弐の姫と仔猫 1
「さて姫様、復習ですよ。この世界は大きく分けていくつの勢力に分かれていますか?」
「三つ。女王派と反女王派、それと一部の中立。反女王派の多くは陛下を廃そうとする反乱軍。中立国家は女王陛下の庇護を受けずに独立しているけど、反乱軍に属している訳でもない」
「そうです。では、古の王に忠誠を誓った古の王族達は?」
「全部で七つ。それぞれが月、火、水、木、金、地、天と種族特有の特性や特徴があり、紋章もそれに属している。私達が会ったロゼリアは火、アクアリアは水、リスクは木を表す紋章」
「そうです。では次の問題ですが……」
「貴様等っ!!ベラベラと何を悠長に喋っている!?」
「うっさいですねぇ。今、姫様は勉学のお時間なんですから、邪魔しないで下さい……ってばっ!!」
ロゼリアを出て数日。
蓮姫とユージーンは山の中の街道を歩きながら、この世界についての学習をしていた。
それも刺客に襲われながら。
ユージーンは蓮姫に問題を出しながらも、素早い動きで刺客をかわし、その命を絶っていく。
一方、戦闘能力が極めて低い蓮姫の方は……。
「死ねぃっ!!弐の姫ぇ!!」
ガキィイン!!
ユージーンと違い全く無防備な蓮姫を刺客達も狙う。
むしろ刺客達の本命は彼女だ。
だが、彼女に届く前に、剣も以前のような暗器も全て透明な壁のような物に阻まれた。
「結界の範囲は直径1メートル……と言ったところか……まだまだですねぇ、姫様」
「うるさい。そんな簡単に魔法とか使える訳ないでしょ」
「喋って集中力乱さないで下さいよ。まぁ、あと数人ですから大丈夫でしょうけど。直ぐに片付けます」
ロゼリアで初めて、自分の意志で想造力を使った蓮姫。
コツを掴んだのか、小さく簡単な、自分一人守れるだけの結界くらいは作れるようになっていた。
ザシュッ!!
最後の刺客が地面に倒れると、ユージーンはその亡骸に剣を突き立てる。
「はい、おしまい。俺もようやく昔の勘が戻ってきましたよ」
「昔からこんなに人を殺してたって訳?」
「そんないかにも『軽蔑してます』って目で見ないでもらえます?人を殺す理由なんて人様々じゃないですか。正当防衛だったり、こいつらみたいに仕事だったり、趣味だったり」
「理由が最後のじゃない事を祈るよ。………にしても…今日だけで四回目」
蓮姫が言っているのは、二人が刺客に襲われた数だ。
彼女は自分の結界を解くと、周りに倒れる幾つもの死体を眺めて、ため息を吐いた。
そのため息は命を狙われ続けた事の疲労。
そして、目の前に広がる無残な死体や血の海に対しても、叫び声の一つもあげない自分に。
死体を見る事に慣れてしまった自分が嫌になる。
蓮姫は苦々しく死体を見つめながら呟いた。
「ロゼリアを出てから毎日毎日……それも一日の間に何回も…」
「仕方ないですよ。ソレが弐の姫の宿命ってヤツです。なんですか?もう泣き言を仰ると?王都に帰って隠居したくなったとか?」
「馬鹿言わないで。ただ…ロゼリアでは一回も襲われなかったのに…気になるでしょ」
蓮姫の言う通り。
彼女達がロゼリアへ滞在していた頃、刺客達は一度も現れなかった。
しかし、ロゼリアを出てからというもの連日刺客が襲ってきている。
当然、二人がこうして無事でいることから、刺客は全て返り討ちにあっている。
「ロゼリア国内で姫様が死ねば、当然調べが入るでしょう。女王や壱の姫が姫様の死に感づく可能性もある。自国で弐の姫が殺害されたとなれば、ロゼリアに責任も問われる事になります。そうなればロゼリアは、国を上げて姫様を殺した犯人を探し出そうとする。国の名誉のためにもね。つまり、雇われた刺客達もその雇い主も、大きな国の中で姫様を殺害すれば、自分の首を絞める結果になるんですよ。だからロゼリアでは何もせず、こうやって山の中やら街道で襲ってくるんです。そうすれば野盗の仕業とか、谷から転落した、とか細工してもバレにくいですからね」
ユージーンは刺客から奪い、彼等の命を絶った剣を投げ捨てながら、やれやれと蓮姫に伝えた。
その仕草は『なんでそんな考えなくてもわかること聞くんですかね?』と態度で馬鹿にしている。
余談だが、ユージーンは武器を持たない。
刺客に襲われた時は彼らの武器を奪って返り討ちにし、事が済むとさっさと捨ててしまう。
ソレは常に武器など持たずとも、臨機応変に対応できるという彼の戦闘能力の高さを物語っていた。
「あぁそうですか。悪うございましたね、なんにも知らなくて」
蓮姫は口を尖らせ、ユージーンを睨みながら呟いた。
ユージーンはそんな態度を取る蓮姫に、プッと吹き出す。
「どういたしまして。無知なら無知らしく、これから覚えて下さいよ。しかし姫様は、お勉強の飲み込みが早いですね。さすが無知なだけはあります。頭の中空っぽだから詰め込みやすいんですかね」
「無知連呼するな。その減らず口閉じないと、勉強のお礼にジーンの口に泥詰め込むからね」
傍にある水溜りをチラリ、と横目で見ながら蓮姫はユージーンへと告げた。
その目を見てユージーンは、彼女が本気であることを悟り、嫌な汗をかく。
「では、お喋りはこのくらいにしましょうか。少し早いですけど火を起こして、拠点を作りましょう。また野宿ですけど構いませんよね?」
「構ったところで村どころか何も無いし。側にあるのは森だけじゃない」
蓮姫とユージーンの少し奥には、あの王都の北にあった森と同じ様に鬱蒼とした森があった。
森と森の間に、街道が一本だけ通っている。
「夜中に刺客が来た時の為にも、森の側で野宿しますが……姫様、一人で森の中には入らないで下さい」
刺客が襲ってきた際、直ぐに森に入り刺客を撒こうという考えらしい。
しかし、森を見るユージーンの目は鋭い。
「何かあるの?ジーン」
「恐らくですけど………この森は魔獣の住処です。王都の森の奴等は動物的本能で俺を恐れ、活発な動きはしませんでしたが…本来魔獣とは闘争本能が高く、魔力を持った獣です。俺と一緒ならともかく……今の姫様一人では手に負えないでしょう」
「死ぬかも……ってこと?」
「かも、じゃなくて確実に死にます。鋭い爪と牙で八つ裂きにされて、息のあるうちに四肢から食い千切られるでしょうね。まず喉を咬まれると思うので、自分の血で喉が塞がれます。窒息の苦しさと死への恐怖。徐々に身体に食い込む爪や牙。肉を引き千切り食い千切られる激痛の中、じわじわと」
「ストップ。そんな細かく説明しなくていいから。とにかく、かなり危険なのはわかった。森には入らないよ」
「そうして下さい。万が一、森に逃げたり入る時は、俺が姫様を抱えますので。では姫様、準備しますけど俺から離れ過ぎないで下さいね」
離れるな、と言いながらもユージーンは火をおこす為の枯れ枝等を拾いに行く。
当然、蓮姫から離れ過ぎないよう、常に視界の端に蓮姫を入れて。
蓮姫はもう一度、森の方を見ると先程のユージーンの言葉を思い出し、ブルリと背筋が震えるのを感じた。
あまりユージーンより離れない方がいい……むしろ今だけはユージーンと離れたくない、と思った蓮姫。
言葉だけだと、他人が聞いたら二人の関係性を勘違いしそうだが、蓮姫はユージーンに対して全くもって恋愛的感情を抱かない。
ただボディガードから離れたくない、というだけだ。
蓮姫が一歩、ユージーンに向けて足を踏み出すと、後ろから場違いな声が聞こえた。
「…うにゃアン…」
「……???」
小さな鳴き声のようなものに蓮姫は振り返るが、近くには何もいない。
鳴き声から猫のようだが、姿が見えない。
「……ジーン…?………な訳ないか。だとしたらキモいし。気のせいかな」
蓮姫はユージーンのイタズラかと、いまだ枝を集める彼の方を振り向くがその考えは辛辣な言葉と共に否定した。
「……うにゃぁ……ニャア…」
「っ、……やっぱり気のせいじゃない。何処に居るんだろ?」
蓮姫はユージーンから離れ、鳴き声の方へと歩いていく。
鳴き声が聞こえたのは、蓮姫が先程まで怖がっていた森の方からだ。
「は、入らなきゃ大丈夫だよ……ね?」
誰に確認するでもなく、蓮姫は独り言を呟いた。
先程さんざんユージーンに脅された為に、不安が押し寄せる。
が、有り難いことに目的の物は森の端……街道に沿った茂みの側にいた。
「うニャア……ニャア…」
そこには小さな黒い子猫が、うずくまり、前足をペロペロと舐めていた。
体毛が黒い為にわかり辛かったが、足を舐めている小さな舌が赤く染まっている事から、この子猫は怪我をしているらしい。
「か、可愛いっ!!」
蓮姫は子猫の前にしゃがみ込むが、子猫は立ち上がり、毛を逆立てて蓮姫を威嚇している。
そんな姿も蓮姫には愛くるしく映った。
「ちょっ!!?何してんですか!この馬鹿っ!!」
「今、馬鹿っつった?ねぇ?」
蓮姫が子猫に手を伸ばそうとした瞬間、ユージーンが叫びながら蓮姫へと駆け出した。
彼が集めていた枯れ枝が、バラバラと音を立てて散乱する。
が、慌てるユージーンとは裏腹に、蓮姫は馬鹿呼ばわりされて額に青筋が浮かぶ。
「俺の話聞いてなかったんですか!?森には入るなっつったでしょう!」
「森には入ってないし」
「なんで入るなっつったかわかってんですか!?魔獣が危険だって言ったんですよ!俺は!!しかもそいつは…魔王猫【サタナガット】ですよ!魔獣です!!」
「【サタナガット】?」
魔王猫【サタナガット】
猫科の魔獣。
普段は普通の黒い猫にしか見えないが、獲物を狩る時は巨大化する。巨大化した時は脅威のスピードで移動し、獲物を一瞬で引き裂く。気性は激しく獰猛なものが多い。仲間意識…特に家族に対しての感情は強く、親は子供を守る為に自分よりも大きく強い敵に自らを犠牲にする事も。また魔獣の中では高い知能を持つ。その戦闘力の高さから魔王しか飼い馴らせないと言われ、この名がつけられたという。
魔獣の中では、トップクラスの危険度だ。
が、蓮姫はそんな事知るはずもなく、蓮姫とユージーンの温度差はとても激しかった。