松田亜矢 2
落ち着いた口調で尋ねる。
「亜矢ちゃんがコインを入れたのは赤色の紙コップですか?」
亜矢から見て左から順に聞いていった。
「……………いいえ」
緊張こそしているものの、表情一つ変えない亜矢。
「それでは亜矢ちゃんがコインを入れたのは青色の紙コップですか?」
「……………いいえ」
これまた表情を変えない。さすがは演劇サークルを名乗っているだけのことはある。
「それでは亜矢ちゃんがコインを入れたのは緑色の紙コップですか?」
少しの変化も見逃さぬよう、じっと亜矢の顔を見た。
「……………いいえ」
だが、変化は見られない。
「最後に亜矢ちゃんがコインを入れたのはオレンジ色の紙コップですか?」
「……いいえ」
表情や仕草に変化は見られないが、僅かに答えるのが他より早かった。
「さすが演劇サークルだなぁ。全然表情とか仕草が変わらないから難しいよ」と苦笑いしながら言った。
「でしょ。でしょ。これはかなり自信あるよー! 当てれるかなぁ?」
こちらの発言を聞いて、完全に緊張は解け笑顔を見せている。
「よし! じゃあ当てにいきます。亜矢ちゃんがコインを入れたのは赤色と青色ではありません」
声と同時に赤色と青色の紙コップを開けた。
中身は俺の言った通り空だった。
ここまでは完全にイージーだ。
亜矢の行動や仕草を見る限り、間違える要素は何もなかったので当然の結果と言える。
「えっ!? いきなり2つも!?」
驚いた表情を見せた後、少し悔しそうな顔でこちらを見ている。
「この2つはすぐわかったよ」と笑って答え、続ける。
「さぁ、ここからが本番だね! 亜矢ちゃんがコインを入れたのは……オレンジ色の紙コップではありません」
そう言ってオレンジ色の紙コップを勢いよく開けた。
再び中身は空だった。
「えっ!? 嘘? 信じらんない! 上手く隠せたと思ったのに……」
さっきより驚いた表情をしている亜矢。そして動揺を抑える為、グラスに入っていたお酒を飲み干した。
「確かに隠すのは上手だったけど俺の勝ちだね。貴重な研究データをありがとうございました」と笑顔で答えた。
「なんで分かったか凄く気になります! 教えてください」
好奇心という名の感情でいっぱいになっている亜矢が、真剣な表情で種明かしをせがんできた。
「どうしよっかなー。普段は教えないんだけど、せっかく付き合ってくれたわけだし、特別に教えちゃおうかな。でもその前に」
亜矢のグラスを指差した。
「あっ!? 飲み終わっちゃいましたね。でも聞きたいからもう一杯だけ、飲もうかな」
オレンジの腕時計に視線を向け、照れた表情をしている。
亜矢の腕時計の針は22時を指していた。隣に席を移してまだ30分くらいしか経過していなかったが、側から見た俺達はとてもさっきまで他人だったとは思えない程仲良く見えていた。
「時間は大丈夫? 大丈夫ならもう一杯は、付き合ってくれたお礼として奢らせてください」
「時間は大丈夫です。今は春休みなので明日は講義もないですし。でも悪いですよー。ゲームに付き合っただけですし」と亜矢は申し訳なさそうに言った。
「いいんだって! 本当に助かったんだから! ほんの気持ちだからね」と今日1番の笑顔を見せた。
「それならお言葉に甘えちゃおうかな。拓海さんの飲んでるやつはなんですか? 美味しそうだなって気になってたんです」
亜矢も笑顔を見せている。そして本人も気付いていないくらい自然に、俺の事を名前で呼んだ。
これは距離が近づいたという何よりの証拠だった。
「これ? 実はちょっと特別なんだよねー。でもご馳走するなら丁度いいかも! 美味いから飲んでみてよ。マスターこれ亜矢ちゃんに一杯お願い」
自分の飲んでいるカクテル風のオレンジジュースを指差して、マスターに注文した。
「確かにご馳走するには丁度いいな。実はこれオレンジジュースをベースにしたカクテルなんだけど、拓海の実家から大量にオレンジジュースをもらって、それを使用しているんだよ」とマスターが説明をした。
カクテルを作るシャカシャカという音が、店内に少し響く。
ふと気付けば他には誰も客がいなかった。あのどうでもいい話をしていたカップルはいつのまに帰ったのだろう。それに気付かない程、亜矢とのゲームに集中していたのか。
「俺の実家、愛媛のみかん農家なんだよね。それでオレンジジュースが大量に送られてきて飲みきれないからマスターに提供しているんだぁ。そのかわりこのカクテルだけ、俺はタダで飲めるって訳! 良い条件でしょ?」
カクテル風のオレンジジュースを一口飲みながら得意げに話した。
「へぇー! 拓海さんの実家みかん農家なんだぁ。てかその条件羨ましすぎー。タダ飲みし放題じゃん! ずるいよー」
両肘をテーブルにつき、頬を少し膨らませながら話をしている亜矢の目の前に、特別に可愛く飾り付けされたカクテルがさっとだされた。
俺のとは違い当然これにはしっかりアルコールが入っている。
「はい。どうぞ」と言ったマスターは、粋な計らいをしたくせに相変わらず低い声だ。サングラスの奥の目はどうなっているんだ? そんな事をふと思った。
「うわぁ、可愛い! それに美味しそう。頂きまーす」
カクテルを見つめるその目はキラキラ輝いていた。店内の薄暗い照明とグラスの光が反射して尚更そう見えた。
そして凄く嬉しそうに口をつけた。