」

「たしかに、見たことのない文明ですわね。テレビに、スマホですか……魔法も使わずに、これほどの道具を作り上げるとは……」

「そうなると通信機器は――」


 シエルは、リュックから懐中時計のようなモノを取り出した。

「それはなんだ?」

「シンクスという通信機器であります。対になったモノが本国にあるので、そちらと連絡をとることができるでありますが……機能していないようでありますね」


 トラップに飛び込むのは軽率だったか。いや、飛び込まなければ危険な地で二人は孤立。

 リュカたちも心配だったのだろうが、別次元まで飛ばされるとは、思っていなかったに違いない。


「しかし、籠城が始まって五日。食料も尽きて途方に暮れていたところです。二人が来てくれて助かりました」

「へ? 五日でありますか?」

 言って、シエルとアクセリオンは顔を見合わせた。


「あの……姫様たちがトラップに引っかかってから、わたくしたちがここへ来るまで十分も経っていませんよ?」

 アクセリオンが言う。

 シエルも、うんうんと頷いていた。


「どういうことですか?」

「姫様が消えたあと、わたくしとシエルで相談しましたの。それで……まず、本国に通信魔法で連絡を入れたのです」


 アクセリオンたちはトラップを調べた。

 転移系のトラップだとわかるや、二人は野草や動物など食料を軽く調達。わからぬ転移先に備えてから、自分たちの意思でトラップへと踏み込んだ。

 敵地ゆえに、離ればなれになるのはリスクが大きいと思ったから。

 テキパキと行動したので、十分も経過していないそうだ。


「ははぁ……それで、この有様というわけでありますか」

 食料をむさぼるクラリティとチェルキー。


「しかし、どういうことでしょう。この世界では五日……アルクリフは十分と経過していないのですよね……ええと……」

 頭上にクエスチョンマークを浮かべるリュカ。

 ここは、ファンタジー慣れした現代人の俺が予想してやるしかあるまい。


「もしかしてだが、アルクリフの十分は、こちらの約五日分に相当するんじゃないのか?」

「十分が……五日分? で、ありますか?」

「世界の概念が違うんだ。時間の概念も違うんじゃないかと思ってな」

 昔話なら浦島太郎。現代なら精神と時の部屋。体感する時間と現実の時間がめちゃくちゃになっている。それが、この世界とアルクリフで成立しているのではないか。

 それを丁寧に説明してやる。


「なるほど、十分ありえますね」

「ははぁ、晴樹殿は博識であります」

「フィクション慣れしてるだけだよ」

 異世界から人がやってきているのだ。

 ありえないことがありえると仮定すれば、そういう時間概念も十分考えられる。


「ふむ……しかし、晴樹の話が真実なら……私たちにとって朗報なんじゃないか?」

「朗報?」と、リュカが返す。

「考えてみろ。時間を気にする必要がなくなったんだからな」

「あ……そう……ですよね!」


 クラリティの言うとおりだった。

 一刻も早くアルクリフに戻って、魔王を倒さねばと思っていた心配が消えるのだ。

 アルクリフの十分が、現代の五日に相当すると仮定した場合、一ヶ月滞在したところで、向こうでは一時間程度の浪費でしかない。


「……これは、交渉材料になるかも」

 俺は、リュカを見た。

 彼女は嬉しそうに頷いた。犬耳をピピッと反応させている。


「シエルさん、食料はどのぐらいある?」

「シエルでいいであります。食料は、普通に食事して三日分。節約すれば十日はいけますね。雨さえ降れば、もっともっといけるであります」

「リュカ、投降は撤回するよな?」

「はい。状況が変わりました。もう少し様子を見ましょう」

「ふふっ。ガーバングラフの臨時外交官の手腕、拝見させていただきますわ」


 粘ったかいがあったというものだ。

 俺たちが籠城を続けられると知ったら、静奈の考えも変わるはずだ。



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