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十四話 ゼロから始まる籠城生活

 ビルの中で一晩を過ごした翌日。

 昨晩は、クラリティのせいで気が休まらなかったが、とにもかくにも日はまた昇る。


 四人全員が、それぞれソファをベッド代わりにしていた。

 それほど寒くなかったし、販売用の布団もあったので、快適な睡眠を取ることができた。


 朝になると、全員が着替えを始めて、身だしなみを整える。

 ソファに腰掛けて、朝のミーティングを始める。

「皆さん、おはようございます」

 リュカがMCとなって恭しく挨拶。

 俺たちも「おはようございまーす」と、返した。


「それでは、朝食の前に状況を整理しておきたいと思います」

「はーい! だよ!」


「現在、フォルトナビルは完全に包囲されちゃってます。水も止められてしまいました。援軍も期待できませんし、物資の補給も望めません」

「むぅ、卑劣なんだよ!」

「静奈さんの立場を考えれば、この処置もやむなしといったところでしょうか。しかし、我々は屈するわけにはいきません。これからの対処を考える必要があります。では、――ガーバングラフ臨時外交官の神山晴樹さん、今後の展開の予想をお願いします」


 演出染みた台詞で、演説を要求される俺。同じく演出染みた台詞で論を述べる。

「どうも、臨時外交官の神山晴樹です。今後の展開ですが、おそらく長期戦になるでしょう。姫様に投降の意思がないのですから。……姉ちゃんに妥協案を持ちかける予定ですが、兵糧攻めを敢行してきた辺り、応じるとは思えません」


 静奈は、俺たちが降参するのを待つ算段なのだと思う。

 昨日とは違い、強気の交渉を仕掛けてくるだろう。


「しかし、私たち魔王討伐対は、易々と屈する気はありません。対等な立場かつ安全が保証される条件を前提に、引き続き交渉と籠城を続けたいと思います。――それで、今日の朝ご飯なんですが、これまた晴樹さん、よろしくお願いします」


 俺は、袋の中からポテトチップスを取りだした。

「昨日、ビルの中を調べてわかったとおり、俺たちに残された食料はポテチが二袋とブロッコリーが一房。あと、ビール缶が二本です。籠城をすると考えたら、少しずつわけて食べるのが望ましいでしょう」

「それは、ちぇるきーたちにひもじい思いをさせるってことなんだよ?」


「はい、チェルキーさん、正解です」

 言いながら、俺はティッシュを敷いて、ポテチを五枚乗せた。それを、人数分配っていく。

「これが、本日の朝ご飯です。あと、水分はビールを煮てアルコールを飛ばしたモノを用意しました」


 さらに、麦色の飲み物。これが、コップにちょろりと一口分。

「以上が、朝ご飯になります」

「晴樹さん、ありがとうございました。というわけで、皆さん、ガーバングラフの母なる神ウルフィオに本日の糧を感謝して、いただきましょう」


「酷いんだよ! こっちは育ち盛りの幼女なんだよ! 発育が困難を極めるんだよ!」

「文句を言うな、チェルキー。この半年の旅で、泥水しか飲めない日もあったではないか」

「むぅ……」

 頬を膨らませる幼女。


 チェルキーは、ポテチをカリと囓る。

「美味しいんだよ。もっと欲しいんだよ。目の前に御馳走があるのに、お預けなんて、拷問なんだよ。ポテチ一枚のために犯罪だって起きかねない美味さなんだよ」

 俺が異世界に転移したとしても、ポテチの作り方さえわかっていれば、食いっぱぐれることはなさそうだ。


「ちなみにだが、リュカ。魔法で水を出すことはできないのか?」

「できますけど……飲み水には使えないと思いますよ?」


 リュカの使える水魔法というのは、液体で攻撃する『現象』を起こすだけらしい。

 すぐに消えてなくなる。

 水分を補給することはできないようだ。


「けど、潤いを感じることはできるんじゃないかな? 試してみたいんだが……」

「いいですけど……それじゃあ、晴樹さんは、窓際に寄ってもらえますか?」

「窓際?」

「私は、廊下側の離れたところから放ちますので」

「……あの、もしかして、強烈な奴ですか? ちょろっとでいいのですが?」

「水圧で石とかを切断する魔法です。なるべく加減はしますが、危ないので、距離があった方が……」


 ウォーターカッターの原理でしょうか。そんなの怖くて受け止められない。

「ごめんなさい、やっぱり遠慮しておきます」


 すると、クラリティが言った。

「それなら、私がやろう」

「おまえも魔法を使えるのか?」

「少しぐらいならな。たぶん、おまえがリクエストするちょろっとした水を出せると思う」

「お、じゃあ、頼む」

「ただし、この魔法は股間から出る。ちょっと待ってくれ」

「死ね」

 ジョークだと思いたい。いや、ジョークだとしても酷い。



 朝食を終えた俺は、静奈に連絡を入れた。

 すると、ようやく繋がった。

 昼前に、会ってくれるというので、俺たち四人は正面玄関外へと足を運ぶ。


 リュカたちの境遇について交渉しなければならない。

 そして、可能であれば食料も融通してもらいたいところだが――。


 静奈と出会ってすぐ、俺の考えが甘かったことに気づく。


「よ、元気? ちゃんとメシ食ってる?」

 結界の向こう側には、長テーブルが用意されていた。

 椅子に腰掛けるのは寒川静奈。

 上品な前掛けを胸に。左右の手にはナイフとフォーク。

 真っ白なテーブルクロスの上には、肉やホタテ、エビなどを焼いたモノが並べられている。

「…………………………食ってるよ。こちとら朝からビールよ」

 俺は、顔を引きつらせながら、むりやり笑った。


 羨ましすぎる光景である。

 ああ、わかりますよ。そうやって嫉妬させようとしているのでしょう。

 俺たちは、必死に涎を飲み込んだ。


「晴樹くん! お久しぶりです!」

「あ……。有馬さん、どもです」

 彼女は、ちょっと苦手だ。静奈と姉妹になりたいのか、頻繁に俺との結婚を画策してくる。

 いつも暴走気味なので、どう扱っていいのかわからない。

 既成事実を作ろうと、襲われそうになったこともあった。


 コックコート姿の彼女は、バーベキューセットで、静奈のために料理を焼いていた。

 網の上には野菜や伊勢エビ、鮑に霜降り牛。

 テレビでしか見たことのない食材が次々と焼かれていた。


「ふふふ、どうですか晴樹くん。私、こう見えても家庭的なところがあるんですよ?」

 エプロン姿なのはともかく、バーベキューを焼くのを家庭的とは言わないと思う。


「有馬ぁ、伊勢エビまだ?」

「はい! いい感じですよ! プリップリに仕上がってます!」

 半身の伊勢エビが皿に盛りつけられる。

 香ばしく焼けたエビの匂いが、結界のこちら側にまで漂ってくる。

 静奈は、ナイフとフォークで器用に身を剥がすと、惜しげもなく口へと放り込んだ。

 チェルキーが「あぁ……」と、羨ましそうに呻いていた。


「悪いね、お姫様。朝から何も食べてなくてさ。よかったら、こっちに来て食べる?」

「い、いいんですか?」

「……おい」

 食べ物の魔力に引き寄せられそうになったリュカを、肘でコツいて正気を戻させる。


「ちぇるきーは、いただくんだよ! りゅかちゃん、結界を解除するんだよ!」

「我慢しろ」

 俺は、結界に突っ込まんと駆け出す幼女の首根っこを捕まえる。


「美味しいのに……。ま、いいや。――で、話はまとまったのかな?」

「武器を預けて投降って話か? 答えはノーだ。その前に言うことあんだろ」

「ないよ?」

「水のことだよ! 止めやがっただろ」

「さあ、なんのこと? 有馬、知ってる?」

「いいいいえ、知らないです。すす、水道料金を払ってなかったんじゃないですか? 水道局に掛け合ったの、私じゃないですからね? き、嫌いになっちゃダメですよ?」

 相変わらず、わかりやすい人だと思った。


「昨日も言ったけど、こちらも手加減できなくなった。すまん……。けど、約束は生きてる。武器を預かって欲しいなら、裏で大事に預かるし、そっちが歩み寄りを見せてくれるのなら、こっちも歩み寄る。結界だけでも解除してくれたら、包囲の数は減らすし、あたしが人質になってもいい。もうしわけないけど、御上に対して本気でやってるってコトを見せつけないといけないんだよ」

「ぐぬぬ……」


 文句を言っても仕方がない。水を元に戻してはくれないだろう。

「……まあいい。俺たちは提案を持ってきた」

「聞いてやる」

「そっちは、異世界人であるリュカたちを危険視しているからこそ、武装解除と投降を促しているんだよな?」

「そんなとこだね」


「交換条件だ。リュカたちに侵略の意思はない。だから、チェルキーを人質に出すと言っている。その代わり、クラリティを自由に行動できるようにしてやってくれ。元の世界に戻る方法を探したい」

「リュカさんは?」

「このままビルに結界を張ってお留守番だ」

「晴樹は?」

「俺はビルに残る」

 異世界人側、現代人側の両方が人質を有することになる。

 もっとも、俺に人質の価値があるのかはわからないが。


「有馬。ラムネ」

「は~い!」

 クーラーボックスからラムネを取り出す有馬。ビー玉を押し込んで、泡をシュワシュワさせる。静奈は紙ナプキンで口を拭くと、ラムネを一気に飲んだ。


「けぷ。残念だけど、晴樹に人質の価値はない」

「じゃあ、別の誰かが人質になればいい。姉ちゃんも考えてくれよ」

 細かい内容は話しあう必要がある。しかし、お互いの妥協点としては、悪くないハズだ。


「問題点その一、協力したり、譲歩したりする義務がない。その二、兵糧攻めが始まったばかりなのに、相手有利の条件を警察が飲むとは思えない。その三、人質は出さない方がいい。次は、どんな要求をしようっかなぁとか考えさせるだけだよ。その四、世の中そんなに甘くない」


「じゃあ、姉ちゃんはどうしろって言うんだよ?」

「武装解除&投降」

 質問した俺が馬鹿だった。静奈の最適解は一日経っても変わってないらしい。


「……籠城、キツイだろ?」

「そんなことねえよ。余裕だ」

「ヤクザ連中から聞いたんだ。水も食料もほとんどないってさ」

「お生憎様だ。隠し食料がたんまりと見つかったんだ。一ヶ月でも一年でも、籠城生活はできるんだよ」

 弱みを見せれば、つけ入る隙を与えてしまう。

 嘘でもいいからごまかさないと、兵糧攻めでゴリ押ししてくるだろう。


「ふーん……ちなみに、その食料って何? 乾パンとか?」

「大量のブロッコリーだ」

「じゃあ、差し入れる予定だったこのバーベキューセット一式はいらないんだな?」

 静奈が言った。

 有馬は、ご覧あれといった感じに両手を広げてアピールする。

「い、いらん!」


「いらないけど、どうしてもっていうのなら、もらってやってもいいんだよ! お腹が空いてるからじゃないんだよ。こっちの世界のエビを食べてみたいだけなんだよ」

「そうですね。異文化交流という意味で、食を知るのもアリかもしれません。食料は十分にありますけど」

「ポテトチップス、美味かったしな。他の食事も楽しみだ」

 凄くシリアスな表情で、しれっと嘘をつく異世界人たち。

 そんなに現代の料理が気になりますか? それとも空腹がそうさせるのですか?


「け、けど、籠城が長引けば長引くほど、姉ちゃんの立場は悪くなるんじゃないかな? 結果を出さないと上から怒られるんだろ?」

「怒られるのは否定しない。立場が悪くなるってのも否定はしない。結果を出さないと、そのうち交代させられちゃうね。けど、それで困るのはそっちじゃないの? ぶっちゃけ、姉ちゃんだから、聞く耳を持ってあげてるけどさ。別の交渉人だったら容赦しないよ」


 ご名答。静奈が交代して困るのは、リュカたちの方である。

「はい、投降投降」

「姉ちゃんも、少しは考えろよ」

「……考えた結果がコレさ。悪いけど、兵糧攻めが功を奏するような気がするもんでね。有馬ぁ、肉焼いて、ブルーレアで」

「はぁい」


 分厚いフィレステーキを網に乗せる。

 香ばしい焼き目を軽く付けると、すぐにまな板の上へ。

 スッ、スッ、スッと、包丁でカットし皿へと盛りつける。サニーレタスを付け合わせに。


 静奈は、提供されたステーキを箸で持ち上げ、醤油に浸す。

 わさびをちょこんと添え、口の中へ運んだ。

「んー。ふわっふわ。超ふわっふわ。こりゃもう肉じゃないね、肉味のマシュマロだわ」


 その時だった。俺たち籠城組の腹が、一斉に『ぐう』と唸りを上げる。

 ほんのしばらく、沈黙が漂った。


「……早速、ブロッコリーが尽きたのかな?」


「ぐ、ぐぅぐぅなんだよ、むにゃむにゃ」

 寝たふりをするチェルキー。とりあえず、それに乗っておくリュカとクラリティ。

 彼女たちも立ったまま『ぐう』と寝たふりをする。


 静奈は、箸をテーブルにおいて立ち上がる。

「じゃね。ま、私の方からも、上に交渉してみるからさ。気長に待っててよ。一ヶ月かな、二ヶ月ぐらいかな。どのぐらいかかるかなぁ。――あ。有馬。デザート」

「はい!」

 ガリガリ君を受け取ると、静奈は踵を返し、テントから出て行った。


「くっそ、くっそぉぉぉおぉぉぉぉぉぉッ!」


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