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十三話 僕の大好きな愛犬

 アメリカ。イリノイ州の田舎町。

 ハンティングに絶好な森の中を、カーライルは友人と二人で歩いていた。


「君は、どちらかというと動物愛護を提唱する側の人間だと思っていたんだけどね」

「カーライル。おまえは、俺のことを、なんにもしらねぇんだな。好きな動物は犬だけだよ。それ以外の動物は分け隔てなくどうでもいい。猫を食べる文化があるなら好きにしろって感じだ。イルカも鯨も食ったらいい」


 会話の相手はジャギア・ハウンドロウ。

 屈強な肉体の現役の軍人である。

 顔には数多の傷。ギャングも怯えるほど厳つい顔をしている。

 長期休暇をもらったらしく、故郷のイリノイへと戻ってハンティングを楽しんでいた。

 手には猟銃。背後に控えるのは、彼自慢の猟犬である。

 軍用犬の訓練士もやっているせいか、犬にたいしての愛着が凄まじい。


「……異世界人ね。天下のCIA様のおっしゃることなんだから間違いないんだろうな」

「間違いない。――で、ちょいとその件に絡みたくてね。協力者を探してるんだ」

「CIAのホープに誘われるなんざ光栄だ。けど、見ての通り、俺は休むのに忙しい」

 

 異世界人のビル立てこもり事件。

 日本という小さな島国で起きた珍妙な事件だが、話題性は世界規模だ。

 宇宙人との邂逅と同レベルと思っていい。


 カーライルは、この件への介入を考えている。

 しかし、プランもなく日本へ渡っても、野次馬の一員になって終わりである。そのため、ある程度の協力者の力が必要であった。


「ジャギアのパパは、ペンタゴンに務めていたよね?」

「口をきいて欲しいのか? おまえの親父も政治家だろ? そっちに泣きつけよ」

「僕が家族を嫌っているのを知ってるだろ? 同じ大学を出たよしみじゃないか。権力者を何人か紹介して欲しいんだ。友人が旨い話を持ってきてるってね。大丈夫、ノーリスクハイリターンだし交渉は僕が――」

「シッ」

 ジャギアは、口元に人差し指をあてる。


「ちょっと静かにしてろ。シカだ」

 カーライルは黙った。

 ジャギアは、ライフルを獲物へと向ける。

 シン……と、静かになった。

 緑の天井から、小鳥の鳴き声が小気味よく聞こえてくる。

 彼は、引き金を絞った。


 タァーン! と、銃声が響き渡る。

 周囲の鳥が、一斉に空へと解き放たれた。弾丸はあらぬ方向へ。

 音に驚いたシカは、跳ねるようにして森の奥へと逃げていった。

「バウッ!」

 追いかけようとする猟犬。

「やめとけ、バズウ」

 彼が制すると、バズウと呼ばれた猟犬は、おとなしくお座りする。

 

「……君は、軍隊でどんな訓練をしてきたのかな? 僕の知る中で、ジャギア・ハウンドロウは、もっと優れた軍人のハズだけど?」

「そーだ。俺はダメ軍人だったんだ。おら、他をあたれ。仕事の話なら断るぜ」

「そうもいかない。頼むよ。この通り。一生のお願いだ。報酬ならいっぱい払うからさ」

「……俺の知る限り、カーライル・ブラックヒルはもっと優れた交渉人だと思ったんだがな。……雑すぎないか?」

「僕の交渉スタイルを知っているよね? 本気で交渉を持ちかけたら、そこにいる犬の餌にされてしまうかもしれない……だろ?」

 ジャギアは、ジトリとした視線を向けてきた。


「……異世界人ね……ま、面白い話だが、そんなに興味があるのか?」

「スターウォーズやハリーポッターの世界に憧れたことはないかい?」

「キャプテンアメリカが俺の師匠だ」

「じゃあ、わかるだろ」

「わからん。そこまでして介入しようとする理由はなんだ?」

「出世のためかな」


 世界中が注目している異世界からの来客。

 異世界との外交は、世間が思っているよりもずっとスケールの大きな話だ。

 魔法や文化を取り入れることで、この世界にも新たな可能性をもたらすことになる。

 とりわけ意識せねばならないのは、軍事への流用だとカーライルは考える。


 中世の騎士たちが時代錯誤に剣を振り回しているのではない。

 異世界人たちは、魔王という異端な存在と戦うため、様々な武器や兵器を持っているに違いない。

 現在、日本の警察は、異世界人の結界に手も足も出ない。

 チェンソーや日本刀でも傷ひとつけられていない。

 弾丸をも跳ね返すその結界は、個人が可能な能力を遙かに超えている。


 もし、これらの技術や魔法を、現代人が再現できたら――。

 軍事力を始め、生活や娯楽、ありとあらゆる面において一気に発展する。


「日本の事件ゆえ、他国が口を挟むことじゃない。けど、国益とあらば、そんな理屈は捻じ曲げるよ。モラルなんてどうでもいい。結果がすべてだ。ありとあらゆる権力とパイプを使い、僕は事件への介入を望む。異世界人をアメリカに連れてきたら……偉い人たちは大喜びするんじゃないかな?」

「日本政府が黙ってねぇな」

「それがどうした? 怒らせてでも手に入れる価値があると思うよ?」


「それを、アメリカが許可すると思うか?」

「しないね。だから『ボク』なんだよ」


 公的に介入しようとすれば、手続きに時間がかかる。

 さらには、なるべく問題にならないよう、日本への配慮も考えなければなるまい。

 そんなことをしているうちに事態は収束。

 気がつけば、異世界人は日本の手中に落ちているだろう。


 それゆえ、カーライルは独断で動く。

 己の持つ人脈と権力をフルに活用し、半ば強引に介入を推し進める。

 日本の政治家も何人か動かし、警視総監辺りにアプローチをかける。

 国単位ではなく、個人のネットワークで人を動かすのだ。


「納得。だが、ノーリスクハイリターンってのは違うんじゃねえのか? 権力者連中は、まあそうなんだろうが……しくじったら、責任は全部おまえに行くぜ?」


「それなら失敗しなければいいだけの話だ」

「おまえらしいよ」


「もうひとつ、強いて理由を挙げるとするならば……現場の指揮官が、寒川静奈らしい」

「寒川静奈…………って、おまえをコテンパンにした奴? あ、これ、言っちゃダメなんだっけ?」

「気にしてないよ。けど、こんな巡り合わせがあるのなら、顔を見に行くのも悪くないんじゃないかな?」



 一年ほど前。カーライルは元CIA職員の監視つきそいで日本に行ったことがある。

 目的は、テレビ番組でインタビューを受けること。目立ちたがり屋の諜報員であるカーライルがちょうど良かったのだろう。


 収録が終わったあとは休暇。元職員はすぐに帰国したが、カーライルは日本を見て回ることにした。せっかくなので、テレビ局内を見せてもらうことにしたのだ。

 すると、ちょうどテレビ局主催のポーカー大会を収録するところだった。


 面白そうだと思ったカーライルは、ぜひ参加したいと言った。

 テレビ局も現役のCIAのお手並みを見たかったのだろう。

 強引にカーライルをねじ込んでくれる。


 相手は心理学者に警察官、金持ちにデイトレーダー、現役のギャンブラーに、国内大会の優勝者、上位入賞者そして、地方の予選を勝ち抜いた素人。

 やらせなしの真剣勝負。賞金は一千万円。日本では、かなり高額らしい。


 諜報員として、相手の嘘を見破るのは得意中の得意。

 心理学者や現役のギャンブラーといっても、所詮は命のやりとりをしていない素人だ。カーライルは自信があった。

 収録は二日。初日は予選。カーライルは余裕綽々と勝ち抜いた。


 翌日の大会決勝。

 そこで、寒川静奈と出会った。とても美人な女性だと思った。モデルのような体型で、頭もよさそうだ。日本での彼女にしてやってもいいと、カーライルに思わせたほどだ。

 

 二人は、熾烈な戦いを繰り広げる。

 他にもプレイヤーはいたのだが、実質、静奈とカーライルの二人の戦いだったであろう。


 ゲーム中盤。カーライルが動く。

 手札は六のワンペア。視線を巡らせれば、誰も手札がよくないような表情を浮かべている。

 ならばと、ブラフで場のチップをいただこうとした。

 大量のチップを上乗せ。唯一応じてきたのは静奈だ。

 彼女に対し、カーライルは心理戦を仕掛けてみる。


「職業は警察官だったかな?」

「あーはん?」

「日本の警官は副業が禁止だって聞いたよ。ちなみに、ゲームの賞金はどうなるのかな?」

「国が持ってくよ。たぶんね」

「つまり、他のみんなと違って、モチベーションが低いわけだ」

「そうでもないかな」

「だからこそ、やる気がないのかな?」


「やる気はあるよ。優勝したら、弟がガリガリ君を奢ってくれるって言ってたし」

「ふむ、しかし、それだとフェアじゃないね――」

 ニィと口の端を吊り上げ、カーライルは攻める。

「得るモノも失うモノもない……だから、どれだけでも無茶な勝負ができてしまう。緊張感がない。だから、君と僕とで何か賭けないかい?」

 カーライルは、静奈をじっと見つめる。


「……日本は賭け事を禁じている国だからね。遠慮しとく。純粋にゲームを楽しもう」

 弱気な発言だが、その裏をかいて手札はいいかもしれない。

 そうやって裏の裏を考えればキリがないだろう。


「君だけだよ? 賞金一千万と無縁のプレイヤーは。何か賭けようよ。例えば……僕とデート――」

「警察手帳」

 カーライルが言い終わる前に、寒川静奈が提案した。


「いやあ、あたし、貧乏でさ。保証人になってくれる親もいないし、借家だし、車も持ってないし、賭けるものといったら、警察手帳ぐらいかな。そっちも、同じモノを賭けてくれるならいいよ」

「手帳……CIAの?」


 本来であれば『いいよ。後悔しないようにね』と、自信満々に返していただろう。

 意表を突かれたせいか、カーライルは躊躇ってしまう。弱みを見せた瞬間だった。


 考える時間が長ければ長いほど『迷い』を演出してしまう。

 だから、カーライルはすぐに状況を把握し返答する。

「いいだろ――」

「悪い、冗談。警察手帳を賭けるなんてダメだよね。勝っても負けても上司に怒られちゃう」

「……」


 大会で初めての『警戒』だった。

 静奈のレベルは他とは違う。カードの強さはともかく、十分な実力を持っている。

 カーライルと同レベルの天才なのだろう。


「……そのチップは君に譲るよ。僕は降りるとしよう」

「やたっ」


 自分を戒める意味で、カーライルはドロップした。

 その後、カーライルは本気でプレイする。

 ジワジワとチップを増やしていったのだが、終了時にチップが多かったのは静奈の方。


 屈辱だった。

 油断していたのは否定しない。けど、それを見事なほど的確に突かれた。

 たかがゲーム。殺意を覚えるほどの恨みはない。

 だが、カーライルの中で静奈という女性は、数少ない記憶に残る女性となった。



「くぅ! やっぱり何度見てもいいですね!」

 警察の対策本部トラック。

 有馬が感嘆の声を漏らした。

「……何が?」


「フェステレのポーカー大会の決勝ですよ! 言ったじゃないですか。一日がんばって仕事したあとは、私の中の静奈さん成分を補充するために、静奈さんの動画を見るんですよ!」

 今日一日ずっと一緒にいたのに、これ以上静奈さん成分を補充する必要があるのだろうか。もしかして、目の前にいる静奈さんと、テレビの中の静奈さんは、別人ではないでしょうか。


「警察手帳を引き合いに出して相手の反応を見るなんて、痺れます! しかも、この1ゲームで、流れを掴んだんですよね! 最終的には静奈さんの逃げ切り勝利! 現役のCIAに勝っちゃうなんて、どんだけ神なんですか!」

「ん、それね。勝った気はしないんだよね」

「またまた~。いけ好かないアメ公を潰してご満悦だったんでしょ? 静奈さん、こういうタイプの男、苦手そうですもん」


 ――いや、本当に勝った気はしなかった。

 最初の数ゲームで、レベルが違うと思った。人心掌握術や、心理戦――特に、相手の不安を煽ったり、主導権を握ることに関して、カーライルは天才的だ。


 チャンスは、カーライルが油断していたこと。

 そこを仕留めるしかなかったのだと思う。


 あの1ゲームで、一気に点差を広げた。しかし、カーライルはあのタイミングで、ドロップして正解だ。手札は静奈の方が強かったのだから。


 その後、カーライルは一切の隙を見せない。静奈は持ち点を維持するだけで精一杯。

 ライオンに追いかけられる草食動物の気分だった。

 運が良かっただけである。



「それで、おまえは日本に行きたいと」

 ジャギアが、呆れ果てたように言った。

「そういうこと。きっとこれも運命だよ」

「気の毒だな、おまえのような粘着質に見初められるなんてよぉ」


「君にとっても悪い話じゃない。僕に大きな貸しができるんだから」

「……断ったら、それこそ面倒くさそうだな」


 断ったら、カーライルは少なからず嫌がらせをする。

 ジャギアを虐めたところで得にはならないが、頼みを断るとどうなるかをわからせなければならない。

 ――という、カーライルの嫌な性格を、彼は理解していると思う。


「バウッ!」

 猟犬が吠える。ジャギアは周囲を見渡して探した。

「おっと、熊だ。今度は外さねえよ」

「かなりデカいね。食べるのかい?」

「毛皮を家に飾るんだ」

 ジャギアは、ライフルを構えた。

「ようし、よしよし……よしッ……」


 引き金を引いた。銃声が森に染み渡る。

 カーライルは、軽く目を細めた。

 熊は、キョロキョロと周囲を見渡すだけ。弾丸はどこかへ消えてしまったようだ。


「よくもまあ、軍人になれたものだよ」

「言っとくが、俺の腕が悪いんじゃないからな。このライフルが曲がってんだよ」

 熊が、カーライルたちの存在に気づく。けど、回れ右をして去って行った。


「バウウッ!」

 猟犬が走って行く。今度は止めなかった。猟犬は、弾丸のように熊を追いかけていった。

 二頭が、森の中へと消えていく。やがて、犬と熊の荒々しい咆哮が聞こえてきた。


「今日は仕舞いだ。ったく」

「そうだね。僕の仕事を手伝ってもらわないと」

「どうしても、俺を巻き込みたいわけね」

「日本の政治家と警察関係にアプローチできそうな連中とのセッティングをしてくれ。交渉は僕がやる」


 面倒くさそうに、ジャギアは銃を片付ける。

「……言っとくが、俺は乗り気じゃねえからな。船が沈みかけたら、容赦なく見捨てるぜ? お偉方にも、そう念押しして紹介する」

「結構。それで十分だ」

「で、俺への見返りは?」

「期待していい。とりあえず、真っ直ぐ飛ぶライフルをプレゼントしよう。さっきから怖かったんだよね。こっちに弾丸が飛んでくるんじゃないかってね」

「うっせ」

 

「バウ! バウバウ!」

 遠くから、猟犬の声が聞こえてくる。

「君の相棒が何か言ってるよ」

「ああ、熊を仕留めたってよ。――バズウ! 戻ってこい!」

「バウ」


 言うと、猟犬はぐったりとした熊を引きずってくる。

「君の相棒はモンスターそのものだねえ。よくもまあ、あそこまで大きく育てることができたもんだ」

「適度な運動と訓練。栄養ある食事と目一杯の愛情。犬ってのは、それで、飼い主の期待に応えて大きく育つんだよ」


 ジャギアは、動かなくなった熊を見下ろす。

「あ~あ、毛皮がボロボロじゃねえか。こんなの飾りたくねえ」

「クゥン……」

「仕方ねえ……。バズウ。食っていいぞ」


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