五月二十五日
朝、僕はいつものように起床した。
といっても、時計の短針はもう真上近くを差しているから、どちらかというと昼に起きたという感じだけど。
しかしどうってことはない。これが僕の日常だから。
長寝したせいでもう頭はすっかり冴えていた。とりあえずさっさと着替えて、朝食兼昼食を摂りに二階へと駆け下りる。これがいつもの変わらない日常。もう全くもって平凡な生活を続けてきた。少し前までは。
リビングのドアを開けると、そこにはもうすでに先客がいた。
外見年齢小学生のそいつ。頭は寝癖でぼさぼさ。服は少し前の僕のお古を着てるせいで、だらしなく肩がだらんと見えている。そんなやつが大欠伸をしつつぼーっとテレビを見ていた。
「あ、おはよーーっ。随分遅かったねぇ」
柊。
こいつが来てから、地味に僕の人生は変わっちゃったのかも………。
「あ、パンがもう無い。柊。僕の分残しておけって言っただろ」
「えー? だってしょうがないんだもん。ひろが全く起きてこないものだから、僕さんはおなかへってさぁぁ」
やれやれ。
僕は溜息をついた。しょうがない、今日も朝食はコーヒーか。
僕がコーヒーを入れ始めると、すかさず、それを察した柊が突っこむ。
「あ、ひろ。どうせなら僕さんの分の紅茶もいれてくれないかなぁぁ?」
「……いい加減自分でいれろよ。やり方分かっているんだろ?」
そうは言ったものの、僕には、こいつの頼み事を自分自身がやった記憶がないので、仕方なく紅茶もわかすことにした。
だいたい、こいつは生活からしてなんかむちゃくちゃだった。
日付が変わってから寝る僕と同時刻に寝てるくせに、起床は必ず朝七時。しばらく居間でごろごろしていると思うと、いつのまにかふらっといなくなる。で、それから夜にかけてまでずーっといない。
僕はほとんどあいつには関わっていかない。ただ、向こうからは頻繁に関わってくるから、関わらないわけにはいかないという、正直嫌なシステムができてしまった。
もっというと、この柊という存在自体が僕は嫌、というより不気味だ。何日か同居してて分かったことは、こいつは何考えているか分からないのだ。どうしてここに来たのか、目的は何なのか、僕にはさっぱり分からない。そんなやつがここにいる理由は、紛れもなく向こうが無理矢理ここに住まわせることを望んできたからなんだけど。
「……ひーろっ。どしたの? さっきから難しい顔しててっ。もうコーヒーできてるよ」
「あ、忘れてた」
僕はさっさとコーヒーを飲み干してしまった。しかしこいつ。なんだか僕のタイマーと化してきてるなこりゃ。
「……ところでひろ。前々から気になっていたんだけどさぁぁ」
「…なんだよ」
「………なんでひろは学校行ってないの?」
……………!
ついにこの質問が来てしまったか………
「別に、行かなきゃならないってものじゃないだろ。それに、僕は学校には向いてないの」
とりあえず、前々から来るときに備えて準備した適当な答えを出してみる。
「…あっそ。まぁべつに良いけどねぇぇ。ひろの勝手だし」
「…なんか珍しくあっさりとした返答だな。お前らしくない」
「だぁーって、別に人の生き方には興味ないもん。聞いてみただけ。どうぞどうぞ、勝手に生きて、勝手に壊れて、勝手に死んじゃいなよぉぉ」
「………どうも貶しているように聞こえるんですけど」
「いやいやいや、貶すもなにも、そんなのないから。正しいも間違ってるもだめもオッケーもなんにもないからさ。自分がそれで良いと思ってる方へ突っ走って好きなようにやって自分が満足すれば良いんじゃないのぉぉ? ま、それでうまくいく確率が高いかどうかまではさすがにわかんないけどねぇぇ」
「……要は学校行くも行かないも自分の勝手だから好きにしろってことか?」
「んー、ま、そんなとこかな。そもそもがっこうがよくここまで続いてきたことを、僕さんは拍手したいな。みんな思ってることばらばらなのに、それをよくそろえられるんだもん。やっぱにんげんってすごいなぁぁぁぁ」
……相変わらずこいつはどっかいかれてる。いかれてないとしたら、柊は人間じゃないってことだろうか。そんなことあるのか?
すっかりスイッチが入ってしまった柊をおいて、僕はそのまま自室に戻った。
半開きのクローゼットの隙間から、もう随分着ていない制服が見える。
僕は、溜息をつくと、しっかりとクローゼットを締め直して、いつもどおり勉強をすることにした。
時計の短針は、右へ傾き始めた。