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十一話 エレファントジョンソン

 静奈とは相変わらず繋がらない。

 今日はビルの中で過ごすことになりそうだ。


 リュカとチェルキーは二人でお風呂。

 バスルームの方から、楽しげな声が聞こえてくる。


『ふほー。凄いんだよ、お湯が冷たくなっていくんだよ。快感なんだよ』

『へえ、私もやってみたいです』

『シャワーを浴びてるんだよ? いくよ? いくよ? ほうら、冷たくなっていくんだよぉ。気持ちいいかいぃなんだよぉ? 快感になってくるんだよぉ?』

『お、おお、不思議な感覚ですねぇ……って、きゃあぁぁ、冷たい、冷たすぎですっ!』

『うぉお、シャワーを投げ捨てちゃ駄目なんだよ! つ、冷たいんだよ! シャワーがギャップルスネークみたいに暴れながら水を吐いているんだよ!』


 で、俺はと言うと、彼女たちの会話に意識をやりながら、スマホで情報を集めていた。

 今回の事件は、すでにニュースとなってお茶の間へと届けられているらしい。

 異世界人ビルジャック事件。異世界人ビル立てこもり事件などと称されている。

 世間の反応は、あまりよろしくない。


 あとは、アルクリフに行く方法を調べている。

 正解が書いてあるとは思わないが、オカルト話なら溢れている。

 そこにヒントがあるかもしれないと、都市伝説を探していた。


「…………晴樹は、何をしているんだ?」

 俺の正面のソファに、足と腕を組んで座っているのはクラリティ。


「情報収集。元の世界に戻るヒントみたいなのがないかって思ってるんだが……ロクなのがない。真夜中の二時四分に、全裸でパソコンにダイブすると転移できるとかな。ハハ、やってみるか?」

 異世界に行く方法ではなく、二次元にいく方法だろコレ。


「試してみる価値はありそうか?」

「ないな」

「……参ったな。こうしている間にも、ガーバングラフの民が危険にさらされているかもしれない。置いてきた仲間たちも心配だ」

「気持ちはわかるが――」


 言いかけたところで、クラリティが掌を突き出して止める。

「いや、すまない。理解はしてはいるんだ。戻る術がない以上、焦っても仕方がない。私たちは、できることをするだけだ」

「……ああ、まずは警察との交渉だな」


 現状、クローゼットの渦が意味を成さないのであれば、外部の力を頼るしかない。

 まずは、日本の協力を得ること。それが一番の近道だと思う。


 ふと、クラリティは神妙な表情でつぶやく。

「……感謝している」

「ん?」

 俺は、適当に相槌を打って、スマホを弄る。

「この世界で、初めに会った人間が晴樹でよかった」

「買いかぶりすぎだろ。俺は、どこにでもいる普通の高校生だよ」

 クラリティは「ふっ」と、微笑した。


「……静奈が、晴樹を結界から出せと言った時、もの凄く不安になった。リュカもチェルキーも同じだと思う。けど、おまえは自分の意思でここに残ってくれた」

「まあ……困ってる奴は放っておけなかったからな」

 そのことは、あまり話したくなかった。人助けの理由を話すなど、むず痒くなる。


「けど、俺はあくまで民間人だよ。できることは生活のサポートと、現代のウンチクを述べるだけ。期待されても困る」

「ああ、神山晴樹はそれでいい。ここにいてくれるだけで心強いのさ」


 話をしていると、バスルームからリュカとチェルキーが戻ってきた。

「お先です~」

「いいお湯だったんだよ! 日本の水は綺麗で柔らかかったんだよ!」

 ほっこりつやつや。

 身体の垢も、心の垢も、綺麗さっぱり流してきたように、いい笑顔をしている。


「これぐらいのゆとりが必要だぜ?」

「ふっ、そうだな」

 俺とクラリティは、二人でしか通用しない話をする。

「なんの話ですか?」

「なんでもない。ただの世間話だ」


 パジャマの代わりにトレーナーのリュカ。寝間着っぽいモノを探した結果だ。

 リュカの場合、ややブカブカで、なんだか彼氏の家に遊びに来た女の子みたいだった。


 チェルキーは……まあ、こっちはもうしわけないが散々である。

 子供用の服が見つからなかったので、トレーナーの袖や裾を切ってあつらえた。

 けど、気に入ってくれたのか「ワイルドなんだよぉ?」と、野性味を演出している。


「さて、私は布団を取ってくるとしよう。晴樹、先に風呂に入っていいぞ」

「力仕事なら手伝うよ」

「結構。少なくとも、腕力なら晴樹よりある」

 言って、クラリティは部屋を出て行ってしまった――。


 当然か。女性とはいえ、魔族と渡り合っているのだ。腕力で勝てるわけがない。

 ふと、思い出したように、クラリティが戻ってくる。

 ドアを覗き込むようにして、

「ああ、だが、気遣いは嬉しかった。ありがとう」

 言って、再び消えてしまった。


「ふふ、気に入られてますねぇ、晴樹さん」

「……そうなのか?」

「はい!」

「次は、はるきがお風呂なんだよ。お姫様と幼女の残り湯を堪能してくるといいんだよ」

「そ、そんなことするわけ……ハッ」


 また、多感なお年頃のお姫様勇者が、変態行為に反応してしまっているようだ。

 瞳の輝きを失わせた虚ろな瞳で俺を見ている。

 口元は、ほのかに笑みを残していた。


「晴樹さん、そーゆーことをするんですか?」

 棒読みは怖いです。やめていただきたい。

「チェルキー! 適当なことを言うな! 俺は、そんな変態なことはしない!」

「ふぇへへ。大丈夫なんだよ。ちゃんとお湯は張り替えておいたんだよ」

「じゃあ、いいじゃないか!」


「いーとか悪いとかそういう問題じゃなく精神の問題だと思います例えばですねー私がサイコ野郎だとしましょーそれでですねここで主義思想について語るわけですよどうやって殺すのが好みかとか美学がどうとかこれまでどんな殺しをしてきたのかとかかたるだけですよ無害ですよはいけど害はないと保証してもそんな思想の人と一緒は気持ち悪いでしょー? 気持ちが悪いでしょー?」


「あ、安心してくれ! 俺を信じてくれ! いたって俺はノーマルだから」

「うふふ、大丈夫ですよぉ。チェルキーの戯言ですよね?」

「うむ! 戯言なんだよ!」

 威張るなお子様。

「さ、さて、俺は風呂に入ってくるかな」

 俺は、逃げるようにしてバスルームへと向かった。


「あ、そういえば、服とか脱ぎっぱなしだったんだよ!」

「へ? ……はッッッ!」

 思い出したように反応するリュカ。顔を真っ赤にさせて、ミサイルのようにバスルームへと入っていった。そして、異世界の服装を持って、戻ってきたのだった。



「あぁぁぁあぁ……」

 ようやく湯船に浸れた。思わず声が出てしまう。

 そういえば、ようやくひとりの時間ができたわけだ。

 学校帰りに拉致られてから、心安まる瞬間などなかったかもしれない。


「ビルで一晩、か……ううむ……しかしなぁ……」

 警察にさえ囲まれていなければ、もの凄い役得だ。

 親切心から、ビルに残ることにしたが……女の子三人と籠城生活である。

 しかも、誰もが羨むような容姿と優しさを兼ね備えている。

 妄想が捗るのも仕方がないと思う。

 いや、そんなコトを考えていたら、リュカに軽蔑されてしまう……。


 正直、彼女たちとは、もっと別の出会い方をしたかった。

 こんなビルではなく、俺の家に直接転移してくれたら、国や警察を巻き込んでの騒動にはならなかっただろう。時間が許すのなら、町へ出かけるのも悪くはないと思う。


 買い物したり、現代のフードを食べ歩いたり……絶対に楽しいと思う。

 この世界を好きになってもらえると思う。

 そう考えると、少し切なくなった。


「いや、落ち込むことはないか……」

 もし、元の世界へ戻る方法が見つかって、ふたつの世界を自由に転移することができるようになったら、魔王を倒したあとにでも遊びに来てもらえばいいのだ。


「……ん?」

 ふと、俺の耳にカチャという音が届けられた。

 脱衣所に誰か入ってきたようだ。

 チェルキーが忘れ物でもしたのだろうか。


「晴樹」

 クラリティの声だった。

「どうした?」

 スモークがかった扉一枚を隔て、俺たちは会話する。

「うむ。その……礼がしたくてな。背中を流させてくれないか?」

「……………………はぃいぃ?」

 声が裏返った。


 ちょっと待て。表のリュカたちは何をしている? 止めろよ。卑猥な行為が嫌いなんだろ? なら、止めろよ。不健全だぞ、こういうのは!


 ――いや、冷静になれ、俺。


 落ち着いて考えればわかるはずだ。これは盛大なドッキリである。

 というか、リュカが試させているのだろう。

 神山晴樹が、倫理的に大丈夫な人間かどうかを。


「いいよ、お礼なんて」

 俺は、扉越しに、クールなトーンで言った。

「私たちには、何もないからな……こういうことでしか、感謝を示すことができない」

「だから、いいって…………」


 ……なんで、扉の向こうからシュルシュルと衣擦れの音が聞こえてくるのでしょうか?

 これも演出か? どこまで仕掛ける気なんだ? 俺は、ちゃんと断っているぞ?


「……入るぞ」

 ――嘘だ!

 ガチャと、扉が開いた。

 俺は、慌てて壁の方を向いた。

 ぺたりぺたりという生々しい足音が、耳に吸い込まれる。

 そう、クラリティ・ウーロフランが、俺の意思を無視して入ってきたのである。


 どうせこの先、リュカに誤解される展開が待っているのだろう。

 けど、これはもはや不可抗力だ。


 状況証拠も十分である。俺が先に入った。

 あとから入ってきたのがクラリティ。


 そう、すべてはクラリティが仕掛けたのである。

 もしくは、これらすべてが彼女たちの盛大なドッキリである。


「少し、恥ずかしいな。まあいい。さぁ、晴樹、背中を流してやろう」

「か、身体は洗ったので」

 大丈夫。俺の理性は保たれている。


 ちゃぷ、と、クラリティの腕が湯船に滑り込んできた。狭いユニットバスから、俺をむりやり引きずり出そうとしてくる。

「遠慮はいらない……な、なんなら、こういうスキンシップも必要だろう? なぁ」

「こ、こういうスキンシップは、恋人とやったらいかがでしょうか?」

「生憎と、彼氏はいないものでな」


 凄い力で持ち上げられる。俺は、必死に抵抗した。

「うわわわわわッ!」

 俺は、素早く腕を振り払う。その時、彼女の方を向いてしまった。


 ――見たくないわけはない。

 でも、健全なる男子高校生として、ある意味不健全であった方がいいのだと思っていた。


 しかし、抗えなかった。


 俺の瞳に吸い込まれるは、一糸纏わぬクラリティ・ウーロフランの姿。

 目が合うと、彼女は恥じらうように顔を背けた。

 傭兵とは思えぬ華奢な身体。

 思ったよりも胸はない。

 そして、股間には男のシンボル。


 ――シンボル?


 あんぐりと口を開けて硬直する俺。

 時が止まった瞬間だろう。


 ――この時……俺は、夏に霜焼けをした時のことを、走馬燈のように思い出していた。


 アレは、中学一年の夏休みの出来事だった。

 近所の公園で、友人たちと遊んでいたんだ。

 ふと、そのうちのひとりが、なんの気なしに提案した。


『ブランコで靴飛ばししようぜ。負けた奴は罰ゲームな』


 靴飛ばしとは、ブランコの勢いを利用して、履いている靴を飛ばす遊びだ。

 誰が一番遠くに飛ばせたかを競い合う。


 罰ゲームは『姉か妹のパンツを持ってくる。姉も妹も居なければお母さんのパンツ』だ。

 姉や妹はともかく、お母さんのパンツなんて誰が喜ぶんだよ、と、みんなで笑いあっていたっけ。

 俺は嫌だったけど、仲間はずれはもっと嫌だったから、勝負することにした。

 勝てばいいだけだと思った。


 けど、結果的に俺が負けた。勢いよく靴を飛ばそうとして、バランスを崩した。

 背中から落下。靴が足から脱げなかった。


 そんなわけで、俺は罰ゲームのために自宅のアパートへ戻る。

 友人たちは家の外に隠れて待機。


 俺は、静奈のタンスを漁ることになる。

 別に、エロい感情も湧かなかった。

 静奈とは本当の姉弟だと思っていたし、下着を洗濯させられたことなんて何度もある。


 タンスから静奈の黒いパンツをゲット。これでいいかと広げて眺める。

 これを友達に披露するのは若干憚るが、罰ゲームゆえに仕方がない。

 

 その時だった。俺は、背後に気配を感じた。

 恐る恐る振り返ると、静奈が佇んでいた。

 ナイフのように鋭く冷たい殺気を、隠すことなく俺に向けていた。


 バイトに行っているとばかり思っていた。けど、最初から家にいたらしい。

 トイレに入っていたら、誰かが家に入ってくる気配を感じた。

 泥棒かと、気配を消して確認しに行ったら、パンツを物色しているオレを見つけたのである。


 静奈は落ち着いていた。トイレに行って流した。手を洗って、冷蔵庫を開けて、ガリガリ君を取り出し、袋を開ける。


 ――逃げればいい? 無理だった。

 静奈の殺気に気圧されて、微動だにできなかったから。


『……ガリガリ君、食う?』


 静奈が、ガリガリ君を俺の眉間に突き刺した。

 冷たいやら痛いやらで、頭の中はメチャクチャだ。

 けど、やるべきことはわかっていた。

 そう、被害を少なくするための謝罪である。


 すぐさまパンツを差し出し、土下座する俺。

 静奈は、鋭い視線で見下ろしていた。まるで、畑のミミズを眺めているかのようだ。

 俺は、理由を話した。

 これは罰ゲームだ。家の外に発案者が――黒幕がいると。


 静奈はキレた。なにゆえ、パンツを他人に鑑賞してもらわねばならんのかと。


 土下座する俺の背中にガリガリ君を挿入。服の上から派手に踏みつぶした。

 痛さと、冷たさが一気に広がった。

 静奈は、俺の首根っこを掴んで、アパートの外へと飛び出した。

 そして、路上にめがけて、ずしゃああと投げ捨てる。


 さすがは姉貴である。

 路上にいた人間の反応を見るため、俺をぞんざいに扱ったのだろう。

 ぎょっとする通行人。遊び回っている子供たちは固まる。

 その中に、震えながら回れ右をして、逃げ出すガキンチョ共の姿があったのだ。


『おまえらか……。逃がすかクソガキ共』

 薄れゆく意識の中、ボルトのように駆ける姉の後ろ姿が見えた。


 ――そして気がつくと、俺は公園のベンチにいた。


 うつぶせになっていた。随分と日光に晒されていたのだろう。

 全身がジリジリと灼熱を感じていた。けど、熱中症にはならなかった。

 というのも、静奈が同じベンチに腰掛け、俺の延髄をガリガリ君でペシペシと叩いていたのである。


 周囲には、友人たちがボロボロになって跪いていた。目は死んでいた。

 静奈は、何か口ずさんでいたが、おそらく連中に対しての説教であろう。

 熱いやら、冷たいやら、痛いやら、怖いやらで俺はパニックだった。

 その日、俺の背中と延髄は霜焼けになっていた。


 で、話は戻るが、今の俺もそんな気分である。

 熱き風呂に浸りながら、背筋がゾッとするような、凍りつく現実を突きつけられた。

 そりゃフリーズもするし、走馬燈も見る。


「お、おまっ……」

「どうした、晴樹?」


「――お、男だったのかッッッッ!」


「言ってなかったか?」

 聞いているわけがないだろう。

 いつどこで、性別を疑うような話題があったんだと小一時間問い詰めたい。


「聞いてねえよ! と、とりあえず出て行け!」

「はは、そういうことか。私が女だと思って期待したんだな。いやぁ、話せば長くなるんだがな。なぜか幼い頃から女性っぽくてな、両親からは反対されていたんだが――」

 長くなる話を、シンボルを見せつけながらしないでいただきたい。

「あとで聞くから!」


「まあ、男だと思わなくていいぞ。心は完全に女だからな。声だって、綺麗だろ?」

「ああ、綺麗だよ! だから出て行け!」

「そ、そんな……綺麗だなんて……」

「声が綺麗だって言ってるんだよ! 自分で言ったんだろうが! 早く! 出て行け!」


「そういうな……。背中ぐらい流させてくれ」

 そう言って、彼女は俺の手を握りしめ、顔を近づけてくる。

 少し、ドキッとした。


 まあ、彼女……改め、彼が言うように、シンボル以外はほぼほぼ完璧な女性と言っていい。

 身体も華奢。女性顔で小さく整っている。声だって、透き通るように綺麗だ。

 だから、こうして顔が近くにあると、ドキドキと心臓が鼓動する。

 けど、少しばかり視線を下に向ければ、ドキッがゾクッに変わるのだ。


「遠慮はいらない」

 クラリティは、むりやり俺をユニットバスから、ずしゃあと引きずり出す。

「遠慮なんかしてねえよ! 男に身体を洗ってもらう趣味はねえ!」


「気にしなくていい。私はゲイだ。晴樹は私を女だと思えばいい」

「思えるか!」

「何があるかわからん世の中だ。朝起きたらアレがポロッと、取れていたりするかもしれんだろう」

「ねぇよッ――ぉおおおぉぉおおぉぉおぉぉぉッ」


 必死に組み伏せようとするクラリティ。

 俺の心は恐怖でいっぱいだった。

 

「故郷のことを思えば、こんなことをしている場合じゃねえだろうがぁぁあッ!」

「さっきは、これぐらいのゆとりがあった方がいいといいっていたじゃないかッ! 背中を流すだけだぞ!」

「背中だけじゃ済まねえ気がするんだよォッ! これのドコがゆとりなんだぁあぁ!」


 全裸の男が、両の指を絡ませての力比べ。

 おそらく、俺は人生最大の力を発揮している。

 だが、さすがはガーバングラフ最強の傭兵だ。

 力勝負では分が悪い。気の毒だが、怪我をさせるつもりでやらせてもらう。いや、殺す気でやってちょうどいいのかもしれない。つか、死ね!


 俺は、両者の身体の間に膝を入れる。そのまま、蹴りを入れるかのように巴投げ。

「なっ……」

 ユニットバスにザブンと沈む――かと思われたクラリティであったが、なんと、縁を掴んで逆立ちするようにピタリと止まる。全裸でそのポーズは、隠す腕が足りない。


「うわあぁああぁぁあぁ!」

 俺は、バスルームから飛び出し、保護者の方々に助けを求める。

「リュカ! クラリティをどうにかしてく――」

「きゃぁああぁぁああぁぁぁぁあぁ!」

「パオーンだよ!」


 ああ、これでは、ブロッコリー野郎やクラリティと変わらない。

 全裸の男が、ミサイルのように現れたら、さすがのお姫様も驚くに決まっている。


「待て! 晴樹!」

 そして、全裸ミサイル第二弾である。


「ひぃいいぃぃあぁぁあぁぁあッ!」

 驚いたリュカは、反射的に、近くにあった道具袋から、ペンのような物体を取り出した。

 動作の中でボタンを押し、きゅっと捻る。


 ――俺の記憶がたしかならば、それ、ビル一つを消し飛ばす魔法の道具とか言ってませんでしたっけ?


 あろうことか、それを放り投げるリュカ。

「バッ……」と、声を詰まらせる俺。

「リュカ!」と、咆哮する男色家。

 俺たちの声に、リュカがハッとした。

「あ……」


 放物線を描くように宙を舞う対魔王兵器。

 衝撃をキッカケに、闇がビルを飲み込むのだろう。


 本日二度目の走馬燈。

 けど、思い描くのは過去の記憶ではない。

 間延びした時間を利用して、俺はどうするべきかを考える。


 このままだと、人生はゲームオーバーだ。なんて酷い人生の終焉なのだろう。

 風呂場から、ゲイと一緒に、全裸でGO。

 女の子を驚かせての一撃死である。


 ペン型兵器を避けても意味がない。

 ゲイを盾にしても意味がない。

 ――それなら、衝撃を与えないよう、優しくキャッチすればどうだ?

 とっさのことで、それができるかどうかは怪しい。

 けど、やる以外に選択肢がないのなら、やるしかない!


 いける。走馬燈のようにスローな感覚が味方だ。

 極限まで集中力を研ぎ澄ませた俺は、そっと両手を差し出す。

 勢いを殺すように、優しく、優しく――。

「危ない、晴樹!」


 馬鹿ゲイが、俺の腰へと抱きつくようにタックルを食らわせてくる。

 ――こいつ、死ねよ。

 庇ったつもりなのだろうが、受け止め損ねた時点でジエンドということを理解しろ。

 対魔王兵器が床でバウンドする。次の瞬間、強烈な光が部屋を満たした。


 神山晴樹の最後は、全裸で全裸のゲイに抱きつかれた瞬間であった。



 俺は、部屋の隅で「はぁはぁ」と、息を切らせていた。

 誤解のないよう言っておくが、クラリティに抱きつかれて、興奮しているからではない。

 人生の帳が下りる寸前だったという緊張感のせいだと思う。


 件の兵器は間違いなく落下した。

 溢れんばかりの閃光を爆発させた。

 それは間違いない。

 けど、俺たちは生きているようだった。


「ふ……ぅ。よかったです、間に合って……」

「リュカ? ……どうなったんだ?」

「私の結界魔法で、破壊力を封殺したんですよ」


 小さなの結界を、兵器の周囲に構築したらしい。

 爆発は、結界によって完全に遮断。

 黒が、小さな結界の中で暴れ、光に変わって周囲に広がっただけ。

 結果、俺たちは全員無事だったとのこと。

 俺は「すげ」と、こぼす。


「危なかったな、晴樹。大丈夫か?」

「おまえのせいで危なかったんだけどな。とりあえず、俺から離れろ」

 ぐいぃ! と、押しやるようにクラリティを剥がす。

 一生懸命抵抗するクラリティ。

 なんか、趣旨が変わってませんか? 背中を流すだけって話だったよな?


「あの……っ、ごめんなさいでしたっ!」

「あ……リュカが謝ることじゃない。いきなり男二人が出てきたら……まあ、誰でもビックリするよ。俺も悪かった。クラリティが男だって知らなかったから――」

「へ? 言ってませんでしたっけ? ご、ごめんなさい! じゃ、じゃあ、びっくりしちゃうのも無理ありませんよね、裸で飛び出すのも仕方ありませんよねっ?」


「軽率だぞ、リュカ。道具の管理ぐらいは、ちゃんとしてもらわねば困る。私たちのリーダーなのだからな」

 おまえにだけは言われたくないだろう。


「まあ、私の性別を伝えてなかったことに関しては詫びよう」

「あと、離れてもらえますかね! あたってるんですけど!」

「なにがだ? ふむ、まあ……これでお互いのコトを、深く知ることができたわけだし、裸のつきあいもしたワケだからな。これからはガンガン攻めていこうと思う。――神山晴樹」

「はい?」


「私は、おまえのことが好きだ。初対面の者に対しても、真っ直ぐに接してくれる。その優しさに惹かれたんだ」


 最低の告白である。

 お子様が「うんうん、愛なんだよ」と、深く頷いていた。


「フフ」と、誇らしく悦に入ってるクラリティ。

 隙を突いて、彼女を突き飛ばす。

「うおッ!」

「ふ、風呂に入ってくる!」

 脱衣所へと駆け込む俺。幸いにして、ロックがかかるようになっていた。

 扉の向こうでは、クラリティがなにやら喚き叫んでいた。

 これ以上、彼の言葉は耳に入れたくない。

 俺は、無心で湯船に浸かって、心頭滅却した。



 晴樹が無心で湯船に浸かっている時――。

 扉の外では、クラリティが叫び続けていた。


「晴樹ーッ! 晴樹ィッ! 私の服も、そっちにあるんだああぁあぁぁッ! はっ? リュカぁぁぁ、見るな! 見るなぁ!」

「む、胸じゃなくて、下を隠してください!」

「パオーンなんだよ!」

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