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プロローグ

 ある日の放課後。

 俺は、ヤクザの事務所にいた。


 ローテーブルを挟んで向かい合っているのは、強面のちょび髭サングラスのおじさん。

 彼の背後では、ジャージ姿の金髪男性が、金属バットで素振りしている。

 俺はというと、身体を萎縮させるようにして、ソファへと腰掛けていた。

「正義感剥き出しなんはええけどな。ちょいと相手を選んだ方がええんちゃうんかなぁ?」

「は、はは……。けど、おじさんにも落ち度があるかなぁ……と……」

「あぁ?」

「な、なんでもないです」


 遡ること数十分前。

 学校帰りに繁華街を歩いていたら、手押し車を引いたおばあさんがいた。

 すると、向こうから飲み物片手に歩きスマホのおじさんがやってきて、おばあさんと衝突。飲み物が服にかかってしまい、クリーニング代を寄越せと難癖を付けていた。


 一部始終を見ていた俺は、おばあさんを不憫に思い、助けようとしたらコレである。

 おばあさんは手押し車を放棄して、もの凄い勢いで逃げていってしまった。

 クリーニング代を回収するため、ヤクザのおじさまは『ほな、事務所でゆっくり話しよか』と、俺を車に乗せた。


「このスーツ、いくらすると思う? 大阪行った時、親父に買うてもろた一張羅や。五十万ぐらいやったかな。こんなシミ残しといたらみっともないし、親父にどやされるわ。なんで、大事にせえへんのやってな」

「はあ……」

「はあ? や、ないやろが。どないしてくれんねん」

「ど、どうすれば……?」

「そやな、クリーニング代と慰謝料合わせて三十万ぐらいかいな」


 値段を聞いて、驚くというよりもガッカリする俺。

 もう少し現実的な値段であれば、バイトしてでも穏便に終わらせるつもりでいた。家族にも迷惑をかけたくない。


「それはちょっと……高すぎるというか……バイトじゃとても……」

「ほな、バイト増やしたらどや? それでもアカンのなら、学校やめて就職したらええやん。高校は義務教育とちゃうで?」

 そんなことになったら、俺は姉ちゃんに殺されてしまうだろう。


 表情を青くする俺を、ちょび髭はニタニタと眺めていた。

「冗談や。ま、学校やめんでええように、仕事なら紹介したるわ。もともと、金のない学生から取り立てられるとは思っとらへんかったしな」


 ちょび髭は、座っていたソファの座面を持ち上げる。

 隠しスペースから現れたのはリュックサック。中身をテーブルの上へぶちまけた。

 出てきたのはジップロックに封入された白い粉。

 俺は、表情をさらに青くした。


「コレがなんかはわかるよな? 早い話が、こいつをおまえんトコの学校で売って欲しいんや。全部捌いたら借金はチャラにしたる」

 いいアイデアですね。おばあさんを揺するよりも、俺の方が金になるわけです。

 こういう利用価値があるとひらめいたから、その場で金を巻き上げず、わざわざ連れてきたわけですか。


「で、できるわけないですよ!」

「金は払えへん、働きたくもないて、最近のガキンチョは、どれだけワガママやねん。あ? 家族がどうなっても知らんで?」


「金ならちゃんと払いますから!」

「信用できるかいな。やらへんいうんならお腹の中のモン売り飛ばすぞ」

 それは、臓器を販売すると言うコトでしょうか。

「……そ、それは。……わ、わかりました……」

 まあいいや。リュックを預かったら、そのまま警察署に飛び込むから。


「ほな、早速、友達に片っ端から電話してんか。商売の実績つくって、共犯にせな。警察署に逃げ込まれて厄介やからな」

「い、いきなりですかッ?」

「やるんちゃうんか?」

「い、いや、やりますけども……」

 と、口では言いつつも、できるわけがない。


 俺は、ちらっと出口を見やる。

 逃げ出すことさえできれば、あとはどうにでもなると思った。

「……逃げるんちゃうやろな?」

「まままままさか!」

「……ええわ。まあええわ。裏切られるのいややし、仕事するせえへんの前に、俺の怖さ教えといたるわ。そもそも、最近のガキは大人を舐めすぎやねん。ばあさんのためにいちゃもんつけてくるなんて、ほんま舐めとるわ。――おい」

「ウス」


 背後のジャージ男が、バットをガラガラと引きずってくる。

「え? ちょ、ちょっと待った! は、話しあいましょ!」

 俺の言葉は耳に届いていないようだった。

 ジャージ男がバットを振り下ろす。


 バットは、ギリギリ俺を避けて、ソファへの背もたれへと叩きつけられる。

 ベキンという、フレームの砕けた音が聞こえた。


「あーあ。おまえが避けたから、ソファが壊れてもうたやん。慰謝料上乗せやな」

 メチャクチャな理論をほざくちょび髭。


「う、ちょ……あの……仕事ならしますよ? い、一生懸命しますよ?」

「いや、目ぇ見たらわかるわ。絶対に逃げる。悪事に手ぇ染めへん目ぇしとるわ」

 あ、全部見透かされてる。


「ちょいと痛めつけたれや」

 金髪は 打席に立った野球選手の如くバットを構える。

「待ってくれ! 金は作る! それで許してくれ! 警察にも行かないから!」

「あかんわ。待たれへん」と、髭親父。

 金髪ジャージは捻るように身体を引いた。

 ――あ、死ぬ。死なないにしても、タダでは済まない。

 と、思った、その時――。


 壁際の木製のクローゼットが『ガタ』と、不自然な音を立てた。

 俺たちの動きがピタリと止まる。

 みんなの視線がそちらの方へ吸い寄せられる。


 音は、さらに激しさを増した。ガタガタと継続的な振動。

 まるで、小動物を閉じ込めているかのようであった。

「なんや?」


 突如として、クローゼットの隙間から光芒が走る。

 次の瞬間、扉がバンと勢いよく解放された。


 すると、中から三人の女性が飛び出してきたではないか。


 ゴスロリドレスのショートツインテール幼女は、床をゴロンと転がって、うつぶせに突っ伏す。

 「うう……」と、苦しそうに呻いていた。


 漆黒のコートを纏った、黒髪ポニーテールの彼女は、両手に剣を握っていた。凜々しさを表情に貼り付け、軽やかに着地する。女性の剣士といった感じだ。


 最後に飛び出してきたのは、女神のように美しく神々しい女性だった。

 輝く銀色の髪は、まるで羽のように柔らかく、優しく背中を這う。真っ白で高級感の漂う旅人の服を纏っている。

 オッドアイの瞳は宝石のように魅惑的だ。右目の色はルビーのよう紅く、左の目はサファイアのように蒼かった。


 けど、頭にあるのは――。


「猫……耳?」

「犬耳です」

 俺のさりげないつぶやきを、素早く訂正するお嬢様。

 美しく神々しい女神のような女性の頭上には、ミスマッチな犬耳カチューシャが装着されていた。

 彼女たちを総称するなら、コスプレイヤーであろうが。

 ロープレ感漂う服装が、コミケを彷彿させる。


「……ここは?」

 犬耳のお嬢様がつぶやいた。

「転移魔法か? だとしたら厄介だな。……いったい、どこまで飛ばされたことやら」

 愁いを帯びた表情で、ボーイッシュな黒髪ポニテのお姉さんが言った。


 よくわからないが、彼女たちは困惑しているようだ。

 けど、彼女たち以上に困惑しているのがヤクザのご両人。

 テーブルの上には、見られてはいけないブツがある。

 彼女たちを放っておくワケにはいかないだろう。


「じ、自分ら、いったいなんや!」

 ちょび髭親父が凄む。

 黒髪ポニテの剣士様が、臆することなく睨み返す。

「おい、髭。ここはどこだ?」

「知るかボケ。なんやおまえら、ずっとクローゼットん中、おったんかいな」


 凜とした態度で、犬耳の彼女が丁寧に尋ね直す。

「失礼しました。……私たちはガーバングラフの魔王討伐隊です。不慮の事故により、この地へ飛ばされてしまったのですが――

「あ? 何を言うとるんや? まあええわ! とにもかくにも、見られたらあかんモノ見られてもうたわけやしな。――おい、こいつらも捕まえぇ」

「へい!」


 金髪ジャージが襲いかかる。

 黒髪剣士の女性が応対する。

 双剣で、鈍器と化したスポーツ用品を受け止める。

 ガギンと鈍い金属音が響いた。

「うおらぁああぁッ!」

「なんという野蛮な奴! どうやら気性の荒い民族のようだな!」

 連続して繰り出される鈍器攻撃を、彼女は次々に防いでいく。


 ――いやいや、これはよくない。

 ヤクザと美少女。これほど相性の悪い組み合わせがあるだろうか。

 連中に拘束されたら、いやらしいことをされたあげく、口封じのために異国へ売り飛ばされてしまうだろう。


 やむをえないと思った俺は、騒ぎに乗じてソファのうしろへと隠れた。

 スマホを取り出して警察へと連絡する。

 相手が電話に出るや否や『ヤクザに監禁されている!』と、声を絞って伝えたのだった。


 電話をしている間にも、金属音が巻き起こっている。

 そのうちに銃声まで聞こえてきた。

 気のせいだと思いたい。


 よし、やることはやった。警察もすぐに駆けつけてくれるだろう。

 俺は呼吸を整える。

「よし……」


 助けが来るまで、コスプレイヤーさんたちだけを戦わせておくわけにはいかないだろう。

 なにゆえクローゼットに潜んでいたのかわからないが、彼女たちが蹂躙されるのを、黙って見てはいられない。

 俺は、ソファの背後から覗き込むように頭を出す。


 すると、驚愕の光景が用意されていた。

 二丁拳銃で応酬するちょび髭おじさん。

 それらを回避し、一気に間合いを詰める犬耳お嬢様。

「な、なんやワレェ! ――が、ぐッ?」

 剣の横腹で思い切り叩くと、ちょび髭は泡を吹いて動かなくなってしまった。


 金髪ジャージの持っていたバットは、短く切断されてしまっている。

 バットを放棄して殴りかかっていく。

 黒髪剣士は腰の鞘に剣を収め、カウンター気味に喉を鷲掴みにする。

「ふごッ! ぐぇ……」

 クレーンのように持ち上げられる金髪ジャージ。

 ショートツインテールの幼女は、応援するかのように踊っていた。

 

「へ? え……?」

 身を乗り出して、ポカンと佇む俺。


 そんな俺を見つけた幼女は、ビシュリと指さしてきた。

「む! 敵をもうひとり発見なんだよ!」

「違う! 俺は敵じゃない!」

 必死に否定する俺。


「チッ」と、吐き捨て、黒髪剣士がジャージ野郎を勢いよく投げ捨てる。

 壁に叩きつけられ、苦しそうに咳き込んでいた。

「ぐぇ! ぐ、げほっ!」

 膝を突き、息を整える金髪ジャージ。

「な、なんなんだ、てめえらはよ!」


「黙れ、次は命がないと思え」

 剣士が、射殺さんばかりに睨みつける。

「ひっ!」


 金髪ジャージは、表情を真っ青にさせると、ちょび髭親分を担いで、一目散に部屋を飛び出して行った。

 やれやれといった感じに見送ると、彼女たちは、俺に視線を向けた。


「ま、待った! 俺は敵じゃない!」

 俺は、両手を挙げて無抵抗をアピールする。

 彼女たちが何者かはともかく、少なくとも『ヤバイ奴』なのは理解した。

 現に、二人のヤクザを倒しているのだから。


 犬耳お嬢様が、俺に話しかける。

「私の名前はリュカトリアス・ライエット……。リュカと呼ばれています。あなたは?」

「は、はは。俺は、神山晴樹」


 状況を飲み込めない俺は、思わず笑いがこぼれてしまった。

「私のことを知っていますか?」

「い、いえ」

 有名なコスプレイヤーさんでしょうか。俺の知らない漫画のキャラの名前でしょうか。


 黒髪剣士が、残念そうに首を左右に振った。幼女も、真似して首を振っている。

「リュカの名を知らないとは…………辺境に飛ばされてしまったようだな」

「お、おまえたち……クローゼットから出てきたよな? あの中で、いったい何をしてたんだ?」


 思案顔になるリュカ。

「ふむ……えっと、何から説明しましょうか」

「説明なんていい」

 リュカの言葉を遮って、黒髪剣士が一歩前に出る。

 そして、俺に剣を向けてきた。

「うわっ――」


「――ここはどこだ?」

「どどどどこって……ビ、ビルの中だよ! た、たしか、フォルトナビルだったかな?」


「フォルトナビル? 聞いたことないな」

「クラリティ、剣を下ろしてください。どうやら、彼に敵意はないようです」

 黒髪剣士を制するリュカ。


「もうしわけございません。私たちは、ガーバングラフという国から派遣された、魔王討伐隊の一団なのですが……不覚にも、魔王のトラップに引っかかってしまい、強制転移されてしまったようなのです。よろしければ、この町のことを教えていただけませんか?」

「は? はぁ?」


 奇々怪々な設定を口にするリュカ。

 俺は気の抜けた返事しかできなかった。


「しょうがないな」

 黒髪剣士が、コートの中から布製の巻物を取り出す。

 幼女が、テーブルの上の白い粉を片付け、そこへ巻物を広げた。地図のようだった。


「この国はどの辺だ?」

 どう見ても、この世界の地図ではなかった。

「……えっと」

 言葉を詰まらせる俺。


 察していただきたい。

 漫画を読む高校生であれば、この状況を想像力豊かに考えますよ? 

 およそ三人も入っていられないであろうクローゼットから、飛び出してきたのである。

 さらには、ヤクザを上回る戦闘力を持った女性。西洋チックな服装。

 そして、彼女たちの言動。

 魔法の国から転移してきたのではないかと、真っ先に思いましたよ。


 なぜなら、それが一番しっくりくるから。

 すげーありえないけど。


 むしろ、そうであった方が、コスプレイヤーが悪戯半分にヤクザのクローゼットに潜んで、なおかつそれらヤクザ駆逐し、偶然居合わせた高校生に、黒歴史を演じ始めたとかいう無茶話よりも全然信じられるし、納得もできる。


「魔王とか……本気で言っているのか?」

 ただ、異世界から魔王討伐隊がやってくるなどありえないとわかっているから、俺はあくまで普通の思考回路を持った人間として会話する。

「どういう意味だ?」

「からかっているようにしか思えないだろ。魔王とか、ガーバングラフとか。いったいなんのために、クローゼットに隠れていたんだ?」

 黒髪剣士は、リュカと視線を合わせる。


「魔王のことも知らない未開の地なのかもしれないんだよ?」

 幼女が言った。

「しかし、これだけの文明を誇っているわけだしなぁ」

 部屋を見回す黒髪剣士。


 なりきりコスプレイヤーも、ここまでくると痛々しく感じる。

「そもそも、おまえらが魔王討伐隊だっていうのなら、魔法とか使えるのかよ。悪戯にしちゃぁ――」

「愚問だろう?」

 剣士は、涼しい顔をして掌に青い炎を浮かべて見せる。

 ゆらゆらと、ゆらゆらと。

 ポカンと呆気にとられる俺。


 そっと近づいて、ほのかな熱を感じ、ありとあらゆる角度から眺める。

「魔……法?」

 俺は、掌の中の小さな奇跡を見て、彼女たちが、本当に異世界から来た魔王討伐隊であることを認めざるを得なかった。




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