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弐の姫と仔猫 5


ユージーンは慌てる様子もなく森の中を疾走(しっそう)する。


「ちょ、ぐっ!ジーン!何っが!なんだかっ!」


「喋ると舌噛みますよ、姫様」


蓮姫は『誰のせいだ!』とユージーンに抗議しようと顔を上げた。


が、その前方(ユージーンからは後方)から数人の黒ずくめの男が、自分達を追い掛けているのを見つける。


そんな彼女の様子にもユージーンは気づいた。


「気づいたようですね。後ろの奴等は姫様のご想像通り刺客です。この森の中でまきますから、少し我慢して下さいね」


「森っ!?森って!魔獣っ!ダメって!!ジーンっ!?」


身体が揺れるせいで上手く喋れない蓮姫は、自分が伝えたい大事な単語だけ叫んだ。


他人が聞いたら訳がわからないが、ユージーンは理解したらしい。


猿のように空いた片手で太い木の枝に飛び乗ったり、(つた)を使って森の中を無茶苦茶に逃げ回りながら蓮姫の問いへと答えた。


「森の中は危険だと言いましたが、刺客が襲って来たら迷わず逃げ込む気でしたよ。魔獣がウジャウジャいて木も草も生い茂って逃げるには適してます。逆に刺客からは襲いにくい。あの暗器もこんな森の中逃げ回る相手じゃ真価は発揮できませんからね。はい。説明は終わりです」


「おっ!終わっ!りって!逃げっ!だけ!?」


「いえ、返り討ちにはするつもりですが、まずは姫様を奴等から引き離すのが先決です。充分に距離をとったら姫様はまた結界を張って下さい。姫様はまだ瞬時に想造力を発動させる事は出来ませんし、数秒は稼げる場所まで移動しなくては」


ユージーンの言葉通り、蓮姫はまだ想造力を瞬時には使えない。


自分の意志で想造力を使えるようにはなったが、まだまだその大きな力には慣れていないからだ。


その為、結界を張るには数秒集中しなくては不可能。


たかが数秒。


されどその数秒が、刺客達が蓮姫を襲うには十分過ぎる時間だ。


だからこのまま逃げ続ければ、今まで襲って来た刺客達と同じように返り討ちにすればいい。


結界さえ張ることが出来れば蓮姫は安全だ。


そうユージーンは考えていた。


だが


「っ!!?ジーンっ!!炎がっ!」


蓮姫の叫びに、ユージーンもチラリと後ろを振り返る。


すると、後方からは物凄いスピードで炎の(かたまり)が向かってきていた。


「これはっ!!?姫様っ!しっかり掴まってて下さいっ!」


ユージーンは炎が襲い来る前に、右側の太い木へと隠れた。


炎はそのまま勢い良く真っ直ぐ飛んでいき、周りの木々や草を豪快に燃やしていく。


そのあまりの勢いに、森は燃やされるだけではなく、木は押し倒されていった。


「ジーンっ!これって!!」


「魔術ですね。それもかなり高度の炎術。刺客達の中には優秀な魔術師がいるようです」


炎の塊は一つだけではなく、続けて何発も撃ち込まれ、ついには二人の周りは炎に囲まれてしまった。


刺客達との距離も、まだそんなに離れてはいない。


直ぐに奴等は追いつくだろう。


「……姫様、作戦変更です。このまま刺客と応戦しますから、俺から離れないで下さい。それと、万一の為にコレを」


ユージーンは蓮姫にオリハルコンのナイフを渡す。


蓮姫はユージーンとナイフを交互に見つめたあと、ナイフを取り身構えた。


万一の為……つまり状況によっては、蓮姫は自らの手で刺客と応戦しなくてはならない。


蓮姫はゴクリ、と生唾を飲み込んだ。


「来ますよ!!姫様目を閉じて!」


叫ぶと同時にユージーンは刺客へと飛び出した。


瞬間、ユージーンの掌からは閃光が放たれる。


それは只の光。


しかし漆黒の闇に包まれた森の中では、あまりにも(まぶ)しい。


その隙にユージーンは目の(くら)んだ刺客の一人から剣を奪うと、叫ぶ間も与えずに首を切り落とす。


蓮姫は目を開けると、ユージーンの一歩後ろへ飛び出し震える両手でナイフを前へと突き出し構えた。


「姫様。恐れる事はありません。俺が必ず守り抜きます」


ユージーンは優しく蓮姫へと声を掛けるが、その瞳は冷たく刺客達を見据えた。


(さっきの炎はどいつだ?先に魔術師を始末しねぇと…)


ユージーンは黒ずくめの男達を順々に見つめながらも、向かってくる男達の剣を受け止める。


以前のような暗器も当然飛び出すが、蓮姫へと届く前に全てその身で…空いている方の腕で受け止めた。


「学習能力が無いですねぇ。俺に毒針なんて効きません」


ユージーンは受けた刃を振り払うと、その相手の懐へと剣を突き立てた。


刺客達は十人足らず。


このままいけば、いつものように全て簡単にかたがつく。


ユージーンも蓮姫もそう思い始めていた。


だが


「っ!!?なんだっ!?腕の感覚が…」


「ジーン、どうしたの?」


ユージーンの腕の感覚が薄れている。


剣が先程よりも重い。


剣を振るうスピードも徐々に遅くなってきている。


刺客達は構わずユージーンへと襲いかかる。


むしろ彼等には今が好機だろう。


ユージーンはなんとか剣を受けながら考える。


(毒か?俺の体には致死性(ちしせい)遅効性(ちこうせい)も毒なんざ効かないはずだ。(ほとん)ど抗体がある。そもそも俺は死なない身体だってのに………………まさか!?)


ユージーンがある仮説にたどり着いたその時、彼の身体は大きくふらついた。


ユージーンの身体は腕だけではなく、身体全体の感覚が薄れ、ついには身体を支える両足も感覚が無くなってきていた。


ユージーンの仮説。


この身体に起こった事の原因はやはり先程の暗器から飛び出した毒針だろう。


だからこそ、集中的に受けた腕から徐々に毒が回ったのだ。


しかしユージーンの身体には命を奪う類の毒は効かない。


魔獣を一発で殺す毒ですら、耐性がある。


だが、今回放たれた毒針には殺す為の毒は使われていなかった。


恐らく麻痺性の毒。


それも徐々に筋肉を脱力させるだけのもの。


殺傷性は低く、麻酔のように一時的なものなのだろう。


だからこそ、ユージーンの身体には耐性が無かった。


油断していた。


どんな毒も武器も自分を殺す事など出来ないと。


ユージーンのそんな油断、傲慢(ごうまん)な態度が生み出した結果だ。


そもそも刺客達の狙いは弐の姫である蓮姫で、ユージーンではない。


厄介なユージーンの動きさえ封じてしまえば、刺客達の独壇場だ。


刺客達はユージーンの身体が動かない隙に彼を突き飛ばすと、倒れた彼の四肢と腹部、胸部に剣を突き立てた。


ユージーンの身体は短時間で抗体が出来、直ぐに動けるようになるだろう。


だからこそ、完璧に動きを封じよとしたのだ。


「ゆっくりとソコで寝ていろ。貴様の守る弐の姫は我等が始末してやる」


「っ!?クソッ!姫様っ!!結界をっ!!」


「……ぁ……ぁあ…」


ユージーンの叫びを聞きながらも、蓮姫はガタガタと震える。


「姫様っ!聞こえてんでしょう!!結界張るなり逃げるなりして下さいっ!姫様ぁっ!!」


ユージーンが焦りながらも蓮姫へと再度叫ぶ。


その声には焦りも含まれている。


それでも蓮姫は震えるだけ。



(怖いっ!怖い怖い怖い!怖い!!)


恐怖により足など一歩も動けない。


結界を張ろうにも、集中など出来るはずも無い。


()らなきゃ()られる。()らなきゃ。()らなきゃ()らなきゃ()らなきゃ()らなきゃ()らなきゃ()らなきゃ()らなきゃ()らなきゃ()らなきゃ()らなきゃ)


軽くパニックを起こしながら、同じ言葉を頭の中で繰り返す蓮姫。


それでも身体は動いてはくれない。


刺客達はそんな蓮姫に構わずに、彼女へと距離を詰める。


「弐の姫。標的とはいえ、姫である貴女に敬意を表し、苦しむ毒などは使わない。一瞬にして首を切り落とそう」


刺客の一人が蓮姫の目の前へと辿り着くと、大きく剣を振り上げた。


ユージーンの身体は毒の耐性が出来つつあり、少しづつだが動くようになっている。


だが、身体に突き刺さったいくつもの剣がそれを阻む。


死なない彼ならば無理に腕や足を引きちぎる事も出来る。


腕がもげようが足がちぎれようが、ユージーンの身体は直ぐに回復するからだ。


今まさにユージーンも自らの身体を犠牲にして蓮姫の元へと駆け出そうとしている。


しかし………どうやっても間に合わない。


刺客達の持つ剣が、蓮姫へと振り降ろされる方が早かった。



「クッソ!やめろぉ!姫様ぁああ!!」



ユージーンの悲痛な叫びが響いた刹那(せつな)……


「グアアァァァア!!」


「な、なんだこいつはっ!?」


黒く大きな獣が刺客達へと飛び掛かった。


その獣は一瞬にして、鋭く大きな牙で蓮姫の傍にいた刺客の一人を喰いちぎる。


「ひぃっ!!こ、こいつはサタナガット!?」


「クソッ!魔獣風情が邪魔を…うぁあっ!!」


刺客達は叫びながらも、サタナガットへと攻撃しようとしたが遅い。


サタナガットはその巨体に似合わぬスピードで鋭い牙と爪を振るい、刺客達を八裂きにしていく。


「ひっ!!」


目の前で起こる阿鼻叫喚(あびきょうかん)


血しぶきが飛び散り、断末魔が叫び渡る場面に、蓮姫は泣きながら怯える。


そんな彼女の様子に刺客の一人が気づいた。


「っ!弐の姫ぇっ!!貴様さえ始末すれば……う、うわぁっ!!」


刺客は蓮姫へと体を向けると恐怖の叫びを上げる。


刺客の瞳には蓮姫の後ろ……今仲間を襲っているサタナガットよりも小さいサタナガットが映った。


刺客が怯んだ隙に、大きい方のサタナガットは、その刺客の頭を喰いちぎった。


蓮姫は不穏な気配を背後に感じると後ろを振り向き、サタナガットを見ると必死に気絶しないよう恐怖に耐える。


が、自分を見つめるアメジストのような美しい瞳には、殺意は感じなかった。


「………あ……貴方…まさか……さっきの…?」


蓮姫が震える声で告げると、サタナガットは小さく鳴いた。


ソレは先程の仔猫のように愛くるしい鳴き声ではない。


獣の(うめ)き。


それでも蓮姫にはわかった。


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