聖夜の贈り物 ~ サンタクロースは少女に希望を残す
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一年前のクリスマス掌編( http://ncode.syosetu.com/n6299da/ )の続編にあたるお話です。
今年も朝から吹雪となっていた。
視界が遮られた街中の大通りでは、銃を構えた政府軍の兵たちが巡回している。
その目を盗むように身を隠しながら、子供たちが路地で息を潜めていた。
赤い服に身を包んだ元特殊部隊“セントクルス”の一斉蜂起から一年。
“統一国家”全土には、非常事態宣言が発令され、内戦状態に陥っていた。
一年前の今日、蜂起した“セントクルス”の老兵たちは、パニックに陥った政府施設、報道機関を一気に掌握する。
そして予め内通していた政府軍幹部有志の力も得て、軍内部の制圧も達成。
クーデターは成功したかに思えた。
しかし、そこから事態は混沌に陥る。
暫定臨時政府の樹立宣言に向けて準備を進めていた大晦日の夜、彼らに突如として反撃が襲い掛かった。
この反撃を主導したのは黒い服に身を包んだ現特殊部隊“クネヒト”。
“随伴者”の名を冠した忠実な僕たちは、彼らの主である統一政府高官の奪還のみを目標とし、隠し持っていた軍備により陸空両面からの首都爆撃を敢行したのだ。
街が炎に包まれる中、急ぎ住民たちの非難に取り掛かった“セントクルス”たち。
しかし、そのために手薄になった政府施設を“クネヒト”が急襲、重要拠点とともに政府高官を奪還されてしまった。
大きな被害を蒙った“セントクルス”及び政府軍有志連合は、戦線の後退を余儀なくされる。
その後、“セントクルス”たちはこの国第二の都市に拠点を構え、政府軍との競り合いを続けることとなった。
内戦状態に陥ったこの国には、全土に非常事態宣言が発令され、人々は自由に出歩くこともままならない。
そして、先の大戦の最激戦地に近いこの街もまた、一年前のクリスマスと同様、死んだように静まり返っていた。
―――――
「よし、いくわよ」
路地に隠れていた一人の少女が、仲間の少年たちに小さく掛け声をかけてから吹雪に閉ざされた大通りを急ぎ足で横切る。
目指すは政府軍の倉庫。そこに行けば、生きるために必要な物資があるはずだ。
“セントクルス”蜂起の発端となったこの街は、反撃体制を整えた政府軍が真っ先に抑え、いっそう厳重な警戒体制の下にあった。
不要な外出は一切禁じられ、生活に必要な物資も最小限しか配給されない。
そのしわ寄せは、当然弱き者たちへと流れていく。
この街に数多く暮らしていた身寄りのない子供たちは、行き場を失い、明日の食料さえ確保するのが難しい事態となっていた。
スラムの片隅で身を寄せ合う子どもたち。
雪に閉ざされるこの街の冬は厳しい。
このままただ座していても、生き延びることは出来ないことは十分に理解できていた
自分たちを助けてくれる“サンタクロース”はもういない。
生きるために必要なものは、自分たちで得なければならないのだ。
少女たちは最新の注意を払いながら、兵士たちに見つからないよう身をひそめ、白く閉ざされた街を進んでいく。
吹き荒れる吹雪は少女たちの姿を多い、小さな足跡をすぐさま消してくれていた。
やがて子どもたちは、目的地である軍のキャンプ地へとたどり着く。
先頭に立つ少女が一度だけ振り返り、そして後に続く少年たちに黙って頷いた。
懐に隠し持っているのは、三つの手榴弾。
いつも温かいご飯を食べさせてくれた食堂のおじいさんの家に残っていたものだ。
これを使って、命を繋ぐための“クリスマス・プレゼント”を自分たちで手に入れる ―― 一年前に涙を溢れさせていた少女の眼には、堅い決意の光が灯されていた。
―――
予め細工していたフェンスの穴を潜り、少女が音もなくキャンプ地に潜り込む。
続けて少年たちも穴を通り、すぐさまテントの陰に身をひそめた。
ここまでは予定通り。 しかし、ここからが最も困難だ。
少年たちをテントの裏に残し、少女は一人走り出す。
目指すはキャンプ地の反対側、そこに立てられた通信用の大きなアンテナ塔だ。
テントの間を縫うように進むと、兵士たちに見つかることなく目標の至近まで到達する。
そこで少女は静かに深呼吸すると、懐に収めていたパイナップル型の手榴弾を一つ取り出し、ピンを抜いた。
激しい爆発音と共に、爆風が彼女を襲う。
むろん、彼女の小さな体ではその爆風に堪えることができず、したたかに地面へと身体を打ちつけ転がった。
しかし、その痛みに構っている暇はない。
すぐさま体を起こして見上げると、半ば崩れ落ち、燃え盛るアンテナ塔に血相を変えた兵士たちが駆けつけているのが見えた。
大半の兵士がこちらへとやってきている。これなら、少年たちもきっと“任務”を果たしてくれるだろう。
痛む身体を引きずりながら、少女は再び身を隠す。
少年たちのために、まだ自分がやるべきことは残っている。
息をひそめて時を待ち、再び懐から取り出した手榴弾のピンを抜く。
それを放ったのは、消火活動に集まっていた大勢の兵士の中心部であった。
―――――
「いたぞー! こっちだー!!」
銃を構えた兵士たちがフェンス沿いに逃げる少女を追いかける。
その表情は、まさに鬼の形相。 それもそうであろう、目の前で何人もの仲間がやられたのだから。
この足では少年たちへ合流することなど出来ないと判断した少女は、プランBへと動き出す。
いや、もしかしたら最初から“プランA”だったのかもしれない。
潜入した穴とは反対側、最も警備が厳しいであろうキャンプ地の入口へと目がけ、少女は足を引きずりながら必死に走り続けた。
しかし、大人と子供、ましてや手負いの状態では、あっという間に追いつかれてしまう。
入口までもう一息のところで兵士たち追いつかれた少女は、フェンスにもたれかかるようにして座り込んだ。
(これで、最後ね……)
銃口を突き付けながら兵士たちが何事か叫んでいるが、少女の耳にはまるで入ってこない。
兵士たちがジリジリと近づく中、少女は懐に手を入れて最後のピンを抜き、そのままじっと目を瞑った。
「……うそ」
三十秒にも満たないほんの僅かな時間、しかし、彼女にとっては人生で最も長く感じられた時間の後、目を開いた少女が小さく言葉を漏らす。
最後の手榴弾は不発。
自分の死と引き換えに少年たちの未来を紡ぐ一石を投じようした彼女の“プランB”は、儚くも失敗に終わったのだ。
懐から手榴弾が転がり落ちる。
兵士たちは一瞬身をたじろがせるも、不発だと気づくや安堵の表情を見せ、爆発しないようテキパキと処理を始めた。
少女の様子から、これ以上の命の危険がないと悟った兵士たち。
すると、その開放感からか、途端に下卑た笑いを見せる。
―― 隊長、もうコイツ殺っちゃっていいっすか? ―― ここで蜂の巣にしちゃいます? それとももう一度逃がして狩るっつーのも楽しそうっすよ! ―― しかし、よく見りゃなかなか可愛い嬢ちゃんじゃないっすか。俺、意外とこういうのもイケるんすよねー ―― おいおい、お前、少女趣味なんてあったんかよ。でも、まぁ、ガリガリの割にはしっかり出てるところは出てるし、確かに上玉かもな……。隊長? ―― 全くお前らは……。最初は俺が貰う。それでいいな? ―― うひょー、隊長も好きっすねー。じゃ、とりあえずコイツは縛っときますねー。
卑猥な会話が耳に刺さり、少女の心を深く抉る。
死より苛酷な運命を突き付けられ、少女は全身をガタガタと震わせた。
今すぐ舌を噛み切ってしまえば、この最悪の運命から逃れられる ―― 一瞬そう考えた少女だが、脳裏に少年たちの顔が浮かんだ瞬間、その考えは消し飛んでしまう。
そう、彼女がこの兵士たちを引き留めることで、少年たちが無事に脱出できる確率を少しでも高められると理解してしまったのだ。
死ぬのが早いか遅いか、少し変わっただけ ―― そう覚悟を決めた少女は、目を瞑り、心を閉ざす。
するとその時、耳をつんざくような大きな爆発音がキャンプ地に轟いた。
「なんだっ! 何が起こった!!」
隊長と呼ばれていた男が驚愕の表情で振り向き、兵士たちも銃を構えて周囲を見渡す。 少女もまたそれを見上げていると、今度はフェンスの背後からパシュパシュパシュッっと、聞きなれない、しかし、とても恐ろしく感じられる音が聞こえてきた。
囲んでいた兵士たちと同じ数だけ音が鳴った後、囲んでいた兵士たちと同じ数だけドサリと鈍い音が響く。
目前で膝から崩れ落ちて地面へと倒れこむ兵士たち。
状況が全く呑みこめず、少女は目を見開いたまま、現実感のないその光景をじっと見つめるしかなかった。
すると背後からガシャンという音が響き、不意に頭をポンと撫でられる。
「よく頑張ったな。あとは“サンタクロース”に任せな」
一年前と赤い服に身を包んだ老人、その手には一年前と同じ温もりが感じられた。
約束通り戻ってきてくれた“サンタクロース”。
その姿に少女の口から嗚咽が漏れる。
一年間ぐっと堪えていた大粒の涙が、降り積もる雪の中へと吸い込まれていった。
お読みいただきましてありがとうございました。
昨年のクリスマス掌編の一年後を描いたお話でした。
今度こそ少女に幸せが訪れてほしいです……。
心に触れるところがございましたら、感想や評価、ブックマークなどを頂けましたら幸いです。