十五話 姫様、異世界のために尊厳を捨てます!
翌日の夜。悪い知らせをリュカたちに告げることとなる。
俺は、夕食の時間になって、恭しく切り出した。
「……さて、皆さん。残念なお知らせがあります」
「だいたい察しはつく。覚悟はしていた」
「はい、食料が底を尽きました。目の前にあるのが、最後です」
テーブルに並ぶのはブロッコリー。それを一切れずつ。
茹でることができなかったので生。
焼くと水分が抜けるのではと思って生。
あと、粉々になったポテチを少々。
これが最後の食事となる。
「うへぇ……これを食べるんだよ?」
「しかたありませんよ。ビールはなくなってしまいましたし、水も手に入りませんし」
かくなる上は、ということでブロッコリーに手を出さざるをえなかった。
正直なところ、変態が装備していたのを見てしまったので、あまり良いイメージはないが、背に腹は代えられない。
野菜とはいえ、水分が取れるだけでも、ありがたいと思わねばなるまい。
全員が、ブロッコリーを手に取る。
モシャモシャと、クリスマスの骨付き鶏を貪るように囓っていく。
「ぐむうぇぇ、口の中が密林状態なんだよぉ。青臭いんだよぉ。水が欲しいんだよぉ」
「食べられるだけマシだと思え。私の傭兵時代はな、水がなくなると動物の血を――」
「や、やめてください!」
暗澹たる未来しか見えない現状に、ネガティブな発想しかできなくなっているようだ。
「うう。ご飯もお水も足りないんだよ……。明日からどうするんだよ? 喉も身体もカラカラなんだよ? おしっこも出ないんだよ」
「しっかりしろ。おまえたちは、ガーバングラフの命運を背負った勇者なんだろ。これぐらいの苦難を乗り越えられなくてどうする」
そんなふうに檄を飛ばして、俺はブロッコリーを囓る。
うわぁ、口の中が青々する。茹でてないから、しっかりと噛まなければならない。噛めば噛むほど、口の中が森っぽさでいっぱいになる。
農家のおじさんごめんなさい。決してブロッコリーがマズいわけじゃないんです。
サラダに添えてあれば最高にテンションの上がる食べ物なんです。栄養価も高くて大注目されている食品なんです。茹でない方が、栄養タップリだってコトも分かってるんです。
お口のリセットにポテチを囓る。そして、再びブロッコリーに挑む。
食べ終わった頃には、なんとも言いがたい空しさだけが残った。
一応なりとも食事を終えた俺たちは、今後のことを話しあうことにした。
「……悔しいが、投降も考えねばならんな」
「そう……ですね」
打開策が見えているのなら、もう少しがんばれると思う。
しかし、このまま籠城を続けたところで何一つ変わらない。
苦しみを先延ばしにするだけである。
けど――。
「なんのために耐えてるんだ。籠城が始まって、まだ三日だぞ!」
俺が、若干声を荒げると、クラリティが淡々と口を動かした。
「実を言うと……私は耐えられる。一週間ぐらい食べなくても、死ぬことはないと『経験』で知っている。リュカも大丈夫だろう。狼の血が入っているから、人間よりもサバイバル生活に順応力がある」
リュカは、コクリと頷いた。
「だが、チェルキーは子供だ。晴樹に至っては、巻き込まれただけの民間人だ」
「は! お生憎様。こう見えても貧乏な家庭で育ってね。これぐらいの食糧難はなんとも思ってねえよ」
と、強がりを言ってみる。
「……ちぇるきーが犠牲になるんだよ」
「どういう意味ですか?」
「うむ。ちょっと考えてみたんだよ。たしかに、お腹ペコペコはつらいんだよ。だから、ちぇるきーが投降するんだよ。で、条件としてりゅかちゃんたちに食料をわけてもらうんだよ」
「しかし、不当な扱いを受けたらどうする」と、クラリティ。
「ちぇるきーを人質に、さらなる要求をしてきてら見殺しにしていいんだよ。けど、本当は、手厚く迎えてくれるんじゃないかって、ちょっぴり期待してるんだよ」
まさか、幼子にこのような覚悟をさせることになるとは思わなかった。
彼女たちにとって、捕虜という立場はそれぐらい覚悟のいることなのだろう。
「一番最初に音を上げるのはちぇるきーなんだよ。その責任を取って、人柱になるんだよ」
「……すまん、チェルキー。そういうつもりで言ったのではない。子供扱いしたのは謝る」
「そうです。そんなことできるわけがありません。私たちは、いつも五人で旅を続けてきたのです。誰かの犠牲の上に平和を迎えることなどできません」
「ありがとうなんだよ」
チェルキーは、静かに笑った。
「とりあえず、もう一度ビルの中を探してみようぜ。缶ジュースの一本でもあれば、もう少し持つだろうし。雨が降ったら、状況だって変わる。姉ちゃんだって兵糧攻めが無駄だとわかれば、別の提案もしてくるだろうしな」
戦国時代ではないのだ。現代において、籠城――立てこもり事件は、早期解決を余儀なくされている。長引けば長引くだけ世間の不安を煽ることになるから。うん、その点に関しては近所の皆さんごめんなさい。
静奈だって、悪戯に時を消費していれば、別の案を考えなければならないに違いない。
そんなわけで、俺たちはビルの中をくまなく調べることにした。
タンスの裏から布団の隙間。下駄箱の中まで。
しらみつぶしに食料を探したのだが……結局のところ、口に含めそうなものは何一つ見つからなかったのである。
再調査を終えた俺たちは、肩を落としながら、本拠である事務所へ戻ってきた。
ソファにダイブし、そのまま突っ伏すチェルキー。
俺も、ソファに腰掛け、燃え尽きたように項垂れる。
「あはは……何も、ありませんでしたね」
「まあ、期待薄なのはわかっていたけどな」
「……なぁ、晴樹。こういう要塞って、隠し部屋とかないのか?」
クラリティが、壁を押しながらつぶやいた。
「隠し部屋か……」
ヤクザのアジトゆえに、そういう改造がしてあっても不思議ではないのかもしれない。
しかし、よしんば見つけたところで、武器とか金とか粉とか、そんな感じのモノしか出てこないと思う。
「調べる価値はあるんじゃないか? 私たちは、藁にも縋りたい状況なのだから」
「まあ……」
他にやることはない。やれることはやっておきたいというのなら構わないと思う。
「……しかし、なぁ」
ドラクエで言うならば、一歩一歩進みながら、壁や床などで調べるコマンドを繰り返すようなものである。気の遠くなるような話だ。
「ふむ、隠し部屋を探すのなら、いい魔法がありますよ?」
リュカが、つぶやくように言った。
「魔法?」
「ええ、試しにこの部屋を調べてみましょうか?」
リュカは、跪いて、床に掌をかざす。
すると、床全体に巨大な魔方陣が広がった。
「第六精霊探査法術ギルクリップ。大地の精霊から学んだこの魔法は、漠然的にですが『違和感』を探知します。怪しい場所があれば、光るはずで――光ったぁ!」
声を上げて喜ぶリュカ。
ぐったりしていた俺とチェルキーも、前のめりになって輝きを見やる。
組長のデスクのすぐ側。
青白く輝く床に、俺たちは一斉に駆け寄った。
俺は、恐る恐る指を差して確認する。
「よ、要するに、ここに何かあるってコトだよな?」
「は、はい。……けど『違和感』なので、隠し部屋かどうかは分かりません」
「よく見ると、うっすら線が見えますね」
リノリウムの床には、五十センチ四方の切れ目が走っている。
「は、早く開けるんだよ!」
期待すれば期待するほど、ガッカリした時のダメージが大きい。なので期待はしていない。
どうせ、拳銃か何かだと心を落ち着ける。
クラリティが、剣を抜いて隙間に差し込んだ。テコの原理を利用して、床板を引っぺがす。
頭をぶつけんばかりに、全員が一斉に覗き込んだ。
そこにあったものを見て、チェルキーが言った。
「――ぬいぐるみ、なんだよ?」
違う。ぬいぐるみではない。
ぐったりとした子犬である。
餌と水を入れる皿は、どちらも空っぽだった。ドッグフードの袋もあるが、子犬が自分で開けられるわけもない。
衰弱しているが、呼吸に合わせてお腹がわずかに動いているので、死んでいるわけではなさそうだ。
俺は、子犬を持ち上げて、外へとだしてやる。
「クゥ」と、弱々しく鳴いた。
「酷い……。なぜ、こんなところに……」
リュカは、口元を覆ってつぶやく。
外傷はない。餌も用意してあることから、虐待とは思えない。
あまり考えたくないが、ヤクザの誰かがこっそりと飼っていたのだろう。
小犬をかわいがるなど、他の組員にバカにされるから、隠していたのではないか。
しかし、俺たちがビルを占拠したせいで、世話ができなくなった――。
警察にも言えなかったのだろう。それこそ笑いものにされてしまう。
「水と食べ物……は、ないんでした……。うぅ、どうしましょう……」
「食べ物はある」
俺は、ドッグフードの輪ゴムを外し、餌の器へと流し込んだ。それを子犬に近づけてやる。
すると、子犬はフラフラと立ち上がった。
クンクンと匂いを嗅いだあと、ペロとひと舐め。一個一個を舌で拾うように味見したかと思うと、はぐはぐと食べ始めた。
「おお! 元気なぬいぐるみなんだよ!」
「だから、ぬいぐるみじゃないって」
「はぁ……よかった……」
安堵の溜息を零すリュカ。
「それにしても酷いです! こちらの世界では、犬をこんな風に飼うのですかッ?」
リュカの犬耳がやや前方に向けられる。どうやら怒っているらしい。
「こんな飼い方するような奴は滅多にいないよ。かわいい子犬を、おおっぴらに飼いたくなかったんだろ。ギャングなワケだし」
「ガーバングラフでは、犬や狼を尊ぶからな。リュカが怒るのも無理はない」
「犬だからというわけではありません! 犬でも猫でも金魚でも、ペットは家族です」
ガーバングラフにも金魚がいるんですね。
「それを、恥ずかしいからという理由で閉じ込めておくなんて虐待です! ねえ?」
「わおん!」
「え? 違うって?」
「わんわん」
「じゃあ、あなたは、この床下での生活が快適だったとでも?」
「わおおん」
「快適ではなかった? けど、幸せだったんですか?」
「……おい、おまえのトコのお姫様、犬と話し始めたぞ」
俺は半眼でリュカを眺めながら、クラリティを肘でつついた。
「凄いだろう。ガーバングラフの王家は、犬や狼と会話ができるんだ」
「じゃあ、あれはマジで会話してるんだな」
「こっちにはいないのか? 犬と会話できる奴」
「いないな」
冗談でもコントでもなく、本当に会話が可能らしい。
リュカの言っていることは通じる。
犬側からは『はい』『いいえ』『たぶん』『わからない』などの単語のみ。
長文をしゃべってもらうことはできないとのこと。
「――そうでしたか。……しかしですね。あなたは世間を知らなさすぎです。犬というのは、大地を駆け回る生き物なんですよ。助けてもらった恩があるとはいえ、どんな扱いをされてもいいというわけではありません。ましてや、こんな狭いところに閉じ込めるというのも、飼い主失格なのです。飼い主さんの面子があるといえども――」
丁寧に事情を説明するリュカ。
現代人がこの光景を見たら、勇者のコスプレをしている不思議ちゃんである。
「――わかってくれましたか。ええ、そういうことなんですよ。けど、もう大丈夫です。これからは、私たちがついていますから」
リュカが、すっくと立ち上がる。その傍らで子犬は尻尾を全力で振っていた。
「犬との交渉なら、姉ちゃんでもリュカには敵わないな」
「えへへ、私の数少ない特技の一つですよ」
犬との親睦を深めたところで、リュカがコホンと咳払いをする。
「と、ところで晴樹さん……。この子が食べていたアレですが……」
チラッと、ドッグフードに視線を向けるリュカ。
クラリティもチェルキーも同じ方を見た。
「しょ、食料ですよね?」
皆の期待に満ちた視線が、一斉に俺へと向けられる。
残酷な現実を伝えねばなるまい。
俺は、袋の文字を指差しながら説明する。
「いいか、ドッグ・フード。つまり、コレは犬の餌だ。現代人が犬のために開発した犬専用の食べ物だ。人間は食べちゃ駄目なんだよ」
「け、けど……食べられないことはないんだよな?」
縋るような眼で訴えてくるクラリティ。そんな目をしても駄目だ。
たしかに食べられないことはないだろう。しかし、あくまで犬用に作られた食品。一説では人間が食べないような肉を加工しているとか。
「お腹を壊したら困るだろ。倫理的にも人間が食べるものじゃないんだよ」
「晴樹。そんなことを言ってる場合か? この状況下なら、食べられるモノならなんだって食べるぞ。犬が食べられて、人間が食べられないモノなどあるものか」
「いっぱいある!」
「そ、そうはいいますが……どうしてなかなか、いい匂いがするんですよ?」
じゅる、と、涎を垂らすリュカ。ああ、この人は狼の血が入っているんだった。
「じゃ、じゃあ……こういうのはどうだろうか。この犬に腹一杯食わせるんだ。丸々太ったところを、美味しくいただくとしよう」
「なっ……! 正気ですか、クラリティ! ガーバングラフの民ともあろう者が、友たる犬を食すなど!」
目を覚ませといわんばかりに、クラリティの肩を揺するリュカ。
「し、しかしだな……この子だって、世界のために糧となるなら本望ではないか。国へ帰ったらキャルバリア公園に銅像を建ててやればいい!」
「それを食べた私たちは、国民から石を投げられますよ! この子は絶対に食べません! 食べるのはドッグフードの方です!」
「食わせないって言ってるだろ! ブレイク、ブレーイク! 落ち着け、おまえら」
俺は、二人の間に入って、この情けない喧嘩を止める。
騒ぎに乗じてチェルキーが、ドッグフードに手を伸ばしていたので「おあずけ!」と言って止めた。ビクリとなった幼女は、慌てて手を引っ込める。
「いいか? まず、犬は食べ物ではない。おーけー?」
「い、いや、しかしだな……」
それでも縋ろうとするクラリティ。
「晴樹さんの言うとおりです。犬は家族同然です。クラリティは、お腹が空いたら晴樹さんを食べますか? 食べないでしょう? それと同じです。家族を食べるなんて間違ってますよ」
例えが酷い。
「そうは言うが、晴樹の場合、別の意味で、食べてしまうかもしれん」
こっちはさらに酷かった。
「けど、このままじゃ飢え死にしちゃうんだよ?」
「わかってる。けど、誇りを失ってまで食に執着するべきじゃないと思う」
ゆゆしき事態なのはわかっている。
生き延びるためには、人間の尊厳など必要ないかもしれない。
だが、そもそも、ドッグフードを食べたとしても何も変わらない。
なぜなら、俺たちは食料以上に水を欲しているからだ。
人間は飢えよりも先に脱水症状がくる。
それに、コレを食べて体調を崩したら、もっと悲惨なことになる。
リスクだってあるのだから、無理をして食べない方がいい――。
俺の説得を理解してくれたのか、全員が口を閉ざして下を向いていた。
効率、尊厳、リスク、それらを織り交ぜた完全論破である。
少しは、寒川静奈の弟らしい一面も見せられただろうか。
――と、思っていたら。
「い、異議あり! ガーバングラフの王家は代々狼の血を引いているのですわん。つまり、人間であると同時に狼なのですわん。犬の食べ物なら、私だって大丈夫なのですわん」
この姫勇者、人間の尊厳の前に、姫の尊厳を放棄しやがった。
「さらに異議ありだ。私は傭兵として、リュカたちよりも劣悪な環境下でサバイバルを強いられてきたんだ。朽ち木の中に生息する○○○○の○○を○で食べたりしていたこともある。尊厳などないし、胃にも自信がある」
「ちぇるきーも異議を唱えるよ! こういったフードは、小さなお子様が、誤って食べてしまうことだってあるんだよ。だから、チェルキーが食べたところで事故なんだよ!」
駄目だこいつら。空腹に耐えかねて、まともな判断ができなくなっている。
異世界の勇者がドッグフード食べてるなんて夢も希望もなさ過ぎる。というか、お姫様がドッグフード食べているトコロなんて見たくない。
目を覚まさせてやるため、俺はプラスチック製の餌皿で、彼女たちの頭を順番に叩いていった。スコーンという軽い音が三度、部屋に響き渡った。
「痛いですッ!」「痛い!」「痛いんだよ!」
「……ドッグフード(こいつ)は没収する。これはガーバングラフ臨時外交官である俺の決定事項だ」
「晴樹……おまえ、そいつを独り占めする気だあ痛ッ!」
「ついに本性を現したんだよ! ちぇるきーたちの仲間のフリをしていたけど、やはり組織の手先だったんだよ! 裏切り者なんだ痛いッ」
超理論を展開するクラリティとチェルキーの頭を、もう一回餌皿で叩いた。
「うぅ……仕方ないです。こちらの世界のアイテムに関しては、晴樹さんの判断に任せた方がいいです」
「ようやくわかってくれたか」
「しかし、だ。コレを食べなければ、別のモノを食べるだけだぞ? 例えば、羽毛布団があっただろう。羽毛=ガチョウの羽だ。ガチョウの羽=ガチョウだ。つまり、あの羽毛布団は食べられると言うことになる。ドッグフードを食べる美女と、羽毛布団を食べる美女。どっちがマシだと思う? 私はまだド痛ッ!」
どっちも嫌に決まっている。
「あきらめましょう、クラリティ。この子のご飯があるだけでもヨシとしましょう、ね?」
「わん」
「これから仲良くしましょうね」
よしよしと子犬の頭を撫でるリュカ。
ようやくドッグフードへの執着心を終わらせてくれたようだ。
「けど、リュカ。この子を飼うことはできないぞ?」
「へ? なんでですか? 毎日散歩しますし、ちゃんと面倒も見ますよ? 躾も任せてください」
「いや、餌はあるけど水がないんだ。ここじゃ、苦しませるだけだぞ」
「じゃ、じゃあ、どうするんですか――?」
☆
「さて、どうしたもんかね……」
先程、静奈のスマホに、晴樹からメールがあった。
内容は一言。『正面玄関へ』だ。
新しい提案でも思いついたのかとやってきたのだが……。
そこにいたのは段ボール箱に入った獣であった。
「わん」
「わぁ! パピヨンでしょうか、それともブルドッグでしょうか?」
有馬はパピヨンとブルドッグの違いも分からないのだろうか。
「チワワじゃね? ほら、金貸しがCMやってる」
「なるほど! たしかに借金してでも飼いたくなっちゃいそうなぐらいかわいいですもんね」
ゴールデンレトリバーだ。馬鹿め。
「かわいいでちゅねー。なんちゃいなんでちゅか? お姉ちゃんのトコ来るでちゅか?」
おまえの方がかわいいわ。
「ふむ」
段ボール箱には『拾ってください』と、書いてある。ドッグフードも入っていた。
あと、手紙が一通。簡潔に、ビル内で見つけたとかなんとか書いてあった。
ヤクザがこっそり飼っていたのではないかとのこと。
「静奈ちゃん、どうしまちゅか? 私が飼ってもいいでちゅか?」
「おまえの家アパートだろ? 錬太郎は?」
「入院中でちゅ」
飼い主であろうヤクザは、余罪がいっぱいでしばらくシャバには出てこない。
そうなると、保健所送りになるのだろうか……。
「里親を探しまちゅか?」
「……いいでちゅ。晴樹が戻ってくるまで、あたしが飼うでちゅよ。遊び相手が欲しかったんでちゅ。あと、おまえ赤ちゃん言葉になってるでちゅよ?」
静奈は、子犬の首根っこを持ち上げると頭の上に載せた。
「へ、は? ……すす、すいませんっ! け、けど、静奈さんも赤ちゃん言葉になっちゃってますよ? ふふっ」
皮肉でやっていたというのが伝わらなかったらしい。
「ところでさ。おまえ、一応、部隊の隊長だよな? ビルを囲んでいる連中を指揮してるんだよな?」
「そうですけど……今更ですよ?」
「うん、確認してみただけだ。なんか、常におまえが視界にいるような気がしてな。ちゃんと仕事してるのかなぁっと……」
「あ、大丈夫です。私がいなくてもみんなちゃんと仕事してますって。しっかり者ばかりですから」
あ、駄目だ。この指揮官。
いや、むしろ指揮官が駄目だからこそ、部下がしっかりしているのかもしれない。