五月九日
これは主人公の主に自宅で繰り広げられる日常を淡々と書いたものです。
ストーリーの進行より、どちらかというとメッセージが主体になっております。
また、私自身の独断や偏見がかなり入っております。
以上のことに同意できない方は観覧を控えることをおすすめします。
五月上旬だというのに、ここ最近は梅雨のまっただ中のようだった。特に今日の雨は、若葉が生い茂る桜の大木もずいぶんと小さくしぼんで見える。辺りを見回してもこの雨の下を歩いている人影は見あたらず、たまに通る車の水飛沫と、バックの単調な雨音だけが僕の耳に入ってくる。なんとも退屈だ。
ふと、僕は白い半透明の傘越しに人の姿を見た。この雨の中傘も差しておらず、服装も―その時はうまく言葉で言い表せなかったが―風変わりだった。おまけに身長からすると、相手はせいぜい小学校低学年男児、ぐらいにしか見えなかった。(そのくせ、小学生という雰囲気はこちらにはどうも伝わってこなかった)前方からゆっくり、おまけによろめいた足取りで、見ているこっちまで不安な歩き方だ。
僕の第六感が察した。―関わらない方がいい。さっさとすれ違って、何事もなく通り過ぎてしまった方がいい。いや、通り過ぎてしまわなければならない。僕はそう心にいいつけた。
僕は急に早足になって人影の方に歩き出す。まるでそれに反応したかのように相手の足取りが余計不安定になってきたものだから、僕の心臓は高鳴った。相手との間合いが二メートルほどになる。一メートルになる。ついに肩と肩がすれ違う。その時―僕の顔に笑みが浮かぶ―相手の上半身が急に沈み、とても軽くぱたんと前方へたおれた。
僕は足を止め、倒れた彼の様子を見たが、どう待っても自力で起き上がってくる様子はなかった。当然周囲には人っ子一人来る気配はない。雨の中、傘も差さず道端で倒れた少年を放っておく。僕のどこかがちくりと痛んだ。
僕は小さく、深い溜息をつく。しょうがない、これも運命ってやつなのかもしれない。とりあえず僕は、その運命とやらをを呪った。やけに軽い彼の体を担ぐと、そのまま自宅へと向かって行った。
自宅にたどり着いた僕『達』は、どちらも全身ずぶ濡れになっていた。とりあえず体を拭き、(相変わらず気を失ったままの)彼にはその辺からもってきた毛布を被せて椅子に座らせ、彼の分と僕の分、とりあえず二人分の紅茶をわかすことにした。(僕は紅茶よりコーヒーの方が好きだが、相手の年齢を考えるとやむを得ない)
僕は今一度、彼の格好をながめてみた。端が少しボロボロの、ゆったりとした白いTシャツのようなものに、同色のズボン。それと、なにやら半透明の上着のようなもの(と言っていいのだろうか。むしろ布と言った方が良いのかもしれないけれど、詳しいことは今の僕には分からない)。顔つきはうつむいていて僕からはよく分からない。しかし、しばらく気がつく様子が無さそうなので、とりあえず紅茶だけ置いて自室へと戻った。
時計の長針がいったい何回一周しただろうか。気がつくと窓の外は真っ暗になっていた。……自分にはあまり関係のないことだが。二階へ数学の問題集を取りに行こうとしたとき、僕はすっかり忘れていた、雨の中倒れた彼のことを思い出した。
……まずい! ずっとほったらかしたままだ!
大慌てで階段を駆け下りると、驚いたことに彼はまだ起きていないようだった。
「いったいいつになったら目を覚ますんだか…」
言いかけたときだ。彼の手がぴくっ、と動いた。それに続いて両足、指と続く。まるで耳をぴくぴく動かす猫みたいだ。と、彼は上体を起こし、半開きな目で僕の方を見た。
彼は、全くと言っていいほど身長に比例した雰囲気を持っていなかった。もっと何か―不思議な雰囲気を持っているような…(とりあえず今言えることは、彼は小学生ではない)僕が彼の瞳に違和感を感じたと同時に、彼は僕のほほに右手の人差し指を押し当てた。
「!?」
驚く間もなく、彼の瞳に光が宿る。彼は不思議に辺りをきょろきょろ見回すが、すぐに僕の方に向き直って言った。
「そっか。なるほど。よーーかった!! 無事にたどり着けたみたいで!!!」
突然おどけたようにきゃぁきゃぁとはしゃぎ出す彼に、僕は呆気にとらわれてしまった。
「ふぅ。で、君は何?」
「え? …麻衣原直輝」
「あ、名前……まぁそれでいっか。どーせ人間なんだろうし!」
なんだこいつは。意味が分からない。悪く言えば、なんか頭のネジが一本抜けている。
「ところで、お前の名前は何なんだよ」
意味不明なこいつの態度にいらいらしながら、僕は自分が今精一杯言えることを言った。
「名前? そーだなぁ………」
急に真剣な顔つきになったそいつに、僕は肩の力が入る。が、そいつは想像とは真逆の方向を突っ走っていった。
「宇宙人あるいは未来人あるいは超能力者あるいは異星人あるいは創造主あるいは神あるいは創造あるいは伝説あるいはそれ以外のなにものでもないもの。ま、正直なんでも良いけど、名前はいるよね。柊、とでもしておくか」
これが、このどこかが壊れてるやつ―柊との、少し変わった日常への幕開けだった。