弐の姫と仔猫 4
「彼等はそれぞれ優れた魔術師でしたよ。白虎は風、玄武は水、青龍は雷、朱雀は炎を巧みに操れました。その子孫達も魔力を受け継いでますしね。女王の庇護があったのも勿論ですが、恐らく姫様の代になっても彼等の地位は揺らぎません」
「それは魔力が強いから?」
「それもありますが……まず、女王のヴァルとなれば多くの富や絶対的な地位が約束されます。それはわかりますね?」
ユージーンの問に蓮姫は頷く。
女王のヴァルとは、女王の次に権力や発言力を持つ。
女王を守り、女王に生涯絶対の忠誠を誓った者。
その為、女王の信頼も厚い。
時には女王の実子よりも発言権を持つ。
「それはヴァルだけでなく、その子孫にも受け継がれます。当人ではないので、地位は多少下がりますけどね。しかし先祖が仕えた女王が生きている間は安泰。子孫がよっぽどの問題児か犯罪者じゃない場合に限りますが」
「だから四大ギルドがここまで栄えたんでしょ?でも陛下が退位したら?」
「当然、地位は剥奪されます。次代の女王が収める世には、先代に忠誠を誓った者達なんて目の上の瘤に他ならないですから。それに次代の女王のヴァルになる、なんて選択肢は彼らにはありません。それは現女王への忠誠を裏切る行為になりますしね」
ヴァルとは一人の女王に仕える者。
子孫も例外ではない。
どれだけ地位に固執したくとも、時が来れば彼等はそれを手放さなくてはならなくなる。
「本来ならそうなんですが……四大ギルドは、この五百年の間でその地位を盤石にしました。彼等はあのブスの庇護なんてなくとも、これからも栄えていくでしょう。子孫達がのうのうと生きず、女王に甘えずに自らの力で未来を切り開いた。とても珍しいですが子孫に恵まれましたね」
「凄い人達なんだね。……ヴァル云々(うんぬん)は別にして、会ってみたいな」
「会えば直ぐにわかると思いますよ。それぞれ特徴ありますからね。朱雀の一族は模様のような赤い痣が、青龍の一族は身体に一部青い鱗があります。白虎の一族は髪の一部と片眼が白いですし、玄武は額に玉が埋まってます」
「………随分と詳しいね。会った事あるの?」
「片手で数える程…それも、とっくに死んだ最初の四人だけですけどね。というか姫様……大分話が逸れましたけど、魔術やヴァルがどうかしました?」
そもそも話が逸れたのは、ユージーンが四大ギルドの話を振ってきたからだ。
そう蓮姫は言いたかったが、自分の方も興味のある話が聞けたのも事実。
ユージーンもソコはわかっている筈なので、あえてスルーする事にした。
というより、ユージーンの言葉に一々突っかかっていてはキリがない。
「これから先、ジーンみたいに魔術を使える人を味方にした方が、王都に戻った時有利なのかな?って思ってさ」
「半分正解で半分外れです。魔力のある人間が多い方が有利になる。それは真理ですね。ヴァル達の魔力の有無は、絶対的な力の差が生まれますから」
「やっぱり。じゃあ外れの半分は?」
蓮姫の問いにユージーンはニヤリと笑う。
蓮姫は悟った。
(どうせまたろくでもない事言うんだろうな、このバカは)
もはやユージーンの言動のパターンが予測できている蓮姫。
呆れたような目を向ける蓮姫にユージーンは自信に充ちた笑みを向けた。
「そもそも俺みたいな奴なんていませんよ。俺並に魔術が使えて、強くて、カッコよくて、不死身で、美しい奴なんて探してもいません。探すだけ無駄です。姫様がこれからどんなヴァルを見つけても全員が全員、俺以下です」
「うん。ウザイ」
それはもう、ニッコリという効果音が似合う程の笑顔で自信たっぷりに蓮姫へと告げるユージーン。
それに対し蓮姫もまた満面の笑みで答えた。
ユージーンは苦笑しながら、ため息をつく。
「ホントに姫様は俺に対してだけは辛辣ですね。ツンデレですか? 」
「ジーンにはデレとか勿体無い。必要ない」
蓮姫はつれなく答えると、片手を頭の下に敷きながら身体を横たえた。
これ以上話しても実りのない会話を繰り返すだけだ、と寝る体勢にはいる。
蓮姫の動作を見ていたユージーンは、腰を上げて蓮姫の横へと移動する。
「もう休まれますか?」
「そのつもり。ジーンも寝たら?」
「俺まで寝たら誰が見張りをするんです?姫様を危険に晒す訳にはいきません。俺は一日二日寝なくとも平気ですし、不死身の肉体はだてじゃないですよ」
ユージーンはナイフの手入れを再開しながら、先程のように蓮姫の方を見ずに答える。
焚き火に照らされた美しいユージーンの横顔を見ると、その表情は余裕の笑みが浮かんでいた。
「確かに、ジーン以上は勿論、ジーン並のヴァルなんていないかもね」
「ふふっ。そうでしょう?」
「他の人なら罪悪感でいっぱいで寝るなんて申し訳ないけど、ジーンならそんな事思わないから私も気が楽だし」
「ハハッ!姫様らしいですねぇ」
ユージーンは、本当に心から可笑しいのだと、弾けたように笑う。
彼は蓮姫にけなされる時、心底楽しいと思う時があった。
そういう趣味がある訳ではない。
自分に全く媚びない、蓮姫の真っ直ぐな発言(暴言とも言うが)が心地よいと感じているからだ。
「今度、街に出たらマントでも買いましょうかね。そうしたら姫様に掛けてあげられますし……いっそ寝ている姫様を抱き抱えて、暖めてもいい」
「あぁ、確にそれならいいかもね」
蓮姫は目を閉じたまま答えた。
自分から言い出した事だが、ユージーンは『え?』と手を止めて蓮姫の方を向く。
「姫様?もう寝てます?今のは寝言ですか?」
「なんでよ?ちゃんと起きてるって」
「いや、てっきり『ふざけた事ぬかしてんじゃねぇよ、このボケ』とか言われるかと」
「ちょっと。私そこまで口悪くないからね。まぁ、ジーン相手に警戒する必要なんて無いし、それに一緒に寝るくらい今更でしょ」
ロゼリア滞在時、蓮姫はユージーンに入浴の手伝いをさせていた。
状況が状況だっただけに、裸もしっかり見られている。
ユージーンに抱き締められて寝るなど、確かに今更かもしれない。
「その点に関しては、私かなりジーンの事信頼してるから。ジーンは私に欲情なんてしないでしょ」
「どんだけ自分を過小評価してるんですか、姫様は。それとも…信頼されて喜ぶべきなんですかね。男としては結構悲しいものがあるんですけど」
はぁ、と大袈裟に肩を下ろしながらユージーンは呟く。
が、蓮姫もやはり目を閉じたままユージーンへ言葉をかけた。
「なら、言い方を変えるよ。ジーンは私の嫌がる事はしない。そうでしょう」
それは問い掛けではなく、確定として彼女は言いきった。
ユージーンは目を丸くして、両眼を伏せたままの蓮姫を見詰める。
「今だって、ろくに使ってないけど私のナイフの手入れしてくれてるし。いつだって私の事、最優先に考えてるじゃない」
「…………姫様」
「で、そんな優秀な私のヴァルは、眠い主人をそろそろ寝かせてくれるんだよね?」
「…ぷっ……くくっ…えぇ、勿論ですとも。おやすみなさい姫様」
「うん、おやすみ」
蓮姫はそう言うと、本当に眠かったのか直ぐに寝入ってしまった。
ユージーンはクスクスと、蓮姫の眠りを妨げない程度に小さく笑う。
「本当に…姫様……貴女って人は…」
ユージーンは楽しそうに笑みを崩さず、ナイフの手入れを再開した。
元々オリハルコン製の武器は、そこまで手入れをこまめにする程、やわではない。
それでも、いつか蓮姫が使う日の為にユージーンは手入れをかかさなかった。
蓮姫もそれに気づいていたのだろう。
「塔の双子や姫様の婚約者殿は使って欲しくないんでしょうね、きっと。彼等は貴女が大事ですから」
蓮姫に聞こえないのがわかっていながら、ユージーンは小言で蓮姫に話しかける。
「俺だって姫様を大切に思ってますよ。ただ……甘ちゃんの坊や達とは違いますけど」
彼等なら蓮姫が武器を持たなくともいいように、大切に、過保護に、護ろうとするだろう。
だが、ユージーンは違う。
「大切な俺の姫様だからこそ、俺は貴女に成長してほしいし、強くなって頂きたいんです。だって……ソレが、姫様の望みでもあるでしょう?」
ユージーンの問い掛けなど、当然蓮姫には聞こえていないし、ユージーン本人もそれはわかっている。
「貴女が強くなりたいのなら、俺はその望みを叶えますよ。側で護りながらも、貴女を過保護に背に護るだけ、なんて事はしません。約束しますよ」
ユージーンは軽く蓮姫の髪を撫でると、先程よりも丁寧にナイフの手入れに専念した。
蓮姫が寝てからしばらく経った頃。
ナイフの手入れが済んでもユージーンは横になることもせずに、火が消えないよう定期的に枯れ枝を足していった。
パチパチと燃える焚き火の音と、風の音。
風に揺れる木々や、遠くから魔獣達の遠吠えや息使いが聞こえる。
が、そんな森の中の野宿特有の静けさは、直ぐに破られた。
「………はぁ……俺はともかく…姫様をゆっくりと休ませてあげたいもんなんですが…そうはいかないもんですねぇ」
ユージーンは一人呟くと、ゆっくりと立ち上がり、森の中へと視線を向けた。
「出てきたらどうです?いるのはとっくに気づいてんですよ」
森の中へ話し掛けるユージーンだが、返答など何も無い。
が、前方から突然矢のような物が勢い良く飛んできた。
それはもう真っ直ぐと蓮姫へと向かっていく。
が、彼女に当たる寸前でユージーンはパシリとキャッチした。
「以前の毒針と同じもの…ですね。やはり、この間の刺客達の仲間…かっ!」
ユージーンは話し終わると同時に、毒針を勢い良くダーツのように投げ返した。
毒針は森の中の茂みへと消えていく。
が、直後に男の断末魔が森中に響きわたる。
「姫様。姫様ってば。起きて下さい」
「………ん……んぅ……ジーン?」
「はい。貴女のジーンことユージーンですよ」
「………うっざ……ん?まだ夜?どうかしたの?」
「はい。どうかしなきゃ呑気に寝ている姫様を起こしてわざわざ怒らせるような事するはずありません。……って、そんな睨まないで下さいよ。非常事態……いえ予想された事態なんですが、とりあえず」
「うわっ!」
「説明は走りながら。あと今度は色っぽい悲鳴をお願いしますよ」
ユージーンは横たわる蓮姫を抱き抱えると、片手で肩に担ぐ。
「あ、すみません。姫様らしくお姫様だっこしたいんですが、そうすると両手使えないんでこの体制で我慢して下さい」
「はぁ?ジーン、さっきから何をぐえっ!」
蓮姫が喋っている最中だが、ユージーンは構わず走り出した。
そのせいで蓮姫の腹部はユージーンの肩に、ドスドスと打ち付けられる。
「だから、色っぽい悲鳴をお願いしますってば」