弐の姫と仔猫 3
一方サタナガットの方もユージーンの視線の鋭さ……いや、殺気に気圧されている。
いや、視線を外せば殺されるかもしれない、と本能が訴えているのだろう。
親を守る為か必死に睨み返しているが、四肢が震え、鋭い牙はガタガタと鳴り響いる。
「……やれやれ、畜生の分際でまだ抵抗しますか?気絶した方が楽なのに、ね!」
ユージーンが語尾を荒らげると同時に、ギンッ!と視線を更に鋭くした。
サタナガットの方は既に限界だった。
親を守るという使命感か愛情か、気絶まではしなかったが、シュンッと仔猫の姿に戻ってしまった。
「…ジーン……何をしたの?」
ビクビクとユージーンを見上げる蓮姫。
だがユージーンの方は蕩けそうな笑顔を蓮姫へと向ける。
「ちょこっと殺気をダダ漏れさせただけですよ。動物は好きでも嫌いでもないですが、こういう本能に忠実な所は好ましいですね」
「殺気……だけ?」
「勿論です。姫様はこの猫を傷付けたくないんでしょう?なら、俺は姫様の望みを叶えるだけです」
「……ありがと」
「いえいえ。姫様の我が儘には慣れてますから。本当に命令だけはいっちょ前ですよねぇ、姫様ってば」
蓮姫は額に青筋を浮かべながらゲシッ!とユージーンに蹴りを一発くらわせると、奥にいる親猫の方へと向かった。
「……酷い…この子…怪我もそうだけど…」
「こりゃあ…自然界で生きていくには辛い身体してますねぇ」
二人が見た親猫の姿は酷い物だった。
怪我も勿論だが、親猫は左の後ろ足が膝あたりから無く、両目は縦に入った傷のせいで塞がれ、右の耳も片方取れていた。
足や目、耳は随分前に失ったのだろう。
「この身体で仔猫を守ったんですかね?サタナガットとはいえ、ここまでの身体なら他の獣や魔獣たちに襲われるのは仕方ないことです」
「………酷い」
「そうかもしれません。しかしこれが、自然界の掟ってヤツです」
蓮姫はその場にしゃがみこむと、そっと親猫を抱き上げ、ギュッと胸に抱え込んだ。
仔猫の方はウニャウニャと騒ぎ立てるが、ユージーンの殺気のせいか巨大化は出来ないらしい。
こちらの方はユージーンが首の後ろを摘みあげていた。
蓮姫は親猫を抱きしめたまま、想造力を発動させる。
見る見るうちに、親猫の傷は塞がれ、耳や足も再生していった。
暫くして胸元から離すと、アメジストのような美しい紫の瞳が蓮姫を映す。
「良かった。もう大丈夫だよ。……うわっ!?」
「姫様っ!?うおっ!」
怪我が治った瞬間に、親猫と仔猫は二人の腕から抜け出し、お互いへと駆け寄った。
仔猫は親猫に擦り寄り、親猫は仔猫の身体をペロペロと舐めてやる。
「本当に良かった。……おっと」
「姫様っ!」
蓮姫は立ち上がると、ふらりと前方へと身体が揺らめき倒れそうになる。
ユージーンはすぐさま蓮姫の身体を支えた。
「ありがと、ジーン」
「全然構いませんが……姫様、今後の為にも言っておきますよ。回復系の想造力はなるべく控えて下さい」
「急に何?」
珍しく真顔で蓮姫に告げるユージーンに、蓮姫はキョトンとする。
「魔術については…以前に詳しくお教えしましたよね」
「あの素質とか遺伝とか……そういう話?」
この世界には魔術……【魔法】が存在する。
想造世界の想像が具現化した世界…ソレがこの世界なのだから。
想造世界では空想上でしか存在しないものも、この世界には存在する。
他に例を上げるのなら、アクアリアの人魚やユージーンの不死身の身体だ。
だが、誰しもが魔法が使えるという訳ではない。
能力者と想造世界から来た者は除外されるが、魔術を使うために必要な魔力……それが生まれつき備わっている者にのみ使うことの許された力。
割合としては魔力が生まれつき備わっている者は、10人に1人。
その中でも魔力の優劣はピンからキリまであり、素質があっても使い方を学ぶ事や魔力を鍛える事の出来ない者もおり、死ぬまで気づかない者もいる。
また魔力は遺伝しやすく、親から子へ、そのまた子へと受け継がれていく。
「………みたいな事だったよね」
「そうです。また魔術にはいろいろ種類がある事も伝えましたが、それも覚えていますか?」
「大雑把に教えてもらった記憶はあるよ。攻撃と回復とその他…ってね」
「はい。魔術を使える者がそもそも少ないんですが、中でも回復系の魔術を使用出来る者は限られます。割合でいうと……そうですね…攻撃系が6割、その他が3割、回復系が1割ってとこですかね」
「そういうジーンは攻撃系なの?回復系の魔術は使えない?」
「俺は有能ですから、全く使えないわけではないですけど…微々たるものですよ。切り傷や擦り傷はすぐに治せますが、骨折とかには時間がかかります。そもそも攻撃系の魔術より回復系の魔術の方が遥かに難しいんですよ。その上、魔力の消費も半端ない。それはロゼリアでぶっ倒れた姫様自身、身を持ってご存知でしょう?」
「だから…あんまり使うなって?」
「はい。乱用は控えて下さい。そんな誰も彼も助ける聖人ぶってたら、姫様は近い将来廃人決定です」
「………もうちょっと言葉を選んでよね」
ハァ、とため息をつくと蓮姫はユージーンの腕から抜け出し、親子のサタナガットを見つめた。
こんな風にお互い擦り寄る二匹を見ると、自分のした事は間違ってはいない、と蓮姫は思う。
恐らくユージーンがいくら言ったところで、回復系の魔術をあまり使わないという選択肢は蓮姫の性格上ない。
ユージーンもソレは気づいている。
彼は当てつけのように、蓮姫以上の大きく深い溜息をついた。
「ハァ~~~……とりあえず、今日はここで野宿しましょう」
「わかってる。……そういえばさ…攻撃系や回復系じゃない、その他って何?」
「その他はその他ですよ。変身とか錬金とか睡眠誘発に探索……攻撃とも回復とも違い種類もかなり有ります。だからその他なんですよ。姫様はやっぱり馬鹿ですか?」
「よし。蹴る。魔術覚えてもジーンの事は自力で蹴ってやる。幸いジーンは回復系苦手だもんね」
「いやぁ、学習能力が高い方ですね。さすがは俺の姫様です」
ユージーンは引き攣った笑みを浮かべながら、先程バラした木の枝を拾いに行った。
パチパチと焚き火の中の薪が音を弾いて燃えている。
目の前の炎を挟みながら、蓮姫とユージーンは座り込んでいた。
あの二匹のサタナガットは、あの後直ぐに森の中へと消えてしまったので、炎に照らされているのは二人のみ。
蓮姫はぼんやりと炎を見詰めながら、チラリとオリハルコン製のナイフを磨くユージーンを見た。
その視線に気づいたユージーンは手元を休めずに蓮姫へと問い掛ける。
「そんな熱い視線で見詰めるなんて、珍しいですね。姫様」
「………考えてたんだけどさ…」
「???なんのことです?」
「魔力のある人間の事。陛下のヴァルも、当然魔術を使える人ばかり……だよね」
ピクリ、とユージーンの指が止まった。
そのまま、彼女へと視線を向ける。
「全員が全員そうとは限りませんが…まぁ、そうでしょうね。四大ギルドの始祖もそうでしたし」
「それって……確か陛下の最初のヴァル達だよね?」
ー四大ギルドー
約五百年前から、この世界にある様々なギルドの頂点にたつ四つの勢力。
商業を基本としたギルドー白虎ー
医療を基本としたギルドー玄武ー
製造を基本としたギルドー青龍ー
そして
暗殺を基本としたギルドー朱雀ー
この四つのギルドを立ち上げた四人の若者。
それが現女王、麗華の最初のヴァル達だ。